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44◆スキャンダル1
前原らは将を半殺しにした後、さらにカップル狩りをしようとし、通報され警察に捕まった。

そして覚醒剤反応が出て−−−ということだ。

いちおう彼の担任である聡は教頭に、職員会議後、校長室に来るようにと言われた。

「今回のことは、古城先生に責任はない、と我々は認識しています」

と校長はデスクの上で手を組んで言った。

学校側はもちろん、聡が前原らに拉致されて、あわや輪姦寸前だったことなど知る由もない。

それどころか、それを助けようとした将が川に投げ込まれ、殺されかけたことも知らないはずだ。

「ただ……、どうだろう。古城先生は生徒に甘くないですか?」

と教頭が聡を見下した目で言う。

聡は顔を上げて教頭の顔を見る。

教頭と一瞬目が合うが教頭はそれをつい、とそらして続ける。

「型破りな英語の授業といい、社会見学といい。生徒の人気取りもいいが、もっと厳しく指導していただかないと……」

−−−人気とり?

聡はむっとして教頭をにらみつけた。

「お言葉ですが、私はそれらの指導計画については、きちんと教頭先生と校長先生に提出しました。お二人が許可なさったから、実行したまでです」

校長は広げた両手を机の上でぷるぷると震わせて

「いや、何も、それがいけないと言ってるんじゃないんですよ。ただもう少し厳しく指導すべきだと……」

「そうです。一部生徒ばかりに愛情を注ぐのではなく……ね」

教頭は少し粘りつくような目で聡を見た。

聡はそれが将のことを示しているのだ、とわかった。

「それはどういう意味でしょうか」

聡は、キッと教頭を見た。

「さあ……それは先生が一番ご存知のはず」教頭はそっぽを向いた。

校長はそれをとりなすように、

「とにかく、2年生は緩みやすい時期ですので、古城先生は厳しく指導するように心がけてください。

あと英語の授業については、あさって木曜日に行われる、大学進学志望者への模擬試験の結果で是非を問うということでいかがでしょうか」

あさって。早すぎる。

ようやく、皆英語に親しみ始めたところなのだ。

親しんで、興味を持ち、学ぶ、というステップがあるのに、今の段階で是非を問うとは。

「ちょっと待って下さい」と聡が言う前に、教頭が

「そうしましょう。それで行きましょう」

と声を高くして賛同したので、聡は口を挟む余地を与えられなかった。


   ◇


前原の退学はあっという間にクラス中に伝わった。

もっとも、最近休みも多く、言動もキレがちだった前原に同情する意見はほとんどなく

「あー、やっぱりぃ?」

という感想を皆で述べあうと、ほとんど平常に戻った。

「センセー」

朝のHRのあと、廊下で井口が声をかけてきた。

「将、やっぱまだ悪いの?」

「喉が化膿しちゃってるの」と聡はうなづいた。

「あそー。今日、俺行ってもいいかなぁ」

「別に私に聞かなくてもいいわよ」

「じゃ、いく。センセーも行くんだろ」

聡はあたりを見回して、他の教師が誰もいないのを確認すると、無言でうなづいた。

将から、今日も絶対に来るようにと約束させられているのだ。



補習と雑用を済ませた聡が将のマンションのインターフォンを押したのは夜の7時をまわっていた。

奥からドドドと走ってくる音が聞こえると同時に、玄関のドアが開き、聡はパジャマ姿の将にいきなり抱きしめられた。

「おかえり、アキラ。超待ってた」

「ちょ、ちょっと」

聡は仕事モードがまだ抜けてなく、将のそんな行動が照れくさい。

リビングにいる井口が、こっちを見ているのが将の肩越しにわかった。

井口はまた目を三日月にしてニヤッと笑うと、会釈をした。

聡はどう反応していいかわからなかった。




「そっか、前原は退学になったんだ……」と将。少し安堵したように見える。

将、井口、聡で夕食のテーブルを囲んでいる。

井口と聡は弁当だが、将だけ喉に柔らかい豆乳入りのおかゆを聡につくってもらっている。

いちおう将も食べられる豆腐の味噌汁を手早く作って加えた。

「カクセー剤のほかにも、あいつ余罪いっぱいあるから、しばらくカンベツ間違いなしだぜ」

井口が食べながらピアスを揺らす。

「で、瑞樹は」

将が井口に訊くのをみて、聡はドキッとした。セフレという単語が再び蘇る。

「休み。あいつずっと休んでるよな、センセー」

聡はだまってうなづくと、将の目をじっと見た。

しかし、聡が何を思って将を見つめたのか、将はわかっていないように

「なんだよ、アキラ」と微笑んだ。

「あ、将、センセー大変なんだぜ」

と井口が新しい話題に持っていく。

「あさっての模擬試験の成績が悪かったら、英語、元の教科書に戻るんだよな?」

食べ終わった井口は金髪に手をやって伸びをした。

「……なんでそんなこと知ってるの」

聡は井口に訊き返す。

「校長室立ち聞きしたんでーす。みんな知ってるぜ」

井口は悪びれもせずに答えた。

「マジ?」将は聡に訊いた。聡はうなづくしかない。

将はいきなり立ち上がった。

「俺、今から勉強するから」


   ◇


将は翌水曜日まで休んだが、木曜日には無理して登校し、模擬試験を受けた。

聡も試験監督をやったが、治りがけの、痰がからんだ咳を繰り返しつつ試験を受ける将は苦しげだった。

この日は試験があったので、補習もなく、聡は17時30分には学校を後にすることが出来た。

すっかり暗くなった道を足早に歩く聡は、ふいに背中を叩かれた。

反射的に叫び声が出そうになる聡は口に手をあてられた。

振り返ると制服の上にダッフルを着た将がいた。

「もう、なによ〜」聡はへなへなと力が抜けた。

「保健室で寝て待ってた。今日も来てくれるんだろ、一緒に帰ろうぜ」

「もー……」

といいつつ、本当に体調が悪くなったのかもしれない、と思いなおし

「喉はどう?」と訊いた。

「うん。まあボチボチ」明るく答えた声音からは特に悪化したわけでもなさそうだ。

「試験はどうだった?」

「うん。まあボチボチ」今度は、ちょっと自信なげの声になった。

「志望校はどこを書いたの?」

「東大、ワセダ、ケイオー」

「バカ……」

聡は絶句した。無謀にも程がある。9月まで中学の復習をやりなおしていた将である。

「大丈夫だよ。俺めっちゃ勉強したし。それに、博史に絶対負けたくないんだもん」

その名前をひさしぶりに聞く気がした。エンゲージリングをもらっている婚約者なのに、すっかり忘れていた。

聡は薬指に重みを感じてだまりこんだ。

でも、婚約者に義理立てして『ここで帰る』などとは言わない。聡は将と並んで歩くことを無意識に選んだ。

そのまま二人、しばらくだまって歩いた。

「……あれ?」先に声を発したのは聡だった。

見上げたマンションの、誰もいないはずの将の部屋に明かりがついている。

「電気ついてるよ?」聡の指摘に将も見上げる。

「あ、ホントだー。つけっぱだったかな?」

将は簡単に納得すると、そのまま何も疑いもせずマンションのエントランスをくぐった。

後ろに聡も続く。

鍵を開けて部屋に入ると、灯りのついたリビングのソファに座っていた男が立ち上がった。

聡はその、きちんとスーツを着た身なりのいい中年男性をどこかで見たと思った。

「オヤジ……」将はつぶやいた。それは父、鷹枝康三だった。

康三は、開いたリビングのドアに将を見つけると大またで近寄り、右手を振り上げた。

次の瞬間『バシッ』という大きな音が響いた。

殴られた将は赤くなった左頬を押さえてリビングに倒れた。

聡は口を手で覆って立ち尽くすしかできない。

「何だ、これは!」

康三は倒れた将の前の床に週刊誌を叩きつけた。
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