109◆信頼
将は思い切って話を切り出すと、本題を一気に話した。
瑞樹のお腹の子の本当の親は、鑑別所に入っている前原か、瑞樹の義理の父のどちらかだということ。
そして瑞樹は小5から義理の父に犯され続けていること、そして幼少の頃から虐待を受けてきた瑞樹の家庭環境……。
聡はだまって将の話を聞いていた。
その内容のあまりのどぎつさに、顔が徐々にこわばっていくのがわかった。
「……アキラ、だから、せめて俺が入院している間だけ、マンションにアイツを泊めてやることにしてるけど、でも……」
「わかった」
意外にも聡の返事は冷静だった。逆に将は心配になる。
「俺の女はアキラだけだから」
不安が消えない将は、念を押した。
「うん……」
将の不安どおり、隣に座る聡の頤はどんどん下を向いていく。
「……アキラ?心配?」
「ん……」
聡は顔をあげると一瞬将の顔を見た。
そのときの聡の表情は、巷で人気のあるうさぎや猫のキャラクターを思わせるような、無表情で……目だけが何かを言いたげだった。
すぐに下を向くと、
「将の気持ちは心配してない。だけど……」
ゆっくりと語り始めた。
「ごめん、私、葉山瑞樹さんの言ってることが本当かどうか、まだ信用できない……」
将は当然だと納得する。
瑞樹のせいで、もう少しで輪姦寸前のひどい目にあったり、ついこないだもウソをつかれたばかりなのだ。
信用できなくて当然だ。
聡は下を向いたままふっと笑うと
「教え子を信じられないなんて、ダメ教師だね」
「アキラ……そんなことないって」
将は寄りかかったまま聡の頭に手を置くと、髪をくしゃっとしたまま、自分の肩へ引き寄せる。
聡は無抵抗に、将の肩にもたれるように一緒にベッドに寄りかかった。
二人寄り添ってベッドにもたれかかる。
「アキラ、……ごめんな。気分よくないだろ」
聡は無言で首を振ると、付け加えた。
「別に、将と葉山さんが、同棲するわけじゃないし……」
「アキラ……」
「だけど、仮に、葉山さんの話が本当だとして……将が退院したらどうするの……?」
「そうだな……」
将は、聡の髪を撫でながら、空中に視線を遊ばせていたが、ハッとして、寄りかかっていた上半身を起こした。
「そうだ、アキラ!」
そしてまだ寄りかかっている聡を振り返る。
「退院したら、俺たち一緒に住もうよ!」
けだるい雰囲気で寄りかかっていた聡は、将の突拍子もない提案に、目を丸くした。
「将ってば、何言い出すの?」
「俺んちに、瑞樹が住んでさ、俺はアキラんちに住むの。これって名案くない?」
将は、思いついた計画を意気揚揚と聡に話した。
「ええー、そんなのありえないでしょ」
「なんでー、ぜんぜんアリじゃん。俺とアキラは愛し合ってるんだし」
「何いってるのよ。教師と生徒の同棲なんてありえないで……キャ」
将は、またいきおいよくベッドに寄りかかると、聡をぎゅっと抱き寄せた。
そして再びキスする直前のような至近距離に顔を近づける。
「俺……前から思ってた。アキラと暮らしたいって。アキラと1つ屋根の下、いっつも一緒にいられたらって……」
それだけ言うと、将は聡の肩に顔をうずめるように抱きしめた。
「これってチャンスじゃん」
「ちょっと、待ってよ!将!」
聡は、抱きついた将を思い切り振り払った。
ちょっと力が入りすぎたらしい。左足が動いたのか、将は一瞬顔をしかめて
「イタタ……」
とうめいた。
「……大変、大丈夫?」
聡は、ベッドの上でおろおろと、将の顔とギプスの足を見比べた。
「大丈夫。ちょっと動いただけ。……アキラ、俺と暮らしたくないの?」
「そういう問題じゃなくて!」
聡はそういいながらも、将と暮らしている様が一瞬にして頭に広がるのを感じた。
朝から晩まで、将と一緒にいられる。
毎日、将と一緒に目覚める。
聡が作った料理を将が食べる。
萩の実家のときのように二人で並んでキッチンにたつのもいい。
きっと将はコーヒーを淹れてくれる。
将の隣で一緒にテレビを見て笑う。
将の隣で寝れる……。
寝れる……、寝る、といえば当然……。
たぶん一緒に住んだら絶対歯止めが利かなくなるだろう。
想像はポンポン菓子のように一気に膨れ上がり、聡はハッとした。
−−何、私ってば、現実感のない少年のたわごとを本気にしてるんだ!
とプルプルと頭を振る。
「アキラァ?……さては、またエッチなこと考えてただろ」
聡の顔を観察していた将が笑い声で指摘した。
「や……そーじゃなくて。そうじゃなくて」
聡は、あわてて反論したが、急に教師の声を取り戻して
「……家庭訪問してみる」
と発言した。まだ将のベッドの上だ。
「ハ?」
いきなり教師モードになった聡に、将は目を丸くしてキョトンとしている。
「葉山さんの自宅を訪問してみる。……それで、あのコが言ってることが信じられるか確かめてみる」
聡は、乱れた髪や服を正しながら、宣言した。
とりあえず、彼女の言動を確かめることが先決だと思っていた。
葉山瑞樹の家庭訪問は、木曜日になってしまった。
風邪で早く帰っていた先週の仕事を火曜、水曜で片付けなくてはならなかったからだ。
当日は放課後の補習を休みにして、授業が終わると聡はさっそく瑞樹の自宅へ向かった。
1月の夕方4時すぎは日没間近で、玄関を出るなり暖かそうな西日の色に似合わない北風が、聡に吹き付けた。
その冷たさにマフラーを顔までずりあげながら校門を出たところで……。
「ワッ!」
急に背の高い人影が聡の前に立ちはだかった。眼鏡がキラリと反射して足が4本ある?
「……、ギャーッ!」
逆光で顔も見えず、聡は思わず大声を出して、腰を抜かした。
「バカだなあ、俺だってば、俺」
声に目を凝らす。……将だった。松葉杖をついた将がなぜか眼鏡をかけて、そこにいたのだ。
ダッフルの下は制服を着ているようだ。
「ちょ、ちょっとおどかさないでよ」
聡は深いため息をついて、次の瞬間『ん?』と気付いた。
「将、なんでこんなところにいるのよ。病院は。しかも何で眼鏡?」
「ああ、これ?優等生に見えるだろ」
将は、黒ぶちの四角いフレームの眼鏡をはずした。裸眼1.2の将だから当然、ダテめがねだ。
ピアスもはずし、制服もいつもと違って、ピシッと着ている。
「足は!病院はどうしたのよ!」
「テストってウソついて、外出許可もらった」
将はニヤっと笑うと舌を出した。
「なんで、そんな必要があるのよ」
「アキラが心配だったから。学級委員役として葉山さんの家庭訪問に同行しまーす」
「そんな茶髪の優等生なんていないと思うけど」
「えー、これぐらいのカラー普通だぜえ」
聡はあきれながらも、少しだけ胸がじん、とするのを押さえられなかった。
「俺も、アイツが本当のこと言ってるのか、ちょっと自信ないし……確認したいってのある」
と言っているが、再婚相手の娘に手を出すような常識に欠けた男と、ひょっとして二人になるかもしれないから、と心配してくれたのだろう。
「でも……足は大丈夫なの?」
「どうせ、本当は1週間で退院できるんだから、かまわないよ。リハビリだって土曜からやってるし。さ、いこうぜ」
最近は手術の直後からリハビリをさせられると、聡も聞いたことがある。
と将は、ちょうどやってきたタクシーに向かって、手をあげた。
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