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269◆快癒
翌月曜日、将の右手首の傷の回復は順調で、無事抜糸することができた。

顔のテープも取れ、その下の傷はおおむねきれいに回復していた。

足首の捻挫は、少々痛みが残り力が入りにくい感じがしたものの、ひきずるほどでもない。

これは今後は1ヶ月程度、温熱療法でじっくり治すしかないらしいが、

「スポーツ選手の役でもない限り、無理しなければ大丈夫ですよ」

と医師から太鼓判を押される。

ただ、捻挫したほうの足先と瞼が依然真っ黒なのが気になる。

「俺の足、腐ってんですか?」

将は冗談風に医師に訊いたが、実際そんな風に見える。

「ハハハ……。内出血が固まってこんな色になるんですよ。1ヶ月もすれば自然に取れますよ」

そういわれても、本当だろうか、と将は痛んだバナナの皮のような色をした、腫れぼったい足先を見つめた。

瞼も黒く染まったほうは、少々むくんだ感じだ。

「化粧で隠しても問題ないですよね」

付き添った武藤が訊いた。

「はい。外傷は回復してますから。かぶれない程度に」

武藤はホッと胸を撫で下ろした。

「……ああ、それと。鷹枝くん、君、左膝下に金具が入ってるだろ。あれ、そろそろ取った方がいいよ」

医師に指摘されて、将はスキーで折った左足のことを今、思い出した。

抜釘もやはり手術が必要で、数日の入院が必要とのことだった。





「よかった。ケガの回復が順調で。明日からのスケジュールをキャンセルしないで済んだわ」

武藤は車を運転しながら、ほっとしていた。

「明日から入れてるの?」

「当然でしょ。もうこれ以上は延ばせないって言われてたの。

脚本変更できなかった分の6回分の撮残しが残ってるし……。もうオンエアまで2週間切っちゃってるから、大変よ」

「抜釘は?」

「当分無理ね……。『ばくせん』の収録が終わったら、オフを入れましょう。

それより、明日からの現場、みんなにちゃんと頭を下げるのよ。ご迷惑かけましたって」

武藤は彼女にしては珍しい早口で説明した。

「それと」

ハンドルを切りながら武藤は続ける。

今日は、事務所で今後の打ち合わせと、化粧のリハーサルをやることになっているのだ。

瞼の痣は、できるだけドラマ以外のところでも隠したい。

それがうまくできるかどうかの実験をヘアメイクさんと共にやるのだ。

「進学の件だけど……。社長と話しあってみたんだけど……、一芸入試があるW大学を目指したらどうかしら」

進学したいと言ってみた将だが、その後いろいろなことがありすぎて、何も考えていなかった将だ。

どうかしら、と言われてもピンと来なかった。

たしかにW大なら名前もあるが……。

「できればね。秋まで連ドラのオファーを受けたいのよ。……結構いい役が来てるから。将『北の大地から』って知ってる?」

武藤は将にさる有名な脚本家によるドラマの名前を出した。

見たことはないけれど、知っている。

「はい。シローおじさんが出てくるやつでしょ」

その強烈なキャラクターはよく芸人にマネをされているので、オリジナルを見たことないのにわかる。

「そうそう。あれを手がけた脚本家の元倉さんって方が、1月期に北海道を舞台に新作をつくるんだけど。

準主役としてオファーが来てるの。……なんでも『ウルウル』が気に入ったらしいわ」

「ふーん。北海道かあ……」

修学旅行。聡と二人きりで夜を過ごしたニセコの避難所。将の脳裏にまっ白な吹雪の中の抱擁が蘇る。





昨日……東海道線の列車の中、寄りかかりあって、お互いのぬくもりを確かめ合った二人だが、夜遅い時間だというのに横浜あたりから、乗客がどっと乗り込んできた。

だから、二人は寄りかかるのを止めざるを得なかった。

幸い、眼帯の上からサングラスを掛けているのが幸いしたのか、黙って座っている顔面テープだらけの男が将だと、誰も気づかなかった。

幸せな二人を映し出していた窓も、賑やかに立つ乗客に隠れてしまっている。

隙間から、街の照り返しでピンク色がかった夜空に、光のアクセサリーをまとった高層ビルのシルエットが乱立し始めたのが見える。

いかにも恋が似合う夏の都会の夜なのに、二人は他人のように行儀よく列車に座るしかないのだ。

だけど……かすかに、腰が触れ合うだけになっても二人は離れたくなかった。





「北海道か……でも、遠いよね」

そのドラマに出るとしたら、聡と離れる日が増えるだろう。

今も、逢えない日ばかりだけれど、同じ東京にいるというのは大きい。

北海道と東京の距離に隔てられるのは……耐えがたい気がした。

「そうなのよ。でも元倉さんに見出された俳優は、必ず実力派で長く売れるわ。ほら、共演してる焼津さん。彼も元倉さんに掘り出された一人よ」

「ふーん……」

将の思考はあいかわらず、雪の中で聡と抱擁していた。

実力派……とても魅力的な響きではある。しかも、大野が尊敬しているという、教頭役の焼津を見つけ出した脚本家からの指名……。

そのドラマに出れば、年をとって、若いアイドルにバカにされる可能性が少しは減るのだろうか……。

そして、聡と結ばれる日は早まるのだろうか。

「もちろん、オーディションはあるけれど。……でも将、大学もいいけど、これはすごいチャンスよ」

武藤が、将の思考を後押しした。

結局将は、そのドラマのオーディションを受けることを承諾した。






8月を迎えた街は、突き刺さるようなガラス窓からの反射、暴力的なアスファルトからの照り返し、

そして重苦しいエアコンの放射熱で増幅される暑さに人々はうんざりしていた。

エアコンが利いた官房長官・鷹枝康三のオフィスでは、秘書の毛利とその部下が忙しく働いていた。

クール・ビズとはいっても、パソコン類が多いオフィスで、エアコンはフル稼働している。

そのとき、秘書の一人が、

「毛利さん、ちょっと……」

と立ち上がった。ネットをチェックしていた若手の男性である。きちんとスーツを着ている。

「ん?なんだ?」

原稿をチェックしていた毛利は、面倒くさそうにそっちへと歩いていった。

「これ……息子さんですよね」

若手男性秘書は、椅子から立ち上がったまま、屈んで画面を指差した。

そこには

『イケメン俳優SYO(18)ゲイ疑惑?謎の夜遊び』

という見出しの記事が、携帯で撮影したらしき画像と共に掲載されていた。

画像は、いずれも、はっきりと将と確認できるものばかりだった。

すべてあの、台風の日にクラブで撮影されたものだった。

毛利は、眉をゆがめて、上下の唇を口の中に噛みこむようにして、文面を読んだ。

内容もかなりマズかった。

ゲイ疑惑というのは、クラブで友人の島大悟と思われる男性を無理やり引っ張っていく写真から憶測されたのだろうが、

いつか週刊誌に掲載された中学時代の乱行のことなどがこと細かに解説されていた。

しかし、中でも一番まずいのは、SYOがさる大物政治家の息子である、と明言してあるところだ。

毛利は、顔をしかめると、

「まずいな」

と声に出して言った。そして

「ここの管理者に即刻削除するように申請してください。ごねたら、名誉毀損で訴えることも辞さないと言いなさい。

それから将くんの事務所に連絡。……私は、いちおう先生(康三)に報告しておきます」

若手秘書にキビキビと指示を出しながら自分の席に戻ると、どっかと座り、康三へメールを打った。
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はじめてのxxx。



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