第38章:晶子
工藤新一という人物が何者なのか、調べるのには、大した時間、苦労はなかった。
高校生探偵で、日本警察の救世主とまで言われた推理力、頭脳の持ち主。
インターネットで検索すれば、関連ニュース記事の数から、彼についてのおおよそのことは、すぐにわかった。
そして、3年前、忽然と姿を消していた。
行方不明。死亡したとの噂が流れていた。
当時、帝丹高校2年生で、毛利蘭とは同級生。
晶子が知った事実は、誰もが知っていることだった。
ただ、3年経ち、高校生探偵工藤新一は、世間からは、忘れられた存在になりつつある。
しかし、彼に近い人たち、彼を知る人たちにしてみれば、彼の存在は、以前大きい。行方不明というのは、むしろ、その存在感をさらに大きくしているかもしれない。
「ああ、工藤は、頭が良かった・・・まあ、音楽を除けば、どの教科も、成績は良かったな・・・」
谷晶子は、自分の通う帝丹中学校で、その卒業生である工藤新一を知る教師から、彼についての話を訊いてみた。
「高校生探偵として、有名だったが、3年前から、行方不明になっているらしいな。死んだっていう噂だが・・・」
「先生のところには、連絡はないんですか?」
「まあ、俺は、2年のときの担任だったが、とくに、連絡をしてもらったりしていないな」
「あの、毛利蘭さん・・・同級生だったと思うんですけど・・・」
「ああ、あの毛利小五郎の娘で、工藤の幼馴染だ。仲良かったな・・・でも、谷。どうして、工藤や毛利のことが気になるんだ?」
「あ・・・いえ、ネット見てたら、工藤新一っていう、すごい高校生探偵がいたって・・・で、この学校の出身だったって知ったから・・・」
工藤新一が1年生と3年生のときの担任教師は、他校へ転勤になっていて、今は、この学校にはいなかった。
教師に礼をいい、職員室を出た晶子は、昨日のコナンと哀、蘭の様子を思い返していた。
(蘭さんがいう新一というのは、工藤新一・・・2人は幼馴染だから、間違いない。じゃ、コナン君が蘭と呼び捨てにしたのは・・・まさか・・・そして、蘭さんが驚いていた灰原さんのことって、いったい・・・)
晶子は、3年前、誘拐されたことがある。ちょうど、工藤新一が失踪したと言われる頃だ。
当時、晶子の父は、探偵の毛利小五郎にその調査を依頼したが、実際に自分の居場所を見つけ、救ってくれたのは、あのコナンだった。
今、思えば、晶子より3歳下のコナンが、どうして自分の居場所を突き止め、助けることができたのか、不思議なことだ。
(蘭さんは、工藤さんとコナン君に一番近い人・・・蘭さんにしかわからない工藤さんとコナン君の秘密を知っている・・・そして、コナン君の近くにいるもう1人・・・灰原さんも・・・)
このことは、晶子は、確信している。
しかし、ここから導き出された結論は、にわかには信じられない。
(工藤新一さんとコナン君は、同一人物・・・)
こんな話、誰も信じてくれないだろう。
17歳の高校生が7歳の小学生に戻るなんてこと。
(でも、昨日の3人の様子・・・そう考えれば、納得がいく・・・)
誰も信じてくれないだろうと、晶子は思っていた。
*****
蘭が真実を知った。
自分は、真実を隠すことに協力してきた。組織の目から逃れるために、コナンの正体を隠すことに、手助けしてきた。そして、自分の正体も隠してきた。
それは、本当に組織の目を逃れるためだけだったのだろうか。
コナンを新一に戻せば、彼は、自分から離れていく。それが怖かったのではないのか。
哀は、蘭がコナンの正体を知ったことで、そのことを蘭に気づかれたのではないかと思っていた。
大事な人を奪われた。
蘭は、そう思っているかもしれない。
いっそ、蘭に責められた方が、気が楽だったかもしれない。
コナンは、自分と一緒に未来を見てくれと言った。過去に囚われず、これから生きていこうと。
蘭も、すでに過去に、工藤新一に囚われていないとも言った。
(強い人・・・あなたも、蘭さんも・・・)
コナンの顔を見ていると、哀は、そう思う。
そして、だから、自分は、今、生きているのだとも思う。
コナンと蘭の存在、その強さによって、哀は、助けられたのだ。だから、前を向いて、生きていかなければならない。
コナンが自分を必要としてくれるのなら、自分を求めるのなら、それに答えたい。
蘭が真実を知った。
それは、覚悟していたことではある。そして、蘭と新一を、結果的に引き裂いてしまったという想いも、哀は、一生背負っていくことを、覚悟している。
自分がコナンを愛する限り、彼と、共に歩いていく限り。
「まだ、考えてんのか?」
コナンは、いつも自分を見ている。
自分がコナンをいつも見ているように、コナンも、いつも自分を見ている。
哀には、それが嬉しく、怖かった。
「・・・あなたの前じゃ、うっかり考え事もできないわね」
呆れたようなコナンの顔を見て、哀は、そう言ったが、次第に可笑しくなってきて、つい、吹き出してしまった。
「あんだよ・・・何がおかしいんだよ・・・」
コナンが膨れる。
「ううん・・・あなたといると、考え込むことが、バカらしく思えてきてね・・・」
ソファに座っていた哀は、立ち上がって、2階からの階段の下に立つコナンの前に立った。
「なんだよ、それ。俺は、何も考えてねえって、言いてえのかよ」
コナンは、前に立った哀に膨れた顔を突き出しながら言った。
「あなたは、私が心配していること、難なく解決しちゃうってことよ」
哀は、そう言って、コナンの胸に手を当て、その肩に頭を預けた。
「なんか、ごまかされたような気もするけど・・・」
そう言って、コナンは、哀を抱きしめた。
「ねえ、蘭さんがあなたのこと、工藤君だと知ったって、目暮警部やジョディ先生に言わないといけないんじゃない?」
コナンの肩に頭を預けたまま、哀が言った。
「そだな。言っとかないと、いけねえだろうな・・・」
*****
その頃、毛利探偵事務所の上、蘭の自宅の方の呼び鈴が鳴った。
「はい?」
蘭がドアの内側に立って返事をした。
「あの、私、谷晶子です・・・蘭さんに、お話があって・・・」
「晶子・・・さん?」
蘭は、怪訝に感じながらも、ドアを開ける。そこに立っている晶子は、ドアを開けて蘭が現れると頭を下げた。 |