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ゆっくり、恋して…
作者:DEG
この話は、べた恋企画第二回参加の『告白』のテーマ作品です。
彼女が彼に出会ったのは運命だとか、そんなことを彼女は考えもしない。

ただ、それは偶然彼の事を知っただけで。

ただ、それは……――









「漫画の読みすぎね…」

「うわー、クールねぇ凜は」

「もうちょっと夢持ちなさいよー」

「そーそー。理想の恋ぐらいしたいじゃん?」



ある昼休みのある教室、ある女の子達のグループの雑談。

お弁当を机合わせにして食べる彼女達の会話内容は、当然年頃に相応しいそれ…つまり色恋話。

「一目惚れが恋って言える?有り得ないよそんなの」

そんな四人の中で一人だけ浮いた考えを提起する、彼女。

名を、北条 りんといった。

「…凜って冷めてるわよね。優しいけど」

「勿体ないよねぇー、せっかくいい顔と性格なのに…だから彼氏いないのよ」

「そーそー。女の子らしくないみたいな?」

「別に無理して恋愛することはないでしょう」

凜からすれば、彼女達の恋に憧れる姿が不思議だった。

一目惚れなんか現実であるはずはないし、第一自分には恋というのがわからない。

「あーもー、凜にもなんかあるでしょ!?誰か気になる男とかいないわけっ!」

「気になるって…」

そう…『恋』がなんであるかはわからないけど。

「……山上とか?」

「「「……え?」」」

三人が凜に詰め寄って囁き合う。

「いや…あの、そういう気になるじゃなくてさ」

「山上は確かに、気にはなるけど……変だし」

「そーそー…つかキモくない?」

「キモいなんて言っちゃダメよ。それに変でも気になるにはなるでしょ」

彼……山上が変だということは凜も否定しないまま、四人の注目は教室の端に向いた。

「……」

彼女達の視線の先では、男子生徒が何やら熱心に机に向かっていた。

いまどき鉛筆を使い、字ではない何かをかいているらしい。

「ほら…またキモい絵描いてるし」

「あいつ絶対オタクだよね…陰気臭いって!」

「凜、本気であいつが好きとか言うわけ?」

「……気になるっていっただけよ。好きなんてそんな簡単に言えるわけないでしょう」

「……はぁー。やっぱクール過ぎなのよ凜はー」

「まぁそこがいいんだけどねー」

「そーそー。で、優しいもんね」

「…あのね…」

凜は呆れたようにため息をつく。

そしてもう一度少しだけ、山上の方をちらっと見た。未だに彼は黙々と手を動かしている。

――凜が『気になる』彼。本名は、山上 漣路れんじという。

彼女達が言うように、学校での評判は『変な人』だ。いつも一人でいる上に、大低何かしら絵を描いている。

その割に成績は普通。あまり勉強している姿は見掛けられないのに、と周囲からは不審な目でも見られている。

そして、かなり無愛想なのだそうだ。話し掛けられても短い反応のような返事しかせず、まともな会話ができないと噂されている。凜は話し掛けたこともないが。

別に好意があるわけでもなし、単に変だから気になっているのかもしれなかった。

ただ、そんな理由などなく……不思議と彼のことが常に頭に引っ掛かっていた。凜は別にそれが何だとも思っていなかった。



そんなある日。

凜が週直になっていた時の放課後、凜が鍵を掛けるために教室へ戻ってくると、誰もいなくなった静かな教室にまだ一人だけ残っていた生徒がいた。

あ、と凜は思った。

「……」

漣路が机に向かい、熱心に絵を描いていた。放課後の施錠時間を忘れている程集中しているらしい。

凜は何となく声をかけるのも悪い気がし、彼の側にそっと近づいて覗き込んでみた。

「(…へぇ……)」

そして漣路の絵を見た瞬間、ある種の感動を覚えた。

彼はB5のノートに綺麗な風景を描いていた。特に上手だとか技術云々以前に、凜はその絵に見入った。

動物や小さな木が描かれているだけだが、不思議に優しい感じがする。

そして横で眺める凜に気付いているのかいないのか、漣路は消しゴムで何度か絵を修正をしたあと鉛筆を置いて、ノートを持ち上げた。

「……いい絵だね」

凜はふと漣路に声をかけた。

すると漣路は持ち上げた絵を眺めたまま、返事をする。

「ん……」

返事かどうかわからない独り言のような声だ。しかし凜はまた話し掛けた。

「いつもこんな絵を描くの?」

「ん……まぁ。ほら」

漣路はノートのページをめくった。すると、そのノートには他に色んな風景の絵が沢山描いてあった。

どれも鉛筆描きで汚れているが、何かすっきりするような元気が出るような、そんな気のする絵だった。

「へぇー…上手だねぇ」

「そうか?」

凜が褒めても、漣路はどことなく素っ気ない。が、凜は別に気にしなかった。

「私はこういう絵好きだよ」

「…ありがと」

そしてそこで漣路はふっと笑って振り向いた。

その顔を見た時、何故か凜は少し嬉しくなった。

こんな風に笑う人なのか。

「もう大丈夫?施錠時間過ぎてるよ」

「ん?…ああ」

漣路は言われて教室の時計を確認し、ようやく立ち上がった。

凜は漣路が出た後に教室の鍵を閉め、漣路に声をかけた。

「じゃあね」

「おぅ」

またしても返事は短いものだったが、漣路は凜に手を振って歩いて行った。



「――山上って、悪い人じゃないよ?」

その後日、凜は友人達に話した。

「…いや、でも無愛想じゃない?」

「そうかな?」

噂ほど無愛想という印象を、凜は漣路から受けていなかった。むしろ変な人だということも偏見であったような気がした。

確かに口数は少ないが、別段人当たりが悪いわけでもない。彼は単にいつも絵に夢中なだけだ。

「ちょっと…もしかして凜、山上に気あんの?」

「気があるとかじゃないよ。みんな山上のこともうちょっと知ったらって言ったの」

「やめときなよー、もっとカッコイイ人とかいるじゃん!ほら、バスケ部の大山君とかさぁ」

「あ、大山君カッコイイよねー!」

と、凜を置いて三人の女子は別の男の話で盛り上がる。

大山というのは凜も知っていた。バスケ部のキャプテンで顔立ちも良く、女子に広く人気がある。

しかし茶髪や軽率な素行から真面目な人ではないと思っていた凜には、どうでもいい話だった。



――そしてその日の放課後も、また凜は残っていた漣路と話をしていた。

「絵、好きだね」

「うん…」

しばらく凜はそんな没頭する漣路を、彼の前に座って眺めていた。

短く自然と無造作に跳ねた黒髪は変には見えたが、妙に漣路の雰囲気と合っていた。

「……」

「――あ、何?」

いつのまにか見入ってしまった凜は、不意に漣路に見返されてぎくりとした。

「帰る」

「え?あ、そだね」

漣路はノートをしまって立ち上がった。凜も続いて、二人で出てから教室の鍵を閉めた。

「…北条部活は?」

「私?あぁ、今日はオフだから」

唐突に名前を呼ばれて少し凜は焦った。ちなみに彼女は弓道部に入っている。

「山上は部活ないの?」

「帰宅部だ」

「そっか」

成る程、帰宅部は陰険なイメージを持たれているものだ。みんなが彼を疎外するのも仕方ないかもしれない。

漣路も実際少し内気かもしれないが、なんだか中身の明るい人のように凜は感じていた。

そしてその後二人は一緒に帰路を歩いた。

相変わらず漣路はほとんど口を開かなかったので会話らしい会話こそなかったが、ある時に不意に漣路が言った。

「俺なんかと一緒に歩いてていいのか」

「え?」

「北条まで変な奴だと思われるだろ」

どうやら漣路は自分の評判を知っているらしかった。それでそんなことを言うので、凜はふと苦笑してしまった。

「そんなこと思ってたの?」

「悪いか」

また素っ気なく答える漣路の様子が、照れ隠しにも見えた。

「別に変だっていいよ」

「…変なヤツだな」

「あなたが言ってるんじゃないの」

凜は何だか可笑しかった。

漣路が無愛想だというのは、表面的な物言いだと解った。ちょっと変わってはいるけど、ちゃんと応えてくれる人だ。

そのあとは互いによく喋った。他愛のないことばかりだったが、凜はどうにも漣路と話すのが楽しかった。



「ねぇ凜、最近山上と仲いいってホント?」

ある日、部活後に着替えていると友達が凜に尋ねてきた。

「まぁ…友達にはなったかな?」

「へぇー。まさか好きになっちゃったとか?」

「そんなのじゃないってば…」

何かというと好きだとか恋だとかに繋げるものだ。大体、恋が何なのかわからないのに好きかどうか判るはずがない。

「あはは。まぁ凜って何気に変わってるし、山上とは案外合ってたりするかもね」

「もう、やめてよ…」

しかし、そんなことを言われると不思議なむず痒い感覚があった。

凜にはそれが何の気持ちなのかわからなかった。

「あ、そうだ。なんか大山君が凜のこと狙ってるらしいよ」

「えっ?」

凜は、悪い意味で驚いた。

彼女は今までにも何度か男子に言い寄られた事があった。つまり『告白』を受けているのだ。

彼女自身自覚していないが、凜はその包容的な性格と際立たせない容姿が魅力的だった。

しかし凜はその都度嫌気がさしていた。話したこともない、よく知らない人から突然
「好きだ」と言われる度に、少し嬉しくはあったが面倒だった。

何故そんな風に軽はずみに自分を好きだと言うのか、凜は不可解でならなかった。

「私は大山君って好きじゃないけどね…凜はどう思ってるの?」

「…私も、あんまり」

そして大山にまでと聞くと、凜は少し不安になった。彼のことは好きではなかった。

「そか。まぁ告白してきたら軽くあしらってやりなよ。しつこいかもしんないけど」

「うん、ありがと」



しかし、その後日凜はさらに嫌な話を聞いた。

いつものように四人でお弁当を食べている時に、一人が大山の話を口にした。

「ねぇ、大山君が凜を狙ってるって…」

「知ってるよ。…はぁ」

「最近彼女と別れたんでしょ?チャンスじゃん、付き合いなよ凜!」

そう、大山は付き合っていた子と別れたらしい。それで次に凜に目をつけているというのだ。

しかし凜にとっては尚更不安を煽る話だった。

「…私別に付き合いたくないよ」

「は?ちょっと何言ってんのさ。大山君だよ?」

「羨ましいよねー、よかったじゃん凜」

勝手なことを言うものだ。みんなはあまり浮いた話に縁がないから羨ましいかもしれないが、凜にとっては苦しいだけだった。



その日で、週直の仕事は最後だった。

凜は週直だったここ最近、施錠時間まで毎日教室に残っていた。

「……楽しいか?」

「ん…どうだろ?」

えへへ、と凜は漣路に苦笑する。

「やっぱり変なヤツだな」

「変で結構。あなたといるからかもね?」

相変わらず絵を描きながらも、そんな凜を見て漣路も皮肉るように苦笑いを見せる。

凜は、漣路がそうして普段見せない仕種を段々するようになってくれたのが嬉しく感じていた。

何故そんな風に思うのかはやっぱりわからないけれど、凜は漣路と話すのがなんとなく楽しみだった。

「…ねぇ、山上は恋ってどんなものか解る?」

「…さぁ」

「皆『恋がしたい』って言ってね、好きな人を探してるんだけど…私にはよくわからないの。探して見つかるものじゃないでしょう」

「俺もわからんな…」

鉛筆を動かしながら漣路は生返事をする。

「…山上は、誰かを好きになったことはある?」

すると、一瞬ピタリと漣路が停止した。

――が、すぐにまた手を動かしながら答えた。

「…なったことは、ない」

「そっか。どんな気持ちなのかな、恋って。やっぱり興奮したりするのかな?」

凜がそう言うと、ふっと漣路が笑い声を漏らした。

「いや興奮はしないと思うけど……多分」

と、語尾にふと言ったが凜は気付かなかった。

「……北条は恋したいのか」

「え……んー、ちょっとは興味あるけど、別にしたいってわけじゃないよ。よくわからないし、ね」

凜は口ごもった。しかし漣路は
「そうか」と言ってそれ以上何も聞かなかった。

「山上は興味あるの?」

「さぁな」

「ふーん」

何とも歯切れの悪い会話をし、気まずいわけでもなくしばらく二人は静かになった。

そして鉛筆の走る音が止み、同時に漣路が口を開く。

「…もう時間過ぎたな」

「あ、本当だ」

時計を見た凜は立ち上がり、漣路と一緒に教室を出た。

電気を消し、施錠する。そして教室の前で漣路と別れるのだ。が、そうするのも週直だった今日までだと凜はふと思った。

「ふぅ、これで週直終わりっ」

そのとき漣路が何か考えている様子を見せたが、凜は気に留めず、いつものように言った。

「じゃあね」

「……ん」

漣路の返事は、しかしいつもより素っ気なかった。それがほんの少し気になったが、凜はそのまま背を向けて部活へ行こうとした。

「…北条」

「?」

が、漣路に呼び止められて振り返った。

「部活頑張ってな」

「うん。山上もたくさん絵描きなよ」

凜は漣路に手を振った。すると口元をふっと上げながら、やわらかく彼は微笑んだ。

凜はもう一度漣路に背を向けると、少しにやけた。それに気付いて、不思議な気持ちがした。

この妙な心のほころびが何か、未だもってよくわからなかったが、嫌な気はせず元気が出るような気がした。

漣路と別れ、凜はいつもより愉快な気持ちで歩き出した。



そして、週末になった時。

「………」

凜はいつになくぼんやりしていた。というより、家で一人でいる時には何もしないとどこか落ち着かなかった。

全くどうしたのか、凜は少し考えた。

――よくわからないが、ふと気付けば頭の中で自分は漣路のことを考えているのだ。前のような、漠然とした虚な存在でなく…この一週間の彼との会話を邂逅したり、声を思い出したり、表情を思い浮かべたりしていた。

そうして漣路の事を思ううちに、言うならば心に物足りなさを感じた。それは今までに感じたことのない、一種の焦燥の混じった憂鬱だった。

凜は何とかして妙なそれを紛らわそうと、勉強したり本を読んだりもしたが、一体それは消えなかった。



何故だか、夢中で絵を描きながら、不器用に話す漣路の姿が、頭から離れないのだ。



「………何なんだろ…」

夜、布団に入った時までそれは変わらない。凜は一人で呟いていた。

そしてうとうとと眠りにつきながら、無意識のうちにぼんやりと凜は思った。



また山上と話したい―――



………



後日、授業が終わって次々に生徒が帰り出した頃。

「凜ー部活行こー」

「はーい」

部活の友達が、扉の近くから凜を呼んだ。

まだ教科書を整理していた凜は、返事をしながら荷物を纏めて立ち上がろうとした。

その時、同じように席を立っていく生徒の中にふと目についた人がいた。

「あ、ちょっとごめん。先に行ってて」

「ん〜?……あぁー、わかったわかった。ふふ、頑張りなよ凜!」

友達はまるでからかうような声援を言い残すと、にやにやしながら行ってしまった。

凜は苦笑しながらそれを見送ると、窓際の席に近づいた。

「…あれ、今日はあんまり描けてないね」

「ん……」

凜がその席を覗くと、漣路のぼんやりした声が返ってきた。

いつもより、ノートの絵が描き込まれていなかった。

「…部活、行かんでいいのか」

「あ、うん今行くの」

そしてその日は妙に、漣路が凜を催促した。

「何か詰まって描けないの?」

「ん……まぁ、うん…」

「?」

ちょっとだけ凜は首を傾げた。

漣路にしては珍しく歯切れが悪い。

「……北条ってさ」

「ん?」

と、漣路が何かを凜に尋ねようとした時。

「ねぇ凜凜ちょっと!」

「えっ、何どうしたの?」

後ろから、凜の友達の女子生徒が慌ただしく腕を引っ張った。

そして彼女は漣路を一瞥して怪訝な目をしたが、すぐに凜に詰め寄った。

「大山君!凜の事呼んでる!」

「え……」

「?」

凜はぎくりとした。

「ほら早く!」

そして急かすその友達にそのまま連れられ、教室の外まで引っ張られた。

「ぁ…」

「あ、北条さん?」

そこには長身で、茶髪をたたせた男子生徒がいた。彼が大山だと凜は一応知っていた。

「…何か用?」

「あのさ、ちょっと屋上まで来てくれない?」

いきなりそんな事を大山は言った。

また『告白』を受けるのか、と凜は嫌な気持ちがした。

「ごめん、部活あるから」

「あ、俺もあるしいいよ。じゃあ終わったら体育館裏に来てよ」

「……わかりました」

流石に断りづらいので、仕方なくそこで凜は頷いた。

「来てよ」と再び大山は念を押すと、さっさと行ってしまった。

凜はため息をついて教室へもどった。すると立ち聞きしていた数人の女子が凜に群がった。

「ねぇ何て言われたの?告られたの!?」

「後で来い、って…それだけよ」

凜はそう言って鞄を肩にかけたが、女子達は、やれ羨ましいだの断れだのと、喧しく騒ぎ立てていた。

「何だったんだ?」

漣路が少し気掛かりな様子で凜に声をかけた。

「うぅん、何でも。じゃあね」

「…?あぁ…」

が、凜は彼に軽く手を振ってそのまま教室を出て行った。

漣路には、何だかこんな自分の姿を見られたくない気がした。



――夕方頃、部活を憂鬱な気分で終えた凜は言われた通りの場所に来た。

これまでも何度か体育館裏に呼び出されたことがある凜は、その静かな場所にも慣れていた。

人もほとんど通らないこの場所は、『告白』を実行するにはお誂え向きだ。

が、人の声も余り届かないその場所は、凜にとっては気苦しいだけだった。

「――あ、ごめん。待たせちゃったかな?」

そしてしばらく待っていると、大山がそこへやってきた。

やけに気取った笑みを浮かべている。

「新入りの指導長引いちゃってさぁ。あいつらマジ下手なんだ」

「…用って何かしら?」

大山の物言いを少し不快に思いながら、凜は口早に尋ねた。

「あぁ、俺の事知ってる?」

「名前はね」

「あのさ。俺、北条さんがずっと気になってたんだ」

凜がわざと素っ気なく返してみても、聞いてみただけなのか大山は勝手に話し出した。

「見た時から好きになったんだけどさ…一目惚れしたんだ」

腰に手を当てて、何故か体を揺らしながら大山は言った。

「俺と付き合ってくれないかな?」

そして唐突に言われ、やはり軽い男だと凜は確認した。

今までもこんなに下心だけの告白を受けた印象はない。何か一目惚れと言っているようだが、全くそんな気持ちは凜は感じなかった。

「…ごめんね、私はそんな気になれないわ」

凜ははっきり大山に言った。早く諦めてほしかった。

「…なんで?」

「大山と付き合う気にはならないの………っ!?」

と、いきなり凜は大山に肩を掴まれた。

「理由になってないよ。なぁいいじゃん」

そして高い目線から大山は言い寄ってきた。どうやら本性が出てきたらしい。

凜は振り払おうとしたが、なおも大山は手に力を入れた。

「…やめて」

「何で?俺バスケ部のキャプテンなんだよ?」

「関係ないでしょう。離して」

凜は無理矢理、大山の腕を跳ね退けた。

「別にあなたが好きじゃないの。じゃあ」

そう言って振り返る。早々にこの男から逃げた方がいい。

「いやちょっと待てよ」

しかしそれは大山によって遮られた。凜は後ろから肩を掴まれ、無理矢理体を彼に向けられた。

「なに純情ぶってんの?いいだろ付き合うぐらい」

「何が……痛っ!!」

凜は掴まれたまま、体育館の壁に押し付けられた。もがいても力が強くて敵わない。

「何?俺の事嫌いなわけ?」

「好きじゃないって…っ!」

パンッ、と音がして凜は弱く頬を打たれた。

少し頬が熱くなる。

大山は腕に力を入れたまま、撫で付けるような声で言った。

「じゃ好きにしてやるからさ。付き合ってよ」

「……嫌」

凜が再び低い声で言うと、大山はぴくりとした。

そしてもう一度凜の頬をピシャッと叩いた。今度は先程よりも強い音がし――



「ぅぶゅっ!!」

「!?」

突然大山が顔面を殴り飛ばされた。

「……」

「あ…ぇ」

凜を離し、地面に尻餅をつく大山を睨みつけているのは漣路だった。

何故ここにいるのか……それよりも、凜は呆気にとられていた。

「ッんだテメェコラァ!」

大山は起き上がって漣路に殴り掛かった。

「あっ…!」

漣路は顔を殴られた。凜は思わず悲鳴を漏らした。

だが彼は怯まずに大山の胸倉を掴むと、なんと頭突きを喰らわせた。そして思いきり大山を突き飛ばし、彼を再び睨みつけた。

「ぅう…!」

大山は思わぬ痛みに臆したのか、情けない格好で体育館裏から逃げていった。

「…や、まがみ」

ぼんやりと、目の前の人を凜は呼んだ。

「…頬っぺた大丈夫か」

凜は言われて、ハッとした。

「あ、あなたの方が!早く保健室行かなきゃ!」

「は?いや、おぃちょっと」

殴られた漣路の頬は腫れ上がって口から血が少し出ていた。自分よりも重傷なのだ。

凜は何か言う漣路を無理矢理保健室に引っ張っていった。

ただ、彼の傷にしか頭が回らなかった。



「ごめん…」

「何が」

…日が沈み始めた夕方、二人は以前のように静かな帰り道を歩いている。

保健室で貼ってもらった湿布が目立つ漣路に、凜はぽそりと言った。

「なんで…来て、くれたの?」

さっきから妙に恥ずかしい。現場が現場だったからだろうか。

自分を助けに来た時の漣路は、こんな言い方も慣れてないけど……かっこよかった。

そしてその時の漣路の顔は、とても怒っていた。それがなんでか、嬉しかったのだ。

だが今、凜は漣路の顔をなんだか直視出来ずにいた。

「たまたまだ」

「へ?」

「弓道場行ったら北条がいなかったから……帰り際に見かけた」

「道場に?どうして?」

わざわざ部活が終わる時間まで待っていたのだろうか。何のために?

凜が尋ねても、漣路も何故か彼女を見ようとしなかった。

彼は頭を掻きながら、やけに口を渋らせた後つぶやくように言った。

「ぃや……北条が見たかったから」

「えぇっ?」

凜は、不覚にも苦笑してしまった。

「な、なんでまた?」

「知るかよ。なんかお前の顔が見たくなったんだ」

「そ、そうなの?」

凜はあたふたと受け答えをした。

なんでこんなに焦っているのだろうか。こんな感覚は知らない。なんだか嬉しいような痒いような。

「……」

「……」

それから、二人は黙り込んだ。何かを言おうと思っても話が思い付かなかった。

が……ふと、凜は足を止めた。

「……私」

「ん…?」

少し先を歩いた漣路も足を止め、振り返る。

――たった今、気付いたこと。

「私ね、山上は好きかも」

凜はちょっと微笑みながらそう言った。

漣路は、表情も微動だにせずに黙っていた。

「えっとね…皆が言う『好き』とは違うかもしれないんだけど」

そんなにはっきりしたものではないけれど。

「何て言うのかな…もっと、山上を好きになりたい気がするの。なんだか変よね」

「……別に」

そして、漣路は何かぼんやりした調子で言った。

「俺も、一緒だし」

「……えっ?」

一瞬凜は、心臓が高鳴るのを感じた。

つまりそれは……

「普通に好き、だよ…」

そんなことを、少しはにかんで言う漣路が凜は可愛く思えてしまった。

「……ふふ、ありがと」

「ん……」

そうして、どちらからともなくまた歩き始めた。



「ね」

「ん?」

「これ、『告白』?」

「…知らん」

「そっか。ふふっ…」

そんな他愛もない会話が、楽しい。

自分と一緒に笑う彼の笑顔をもっと見たい。

――これが、恋愛なのかはわからないけど。

いいよね。ゆっくり、恋しても……



終わり方あっけないです。地味です、はい。
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