第29章:同級生
小学4年生になった。
クラス分けで、少年探偵団は、バラバラになってしまった。
コナンと歩美はA組、元太はC組、哀と光彦は、F組。
「ちぇっ、別のクラスかよ」
コナンが本当の子供のようにがっかりしている。
「なに?20歳にもなって、一緒のクラスじゃないのを気にしてるわけ?」
哀が半目でコナンの顔を見ている。
「おめえは、いやじゃねえのかよ」
「しかたないでしょ?それに、一緒に住んでるんだから、クラスぐらい別でもいいじゃない」
哀の言い方は、いつものように、感情があまりこもっていないが、彼女にしては、慰めのつもりだった。
「あれ?コナン君、私と同じクラスじゃ不服なわけ?・・・やっぱ、哀ちゃんと同じクラスじゃなくて、しょげてんだ」
歩美が呆れたように言って、コナンと哀に近づいてきた。
「歩美と同じクラスが不服なわけじゃねえよ」
「いいじゃんか、歩美と一緒で。俺なんか、ひとりだぞ」
元太が頭の後に腕を組み、寂しそうな顔をしている。
「あら、東尾さんと同じクラスだって、喜んでたの誰だったかしら?」
哀が元太を睨んで言う。
「マリアちゃん、C組ですか」
光彦が哀に訊く。
「ええ・・・あら、円谷君も、私なんかより、東尾さんと一緒が良かったのかしら?」
「そ、そんなこと・・・ありませんよ。灰原さんと一緒で光栄です」
哀の言葉を光彦が慌てて否定する。
「ほお。歩美と一緒じゃねえって、がっかりしてたの誰だっけ?」
コナンが光彦に意地の悪い笑いを浮かべて言うと、光彦が言い返した。
「コナン君ほどじゃありませんよ」
「え?じゃ、私と一緒じゃなくても、そんなにがっかりしなかったんだ」
光彦の答えに歩美が膨れて言うと、光彦がまた慌てた。
「歩美ちゃんも、灰原さんも、僕をいじめないでくださいよ」
困る光彦の様子に4人が笑った。
「ねえ、ねえ、コナン君、哀ちゃん達のクラス、本郷啓祐がいるんだって」
それぞれの教室へ入ると、歩美が目を輝かせて言った。
「あん?誰だそれ?・・・本堂瑛祐なら知ってっけど」
「え?誰よ、それ」
歩美が不審げに訊く。
「あ・・・いや、で、誰?その本郷って」
「もう、コナン君知らないの?本郷健一と中原美由の息子で、去年の大河ドラマで人気が出た子役・・・いいなあ、光彦君と哀ちゃん」
歩美は羨ましそうに言うが、コナンには、わからない。
「・・・その・・・本郷健一?中原み・・・」
コナンが首を傾げている。
「中原美由!」
「で、その二人・・・何?」
「えーっ!コナン君、本郷健一と中原美由も知らないの?・・・本郷健一は、歌手だったけど、最近、俳優でよくテレビドラマの主役をやっているよ。中原美由は、今でもうちのお父さんがファンの元アイドル。最近は、あんまり、テレビとか出てないけどね」
要するに、有名タレント夫婦の息子で子役のタレントが、哀と同じクラスにいるらしい。
「ほんと、コナン君て、ミステリードラマ以外のテレビ、観ないの?」
「ハハ・・・」
「そっか、哀ちゃんと一緒に住んでるから、テレビ観てる間なんてないんだ」
歩美が思いついたように言った。
「どういう意味だよ」
「だって、哀ちゃんとイチャイチャすんので、忙しいんでしょ?」
「あのな・・・」
コナンは、力が抜け、言い返す気力もなくなった。
「でも、そんなヤツ、去年までいなかったよな」
コナンが疑問を口にすると、
「ほら。米花駅の向こうに高層マンションが出来たでしょ?あそこに越してきたんだって」
と、歩美が答えた。
「でもさ・・・コナン君、心配じゃない?」
歩美が意味ありな微笑みを浮かべている。
「え?・・・何が」
「だって、哀ちゃん、目立つもん。本郷啓祐が興味持つかもしれないよ。本郷君も大人っぽいし・・・」
「まさか」
コナンは、一蹴した。
*****
「すごいですねえ・・・」
F組では、その本郷啓祐の周りに人垣が出来ていた。少し離れた席で、光彦が哀の隣で、感心したように言ったが、哀は、まったく関心なさそうに持参の薬学の本に目を落としていた。
「で、誰なの?」
本から目も上げずに哀が訊いた。
「え?知らないんですか?本郷啓祐、今、人気の子役タレントですよ」
光彦が驚いたように言う。
「私、そういうのに興味ないし・・・」
「ま、灰原さんは、もう少し、大人の方が関心があるんでしょうけど・・・灰原さんが興味のある男子って、コナン君だけですよね」
「そうでもないわ」
「え?」
光彦が意外そうな声を上げても、哀は、本から目を外さない。
「私からみれば、あなたや小嶋君の方が、あんな子供のタレントより魅力的で興味があるわよ」
「え・・・」
光彦の顔が少し赤くなる。そこで、初めて、哀は光彦の方に視線を上げた。
「だって、あなたと小嶋君は、私の命の恩人だもの・・・勇気も、優しさも、正義感も、二人共立派だと思うわ」
哀が微笑む。
その顔は、光彦の胸を高鳴らすには、十分だった。
「え・・・あ、や、そんな・・・」
うろたえる光彦の様子に笑みをこぼすと、哀は、また本に目を落とした。
「君、名前、なんていうの?」
いつの間にか、本郷啓祐が哀の隣に立っていた。啓祐にしてみれば、クラスのほぼ全員が自分に関心を持ち、傍にきて人垣を作っているのに、哀と光彦だけが、興味なさそうにしているのが不満だった。
とくに、女子で啓祐の傍にきていないのは、哀だけで、プライドに傷がついたか、哀に関心を持ったのかもしれない。
「人の名前を訊くのなら、自分が先に名乗るのが礼儀でしょう?あなた、芸能界にいて、そんなこともわからないの」
いつもの調子の、哀のキツイ言葉が投げかけられる。
他のクラスメイトがざわついたが、哀を知る彼らにしてみれば、啓祐が哀に声をかけたことで、この展開は予想できた。
「でも、君は僕のこと、知ってるだろう?」
啓祐は、意外な相手の反応に驚いたが、負けずに言った。
「そういう問題じゃないでしょう?礼儀としてって、言ってるの・・・それに、私、あなたのこと、知らないんだけど」
哀のこういう態度に慣れている光彦や、彼女を知る生徒達は、苦笑まじりに二人を見ている。それを啓祐は、笑われていると誤解したのか、少し顔色が変わってきた。
「・・・僕は、本郷啓祐。タレントやってるんだよ」
「そうなの・・・私、灰原哀。よろしくね」
そう言うと、哀は、興味を失ったように啓祐から視線を外し、また本に目を落とした。
すげなくされた啓祐は、怒気を含んだ様子で、苦笑している他のクラスメイトを見回し、自分の席に帰っていった。
*****
「有名人を怒らせたのかよ・・・」
「ほんと、ドキドキしましたよ・・・」
「私なら、声をかけられたら、嬉しいけどな」
「ったく、おめえらしいぜ」
4人の反応を聞きながら、哀は、いつもの無表情でいる。
少年探偵団5人でのいつもの下校風景。
「私、嫌いなの。ああいう態度。自分が有名だからって、周りを見下すような・・・」
哀は、無表情のまま言う。
「確かに、実際に会って、本郷啓祐に対するイメージは悪くはなりましたが・・・」
光彦の言葉に、歩美が肩を落とした。
「有名人って、そんなものかな?」
「おめえ、相手は子供なんだからよ。そんな言い方しなくてもいいだろ」
コナンが哀の耳元で、他の3人に聞こえないように声を低めて言う。
「あら、私たちだって、今は子供じゃない」
哀が呆れたという感じで、肩をすくめた。
ヒソヒソと話すコナンと哀に気づいた歩美が言った。
「また〜、二人、仲がいいのはわかるけど、二人だけの会話なら、帰ってからにしてよ」
「コナン君は心配なんですよ。本郷啓祐は、灰原さんに興味がありそうだから・・・」
歩美の抗議に、光彦が言った。
「そっか。コナン君、どうする?ライバル出現だよ」
「私は、あんなガキに興味はないって言ったでしょ」
コナンに向かって言う歩美の言葉を遮るように、哀が言った。
「哀ちゃん、だめだよ。せっかくコナン君の危機感煽って、もっと哀ちゃんのこと、大事にさせようと思ったのに・・・」
歩美が苦笑しながら言った。
「歩美・・・」
コナンは、うんざりしたように、ため息を吐きながら目を細めた。
*****
「な、父さん、父さんの初恋って、いくつの時だった?」
米花駅ちかくの高層マンションの最上階の自宅で、本郷啓祐は、父親の本郷健一に訊いた。
「あ?いきなり、なんだ?」
健一は、実力派の歌手として20歳を超えてからデビューした。
当時は、あまり売れなかったが、30歳を前にヒット曲が出て、世間で名前が通るようになり、アイドルだった中原美由と結婚、啓祐が生まれた。
その頃から、俳優としての仕事もくるようになり、今では、テレビドラマや映画で主役か準主役をすることが多い。
忙しいが、休みのときは、なるべく家にいるようにして、妻子と過すようにしている。家族想いの芸能人としても、世間では有名になっていた。
「いや・・・ちょっと、気になったから・・・」
いつもとは、少し違う息子の態度に、健一は、少し戸惑ったが、すぐに察しがついた。
「そうだな。小学3年生のとき、同じクラスだった子を初めて好きだと思ったな・・・」
少し、遠い目をして言う父親に、啓祐が言う。
「で、その子に好きだって言った?」
「いや・・・言えなかった・・・」
「ふ〜ん」
「なんだ、お前、好きな子でも出来たか?」
「え?・・・あ、そうじゃないけど・・・」
少しうろたえる息子を見て、健一は、ホッとしていた。
どうやら、好きな子が出来たな。
芸能界に入ってからも、それ以前も、いろいろ苦労してきた健一は、息子には、そんな思いをさせまいとしてきた。それが裏目にでたのか、啓祐は、小学生にしては随分マセているし、周りの人間を見下すようなところがある。
それがテレビなどで一緒に仕事をする他の芸能人や関係者を怒らせていることも、健一には、わかっていた。
その息子に、どうやら気になる女の子が現れたらしい。
人を好きになることで、少しでも啓祐の性格が良くなればと、健一は思った。
しかし、その相手が、普通の子供でないなどとは、健一には、想像もできないことだった。
|