第48章:見つめあう笑顔それぞれ
勢いで飛び出してしまった。
そんな想いに、急に捕われてきた和葉は、新大阪駅まで来て、少し冷静さを取り戻している自分に気づいた。
考えてみれば、新一ことコナンも、蘭も、いろいろ悩み、辛い想いをして、別れることにしたのだろう。
そんなことは、少し考えれば、和葉にだって、すぐにわかることだった。
新幹線の券売機が並ぶコンコースで、和葉は、迷っていた。
(しもたなあ…あんま、深こう考えんと出てきてしもた……蘭ちゃんに電話しとこかな?)
その時、和葉の携帯電話が鳴った。
着信画面を見た和葉、少し驚いて、その電話を取った。
「蘭ちゃん!?」
『和葉ちゃん、元気だった?』
「…蘭ちゃん…うち……」
和葉は、次の言葉が出てこなかった。
しばらくして、蘭の優しい声が耳に届く。
『ごめん…服部君から聞いたよ……和葉ちゃん、和葉ちゃんの言いたいこと、わかってるよ…』
和葉は、新大阪駅のコンコースの真ん中、人々が忙しく行き交うなかで、携帯電話を持ち、立っている。
『ホント、ごめんね、和葉ちゃん』
「え?」
『友達なのに、ちゃんと、新一のこと、新出先生のこと、話してなかったから…』
「…それは…」
『私、和葉ちゃんの気持ち、わかるよ…私が和葉ちゃんの立場でも、怒るかもしれないし……ね、和葉ちゃん、今、どこ?』
「新大阪」
『それじゃ、こっち、来ない?久しぶりに顔も見たいし、電話じゃ、ちゃんと、話せないし…』
そう言う蘭の声に、和葉、しばらく考えていた。
「やめとくわ…今日は、やめとく……そやけど、今度、蘭ちゃんの結婚式の前に、いっぺん、そっち行くから、そん時、話して」
『わかった、和葉ちゃん、楽しみにしてるよ』
「…あんまり、のろけんといてな」
『和葉ちゃん!』
「ハハ…ほな、蘭ちゃん、ごめんな」
携帯電話を耳から離すと、和葉は、後を振り向いた。
「平次、そこにおんの、わかってんで!」
和葉の言葉に、柱の陰から、平次が出てきた。視線を外し、横を向いている。
「なんや、わかっとったんかいな」
平次は、和葉の傍に来ると、ポンと、彼女の頭を軽く叩いた。
「ほんまに…後先考えんと、飛び出しよってからに…」
珍しく、大人しく俯いている和葉に、平次は、フッと微笑んだ。
「ほら、帰んで」
歩きかけた平次は、動かない和葉を見て、また、足を止めた。
「和葉?」
「ごめん、平次…うち、人のこと…自分の都合のええように決め付けとった…ちょっと、考えたら、わかんのに…蘭ちゃんも、工藤君も、苦しい想いして、辛い想いして…やっと…そやのに、うち、自分の…想いだけで、みんな見てて…1人で腹立てて…アホな話や」
「和葉…」
「蘭ちゃんと工藤君って、うちと平次に似とるやろ……そやから、うち、工藤君が蘭ちゃんから離れたのが、ごっつ、いややった…」
「和葉、俺と工藤は違う…そやろ?俺は、小ちょなってへんし、ずっと、お前の傍におったし……そやけど、工藤見てて思った…ちゃんと、お前に気持ちを言わなアカン、て…ずっと、お前を守ったるから…傍におってくれ…な…」
「平次……」
和葉は、平次の顔を見つめていたが、その視線を外し、フッと微笑んだ。
「ええよ、その代わり、うちを口説く気ぃやったら、くど…コナン君みたいに男を上げなあかんで…」
「は?……お前こそ、あの姉ちゃんみたいに、もっと綺麗になってくれや……今のままやったら、見た目小学生のあの姉ちゃんに負けてんで…」
平次は、いつか、哀を誘拐犯から助けたときのことを思い出して言った。
あの時、イタズラっぽく笑った哀の顔、可愛いというより、綺麗だった。その顔が、平次の脳裏から今も去らない。
「失礼なこと言わんといて……まあ、哀ちゃんが綺麗なんは、認めるけど…」
頬を膨らませた和葉は、平次を睨んだ。
しばらく睨みあっていた2人は、お互い、同時に吹き出すと、心の底から、楽しそうに笑った。
*****
「ねえ、光彦君」
「はい?」
「ちょっと、話があるの」
修学旅行の宿で、夕食の後、グループ毎のミーティングの前の時間、歩美は、光彦をこの旅館の中庭に呼び出した。
「歩美ちゃん、何です?話って…」
「…服部さんって、何歳だっけ?」
「は?…服部さんって、大阪の?」
「うん」
「蘭さんと同い年ですから、僕たちより10歳上の22歳か23歳だと思いますが」
「そう……光彦君は、コナン君と哀のこと、どう思う?」
「どうって?」
「コナン君の精神年齢って、いくつかな?」
「はあ…?」
「だって、コナン君、服部さんや蘭さんと同じように話し、できるでしょ?」
「そうですねえ…20歳は越えてるような気はしますね、確かに…」
「私、追いつけるかな?」
「?何がですか?」
「コナン君の、その精神年齢に…」
「はぁ…」
「だって、そうじゃないと、コナン君と哀の友達でいられないかもしれないもん」
最初、光彦には、歩美の言いたいことがわからなかった。
コナンと哀が普通の小学生でないことには、光彦も感じている。
あの黒の組織の事件の時、半年も2人に会えなかった。その後、帰ってきた2人は、以前にも増して、2人だけの絆が強くなっていたような気がした。
もっとも、当時は、あまり深く、そんなことを考えていたわけではなかった。ただ、2人は、仲が良くなっていた。自分達には、わからない、入れないものができていた。
なんとなく、そんなことを考えていただけ。
そして、最近になって、光彦には、不思議に思えることが多くなってきた。
コナンと哀の大人びた雰囲気。
確かに、自分も含め、マセた小学生は、多い。
しかし、コナンと哀は、違う。
ただ、マセているだけでなく、知識や知恵が、子供離れしている。いや、それどころか、自分の知る大人以上のものを持っている。
低学年の頃には、あまりわからなかった2人の凄さ、不思議さが、最近、理解できるようになってきた。そして、それを感じるたびに、ひとつの疑問が胸に沸いてくる。
江戸川コナンと灰原哀は、何者なのか。
歩美は、自分と同じことを感じていると思う。だから、今の言葉は、少し意外だった。
歩美が考え込んでいたのは、大人びているコナンや哀の不思議、なんとなく感じる2人の秘密めいた関係のことではなく、自分がそんなコナンと哀と友達でいられるかどうかという心配だったのだ。
コナンと哀が何者であろうとも、数年のときを過ごし、助け合ってきたかけがえのない仲間であることには、変わりはない。
2人に、なんとなく、自分たちの知らないもの、秘密を感じていながら、それを知ることより、そんな2人と、友達でいることの方が、歩美には、大事なのだろう。
「哀は、コナン君と…その同じくらい、頭もいいし、話もちゃんと、できるじゃない?」
「そうですね。コナン君の方が、灰原さんに負けてるなって、思う時もあるくらいですね」
「だから、私、コナン君や哀と、ずっと、友達でいられるかな、って…」
さっき、戸田写真館の前の堀端で聞いたコナンの電話。
相手は、大阪の服部平次らしい。
平次とコナンの仲がいいのは、よく知っていたが、コナンが「服部」と、当たり前のように呼び捨てにしていることに、歩美は、驚いた。
そして、そのことを当然のように傍で聞いている哀。
歩美も、光彦と同じように、コナンと哀が、自分達とは、違うと気づいている。
2人には、何かある。
で、なければ、あんな大人以上に大人の言動、知識を持てるはずがない。
しかし、それ以前に、歩美にとって、コナンと哀は、大事な仲間なのだ。
2人が何者であっても、それは、譲れない。
「大丈夫ですよ。お2人とも、歩美ちゃんのこと、大事にしてるじゃないですか…それに、そんなことで友達を決めるような人じゃないでしょ?コナン君も灰原さんも…」
歩美の気持ちを見透かすような光彦の言葉に、思わず笑みが零れる。
「僕には、わかってますよ。コナン君も、灰原さんも、歩美ちゃんに感謝してるんです…それに、僕も、歩美ちゃんには、感謝してます」
「え?」
「転校生だったお2人に、真っ先に声をかけたのは、友達になったのは、歩美ちゃんですからね。歩美ちゃんがいなかったら、お2人とは、友達になれなかったかもしれませんから」
そう言って笑顔を向ける光彦の言葉には、歩美は、涙が出そうになるくらい、嬉しかった。
「光彦君…」
「だから、コナン君と灰原さんが、僕たちと友達になったのは、仲間だと、僕たちが言えるようになったのは、歩美ちゃんのお蔭なんです…探偵団が5人になってから、ホントに、楽しかったですし、これからも、仲間でいられたら、いいなと思います」
「そだね…ありがとう、光彦君」
「こちらこそ」
(確かに、コナン君と灰原さんが何者なのか、興味はありますけど、それ以上に、歩美ちゃんにとっては、2人と友達であることが大事なんですよね…僕も、そう思います)
うれし泣きしそうな歩美の顔を見た光彦は、優しく笑顔を向ける。その彼の笑顔に、歩美も笑顔になった。
*****
「どした?」
コナンは、夕食後、平次からの電話を受けてから、あまり口を開かなくなった哀の様子に、彼女を外へ連れ出して訊いた。
「おめえ、ひょっとして、和葉ちゃんのこと、気にしてんのか?」
「和葉さんは、あなたと蘭さんに、服部君と自分のこと、重ねてる…」
「あん?」
「私は、いくら責められても、構わない…でも、あなたや蘭さんのこと、和葉さんが悪く思うのは……」
「ったく…おめえは、いつもそうだな」
「え?」
「自分のことは、後にして、いつも、俺や周りの人のことばっか、気づかって…ま、そこに惚れてんだけど…」
赤い顔をして、それでも、コナンは、真っ直ぐに哀を見つめた。
「気にすんなよ…和葉ちゃんだって、わかってるさ……俺は、俺。服部は、服部…そうさ、彼女には、服部がついてんだ…蘭に新出先生、おめえに俺がいるようにさ」
少し、得意な顔のコナン。その顔を見つめていた哀は、フッと笑みを浮かべる。
「ホント、あなたといると、悩むことがバカらしくなってくるわ…」
「俺に、悩んでると博士みたいにハゲるって言ったの、誰だよ」
「失礼ね」
「おめえが言ったんだろ?」
2人は、顔を見合わせると、声を立てて笑い合った。
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