第40章:噂
5つの影が帝丹小学校への道を歩いている。
あれから2年。
少年探偵団の5人は、6年生になった。
この間、穏やかな日々が続いている。
哀にとって、この2年は、今までになかった幸せな時間だったといえる。
「しかし、奇跡の探偵団ですね。6年生になって、また5人、同じクラスになれるなんて・・・」
光彦は、去年ぐらいから、背が急に伸びた。
元々、同じくらいの身長だったコナンと哀、歩美の3人に比べると、少し背が高かった光彦だが、1年生の頃から、体が大きかった元太と比較しても、身長では、ほとんど差がなくなっている。
「そだな。また、少年探偵団の活躍が多くなるぜ」
元太も光彦ほどではないが、身長は伸びている。もっとも、小学生らしからぬ巨体は、相変わらずだ。
「修学旅行もあるし、楽しみだね」
歩美も身長が伸びた。
小学生の高学年というのは、男子より女子の方が、成長が大きい。歩美は、光彦より少し身長が低い。しかし、以前は、クラスメイト達の中では、身長の低いほうだったのが、今は、中くらいまでになっている。
哀が心配していたのは、この成長だった。
アポトキシン4869により幼児化したコナンと哀が、普通の小学生のように、ちゃんと、成長していくのかどうか、それを気がかりにしてきた。
小学4年生の頃までは、コナンも哀も、さほど身長が伸びなかった。
「ねえ、哀。最近、蘭お姉さんに会った?」
そう尋ねる歩美の顔は、哀のほぼ、真横にある。
哀も、歩美と同じくらいまで、身長が伸びた。
「ううん。長いこと会ってないけど・・・蘭さんがどうかした?」
哀が答える。
コナンは、光彦、元太とサッカーの話で盛り上がりながら、哀たちより少し前を歩いている。
そのコナンも、光彦より、僅かに低いところまで、身長が伸びていて、その姿に、哀は、ホッとしている。
「この前、マリアちゃんが言ってたんだけど、蘭お姉さん、新出先生と、よく一緒に歩いてるのを見るって・・・」
「新出先生と?」
「うん・・・仲良さそうに歩いてるって言ってたよ。だからさ、コナン君、蘭お姉さんから、何か聞いてないかなって思ってさ」
歩美は、好奇の目で哀の答えを待っている。その顔に苦笑しながら、哀は言った。
「江戸川君からは、何にも聞いてないけど?」
「そうかぁ・・・コナン君か哀に訊けば、何かわかると思ったんだけどなあ・・・」
「それに、江戸川君も、最近、蘭さんと、ほとんど、会ってないわよ」
「え!?・・・そうなの・・・」
「・・・うん」
「・・・何?蘭お姉さんと喧嘩でもしたの?」
「そういうわけじゃ、ないと思うけど・・・」
「そうなんだ・・・コナン君って、今でも、蘭お姉さんのこと好きなんだと思ってたけど・・・あ!お姉さんとしてという意味だよ・・・コナン君にとっての一番は、哀だよ」
歩美が少し慌てて言うので、哀は、思わず、吹き出してしまった。
「そんなこと、言い訳しなくていいわよ」
「えへっ・・・でも、コナン君、蘭お姉さんと会ってないって・・・新出先生のこと、関係あるのかなぁ?」
「さあ・・・そういえば、もう1年になるわね・・・新出先生の奥さんが亡くなってから・・・」
「そうなんだよ・・・だから、新出先生と蘭お姉さん、付き合ってるのかな、って・・・」
30歳になる新出智明は、開業医で、この米花町で医院を経営している。
新出家は、以前、悲劇に見舞われた。
智明の実父が、その後妻に殺されたのだ。
その事件は、コナンが解決したのだが、これには、一部の関係者しか知らない事実が、今も隠されている。
智明の父、義輝は、浴槽につかっているとき、停電が起こり、そこへ、浴槽に入れられた電動シェーバーにより、感電死させられた。犯人である智明の義母、陽子が、その仕掛けをしたことを知らず、新出家でお手伝いをしていた保本ひかるが、停電時にブレーカーを入れたため、義輝は死亡した。
この真実を知っているのは、一部の警察関係者とコナン、それに智明のみだった。
ひかるがブレーカーを上げたため、義輝が結果的に死んでしまったことをひかる本人が知れば、それが心の傷になる。
それを怖れたコナンが、目暮警部たちと示し合わせ、その事実を隠蔽していた。
その後、黒の組織のベルモットが智明に変装し、彼を殺そうとしていたため、FBIのジョディたちが先手を打ち、智明が事故死したと見せかけ、アメリカで匿っていた。
その際、ひかると智明の祖母も同行していたが、一応の安全が認められた後、日本に戻っていた。
智明がひかると結婚したのが3年前。
しかし、その結婚生活は長く続かず、1年前、交通事故でひかるが亡くなった。
その時の智明の悲しみ方は、尋常ではなかった。
ひかるは、お手伝いとしては、優秀とはいえなかったかもしれない。
仕事を覚えるのには、時間も掛かったし、どちらかといえば、内気で、智明の父から怒られることも多かった。
彼女は、智明が東都医大の研修生だった頃、臨床実習で担当した患者だった。その縁で、新出家にお手伝いとして雇われた。
実の母を交通事故で失っている智明にとって、同じ交通事故で妻を亡くしたことは、よほど辛いことだったのだろう。
しかし、彼は、医師だった。
患者の命を預かる医師であり、責任感、正義感の強い智明は、医院にくる患者のために、立ち直った。妻を亡くした悲しみを乗り越えた。
少なくとも、彼の周りの人は、そう思った。
そんな智明が、蘭と一緒に居るところを目撃した者が大勢いると言う。
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「え?蘭が新出先生と?」
「何?気になる?」
驚いてこちらに顔を向けたコナンを、哀は、少し半目になって睨んだ。
下校途中、歩美や元太たちと別れてから、哀は、コナンに歩美から、蘭が智明と一緒にいるところをよく見られてるという話をした。
「あ・・・いや、そうじゃないけど・・・」
慌てるコナンを見て、哀は、クスっと笑った。
「冗談よ」
「おめえ・・・」
「でも、気になってるのは、本当でしょ?」
「まあな。アイツには、幸せになってほしい・・・ま、新出先生なら、蘭を泣かすようなことはしねえだろ・・・」
「でも、新出先生の奥さん、亡くなって1年でしょ?微妙な時間よね」
「・・・そうかな・・・」
コナンは、複雑な表情をしていた。
その横顔を、哀は、少し寂しそうに見ている。
そんな哀に気づいたコナンは、笑顔を向けて言った。
「ま、どっちにしても、蘭が俺・・・工藤新一を忘れられたんなら、よかったと思うぜ」
その言葉を聞いても、哀には、その複雑な心の中を、その胸の痛みを感じざるを得なかった。
コナンといる限り、彼と幸せになろうとする限り、蘭のことは、哀の胸に痛みとして、残り続けるだろう。
ただ、蘭が幸せになれれば、その痛みは、少しは、薄くなるかもしれない。
哀には、智明の気持ちもわかるような気がする。
母を事故で失い、義母が父を殺害するという事件が起こり、妻をまた、事故で失った。
家族を失う悲しみ、辛さは、身を持って体験してきた哀には、よく理解できる。そして、その傷を癒してくれる存在の暖かさが、涙が出るほど嬉しいことも。
「おめえの方が、気にしてんじゃねえのか?」
そうコナンに言われ、哀は、ハッとして、顔を上げ、彼を見た。
心配そうに自分の顔を見ているコナンに、哀は、少し硬い笑顔を見せた。
「・・・そうかもね」
呟くように言うと、哀は、俯き加減に前を向いた。
そんな哀の様子を、コナンは、目を細め、いたわるような、優しい表情で見ている。
哀には、わかっている。
コナンは、蘭のことが気になってしかたないくせに、自分のことを気遣い、彼女に会うことも、電話ですら話そうともしないでいることに。
「ありがと」
「え?」
哀の呟きが聞こえなかったコナンは、彼女に聞き返した。
「ううん。なんでもない・・・」
そう言って笑顔を作った哀は、右手をコナンに差し出した。
不審な顔をしたコナンだったが、差し出された哀の手をとると、彼も笑顔になった。
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