第35章:真実1
蘭が歩く後をコナンと哀が並んでついていく。3人とも、一言も話そうとせず、硬い表情で歩いている。その3つの背中を見ながら、晶子は、その重苦しい雰囲気に、ただならぬものを感じていた。
(あの3人には、何かある・・・)
そう考えた晶子だったが、それには、他の者が触れてはいけないもののような気がして、足が重くなるのを感じていた。
クロークで預けた荷物を受け取った蘭は、そのまま玄関に出て、タクシーにところへ行った。
「蘭姉ちゃん、おじさんに黙って帰っていいの?」
コナンの問いに、蘭は、コナンに笑顔を向けて言った。
「いいのよ。まだ、現場を離れられないし、後で、携帯に電話しとくから」
そう言うと、横付けされたタクシーにコナンと哀も乗るように促し、最後に自分も乗った。
走り去るタクシーを見送っていた晶子だったが、その行先は、見当がついた。
(どうしよう・・・)
迷った晶子だったが、後に停まっていたタクシーが目の前に停まると、それに乗った。
*****
蘭とコナン、哀を乗せたタクシーは、毛利探偵事務所の前で停まった。
毛利探偵事務所の応接コーナーの空気は、冷たく沈んでいた。
蘭が事務所の照明のスイッチを入れると、コナンには、見慣れた事務所の風景が広がった。でも、いつもと空気が違う。冷たい。コナンは、そう思った。
「2人は、コーヒーかな?」
蘭がそう言うと、コナンと哀は、顔を見合わせ、こっちを見ている蘭に向かって頷いた。
「コナン君が、コーヒーが好きだったなんて、この前まで知らなかった」
蘭は、少し寂しそうに言うと、キッチンに消えていった。
「蘭さんの話って・・・まさか」
ソファに腰掛けながら、哀が小さな声でコナンの耳元に囁いた。
「・・・蘭は、たぶん、気づいてる、俺の正体・・・そのことじゃねえか?」
コナンも小さな声で言う。
「来るべき時が来たのね・・・」
「ああ」
哀の言葉に頷いたコナンは、少し俯いて哀の隣に座っていた。
コーヒーカップを載せたトレイを手に、蘭が現れた。
カップをそれぞれ、2人の前に置いた蘭は、トレイを抱いて、ソファに座った。
「コナン君、哀ちゃん・・・また、大きくなったね・・・2人と初めて会って3年になるのか・・・早いね」
静かに話し出す蘭の目は、寂しそうでいて、優しい光りを湛えていた。
「私ね、ずっと考えてたの。このこと、コナン君と哀ちゃんに話をしようか・・・ううん、訊こうか、どうしようか・・・って」
蘭は、少し微笑みを浮かべ、コナンと哀を見ている。
「訊かない方がいいとも思ったんだけど、やっぱり、きちんと訊いておかなくっちゃと思って・・・それで、今日、会場でコナン君を見かけて・・・哀ちゃんもいたし・・・ここで、話さないと、訊いておかないと、もう訊けなくなりそうだったから・・・それで、来てもらったの」
綺麗になった。蘭のことを哀はそう思った。
そして、ふと、コナンを見ると、彼も同じように感じているのだろう、静かに微笑んでいる蘭の顔を見つめている。
(やっぱり、私は、この人には、かなわない・・・)
哀は、姉に似たその面差しと、その顔を見つめているコナンの顔を見比べ、そう思った。
「ね、コナン君・・・あなた・・・新一、でしょ?」
いきなりの蘭の言葉に、コナンと哀は、何も言えず、蘭の顔を見つめた。
「そして、コナンく・・・新一が今想っている人は、哀ちゃん・・・」
蘭の顔は、微笑んでいるようでもあった。泣いているようでもある。その顔は、すべてを包んでくれる母親のような表情で、綺麗だ。哀は、そう思った。
答えに困ったコナンは、チラッと哀の顔を見たが、すぐに向き直って表情を硬くして、蘭の顔を見つめた。
「え・・な、何言ってんの、蘭姉ちゃん。僕が新一兄ちゃんのわけないでしょ?」
今までなら、コナンがこういうふうに答えると、蘭は、意地になって言い返してきた。しかし、今日は、違う。
蘭は、優しく微笑んでいるだけだった。
「もう、わかってるの、新一・・・少なくとも、コナン君は、小学生じゃない。哀ちゃんも・・・もう、それは、私は、確信しているの・・・新一がどう言い訳しても、ね」
コナンは、表情を曇らせ、俯いた。
「もう、隠し通すことはできないわ。これ以上、隠すことは、蘭さんにとっても、私たちにとっても、良くないわ・・・工藤君」
不意に哀が言ったので、コナンも、蘭も、少し驚いて哀の方を見た。
コナンは、静かに視線を蘭に移し、眼鏡を外した。
「蘭・・・ごめん・・・」
「・・・やっぱり、ね。何度もそう思った・・・でも・・・」
蘭の目から涙が一筋、頬を伝う。
「でも、どうして?・・・どうしてなの?・・・どうして、ずっと傍にいたのに、何も言ってくれなかったの?」
コナンは、表情を曇らせ、俯いた。
蘭は、そんなコナンから目をそらし、フッと天井を見上げた。
「新一の・・・新一のことだから、何かわけがあるんでしょうけど・・・寂しいよ・・・離れているより、ずっと・・・」
蘭は、再び、コナンに視線を向けた。
「寂しいよ・・・」
「・・・工藤君のせいじゃない・・・私の・・・全部、私のせいよ・・・」
哀が俯いたまま、口を開いた。
「哀ちゃん・・・」
驚いたように少し目を見開いた蘭が哀の顔を見つめた。
「私が、私のしたことが、工藤君と蘭さんの運命を狂わせてしまった・・・工藤君は、ずっと、あなたを想っていたわ。傍にいて、ホントのことが言えない辛さを抱えて・・・でも、私は、自分の気持ちを抑えられなかった」
哀が蘭の顔を見上げた。
「すべては、私のせいなの・・・」
「哀ちゃん・・・?あなたは、いったい?」
蘭は、哀のことも、普通の小学生だとは思っていない。どういう理由かわからないが、コナンが新一だとすれば、哀も新一と同じように大人なのだろうと思う。
でなければ、子供になったとはいえ、新一が本気で愛するはずがない。
「違う・・・哀のせいじゃねえ・・・俺が悪いんだ」
俯いたまま、コナンが言った。
「もっと早く、蘭にホントのことを話しておけば・・・俺がちゃんと、話さなかったから・・・」
「でも・・・」
哀が言いかけた言葉を遮ったのは、蘭だった。
「勘違いしないで・・・私、新一が哀ちゃんのことを想ってるのを責めてるんじゃない・・・」
「蘭・・・」
コナンが顔を上げて蘭を見上げる。哀も、蘭の顔を見た。
「・・・人の気持ちって、変わるものだし、今の私も、前みたいに新一のこと、好きかどうか、わからない・・・でも、大事な人だよ、今でも」
蘭は、フッと笑って、顔を上げた。
「でも、結局、私は、新一の力になれない・・・新一は、そう思ってたんだね・・・哀ちゃんは、新一の力になれるんだ・・・」
「こないだのキャンプのとき、夜、見ちゃったの・・・2人がキスしてるとこ・・・あの時、2人は、普通の小学生じゃないと確信したわ・・・ね、ちゃんと話して、新一。私、覚悟できてる・・・」
瞳に強い光を宿し、蘭がまっすぐコナンを見つめる。その表情を見て、コナンは、意を決して、息を吐き、蘭を見つめ返した。
「わかったよ・・・全部、ホントのことを話すよ」
コナンの隣で、哀も決心した。蘭には、いずれ話さなければいけないことだ。正義感が強く、姉に似ている優しい彼女が、哀のことを知ったとき、どう思うのか。
哀を憎むだろうか、恨むだろうか。
(やっぱり、私は、工藤君の傍にいるべきでは、なかったのかもしれない・・・)
人の心など、弱いものだ。
灰原哀として、コナンと生きていくと、そう決心したはずの心が揺れている。蘭という、哀にとっても大事な存在を前にすると、自分の心など、弱いものだ。
(彼も、そうなのかしら・・・)
哀は、自分の揺れる心を感じながら、見つめ合っているコナンと蘭を見ていた。 |