彼女が言うことには:choco編
皆が同じ登場人物、同じ設定で書く「グループ小説」の第三弾です。前回までの作品や、他の作者様の作品を読みたい方は「グループ小説」で検索してみて下さい。
「で……君は何で死んじゃったのかな?」
彼女は答えない。
僕は今、死んだ少女と話している。というよりも、一方的に話し掛け続けている。
まさか僕も、この少女が本当に死んだとは思っていない。多分、『死』についてよく分かっていないが故の思い込みの一種だろう。急にどうしようもなく眠くなったか、軽い日射病にでもなったか、とにかく一時的に気を失ったのだろう。今日は五月の末、暦の上では初夏だとはいえ、今の感覚では考えられない程に暑い。この天気ならそんな少女の一人や二人、中学校の裏の小道に倒れていたところでおかしくはない。
僕が道端に倒れている彼女を揺り起こすと、彼女はきょとんとした様子で私を見つめ、辺りを見回して、それから自分の手を、足下を見た。彼女は真っ赤なキャップをかぶっていて、大きな、吸い込まれるような茶色い目をしていた。僕が、大丈夫? と聞くと彼女はややぞんざいに、あ、はいと答えた。今思えば、若干呼吸を荒げていたような気がする。僕が今度は、何をしていたの? と聞いてみると、彼女は突然、ええ、だの、あの、だのと言い淀んで、
「死んで……ました」
とだけ答えた。
お家はどこ? お友達は? 他にもいくつか質問を投げ掛けてみたが、彼女は僕の目を見たりあさっての方向を向いたりするだけで、それらに答えようとしなかった。見様によっては、何かを言い淀んでいるように見えなくもなかった。とうとう聞くことのなくなった僕が彼女に名前を聞くと、辛うじて、
「ゆうり」
と、答えを聞くことができた。僕はその名前を聞いて、一瞬どきっとした。僕の片思いの相手とよく似ていたからだ。
とにかく暑いから、と僕はゆうりを連れて、大型スーパーのフードコートに入った。フードコート直結の自動ドアをくぐると中の空気がとても冷たくて、僕は自分がかなりの汗をかいていたことに気付いた。
ゆうりはあっさりと『知らないお兄さん』について来てくれた。あまつさえ僕の手をしっかりと握って。僕はその不用心さが少し気になったが、あえて気にしないことにした。
気にし始めたらきりがないからだ。
僕がソフトクリームを買ってやると、ゆうりは、ありがとうございます、と言って、恐る恐る、といった風に舐め始めた。
もう少し喜んでくれるものだと思っていた僕は、少しがっかりしながらしばらくその様子を眺めていた。
ソフトクリームは嫌いだったのかな、と思っていたのだが、ゆうりがそこそこ早いペースでソフトクリームを食べていたので、僕は、そういうわけではないのか、と少し安心した。だとしたら遠慮していたのだろうか。僕は、なかなかませているな、と感心しつつ、自分の分を舐めた。それは口の中ですぐに溶けてしまった。
ゆうりは、自分の素性に関すること、そして自分の『死因』について、かたくなに話さなかった。
道端で話したときとは違い、確固たる決意を持って話さぬようにしている風に見えた。表情も固く、視線は常に僕のみぞおちの辺りにあった。――僕は目を見られなくて少し安心した。本当に吸い込まれそうだったから――彼女を見つけた時は単にシャイなのかとも思ったが、そうではなかったようだ。もしかしたらそれ以外のことはよく喋るのかも知れないが、その『それ以外のこと』が――なにしろ初対面の少女が相手だ――さっぱり思いつかない。僕があれこれ思案を巡らせている間にもゆうりは、ほてった身体を冷やすかのようにソフトクリームを食べ続けていた。
とにかく、早く『それ以外のこと』を見つけるべきだ。そこから何らかのヒントが得られるかも知れないし、そうでもして住所でも何でも聞き出さないとゆうりのご両親に迷惑をかけてしまう。何でもいい、何か話さなければ。第一僕は、純粋に彼女と話したいのだ。
「えっと……ソフトクリームおいしい?」
「はい。おいしい、です」
かなり流暢で、トーンも落ち着いた、喋り慣れた発音だ。見たところ年齢は四、五歳といったところだが、声だけ聞いていればとてもそうとは思えない。成人している、といっても信用されるのではないだろうか。
「ゆうりちゃんはソフトクリーム好きなのかな?」
「はい。よく……お父さんと、食べに来るので」
「今お父さんどこにいるの?」
ここまででゆうりは口をつむってしまった。じゃあお母さんは、と聞いても、やはり口を開かない。沈黙が続いた。僕が、もしかして嘘なのだろうか、と溶けかけのソフトクリームを舐めると、ゆうりも全く同じように自分のを下から上へと舐めた。その姿は僕に、ともすれば色っぽくさえ見えた。
ややあって、その沈黙は意外な形で破られた。
「あの……良介、さん」
ゆうりから口を開いた。やっと何か喋ってくれる。本来はこのままゆうりに話させるべきなのだろうが、僕はどうしてもあることが気になった。僕は彼女に名前を教えた覚えがないのだ。僕はゆうりに『名前を吸い取られた』かのようなある種の恐怖を味わいつつ、聞いた。
「あれ、僕君に名前教えたっけ?」
僕の言葉にゆうりはあからさまに戸惑い始めた。初めて会ったときに、だの、いや違くて、だのと、一人ごちているのか言い訳しているのかわからない口調で言葉を並べた。
「ああごめん気にしないで。で、何かな?」
絶対に普通ではない。ゆうりは絶対に僕に何かを隠している。今までの『らしくない』言動もあいまって、その思いは確信に変わった。
――君は誰なんだ、僕に何を隠しているんだ――
口をついて出てきそうになったが、すぐに飲み込めた。
とにかく今は、ゆうりの話を聞くことが先決だ、そう思ったからだ。僕は、ゆうりが自分を隠してまで、僕に大事なことを話そうとしている、と、更に言えば、ゆうりは僕にとって、大切な存在であると確信していたのだ。僕はゆうりが、僕にそれを伝える為だけに『生き返った』誰かである、と、――もしくは、それを伝えにきた『魔法使い』かなにかであると――半ば本気で考えていた。
ゆうりは、ふう、と長く息を吐いて、話し始めた。
「あの……良介さん、には……好きな人って、いますか?」
初対面の少女にする話ではない気もするが、僕は答えた。これはこの後に続くであろう大事な話の前置きのはずだ。
「え? ああ……うん。由利さん、っていうんだ」
そう、僕の片思いの相手は、由利と言う。僕はゆうりに、君と名前が似てるね、と気の利いたことを言おうとしたが、余計なことを言えば、結果としてゆうりの話を遮ることになるだろう、と思い、止めた。僕はなんとなく『ゆうりの扱い方』が分かってきた気がした。
そんなことを考えつつゆうりを見ていると、ゆうりの表情が明らかに変わってゆくのがわかった。凝り固まった表情がすっとほぐれ、まるでショウケース越しに宝石を眺めているかのような、喜々とした、そして恍惚とした表情になった。『どうしたのか』は聞かない。恐らくその笑顔は、僕の返答に向けられたものだから。ゆうりは、あの、と一度どもってから、僕にこんなことを言った。
「あの、由利、さんはきっと、良介さんのこと、大好きだと思います!」
こんな突拍子もないことを言われても、僕はもう驚かない。ゆうりは続ける。
「だから、その……もし、由利さんになにかあっても、ずっと由利さんのこと好きでいて欲しいんです!」
ゆうりが若干紅潮している。ゆうりがそうとう『勇気をふり絞った』であろうことが伺える。――もし本当に、ゆうりが死んだのだとしたら。このことを伝える為に生き返ったのだとしたら――ゆうりが誰なのか、なんて、もうどうでもいい。そのとき僕は恐らく、ゆうりに恋にも似た感情を抱いていた。
「うん、わかった。約束する」
「ほんとですか!?」
ゆうりが両手で握っていたソフトクリームのコーンが、くしゅっ、と音をたてて壊れた。
ありがとうございます! と言って、ゆうりは僕にソフトクリームを突き出した。
僕が反射的にそれを受け取ると、ゆうりは席を立ち、僕の隣りに回って、僕の肩を掴んでジャンプし、頬にキスをしてから、物凄い勢いで外に向かって走りだした。僕はゆうりを追いかけなかった。もう彼女の用事は済んだはずだから。僕はゆうりからもらった方のソフトクリームを舐めた。涼しさに慣れた僕の口に、それはより甘く感じられた。
僕がある二つの大きなニュースを聞いたのは、その日の夜のことだ。
一つは、身元不明の少女が、近くのマンションから転落死したというニュースだ。ある小児愛者がこの頃世間を騒がせていただけに、警察は殺人事件として捜査を進めているそうだ。
そしてもう一つは、由利が行方不明になったというニュースだ。ニュースキャスターが読み上げた場所と名前からして、間違いなかった。なんでも前日の昼ごろ買い物に出かけたきり行方がわからないそうで、転落死の現場と近いこともあり、警察はそちらと同一犯の可能性も視野にいれて捜査を進めているそうだ。
ブラウン管越しに見ると、すべてがおとぎ話か何かのようだった。
例えどんなに身近な人であろうとも、テレビを介した時点でそれは『他人事』だった。
ひょっとしたら、ゆうりは由利が生き返った姿だったのかも知れない。僕はまるで、おとぎ話の続きを想像するかのように、ふとそう思った。何か、僕に伝えたくないような惨い死に方をした由利は、僕にあのことを伝えたいがために、少女として再びこの世に現れたのではないか。そして想いを伝えた後に、いないはずだったゆうりという存在をこの世から消し去ったのではないか――
恐らく、もうすぐ僕のところには警察が来るだろう。僕がゆうりと話している姿は、何人もの人が目撃しているはずだ。そのとき僕は、僕が彼女を殺しました、と言うだろう。僕がいなければ、ゆうりはこの世に存在すらしなかったのだから。
そんな事をして何になるのか、だとか、その後の僕の人生だとか、そんなことはもはやどうでもよかった。なぜならこれは、一人の恋する女の子が主人公の、ただのおとぎ話なのだから。
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