第32章:子供
「ね、灰原さん、今度は、海で撮影があるんだ・・・来ない?江戸川君にも言っとくし・・・」
「結構よ」
本郷啓祐から、また誘いを受けた哀は、うんざりしたように短い返事を返した。
啓祐は、コナンと哀が付き合っているということを知ったのだが、どうも、コナンに断っておけば、哀を連れ出すのは、かまわないと思っているらしい。
啓祐が哀に好意を持っているのはわかるのだが、前に哀を連れ出したとき、コナンにあれほど謝った彼が、今も哀を誘うことが、哀や他のクラスメイトには、よく理解できなかった。
それにしても、啓祐は、めげるということを知らない。一度、半ば強引に哀を連れ出した以外、哀は、啓祐の誘いを受けたことはないのだが、それでも、執拗に誘い続けている。
「灰原さん・・・同情しますよ」
帰り道、光彦が苦笑しながら、哀に言う。
「同情はいいから、彼をなんとかしてくれないかしら?」
哀は、半目で光彦を見て言った。
「そんなにしつこいのか?アイツ」
元太が頭の後に手を組んで言う。
「よっぽど、哀ちゃんが好きなんだね。啓祐君」
歩美の言葉に反応したのは、コナンだった。
「おめえ、有名人に言い寄られて、結構、嬉しがってんじゃねえのか?」
哀の表情がきつくなり、コナンを睨んだ。その様子に、光彦と歩美、元太の背筋に悪寒が走り、顔がこわばる。
「あんな子供に、興味はないって言ったでしょう?」
コナンに対し、最近、あまり声を荒げることのなかった哀が、コナンを睨んで強く言った。
「コナン君?・・・コナン君でしょ?」
その時、背後から声がして、5人が振り返った。
そこには、大きく、澄んだ目をした女子中学生がいた。長めの薄い茶髪を風に揺らしている。
その姿に見とれ、少し顔を紅くしている元太と光彦。
歩美は、その可愛さに、哀は、コナンの名を呼んだ彼女に不審を持ち、それぞれ顔を見つめていた。
「・・・誰・・・でしたっけ?」
コナンがポカンとした顔で訊く。
「忘れたの?・・・まあ、3年ぶりくらいだもんね・・・探偵さん・・・」
「え?・・・あ!」
「思いだした?」
2人のやり取りを半目で見ていた哀がコナンに訊いた。
「誰?」
「谷晶子さん・・・社長令嬢、執事と狂言誘拐をたくらんで、ホントに誘拐された・・・」
コナンが言った。
「思い出してくれたようね。探偵さん」
晶子がニコリと笑顔を見せる。3年前と比べ、随分大人になった晶子の笑顔に、コナンの頬が少し赤くなった。
それを哀が見逃すはずがない。
「あの時、コナン君が助けてくれたことには、ずっと感謝してたのよ。いつか、また会いたいと思ってたんだけど・・・そうだ!あの時の人、蘭さんだっけ?元気?」
晶子の問いかけに、哀の方をチラリと見て、コナンは答えた。
「うん・・・蘭姉ちゃんとは、最近は、あまり会ってないけど・・・」
晶子にそう答えた後、コナンは、怪訝な顔をしている哀に顔を寄せ、小声で言った。
「コナンになって、初めての事件で会ったんだ・・・父親の気を惹くために狂言誘拐をして、そしたら、ホントに誘拐されて・・・」
「それを助けたってわけね・・・」
哀も小声で答えたあと、声を大きくして言った。
「へぇー、綺麗な人ね。さぞ、気分がよかったでしょうね、助けたときは・・・探偵さん?」
プイっと横を向いた哀に、コナンが顔をしかめた。
「おめえ、何怒ってんだよ」
そんな2人の様子を見ていた晶子が、光彦たちに訊いた。
「何?あの子、コナン君のガールフレンド?」
「え?ええ・・・」
光彦は、そういいながら、睨みあっている2人を見ている。
「灰原哀ちゃん・・・とっても、仲がいいんだよ」
歩美もそう言って、コナンと哀の方を見ていた。
「そうは、見えないけど・・・」
晶子が苦笑している。
「普段は、ホント、仲、いいんですよ」
光彦も、笑顔を歪ませて言った。
「だいたい、あなたは、鈍感なのよ。事件のことには、頭が良く回るくせに・・・」
哀がコナンを横目で睨んで言う。
「へいへい、どうせ、俺は、推理バカですよ」
コナンは、哀を横目で睨んでから、前に視線を移して、肩をすくめた。
「おめえだって、本郷に誘われて、嬉しそうな顔してたじゃんか。こっちは、心配してたってのに・・・」
「あの子が強引に私を連れってたの、あなた、知ってるでしょう?」
「でも、動物見てたとき、楽しそうだったぜ」
「それは、あの子が連れていってくれたこととは、別のことよ」
「あの〜、コナン君、灰原さん、お取り込み中悪いんですけど・・・」
光彦がコナンと哀の間に、遠慮がちに入ってきた。
「なんだよ!」
「なに?」
2人が揃って振り返り、光彦を睨んだ。その気迫に、光彦が後ずさりした。
「・・・あ、いや・・・その、谷さんのこと、忘れていませんか?」
光彦の言葉に、コナンと哀は、顔を見合わせた。
「あ・・・ごめんなさい」
その2人を見て、晶子が笑顔で、近づいていく。
「そっかぁ・・・コナン君、こんな可愛い彼女がいたんだ・・・ちょっと、残念だな」
晶子が冗談ぽく微笑みながら言う。
「へ」
コナンの顔が、また少し、赤くなった。
それを見た哀が、プイっと横を向くと、スタスタと歩き出す。
「おい!哀!」
追いかけようとしたコナンに晶子が声をかけた。
「コナン君!」
足を止めたコナンが振り返る。その顔を見て、晶子が言った。
「実はね、コナン君に相談があるんだ・・・明日でもいいんだけど・・・帰りの時間ぐらいに、帝丹小の校門で待ってる。いいかな?」
「え?・・・ええ、いいけど・・・」
「じゃ、明日ね。ほら、早く行ってあげないと、彼女、行っちゃうわよ」
ポンとコナンの背中をたたくと、晶子は、手を上げて振り向いて歩いていく。
少し、呆気に取られ、それを見ていたコナンだが、すぐに振り返って哀を追いかけ、走り出す。
少し離れてその様子を見ていた歩美と光彦、元太も、コナンの後を走り始めた。
*****
歩美たち3人と別れたコナンと哀は、黙って並んで歩いていた。
「ごめん・・・私、ホントの子供になっちゃったみたい・・・つまらないことに、腹を立てて・・・体が子供だと、精神も子供になるのかしらね」
「おめえさ、ちっさい時から、組織にいたんだよな」
前を向いたまま、お互いの顔を見ないで話している2人。今、この2人をじっと見ていると、子供には見えないだろう。そんな表情を2人はしている。
「え?・・・ええ」
コナンの意外な言葉に、哀がコナンの顔を見て、少し戸惑って答えた。
「だからさ、いいんじゃねえの?演じるんじゃなく、ホントの子供になるのも・・・悪くねえんじゃねえか?」
ニコッとコナンが哀を見て笑った。
「子供になるって、結構面白くねえか?」
コナンの言葉に、哀の表情も柔らかくなる。
「そうね」
「俺も悪かった・・・ヘンなこと言って・・・」
コナンは、そう言って哀の手をとった。そして、2人は、振り返って、後の方を見た。
「と、いうわけだから、心配しなくていいぜ」
「隠れてないで、出てきなさい。つけてきてるの、わかってるんだから」
コナンと哀の言葉に、物陰から、まず元太が頭をかきながら出てきた。その後に、光彦がバツの悪そうに下を向いて、歩美も、舌を出して出てきた。
「やっぱ、気づいてたか」
「だから、お2人には、すぐにバレちゃうって、言ったんですよ」
「喧嘩してたみたいだったから、心配だったんだもん」
3人は、コナンと哀と別れた後、喧嘩をしていた2人が心配で、つけてきたのだった。しかし、この3人の尾行をコナンと哀が気づかないはずはなかった。
「アイツらに心配かけてんだから、やっぱ、俺達、ガキだな」
「俺達って、私もあなたと同じガキなの?」
「おい・・・おめえ、さっき、自分で言ってたじゃねえか」
「そうだったかしら?」
「おめえな・・・」
呆れるコナンの顔を見ながら、哀がクスっと笑う。その2人の様子を歩美たち3人は、顔を見合わせながら、苦笑して見ていた。 |