第46章:和葉
「はあ」
何度目だろう。コナンは、深いため息をつき、衣装をつけた自分を映す鏡をみた。
哀と2人でこの戸田写真館にやってくると、いきなり、体の大きな元太に羽交い絞めにされ、目を細めて笑う光彦と共に、奥の更衣室に連れて来られた。
おそらく、哀も同様、歩美とマリアに捕まっただろう。
ただ、哀の場合、力ずくではなく、歩美の泣き落としにあっていると思うが。
「おめえら!何すんだ!」
「暴れんなよコナン。お前にとって、嬉しいこと、やってやんだからよ」
「そうですよ、コナン君。君も気に入りますから…」
そして、コナンは、白のフロックコートに着替えさせられていた。
そんな自分を今、鏡で見ている。
「はあ」
もう一度、ため息をつく。
(これって、どう見ても新郎の衣装だよな…ま、写真館で俺がフロックコートを着せられた、となりゃ、俺と哀の結婚式の写真でも撮る気、だな…)
コナンは、うんざりした顔で、鏡に映る自分を見ていた。
(まあ、なんとなく、予想は、してたけど…)
しかし、そんなコナンの気鬱は、写真館のスタジオで、自分の隣に並んだ哀の姿を見て、すっかり消えてしまう。
花嫁衣裳のドレスを着た哀が、スタジオに入ってきたときから、コナンは、彼女から目を離せなくなった。
コナンと同じように、光彦も、そして、こういうことに疎い元太まで、ポカンとして、哀に見惚れている。
「私…こんな、白いドレス、着られる女じゃないのに…」
そんなことを言いながら、哀が赤い顔をしている。
そして、そんな哀の手を取り、ニコニコとした歩美が、マリアと2人、彼女をコナンの横に並ばせる。
「哀…」
純白のウエディングドレスに身を包んだ哀は、とても小学6年生には見えない。
ウエスト部分からの流れるようなドレープが柔らかいカーブを描き、その左の腰のところにコサージュがあしらわれている。
成長し、さらに女らしくなってきた哀。少し膨らんだ胸、そのキャミソールの胸元は、シンプルだが、ビージィングが細かく配されていて、大人びた哀には、よく似合っている。
そして、哀の髪に飾られた少し大きめの白い花束。
それが、彼女の茶髪によく似合っていて、コナンは、それを選んだ人の目の高さに感心する思いだった。
「綺麗でしょ?…この歩美さんが、ここのおばさんといろいろ考えて選んだんだよ」
哀の向こうで、歩美が胸を張る。
こんな格好をさせられては、さすがの哀も、悪態をつくわけには、いかず、大人しく、コナンの横に佇んでいた。
「さ、腕組んで…嬉しそうに笑って…写真、たくさん撮っておくんだから…」
歩美がコナンと哀にそう言うと、イタズラっぽくウインクしてみせる。
少し、恥ずかしそうに俯き、コナンの方を向いている哀と、その彼女に見惚れているコナン。
その2人の様子を見て、微笑み合った歩美達4人は、満足したようだった。
*****
「平次!ちょっと!」
大阪。
服部平次の家に幼馴染が乱入してくる。
「なんやねん…」
自分の部屋でパソコンを使い、事件のデータや資料を探していた平次は、ノックもなく、乱入してきた遠山和葉を睨んだ。
「平次んとこにも、来た?」
「なにが?」
「招待状や!蘭ちゃんの結婚式の!」
和葉は、いつもに増して機嫌が良くない。
その様子に、タジタジになった平次は、立ち上がると、和葉の肩に手を当てた。
「ま、まあ、落ち着けや…なに興奮してんのか知らんけど、とにかく、座りぃ」
和葉の肩を押さえるようにして、畳の上に座らせると、平次も、彼女に向かい合って座った。
「?…どないした?」
黙ってしまった和葉に、平次は、不審な顔をして、その顔を見た。
「…蘭ちゃん…結婚すんねんで」
「そやな」
「結婚って…」
「お前、毛利の姉ちゃんが新出先生と付き合うてんの、知ってたやろ?」
「…それは、知ってたよ…そやけど、結婚って…」
「なんで…アカンのか?」
「…工藤君のこと、蘭ちゃん…忘れてもうたんか?」
「それは…」
和葉、キッとして、顔を上げ、平次を睨んだ。
「だいたい、工藤君が未だに行方不明やのに、平次も、蘭ちゃんも、あんまり気にしてへんやん!」
「そ、そんなことないで…」
平次は、両手を出し、和葉の勢いを止めるようにそれを振る。
「おかしいわ!…平次、あんた、なんや、隠してるやろ……前に、コナン君と哀ちゃんが大ケガして、やっと帰ってきて、見舞いに行ったとき…あん時から、おかしいと思てたんや!…あれから、平次、工藤君の話、ほとんど、せえへんやん!」
「それは、アイツ、俺にも、最近、連絡くれへんから…」
「そやったら、よけい心配やろ?普通…そしたら、最近、蘭ちゃんもヘンになってきて…工藤君のこと、あんだけ気にしとったのに、新出先生と付きおうて…何!?結婚するやて!…おかしいやん!」
「和葉…落ち着けって…」
「工藤君がかわいそうやん……うち、認めへん!こんなん…蘭ちゃんの結婚式、行かへんから!…平次だけで、行ってき!」
「お、おい!和葉!」
言うだけ言うと、和葉は、立ち上がって、平次の呼びかけに、返事もせず、彼の部屋から出て行った。
(和葉のヤツ…)
*****
『そういうわけなんや…』
「そう、和葉ちゃんらしいね」
平次からの電話を受けた蘭は、受話器を持ち、苦笑して言った。
『すまんなあ』
「いいのよ。確かに、事情を知らない和葉ちゃんからみれば、私って、おかしいし…」
『そのことやけど…』
平次が沈黙し、間を置いて、蘭が聞き返した。
「うん?何?」
『あんたと工藤、それに、あの姉ちゃんがええ言うんやったら、和葉にホンマのこと、話してやりたいんや』
「服部君……」
『俺、アイツに隠し事すんの、もう限界や…前は、工藤やあの姉ちゃん、それにあんたの命の危険も考えられたからな、黙ってられたけど…今は、それも、のうなったし…アイツに嘘、言うてんの、つろうなってきてな』
苦しそうに言う平次の声に、蘭は、目を細め、優しい笑みを浮かべる。
「いいよ…私は…和葉ちゃんも、警察官の娘だから、事の重大さを認識できるでしょうし、それなら、口外もしないだろうし…何より、服部君のためにも、その方がいいでしょ?」
『おおきに……』
「お礼を言うのは、私と新一の方よ。服部君の苦しみ、気づいてやれなかった私たちが悪いよ」
蘭には、和葉の気持ちがわかるような気がする。
彼女は、新一と蘭の姿に、平次と自分のことを重ねているのだろう。
幼馴染で、彼は、探偵で、自分は、武道が好きで、そして、事件を追う探偵のキラキラした目が好きで。
よく似ている。平次と和葉は、かつての新一と蘭によく似ている。
だから、蘭が他の男性と結婚すること、和葉には、許せないのだろう。いや、見るのがいやなのだ。認めたくないのだ。
何年、離れていても、大切な幼馴染であれば、その関係は、変わらないと、和葉は思いたいのかもしれない。
今の蘭は、新出智明を愛している。だからこそ、彼のプロポーズを受け入れた。
蘭は、思う。
恋は、その意志とは関係なく、その人を見たり、話したりしただけで、恋してしまうことがある。
しかし、愛は、違う。
愛するというとは、自分で決めることができる。
その人を愛そうという決意があれば、愛そうと努力すれば、人は、人を愛することができる。
もちろん、その人が、自分が愛することができるものを持っている人であることは、必須条件ではあるが、それさえあれば、人は、決心することで、人を愛することができる。
自分は、工藤新一に恋をし、今は、新出智明を愛すると決心した。
蘭は、そう思っている。
和葉は、平次に恋をしている。だが、愛そうと決心しているのか、いないのか、それは、わからない。
哀は、コナンこと新一を愛することを決意した。そして、コナンも、哀を愛することを決意している。
(恋が愛に変わったとしても、愛するという強い決意は、必要だよ。和葉ちゃん)
受話器を置きながら、蘭は、大阪に住む親友の顔を思い出していた。
*****
「そういうこっちゃ」
平次は、コナンと哀、それに黒の組織の事件を真相を和葉に話すと、そう言って、胡坐をかいた足に手をかけ、体を後に反らした。
和葉の家を訪ねた当初、彼女は、なかなか平次に会おうとしなかった。
「自分、俺の話し、聞かれへんのか!俺を信用せえへんちゅうこっちゃな。わかった、もう、好きにせえや!」
平次が和葉の部屋の前で、いつになく真剣な声を上げると、彼女は、ゆっくりと部屋の扉を開いた。
そんな和葉に、平次は、すべてを話した。
和葉は、目を大きくし、信じられないという表情をした。
そして、何かを考えるように、黙って俯いた。
「…信じられへん……人が小そうなるやて…そんなん、信じられへん…」
和葉が言ったのは、平次が話し終えてから、かなりの時間が経っていた。そして、幼馴染の顔を不思議そうに見ている。
「そやかて、事実は、小説より奇なり、や」
「…そんで、その…工藤君は、蘭ちゃんやのうて、哀ちゃんを選んだってことやの?」
「そやな」
「なんで…?蘭ちゃん、あんなに工藤君のこと、待っとったのに…」
和葉に真実を話した今でも、和葉自身が思っていた新一と蘭の関係が無くなってしまったことには、変わりはない。
「ひどいやん…工藤君…散々、待たしといて、自分は、違う女の人と……蘭ちゃんも蘭ちゃんや…」
「和葉…」
「平次…うち、これから東京へ行く!工藤君と蘭ちゃんに会う!」
そう言って、和葉、立ち上がった。
「お、おい!和葉!ええ加減にせえよ!」
「そやかて、うち、納得でけへん!」
止める平次を振り切るように、和葉は、自分の部屋を出て行く。
そんな幼馴染の後姿を追いながら、平次は、深いため息をついた。
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