第3章:哀の想い2
「オメーも行くんだろ?あのパーティー」
学校帰り、いつもの場所で他の少年探偵団の3人と別れてから、コナンは哀に尋ねた。
「行かないわ。博士は、鈴木会長から招待状を貰って出席って返事してたようだけど。」
堤無津川沿い、オープンテラスのあるレストランで鈴木家主催のパーティーが行われることになっていた。鈴木グループのレストラン経営会社が、新たに店舗をオープンすることになった披露パーティーで、鈴木家と縁のある人たちが招待されていた。
園子からは、蘭と、コナンたち少年探偵団の5人、阿笠博士、佐藤刑事と高木刑事、蘭や園子の同窓生などが招待され、毛利小五郎と妃英理、日本に仕事で帰国する予定の工藤夫婦、目暮警部、白鳥警部は、園子の父から招待を受けていた。
「そういわずに行こうぜ。みんな行くみたいだし」
「いいわよ。着ていくものもないし」
「じゃ、着ていくものがあれば行くよな」
「えっ?・・・でも、どうして、そんなに私を出席させたいのよ」
「最後かも知んねえだろ?組織のことのケリがつけば・・・灰原哀としてみんなとパーティーなんてさ、最後かもしれねえだろ?」
言われて哀は、少し考えていたが、しばらくして口を開いた。
「・・・そうね・・・そう言われると、そうかもね・・・行くのも悪くないかしら」
「よし!じゃ、オメーの着るもの、用意してもらうかんな」
「はあ?・・・用意って、誰が・・・まさか、あなたのお母さん!?」
「まあ、任せとけって」
コナンは、意味ありげに微笑んでいた。
当日までにコナンは、母親の有希子に頼み、哀のドレスを新調してもらった。明るい紺色のパーティードレス、胸には、これも有希子が選んだブローチが光っている。シルバーに光っているが、あまり大人びた感じにならないように、少しかわいい感じのものにしてある。コナンは、母親の目に感心せざるを得ない。なんとも、哀によく似合っていて、元太や光彦だけでなく、大人たちの注目も集めていた。
最も、当人は、目立つのを嫌がる方だから、少し不機嫌ではあった。
この日、午前中、阿笠邸にいきなり有希子が現れ、当人の意思とは関係なく、あれよあれよという間にこの格好をさせられてしまった。
「さ〜すが、私!哀ちゃん、よく似合ってるわよ」
うんうんと、自分の見立てたドレスを気に入ったように頷き、哀を映す鏡を覗き込んで笑顔満面の有希子。
この大きなお世話を焼いた女性の息子は、この姿を見るなり、
「へぇー。似合ってんじゃん。おめえ。結構かわいいんだな」
なんて言うもんだから、らしくなく、顔が赤くなってしまった。
「お世辞を言っても何も出ないわよ」
「バーロ。俺がお世辞なんて言うと思うのかよ」
「すご〜い、哀ちゃん。よく似合ってるよ」
「綺麗です。灰原さん」
会場に着くと、最初、歩美と光彦が素直に驚きの表情で見た。哀は、少し恥ずかしそうに、彼女らしく、プイと顔を背けたが、「ありがと」と、いくぶん紅潮した頬で言った。
「綺麗よ。哀ちゃん」
「ホントね、私には、負けるけど」
蘭と園子も、ドレス姿の哀に声をかける。その後も、顔見知りの人々が、次々と哀に賛辞の声をかけてきた。
哀は、改めて工藤親子の怖ろしさを感じた。さりげなく、いきなり、こんな格好をさせてニコニコしているのである。留めに世界的な有名作家のコナン=新一の父、工藤優作が現れ、「私が20歳若ければ放っておかないな」なんて笑顔で言うものだから、会場にいる優作のファンからも、よけい注目されるハメになってしまった。
(工藤君、このお返しは必ずさせてもらうからね)
哀の横にいてニコニコと優作のファンの相手をしているコナンを細目で睨んだが、当人は気づいていなかった。
パーティーの参加者は、60名ほど。鈴木財閥のパーティーとしては、人数が少ないが、そう大きくない店舗の規模の関係もあって、内輪だけのパーティーという感じだった。
1時間ほどした頃、哀は、少しイタズラっぽい微笑みを浮かべ、ひとつの決心をして琥珀色の液体の入ったグラスを手にした。
「ねぇ、哀ちゃん。そのドレス、コナン君のお母さん・・・じゃなくて、あの有希子さんが着せてくれたの?」
歩美が少し悲しそうに哀に訊いてきた。
「ええ。江戸川君と有希子さんにハメられたわ」
「なんか、コナン君、哀ちゃんのこと、すごく気にしてるみたいだね」
「は?」
そういうと、歩美は少し寂しそうに笑った。
哀にとって、この10歳も年下の少女は、今、一番の友達といえるだろう。そして、この歩美がコナンに寄せる想いも、十分気づいている。そして、それが叶うことのない儚いものであることも。
歩美の心中を思うと、痛むものがあったが、哀も、コナンが新一に戻る前に彼に伝えておきたいことがあった。
「ねぇ蘭。やっぱり、あのガキんちょ、本気であの子が好きみたいね。新一君のご両親を抱きこんであんな格好さしてんでしょ?」
「そだね。ここまでやるとは思わなかった」
蘭と園子も半ば呆れたように見ていたが、ふと気づくと、哀の姿がなかった。
哀がグラスを手にオープンテラスに出ると、佐藤刑事が手摺りに凭れて川面を眺めていた。街明かりの中、少し離れたところにある観覧車の明かりが見える。杯戸町にある大観覧車だった。
「松田刑事のことを思い出しているのかしら?」
「えっ?」
不意に声がしたのに驚いて佐藤が横を見ると、大人びた表情をした小さな少女が、紺のドレスを着て、同じように街明かりを眺めている。
「哀ちゃん・・・ええ、でも、前と違って、胸の痛みがなくなったわ。それどころか、今日、あの観覧車を見るまで、しばらく彼のことを忘れていたような気がするの。『忘れちゃだめだ』って、高木君にも言われたのにね・・・死んだ人は、人の心の中にしか生きていられないのにね・・・」
「それで、十分なんじゃない?」
哀の大人びた返事に驚くようにその横顔を見つめる佐藤。
「死んだ人をずっと想い続けるのは、生きている人間には、辛いことだし、そんなことは、死んだ人も望んでいないと思う・・・私が死んだら、私のことを覚えていてほしいと思う人は何人かいるけど、ずっと想っていて、悲しんでほしくない・・・ただ、たまに思い出して、懐かしんでくれれば、それでいいと思う」
哀の言葉に、目を大きくし、驚いている佐藤は、言葉がでない。
「私、両親を知らないの。そして、大事な人を失った・・・最初は、ずっと悲しかった。でも、今は、時々思い出すけど・・・辛いときもあるけど、前よりは、胸が痛むことは少なくなったわ・・・いつか、あなたのように痛みもなく想えるようになったら、本当にその人たちは、私の胸でずっと生きていけるようになると思うの・・・だから、松田刑事は、間違いなく、あなたの胸で生きているのよ」
佐藤は、哀の年齢不相応な、大人びた言葉に驚きを超え、不審を持った。いったいこの子は、何者なのか?そして、同じような空気を纏うもう一人の少年も・・・
「哀ちゃん・・・すごいね。まだ小学生なのに、そんな風に思えるなんて・・・でも、大事な人って?」
「お姉ちゃん・・・」
哀は、そのまま俯いてしまった。その様子に、慌てて佐藤が言う。
「ごめんなさいね・・・辛いことを言わせてしまって・・・」
「気にしないで・・・私は、大丈夫だから・・・」
「佐藤さん!どうかしたんですか?」
高木刑事が佐藤を探しにきたようで、後から声をかけてきた。
「彼、心配してるわよ。行ってあげたら?」
「ホント、コナン君もだけど、哀ちゃんも、年、ごまかしてない?」
その言葉に、哀は、両手のひらを上に向けて肩をすくめた。佐藤は、複雑な表情で笑って高木の方へ歩いていった。
哀は、自分がなぜ、佐藤に両親や姉のことを話したのか、不思議だった。コナンと阿笠以外の人に、両親と姉の話をするのは、初めてだった。
(私、結構、気に入ってるのかもね、あの、鈍感で、真直ぐで、綺麗な瞳の女刑事さん。そういえば、工藤君に似てるかも・・・)
「子供たちに知恵を借りまして・・・」
「子供たちに怒られちゃいました」
高木が事件の捜査中や解決後、佐藤に時折そんなことを言う。子供たちとは、少年探偵団の5人の小学生。1年生のときからの付き合いで、もう2年になるだろうか。
「あなたねえ、いい大人が、しかも警察官が、子供にいいように言われてどうすんのよ!」
この前、高木にそう言ったが、今日、その少年探偵団の一人の哀と話した、いや、元気づけられた佐藤は、人のことは言えないと苦笑した。
少年探偵団と名乗る小学生5人組。時々、事件現場で出くわす彼ら。そのなかで、異彩を放つ二人の少年と少女。
彼らがいると、不思議と事件がスムーズに解決する。それは、自分達でも気づかない証拠を見つけ、状況を観察して的確に指摘し、推理する少年と、その少年の意見に、鋭い観察眼に元づく考察を話す少女の存在によるものが大きい。
なぜ、あの二人は、大人でも知らないような知識を持っているのか。警察官でも見逃すような些細なことに気づくのか。容疑者の前で、あんなに大胆で、冷静な言動がとれるのか。
その疑問の答えは出ない。
生意気とか、大人びたとか、年齢不相応とか、そういう言葉は、彼らには、すべて当てはまると言えるが、それ以上の、それらを超える何かがあの二人には、ある。
レベルの高い知識を持つ小学生は、他にもいるだろう。現に、同じ少年探偵団の円谷光彦は、小学三年生にしては、博識である。しかし、あの二人には、知識だけでなく、何か、大人と同じか、それ以上のことを経験してきた雰囲気がある。経験に裏打ちされた知識、言動。そんなもの、小学生が持ちえるだろうか。
「高木君、私、あなたに謝らないといけないわ」
佐藤は、傍らにいる最愛の人に言った。
「えっ?何のことです?」
訳がわからないという表情の高木の顔を見ながら、佐藤は、二人の不思議な少年と少女への疑問を深めていた。
「こんなとこに居たのか」
コナンは、オープンテラスの隅のテーブル席に座っている哀をみつけた。
「悪かったな。おめぇ、目立つの嫌いだもんな」
「もう、知っててやってんだから。この貸しは大きいわよ」
「でもさ、俺は気に入ってんだぜ。おめえのそのドレス」
「何言ってんのよ。彼女もいるのに」
「蘭のことは言うなよ」
コナンは、哀のとなりに座った。
オープンテラスのテーブルの椅子は、2,3人が座れるぐらいの少し横長のもので、テーブルを挟んでその椅子が2つ置かれている。
二人が座っているところは、一番端っこなので、屋内のパーティー会場からは、少し目に入りにくいが、窓越しには、見えないこともない。
哀の前のテーブルには、僅かに琥珀色の液体が残るグラスがひとつ。コナンがそのグラスを不審に思ったとき、哀の様子がいつもと違うことに気づいた。
「やい!工藤。あなたね・・・人の気もしらないで、こんなもの着せて。この責任、取ってくれんでしょうね!」
少しろれつのまわっていない口調と、いつもより大きめの声。会場になっている屋内には聞こえないだろうが、「工藤」と呼ばれたことに、コナンは肝を冷やした。
「おい!こんなとこで工藤はやめろよ!」
思わず声を低くして言う。「工藤」と呼ばれ、冷や汗をかかされるのは、服部だけで十分だ。
「なによ!工藤に工藤って言って、何が悪いのよ!」
「おい、やめろって・・・あ〜っ!おめぇ、酒飲んでんな!」
「わ・る・い〜。こんな格好、飲まなきゃやってらんないわよ」
と、言いながら、哀は、両手で着ているドレスの裾をヒラヒラさせる。そして、いきなりコナンの腕に自分の腕を絡ませ、頭をコナンの肩に乗せた。
「おいおい」コナンは、焦った。
「あ〜っ!このマセガキども!何やってんのよ!」
二人の様子に気づいた園子が大きな声で叫びながらオープンテラスへ出てきた。
哀は、頭を起こし、眠そうに園子にチラッと視線を走らせたが、すぐに興味なさそうに目を閉じて、またコナンの肩に頭を乗せてしまった。
「えっ、と・・・これは灰原が・・・おい!灰原、起きろよ!」
コナンの左腕は、哀の右手によって完全に自由を奪われているので、自由になる右手で哀の左肩を揺すって起こそうとした。しかし、本当に寝ているのか、寝たふりをしているのか、哀の眼は閉じられ、体はまったく動かない。
そうこうしているうち、園子がテーブルのグラスに気づく。
「あんた、お酒飲ませたね!」
「違うよ、コイツが自分で飲んだんだ!」
騒ぎに人が集まり始めた。
「コナン君、哀ちゃん・・・」
歩美が寂しそうにつぶやく。
「コナン君、灰原さん、何やってんですか!」
光彦が抗議するように言えば、
「やるわね、やっぱりただ者じゃないわ、この子たち」
と、佐藤がヘンに感心している。
あたふたしながらも、哀がしっかり拘束しているため、コナンは動けない。その時、フッと風が起きたかと思うと、哀に上着が掛けられた。
(蘭・・・)
コナンが見上げると、上着を脱いだ蘭がいた。
「哀ちゃん、風邪引いちゃうよ。コナン君、中に入れてあげたら?」
「うん・・・博士、悪いけど、このまま帰りたいんだけど、いいかな?」
コナンは、哀を心配そうに見ている阿笠に言った。
「わかった。車を回してくる」
しょんぼりしている歩美のところに、蘭が近寄っていく。
「歩美ちゃん」
「蘭お姉さん・・・やっぱり、コナン君は哀ちゃんが好きなんだね。哀ちゃんも・・・」
「ごめんね」
「なんで、蘭お姉さんが謝るの?それにね、歩美、ちょっと寂しいけど、コナン君と哀ちゃんならお似合いだと思うんだ・・・コナン君のことは大好きだけど、哀ちゃんも大好きな友達だし・・・だから、二人が笑ってくれれば、歩美も嬉しい」
蘭は、この優しい小さな少女がとても愛おしく思えた。
「歩美ちゃん、まだチャンスはあるわよ」
「えっ?」
「だって、あなたたち、まだ小学生なのよ。あの二人がどうなるかまだわからないし、コナン君よりもっと素敵な人が現れるかもしれないし・・・」
「うん!ありがとう、蘭お姉さん」
歩美は、明るく笑って蘭を見上げた。
「でも、コナン君と哀ちゃんに仲良くしてほしいと思ってるのは、ホントだよ」
阿笠の車の後部座席で、相変わらず、哀はコナンの腕を拘束し、肩に頭をもたせ掛けている。規則正しい寝息が車内に聞こえている。
「あったく、パーティーを途中で抜けさせやがって・・・でも、還ってよかったのかもな」
もともと、哀は、あまりああいう場を好まない。決して人が嫌いというわけではないのだが、自分が命を狙われているため、周りを巻き込まないためにも、人が集まる場所というのは、意識的にしろ、無意識にしろ、避ける気持ちが強いのだろう。
(でも、コイツ、こうしてると、意外とかわいいよな。普段もこのくらい可愛げがあるといいのに)
阿笠邸に着いても、哀はコナンを離してくれない。しかたなく、そのままリビングのソファに二人で座る。
哀が頭痛と人のぬくもりを感じて目を覚ましたのは、夜中3時。阿笠邸のリビングのソファで、コナンの腕を抱いたままだったことには、自分でやったこととはいえ、少し驚いた。コナンと自分に毛布が掛けられている。
腕をしっかり拘束され、コナンは、横で寝息を立てている。昨夜は、自分でコナンを困らせてやろうと騒ぎを起こした。
今の哀がコナンに寄せる想い・・・あれが、それを表現する行動、今の哀にできる精一杯の行動。
「この人、少しは私の気持ちに気づいたかしら?まあ、この鈍感な名探偵さんには、無理かしらね」
哀は、そっと手を話すと、コナンに毛布を掛けなおし、立ち上がった。
「ありがとう。工藤君・・・あなたを元の体に戻してあげるから・・・彼女の元へ帰してあげるから・・・」
コナンの寝顔を見つめてそうつぶやく哀の表情は、少し寂しそうだった。
|