第43章:予感
自分勝手なのかとも思う。
以前、好きだった幼馴染。
いや、今でも、大事な人には、変わりはない。
ただ、「好き」のカタチが変わっただけ。
彼女が結婚するという。
それを聞いたとき、ホッとしている自分がいる。彼女の幸せを願っているのは、本心だが、罪悪感から解放されることに、胸を撫で下ろしているのも事実。
一枚の案内状を見つめ、コナンは、そんなことを考えていた。
「どうしたの?」
今の自分にとって、一番大事な人に声をかけられ、コナンは、ハッとして顔を上げた。
「蘭さんの結婚式の案内ね」
哀は、すべてを知っている。
自分が蘭のことをどれだけ大事に想ってきたか。今の体になってから、新一を待ち続ける彼女を見ていて、どれだけ辛い想いをしてきたか。
だから、哀には、何も隠す必要もない。
コナンにとって、哀の存在は、何ものにも変えがたい。その理由のひとつは、彼女が自分のことをよく知り、理解してくれているから。
「蘭さん、きっと、幸せになれるわね」
阿笠邸のリビングのソファ。哀は、そう言いながら、コナンの前のテーブルにコーヒーカップを置き、彼の隣に座る。
「ああ」
短く返事をしたコナンは、そっと、哀の肩に手を回した。
体を寄せ、肩に頭を載せてくる哀の髪を撫でると、コナンは、リビングを取り巻くような、阿笠邸の大きな窓に目をやった。
コナンは、黙って、哀の肩を抱いたまま、窓の外を見ている。
いろいろ、巡る想いがあるのだろう。
哀は、目を閉じて、ただ、コナンの手のぬくもりを肩に感じている。
コナンが今、何を思っているのか、哀には、すべてわかるわけではない。
蘭と彼との繋がりは、哀が思っている以上に強いし、長い。
そして、自分。
蘭と会う度、彼女の顔を見る度に感じてきた胸の痛み。それから、解放されるのではという、期待。
そのホッとするような想いを、おそらく、コナンも感じているだろう。
自分の胸の痛みが消えることを祈って、彼女の幸せを願うのか。
身勝手かもしれない。
それでも、蘭の幸せを心から願うのは、偽りのない本心。
(お姉ちゃん…お姉ちゃんも、蘭さんの幸せを祈ってね)
蘭に面差しが似ている、今は亡き、自分の大事な人に、哀は、心で語りかけていた。
*****
「う〜ん…どうしたらいい?」
小嶋元太が、そのおむすび型の顔の顎に手を当て、考え込んでいる。
「そうですねえ…ここは、正攻法がいいのかもしれません」
元太と並んで歩いている光彦も、何か思案している顔だ。
「でも、あの2人、こんなに人気があるなんて…」
歩美は、そう言うと、後を振り返った。
歩美の目に入ったのは、何か難しそうな話をしているコナンと哀。
最近、歩美は、コナンと哀のことを不審に思い始めていた。
小学1年生の時から、コナンと哀は、自分達より頭が良いと思っていた。
事件に遭遇したとき、謎を解くコナン、その彼を一番理解していた哀は、歩美にとって、憧れの存在でもあり、大事な仲間でもあった。
しかし、自分も成長するに従って、コナンと哀が普通ではないと、強く感じ始めていた。
2人は、あまりに頭が良すぎる。いや、それ以上に、その言動は、大人以上のものだ。
2人共、英語が話せる。モーターボートが操縦できる。パソコンの知識も豊富。
それ以前に、持っている知識の量が半端でなく、広く、深い。
(元太君や光彦君は、どう思っているんだろう…)
コナンと哀のこと、普通の小学生ではないと、いや大人以上の何者ではないかと、歩美は、そう考え始めている。
歩美は、今、振り返って見た、自分達の後を歩いている見慣れた、大人びた2人の顔が、自分の知らない人のように感じて、少し戸惑っていた。
「歩美、どうしたんだよ?」
元太が後を振り向き、難しそうな顔をしている歩美を不審に思い、声をかけた。
その言葉に、コナンと哀も、前を向いて、歩美達の顔を見る。
「なんだ?どうした歩美?」
「歩美?」
みんなが自分の方を注目し、ふと、我に返る歩美。
「な、なんでもないよ!それより、どうするの?」
歩美は、改めて、元太と光彦の顔を見た。
「う〜ん…ここは、誠意を持って、話し合うしかなさそうですね」
真剣な顔でそう答える光彦に、コナンと哀は、顔を見合わせて苦笑する。
「おい!コナン、灰原!笑い事じゃねえんだぞ!俺達は、真剣なんだからな!」
元太が2人の様子に不満げに言う。
「わりぃ」
「ごめんなさい」
コナンと哀は、素直に謝るしかなかった。
事の発端は、修学旅行のグループ分けだった。
1泊2日で予定されている修学旅行では、クラスを6人のグループに分け、行動は、そのグループ単位を基本にし、後にクラスで行う感想や研究の発表も、そのグループを基本にしていた。
歩美達にすれば、いつもの探偵団のメンバーをグループにしたかったし、話し合いで決めると担任の教師が言うので、その願いは、かなうと思っていた。
問題は、あと女子を1人、誰を入れるかということぐらいだったが、1年生の時からの彼らを知る東尾マリア、松中ユリコもいるので、あまり心配は、していなかった。
ところが、意外にコナンと哀の人気が高く、2人と同じグループになりたがるクラスメイトが多くて、話し合いは、紛糾した。
クラスの多くの者が、自分達のグループにコナンと哀を入れたがった。
担任の教師は、コナンと哀のどちらか1人を歩美達のグループに入れ、もう1人は、別の、2人と同じになることを希望する生徒のグループに入れる案を出したが、歩美達には、受け入れられるものではなかった。
コナンと哀、それに光彦と歩美、元太の5人が揃わないと、意味がないと、彼らは思っている。
(どうでもいいと思うけどな…)
(こだわるわね、この子たち…)
そんなことを考えている2人を、光彦が睨んだ。
「お2人、どうでもいいと、思ってませんか?」
「「え?」」
コナンと哀は、図星を差され、同時に声を上げた。
「お前ら、一生一度の小学校の修学旅行なんだぞ!」
(俺は、2度目だけど…)
声を一段と大きくした元太を、コナンは、半目で見た。
「小学時代の一番大きな行事なんだからね!少年探偵団は、一緒に行動しないと意味がないんだよ!」
(どうして、意味がないのか、わからないんだけど…)
歩美の大きな声も、哀の心には、あまり響かない。
「何?哀は、私たちと一緒でなくてもいいの?」
「え?…いや、そ、そういうわけじゃ…」
半目で歩美に睨まれた哀は、少し慌てた。
確かに、何かあった時、彼らといる方が都合は良い。
自分やコナンのことを一番わかっているし、彼らのこともよくわかっている。いざという時、結構、彼らは頼りにもなる。
だからと言って、修学旅行で一緒でないといけないというのは、どうだろうか。
グループが違っても、クラスは同じだし、まったく一緒に行動できないというわけでもない。
「お前ら、誰のために…うっ…」
何か言いかけた元太の口を光彦が押さえた。
(?)
「元太君、しゃべっちゃだめでしょ」
「そうよ。2人には、その時まで、内緒なんだから…」
「すまん…」
コナンと哀に聞こえないように、声をひそめた光彦と歩美に釘を刺され、元太は、大きな体を小さくして謝っている。
「何やってんだ?」
コナンが不審げな顔を3人に向ける。
「え!?…あっ…へへ、なんでも、ありません」
「そ、そう、なんでもないよ、コナン君」
不審そうな顔をしているコナンと哀に、3人は、少し慌てて笑顔を向けた。
(アイツら、なんか企んでるな…)
(少し、いやな予感がするんだけど…)
コナンと哀は、3人の顔を不審げに見ると、黙って顔を見合わせる。その顔を見ると、何も言わなくても、お互いに思っていること同じだと、よくわかった。 |