坊主と乞食は三日やったらやめられないと世間で耳にすることがあるが、正にこの言葉の意味することを実際に行って生計を立て生活している男が京都の町にいた。
男は自称、風海堂珍坊と名乗っていて、京都市内を流れる桂川の土手沿いに住居をかまえていた。住居といっても、おおよそ世間一般が考えるような一戸建て住宅のようなものでなく、川から流れてきた廃材とか捨ててあるダンボールやビニールなどをつなぎ合わせて作られた、雨露さえしのげたら充分といった程度の簡素な作りの小屋といったところだろうか。珍坊の小屋の正面にはポストの代わりに看板が立てかけられていて、国有地につき無断で使用不可と注意書きされていて痛々しい。しかし、みすぼらしい小屋の外観とは裏腹に小屋内は珍坊が粗大ゴミ置き場から拾ってきた電化製品が狭い室内を埋め尽くしており、日常の生活をするには、問題ないものであった。
珍坊は、午前十時過ぎに目を覚ました。いつも決まった時間に起きるのではなく、実に自由きままに日々をすごしている。それでも、寝てばかりいては、さすがに生活できないので、日銭を稼ぐために、仕事にでかける準備を始める。万年床から抜け出た珍坊はジャージ姿から商売道具の袈裟に着替えて、坊主のいでたちに変身する。頭は毎日、剃刀でツルツルに剃髪する。三十分ほどで仕事をする為の準備を整えた珍坊は、用心深く小屋の扉を開けると周囲を見渡した。珍坊が用心深くするには訳があった。それは、珍坊が以前暮らしていた大阪の公園での出来事が原因である。公園で路上生活していた時に、近所に住んでいる悪ガキにテントを襲撃されて殺されかけた経験があったためであった。それ以来、家を出る時は不審な者がいないどうかチェックする習慣になっていた。はたから見たら珍坊自体が一番怪しいように見えるのだが、珍坊自身はそのようなことはしるよしも無い。
周囲に不審な者がいない事を確認した珍坊は、仕事の托鉢業務をする為に、人の多い観光地の嵐山に向かって、川の土手沿いを歩き始めた。
歩きながら、珍坊は坊主になりきるために奇声をあげる。
「法施ぃぃぃ〜、ほっせぃぃぃ」
この奇声ならぬ発声は実に効果的であって、すれ違う散歩がてらの爺さん、婆さんなどは、珍坊を見ると拝んだりしたりする。すかさず、珍坊はチャンスだと思い、施しを受ける為の鉢を拝んでる人に差し出す。チャリンと音がして、鉢の中に硬貨が入れられるのである。茶色の硬貨がほとんどなのだが、銀色の硬貨が入ることも多々あるのだ。たいてい、珍坊が嵐山につく頃には、鉢の中は千円前後の硬貨が入っているのだった。
(ほんと、坊主はボロイなぁ〜)
珍坊は小銭の山を見て、しばしば思うのであった。
嵐山の渡月橋に着いた珍坊は、托鉢に専念する。専念するといっても、ただひたすら立ってるだけで、ときおり奇声をあげるだけで、じゃぶじゃぶ鉢に小銭が投げこまれる。ぼろい商売である。
三時間ほど、托鉢をして稼ぎがだいぶでたので、そろそろ、小屋に帰ろうと思った時、突然女性に声をかけられた。
「毎朝テレビなのですが、少しお話うかがっていいでしょうか!」
珍坊はテレビ局が、俺に何のようだと思ったがしばらく黙って様子を見ることにした。
「実はテレビ局に――資格もないのに托鉢を行っているものがあるので取材してほしいと……」
質問されても黙ってる珍坊。さらに、女性アナウンサーは痛い質問をしてくる。
「どこの、お寺の方なのですか?」
珍坊はどう答えていいか、わからないが黙っていても、よけいに怪しまれると思い適当に答えることにした。
「風海堂寺じゃ」
「風海堂寺ですか? どこにあるのですか?」
「この近所にあるんじゃ。もう答えたからいいでしょう。商売の邪魔をしないでくれ」
「えぇ? これって商売なのですか?」
珍坊はしまったと思った。商売とつい口がすべってしまったのだ。アナウンサーに同行しているカメラマンが珍坊の動揺をとらえようと寄って撮影してくる。
「ちょっと、カメラはやめてくれよ! こんなの営業妨害でしょうに!」
「えぇぇ? 今ぁ、営業妨害っていいましたよね。托鉢って営業なのですか?」
またまた、口がすべってしまった珍坊。答えれば答えるほどにボロが露呈していく。
さらにアナウンサーは、たたみかけてくる。
「ところで、どこの宗派の方なのですか?」
(宗派だとぉ、なんと言って誤魔化そうか)悩む珍坊だったが、昨日コンビ二で拾った弁当の食材が閃いた。
「俺の宗派はチベット密教のチャモ派じゃ、チャモだ、チャモぉ」
「はぁ? チャモ派ですか! チャモ派なんか、聞いた事ないのですけど……」
どうやら、返答を間違ってしまってようであった。アナウンサーはますます疑問の目で珍坊を追い込む。そして、止めのひと事をいった。
「実はですね、私達は事前に、何日も前からあなたの事を調べていたのですよ。お住まいは、桂川に架かる橋の欄干の下に違法に建ってる小屋に住んでおられますね。どう見ても、あれはお寺なんかじゃないですよ!
それと、その袈裟とかはどこで用意されたのですか?」
袈裟が以前暮らしていた大阪の公園で、ホームレス仲間から五千円で売ってもらったことなど、死んでも言えない珍坊であった。
「袈裟の事も、私達は裏をとっていますよ! あなたは、仲間の方に売ってもらっていますよね!」
(うぐぅ。こいつらどこまで知ってやがるのだ)
アナウンサーのたたみかける攻撃に白旗を振る事を決意した珍坊は、カメラをさえぎってアナウンサーに耳うちした。
「正直にお話しますので……ここからはオフレコで頼みます」
カメラが止まったのを確認した珍坊は取材陣たちに対して言った。
「どうも、すいませんでした。もう、ここで、商売しませんので勘弁してください」
その後、珍坊は取材陣達に二度とこのような詐欺行為はしませんと誓約書を書かされて、意気消沈しながらとぼとぼと小屋に向かって帰路にたった。
(くそぉ、全くひどい目にあった。明日からはどうしようか? とにかく渡月橋では、もう商売はできないなぁ! 明日からは場所をかえて托鉢しよう。そうだ、明日からは清水寺にでもいくか!)
全く懲りていない珍坊であった。珍坊は夕飯の食材探しに帰り道すがら、スーパーの廃却ゴミ捨て場を漁ることにした。スーパーに着いた珍坊は、とりあえず、ビールだけはさきほどの施しを受けた小銭を使って買った。その後、おかずを求めて、廃却場に行った。廃却場は珍坊にとっては宝の山なのである。飽食日本にあって賞味期限がきれただけで捨てられる食べ物たち。さてと、今日は何をいただいて帰ろうかと思って物色をしていると、珍坊の目に山のように捨てられている冷凍食品が目にはいった。
(うひゃひゃ、こりゃ凄い!)
珍坊はすかさず、ビールを買った袋の中に、餃子の冷凍食品を袋に入れれるだけ詰め込んで持って帰った。
小屋に戻った珍坊は、フライパン片手にさきほどスーパーで拾った手包み一口餃子なるものの調理を行った。昨日食べた、コンビ二弁当の空き箱に焼きあげた餃子をのせる。香ばしい匂いが狭い部屋に充満した。
実に食欲をそそる匂い。早速、ビールを一口のどに流し込んだ。今日は嫌なことがあったので、ビールのほろ苦さが格別に美味かった。さらに餃子もパクパク口に入れた。少し苦い感じがしたが、ビールの味が残っているのだろうと、さほど気にもとめない珍坊であった。どんどん、食が進む珍坊。酔いが少しまわったのか、人恋しくなった珍坊は自家用発電機のスイッチを入れてテレビをつけた。
ちょうどテレビはニュース番組がやっていて、食品の事がとりあげられていた。ニュースの内容は冷凍食品から毒物が検出されて、各地で被害者が続質してるとの事。
「視聴者のみなさん。すぐに冷凍庫を調べてください。そして、これと同じ物があったら、絶対に食べないでください」
興奮した口調でアナウンサーが注意を促している。
(何騒いでやがるんだ)
珍坊は餃子を口に入れながら、アナウンサーが絶対に食べないでくださいと言ってる冷凍食品を見た。
そのアナウンサーが持ってる冷凍食品は、珍坊がスーパーで拾ってきた、手包み一口餃子であった。
珍坊は度肝を抜かれた。
そして……
次の日、珍坊のつけっ放しのテレビから、ニュース映像が流れている。
「今日、昼すぎに京都市内で冷凍食品を食べて……亡くなっていると思われる男性が見つかりました。
視聴者のみなさんも、今一度、冷蔵庫内を確認してください。そして、絶対に食べないでください」 了。 |