コナン哀ものがたり(38/50)PDFで表示縦書き表示RDF


コナン哀ものがたり
作:サブラピッド



第37章:前を向いて


「ね、新一、もうひとつ、訊いていい?」
 穏やかな笑顔を浮かべた蘭がコナンに言う。
「え?」

 コナン・・・新一は、幼いころから、ずっと蘭と一緒だった。
 蘭の考えていることは、一番理解していると思っていた。今でも、蘭のことを理解していると思う。
 しかし、今、目の前にいる蘭の笑顔、哀しそうな影を宿した笑顔は、新一の知らない顔だった。
 その初めてみる蘭の表情に、少し戸惑いを覚えたコナンは、蘭の次の言葉を待った。

「何度か・・・初めて新一の家でコナン君に会ったときの後、何度か新一に戻っていて・・・会ったよね・・・それに、学園祭のとき、新一とコナン君、一緒にいたでしょ?あれは、どうしてなの?」
「確かに、一時的に新一に戻ることは、できると思う・・・でも、完全に元に戻るのは、無理なんだ・・・」
 コナンがそう言ったとき、哀の肩が少し揺れた。

「哀が、何度か薬を作ってみたけど、ダメだった・・・学園祭のときは、その薬で一時的に戻れたんだ・・・あの時のコナンは、哀が変装してた・・・」

 蘭の顔を見て、何か言おうとした哀を、コナンがその胸の前に腕を出して止めた。
 哀は、ゆっくりとコナンの方を見る。
 腕を哀の胸の前に伸ばしたまま、コナンは、蘭の顔を見ていた。

「そう・・・」
 フッと蘭が笑う。
「そこまで手の込んだことして、コナン君が新一だって、隠してたんだ・・・」
 
「それは・・・」
 何か言おうとしたコナンだったが、蘭から視線を外し、俯いた。

 3人の間に沈黙が流れる。
 事務所の前の通りを走る車の音が、事務所にいつもより、大きく響いているようだった。

*****

 毛利探偵事務所を出たコナンと哀は、阿笠邸への道を歩いていた。
 すでに、夜9時を回っている。

 並んで歩く2人は、一言も話さなかった。

 哀は、ふと、右手の暖かいものが触れるのを感じ、顔を上げた。隣にいる、コナンを見る。
 コナンは、前を見つめたままだったが、その左手が哀の右手に触れ、そして、その手を握ってきた。

 コナンを見つめる哀の瞳が揺れ、表情が少し、硬くなった。
 こぼれそうになった涙をこらえ、哀は、そっと、コナンの手を握り返した。

「遅かったの・・・」
 心配していたのだろう。2人が阿笠邸の玄関に入ると、奥から、家主の阿笠が少し慌てて出てきた。

「ごめん、博士・・・」
 2人の表情がどことなく暗く、寂しそうで、阿笠の表情も曇った。
「何か、あったのかの・・・」

「蘭に、ホントのことを話した・・・」
 阿笠の表情が引き締まった。そして、コナンと哀を交互に見ると、その目が細くなり、いたわるように2人を見た。

「そうか・・・蘭君には、いずれ、バレるとは、思っておったが・・・」
 阿笠がそう言ったとき、玄関を上がり、リビングへ歩きかけた哀の手を、いきなりコナンが掴んた。
そして、その腕を自分の方へ引き、哀を抱きしめた。

「くど・・・うくん?」
 コナンの腕の中で、驚いた哀が目を見開いている。
「哀・・・俺は、おめえが好きなんだ・・・傍にいてくれ・・・」

 コナンは、蘭に真実を話してから、哀が自分の傍から消えてしまうような予感に襲われていた。
 蘭の寂しそうな表情を見たとき、その顔を辛そうに見ていた哀が、自分から、離れていってしまうような、そんな恐怖に、コナンは、とらわれていた。

 阿笠邸に着き、少しホッとした途端、コナンは、哀を離したくないと強く思った。失いたくないと、強く思った。そうしたら、気づくと、哀を抱きしめていた。
 阿笠が傍にいるのもかまわず、コナンは、強く、哀を抱きしめていた。

 そんなコナンの胸の中で、哀は、黙って目を閉じた。
 愛している彼に抱きしめられ、胸に幸福感がわきあがってきたが、今までと違い、それには、苦しくなるような痛みも伴っていた。

コナンの背中に回された哀の手が、すっと、コナンの胸のところにいくと、哀は、ゆっくりと腕を伸ばし、コナンから体を離した。

「ありがとう、工藤君・・・」
そう言いながら、哀は、コナンと目を合わさずに、リビングの方へ歩き出した。

 呆気に取られてみていた阿笠が、哀の背中を見送って、コナンに声をかける。
「どうしたんじゃ?いきなり・・・」

 哀がキッチンへ消えても、コナンは、その方向を見たまま、阿笠に答えた。
「アイツ、蘭と話してから、様子がヘンなんだ・・まあ、アイツの考えてることは、察しがつくけど・・・」
「あの子は・・・哀君は、優しいからの・・・ワシらなんかより、ずっと、優しいから・・・」

 リビングへ歩いていくコナンの後を歩きながら、阿笠が言った。
「そだな・・・」
 ソファに座ったコナンは、ふっと息を吐くと、背もたれに頭をつけ、天井を見上げた。

 キッチンから出てきた哀が、3人分のコーヒーを持って、コナンの隣に座った。

 コナンと哀の顔を交互に見た阿笠は、そのカップのひとつを取ると、地下室への階段に向かった。その背中に哀が声をかける。

「博士」
 阿笠が振り返った。
「ありがと」
 哀が阿笠の顔を見て、笑みを浮かべて言うと、阿笠もフッと笑顔を見せ、地下室への階段に消えていった。

「ね、工藤君・・・訊いていい?」
 コーヒーカップを包むこむように両手で持ち、哀が口を開いた。
「あん?」
 
 コナンは、俯き加減にソファに座る哀の横顔を見た。
「どうして、蘭さんに解毒剤のこと、言わなかったの?」
 
「もう、元の体には、戻れねえんだ・・・言う必要は、ねえだろ?」
「戻れねえって・・・忘れたの?あなたは、戻れるのよ。工藤新一に・・・戻れないのは、私だけ・・・そうでしょ?」
 哀が顔を上げ、コナンの顔を見つめた。

「忘れてんのは、おめえだろ?・・・言ったじゃねえか、俺とおめえは、運命共同体だって・・・元の体に戻るにしろ、この体のまま生きるにしろ、一緒だって、そう約束したじゃねえか」
 呆れたようなコナンの表情を見ていた哀は、そのまま、黙った。両手で握っているコーヒーカップが、僅かに震えている。

「嘘だったのか?」
「え?」

 不意なコナンの言葉に、哀が顔を上げる。
「一緒に生きていきてえって、俺と一緒に生きてえって、そう言ってくれたおめえの言葉だよ」
 コナンの強い瞳に、哀は、思わず、目を伏せた。

「嘘じゃないわ・・・あなたと一緒に生きたい・・・でも・・・」
「じゃ、もういいだろ。蘭のことは、もう気にすんな・・・アイツだって、前を見て歩きだしてんだ・・・工藤新一に囚われずに、な」
 コナンは、そっと、コーヒーカップを握っている哀の両手に触れた。

「おめえも、俺と一緒に前を見てくれ・・・これから先を、未来を見てくれよ・・・」
 自分を見つめてくるコナンの瞳に目を合わせた哀は、その真っ直ぐな光りに思わず微笑んだ。

「わかったわ・・・ありがとう・・・くど・・・いえ、江戸川君」
「だから、俺の前から消えようなんて、そんなことすんなよ。そんなこと、ぜってえ、許さねえかんな」
 大好きな哀の碧い瞳を見つめ、コナンは、ニコッと笑った。

 その笑顔に、哀も笑みを返していた。


コ哀を描く上で、避けられないのが、蘭の関係だと思います。第35章から今回までは、私なりの、蘭との関係についての「けじめ」をつけたつもりです。

ただ、コナン(新一)も、蘭も、哀(志保)も、若い成長途上の人間だし、そのことも書きたかったんですが、うまく表現できたかどうか・・・

蘭に、まだコナンと哀のことを認められないと言わせましたが、この部分は、この先、もう少し、蘭を描きたいというのが意図としてあります。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう