第5章:心配
その日、夜遅くになっても、コナンは帰ってこなかった。もう、夜9時になろうとしている。
蘭は、何度もコナンの携帯電話にかけてみたが、繋がらず、メールの返事もなかった。阿笠の家かもしれないと思い、電話をかけてみる。
「ああ、蘭君。今、電話しようとしておったところじゃ」
「え?ひょっとして、哀ちゃん、帰ってないんですか?」
「そうなんじゃ・・・コナン君も帰っておらんのか?」
「そうなんです。携帯も繋がらないし・・・」
「哀君の携帯も繋がらんのじゃ・・・それに、歩美君や光彦君たちのところにもかけてみたんじゃが、哀君とコナン君、今日も学校に行っておらんようじゃし、みんな、二人の行先は知らんようじゃった」
「・・・そうですか」
蘭の不安が大きくなる。向こうの電話口の阿笠も同じだろう。
「とりあえず、心当たりを探してみるつもりなんじゃが・・・」
「私も、探してみます」
と言って、電話を切った蘭だが、心当たりは、他になく、途方にくれてしまった。
阿笠が受話器を置くと、すぐに電話が鳴った。
「哀君か?・・・あ、目暮警部・・・」
哀からの電話かと思ったが、電話の主は、目暮警部だった。目暮は、すぐに迎えの車をやるので、来てほしい。コナンと哀の所在を教えると言って、電話を切った。
「新一君、哀君・・・まさか」
阿笠は、不安といやな予感と、何も話さなかった二人への、小さな怒りなど、複雑な心境で目暮からの迎えの車を待った。
*****
コナンと哀が行方不明になった翌日、蘭は、インターネットで、非合法組織が関わっていたといわれる茨城の工業団地での爆発火災事故の際、ケガをしたらしい男女二人の小学生が車で運ばれたという目撃談を見た。ただ、警察からの公表はなく、しばらくすると、テレビなど、マスコミで、未確認情報として小さく報道されていた。
(あの二人かもしれない)
蘭は、コナンと哀があの事件に関わっていたのではないかと思っている。二人が行方不明になった時期と重なるし、最近、二人で出かけることが多かったこともあり、よくいつも二人が真剣な表情で会話していたのは、このことだったのではないのか。と思えて仕方がなかった。
あのコナンが自分に連絡をしてこないということは、連絡ができない状況にあるとしか思えない。
コナンの携帯電話に何度かけても、繋がらないし、メールも返ってこない。
(コナン君・・・そして、新一。今、どこにいるの?もう帰ってこないの?私を一人にしないでよ。私はどうすればいいの?)
そして、蘭の心に浮かぶひとつの疑惑。
工藤新一も、あの非合法組織の事件に巻き込まれたのではないのか。あの組織は、化学薬品の工場をいくつか持っていて、ある人体に大きな影響を与える薬品の実験を行っていたフシがあるという。
新一は、その薬品などによって、行方を隠さなければならない状況になったのではないのか。そして、新一と入れ替わるように現れた江戸川コナン。コナンは、新一ではないのか。何度も蘭が疑惑を抱いたそのことが、また心に浮上してくる。
そして、灰原哀。彼女もまた、この事件に関わりのある人物ではないのか。二人は、そのために、行方不明になってしまったのではないのか。そう考えれば、二人の持つ、子供離れした雰囲気、頭の良さは、納得がいく。そして、仲の良かった理由も・・・。
蘭の心には、疑念と心配が渦巻き、ずっと眠れない夜を過していた。
コナンと哀の行方がわらなくなって3日目、毛利探偵事務所の電話が鳴った。今では、押しも押されもしない名探偵と呼ばれる毛利小五郎が電話に出る。
「はい、毛利探偵事務所・・・あ、目暮警部。・・・えっ、コナンの消息がわかった・・・」
蘭は、父親の電話に会話に聞き耳をたてる。コナンが見つかったというのだ。しかし、電話をしている小五郎の顔は、段々と難しい表情に変わっていった。
「コナン君、どこにいるの?無事なの?」
電話の受話器を置いた父親に畳み掛けるように訊く。だが、父の反応は鈍かった。
「・・・コナンな、あの哀という子と一緒に、事故に巻き込まれて大怪我をしたそうだ」
「・・・うそ・・・で、ケガの具合は?どこの病院に居るの?」
「二人とも危険な状況は脱したらしい・・・ただ、入院先は教えてもらえなかった・・・何か、機密事項に触れるらしい。警察関係の一部しか知らないらしい」
「そんな・・・お見舞いにも、行けないじゃない」
「二人の親戚に当たる阿笠博士と新一の両親には、どこに居るか伝えられているそうだ。博士と有希ちゃんがついてるらしい」
*****
先に目覚めたのはコナンだった。左腕に銃創があり、弾丸が1発残っていた。他に頭と背中を強打していて、頭と背中に大きな怪我をしていた他、左腕を骨折しているのと火傷が少し見られた。
結局、警察の上層部の判断で、他に口外しないことを条件に、二人の親戚である新一の両親と阿笠には、慶杏病院にコナンと哀が入院していることが知らされた。
「気がついた?」
さすがに有希子が心配そうに小さくなったわが子を覗き込んでいる。隣に父の優作と阿笠博士の顔も見える。
「・・・」
なんともいえない、不思議そうな顔をしていたコナンだったが、やがて目の色が変わって起き上がって叫んだ。
「灰原・・・灰原は!?・・・うっ」
背中や腕に痛みが走る。頭と腕、背中に包帯が巻かれている。
「ほら、痛むんでしょ?起きちゃだめ。彼女は、まだ集中治療室よ。拳銃の弾は摘出されたけど、頭も強く打っているようで、まだ危険な状態だって・・・」
有希子は、正直に話した。コナンにヘタな嘘は無意味だということは、彼女が一番心得ている。
「灰原・・・守ってやるって約束したのに・・・守ってもらったのは、俺のほうじゃねぇか・・・」
「ね。新ちゃん、信じましょ。彼女も元気になるって。笑って話せる時が必ず来るって。あなたが命を賭けて守った子でしょ?あなたを放って逝っちゃうわけないわ」
「そうじゃ。哀君が死ぬわけがない。彼女は、これから幸せになる権利があるんじゃしな」
阿笠も自分に言い聞かせるように頷いた。
コナンは、集中治療室との仕切りのガラスに顔をつけ、人工呼吸器をつけた哀を見つめていた。頭の包帯が痛々しい。
「小さな体で、ずっと闘ってるのね。コナン君・・・上からの指示で、何があったのかは聴けないんだけど、哀ちゃんが撃たれたのは、ひょっとして、コナン君を守ったから?」
いつの間にか、佐藤刑事が横に立っていて、哀を心配そうに見ていた。
「うん。アイツ、何の躊躇もなく、拳銃で狙われた僕を庇った・・・守ってやるって約束したのは、俺の方なのに・・・」
「そう・・・助かるわよ。だって、コナン君がこんなに心配しているんだから・・・彼女も、自分が守った人に会いたいはずだから・・・」
「うん・・・ありがとう。佐藤刑事」
(灰原。必ず起きろ。みんな・・・みんな待ってんだ。帰ろうぜ、博士やあいつらの待つところへ。お前の居場所は、あそこなんだからよ。そして、俺の居場所も・・・お前の傍なんだから)
コナンの病室に阿笠が訪ねてきた。
「新一君・・・」
「博士。ごめん。灰原を守るって約束してたのに、あんなケガさせちまった・・・ごめん」
「新一君、そのことは、怒っとりゃせん。哀君も、君を守りたい一心だったんじゃろう・・・じゃがな、水臭すぎるんじゃないかの。二人だけで・・・わしにも、役に立てることがあったはずじゃろう?」
「ごめん・・・でも、博士にこれ以上迷惑をかけたくない、命を危険にさらすわけにはいかないというのは、灰原の意志でもあったんだ・・・博士、博士が灰原を娘のように想っているのはよくわかってる。だから、無事に、灰原を博士の元に帰してやりたかった・・・俺のことは、どう思ってもいいさ・・・でもさ、灰原も、アイツも、博士のことを父親のように想ってるんだ・・・だから、わかってやってくれよ」
「新一君・・・今は、哀君が回復することを祈ろう。彼女と、また笑顔で話せる時が来ると、信じておるよ、わしは」
「博士・・・」
コナンは、博士の心労を思うと、頷くしかなかった。
哀の様子を心配して見守るコナンの横に、優作と有希子が立っていた。
「新ちゃん、寝てないと・・・」
「俺は、大丈夫。とても、寝てられねえよ」
「新一、今回のことは、お前と哀君で十分話し合って決めたことだろうし、済んだことだ、何も言わん。だが、お前、もう少し、周りを頼ったらどうだ?お前も、哀君も、全部一人で背負い込んで・・・迷惑をかけたくない、危険な目に遭わせたくないというのはわかるが、寂しいもんだぞ。特に、親が子に頼ってもらえないというのはな」
優作が、いつもと違って、少し寂しそうな表情で言う。
「それに、結果として、周りに迷惑をかけてるでしょ?哀ちゃん、あなたも大怪我して、蘭ちゃんや歩美ちゃん、光彦君たちも、服部君も、随分心配してるわよ・・・私達だって、どれだけ心配したか・・・」
「そだな。悪いと思ってるよ。でも、アイツの、灰原の背負っているものを思うと、アイツのこれからのことを思うと、みんなに知られるのは、やっぱりまずいと思ったんだ」
「新ちゃん」
「なあ、父さん、母さん。今は、アイツが元気になることだけを祈ってやってくんねえか?責めは、アイツが元気になってから、俺が受けるから・・・」
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