突然だが今俺は困っている。
早急に事に対処しなければならない。
俺が怒りながら困っている所、そこは…
…監房
監房に自然の光は降り注ぐことは無く、暖かみのない人工の光のみがそこを照らしだしている。
しかし、暖かみの無い光でも、暗く湿った、監禁部屋に色をつけれることには太陽の光と何等変わりは無い。
もっとも、太陽光と違い湿っぽさには人工光は対処できないのだが…
俺はその湿っぽさが嫌いだ。此処でのそれの臭いはカビのそれに近い。
そのカビ臭と俺が付き合い初めてもう一週間になる。俺がブタバコにいれられてから何回地球が陽気に回ったかは看守が毎日見ている新聞の日付を見りゃ分かる。
毎朝俺は堅く弾力性のカケラも無いベットの上で狸寝入りしながら、看守が真剣に見る外の世界のニュースを眺めていた。
それ以外の俺に与えられる楽しみは、朝、昼、晩、ちゃんと出てくる料理だけだ。
しかし、それが思いの外俺の舌を楽しませてくれる。
そこらのファーストフード店より、旨いと感じれる程だ。
あぁ、言い忘れていたが俺がカビとガードの固いベットと共同生活を強制されたのはこれが初めてだ。
ピッキング最中に『キャー!!』だもんな。
深夜の二時だぜ…何で家に居ないで外出してたんですかー、しかも何で今頃こそこそ戻って来るんですかー。まぁこそこそしていたのは俺の方もだが…そして初めにも言った通り今俺は困っている。
看守が一昨日の朝からこなくなり、食事も運ばれて来なくなってしまったからだ。
初めのうちは、(なに仕事サボってんだよ。給料ドロボウが!)程度にしか俺も思っていなかった。
(そのうち戻ってくんだろ)と…
しかしその、そのうちは俺の怒りが心の器を真っ赤な想いで全て満たしてしまっても、訪れることはなかった。
監房には今は俺しかいない。
今はといっても他の囚人なんか、初めから居なかった。ただ看守が神隠しのように消えてしまっているだけ。
あぁーくそっ、腹がお腹空いたコールを繰り返してやがる。
動く度にグゥー、黙っているだけでグゥー、まるで駄々をこねるくそ餓鬼のよう…
その餓鬼はきっと食い物が欲しいのだろう。
俺だって欲しい。
腹の音を抑えようとしゃがんだ時だった。
キィー…ガチャッン
突然の音に驚く俺、それを見つめる監房の入口の扉からでてきた白いワンピースを着て黒いグラサンを掛けた女。
俺はピッキングを見つかってしまった時のように固まった。
「あなたもう、ここをでていいですよ。」
『清んだ声だ…』
清んだ声はそれだけでその人物に好印象を与える…俺はその声に聞き覚えがあった。しかし単に似ているだけだろうと思うことにした。こんな所にいる筈のない人の声に似ていたものだったから。
それにしても、何なのだろうか、脱獄を手伝ってくれるとか?つっても脱獄するなんてそんな気は毛頭ないのだが。
「今開けますね」
彼女は白い細い指のある掌に監房の鍵を持っていた。
カチャ…カシャン!
扉が開いた…
「さぁ出てきて…」
声が妙に色っぽい、惚れてしまいそうだ。扉をくぐった俺の腕を彼女が掴む
『あーぁ脱獄する気なかったのに…』
緊張しながらも俺はそう思った。
「こっち」
赤面する俺の腕を構わず掴みながら彼女はすいすいと歩いていく。
しかし彼女は急に止まった。刑務所内にある、何のへんてつもない扉の前で。
「ここに入って下さい」
彼女の声は冷めていた。
「処刑です」
背筋に反射的に寒気が走る。
しかし俺は聞き間違いだろうと自分に言い聞かせその寒気を取っ払った。
「監房に入って居たんじゃ分からないでしょうね…何で自分が死刑されるのか。」
分かる筈がない、どうして泥棒ごときちゃちな犯罪で処刑されなければならんのだ。
「昔…犯罪をおこした者を罪の重さ問わず処刑してしまう王様がいました。」
何が言いたいのか分からない。
「一般的に見てそれは酷い事ですよね。」
そりゃそうだ。
「…しかしその国の治安は他の国のそれより遥かに良かったのです。」
分かってきた気がする、こいつの言いたいことが。
「絶対的な治安を目指すにはそれに習った方がいいとこの国は判断したんです。」
最悪だ
「看守がいなくなったのはその法律のせいで国中大騒ぎになり、暴動が各地で発生し、警察の人手が足りなくなったからよ。」
つまりはそれで俺をほったらかして出て行ったということか。
「まぁもうすぐ貴方は死ぬんだから貴方には関係なくなるけれどね」
その時、俺の脳裏に黒い思考が渦巻いた。
『この女を殺して逃げればいいんじゃないのか?』
女は一人、確かに腕っ節に自信のある俺には華奢な体をした女を殺すことを成功させる自信もあった。
しかしそんな考えも一瞬で俺は捨て去った。
『人殺しなど俺はしたくはない、俺のくそやろうがっ!』
そんな事をする自分なんか想像できない。
一瞬でもそんなことを考えてしまった俺は自分の心を叩いた。
「さぁー早く中に入って!」
彼女は何故か笑っていた。それも不適な笑みではない、心からの笑みだ。
俺はそんな彼女の表情にゾッとした。これから人を殺せるのがそんなにも嬉しいのかと。
俺は躊躇いつつも目の前の扉についてあるドアノブを握り…
回し…
押した…
眼前に広がる光景に俺は絶句した。
先入観で頭に描いていた図とは明らかにそれが違っていたからだ。
パンッ
「出所おめでとうー!!」
クラッカーの壮快な音と楽しさに満ちた多くの声が、体を硬直させる。
「…こっ…これって」
俺は驚きと疑問7:2の割合で思わず声をもらす。
「君がもう悪いことしないように、ちょとした罰を与えたんだよっ!」
俺の後ろに立っている白いワンピースを着た女が微笑みながら、元気よくそう言った。
「えっ…へっ…」
徐々に事態が分かってきた。
驚きで気付かなかったが、そこに居た人は全て俺の知り合いだった。それも、仲が良く、よく会っている人ばっかりだ。
「お前もう、こそ泥なんかすんなよ!」
「ほんとにねー」
次々にその部屋にいる者達が俺に言葉をぶつける。
俺の瞳には少し涙がうかんでいた。
後ろにいる女の声に俺はとても聞き覚えがあった。どうして監房にいる時に気付かなかったのだろう…
グラサンを外した彼女は悲しそうな表情をして
「それにしても、よく気付かなかったねっ!少し残念だったなぁ…今は分かるでしょうね!?」
あぁ分かる…分かるさ、自分の『恋人』を忘れる奴がどこにいる。
―――――
―――
―
人が密集する部屋の中には看守もいた。聞くと普通ならこういうことは絶対にいけないのだが、『もう犯罪はさせないため』ということで特別にOKしたそうだ。
俺は迷惑をかけてしまったと、友に涙声で言いった。
そして白いワンピースを着た『彼女』を抱きしめた。 |