第2章:嘘
「蘭お姉さん、園子お姉さん!」
数日後の土曜日、園子に誘われてショッピングモールに新しくオープンした手作りケーキの店にやってきた蘭は、母親に連れられて買い物をしている歩美から声を掛けられた。
「歩美ちゃん」
「今日は」
「今日は。毛利さんと鈴木さんね。いつも、歩美がお世話になっています」
歩美の母が蘭と園子に笑顔で言った。
「ねえ蘭お姉さん。コナン君、大丈夫なの?」
歩美は、気になって仕方ないという様子で、母親の挨拶が終わらないうちに蘭に訊いてきた。
「えっ!?」
「だって、コナン君、昨日、学校休んで、先生は風邪だって言ってたけど、大丈夫なの?」
蘭は驚いた。コナンは、昨日も、普段どおりランドセルを背負い、朝学校に出かけている。帰りは、みんなと遊んでいて少し遅くなったと言ったが、それでも夜7時前には帰ってきていた。
「え?昨日、コナン君、いつもどおり出て行ったけど・・・学校に行ってないの?」
「うそ〜!コナン君、学校に来てないよぉ。サボりかなぁ。・・・まさか」
歩美の表情がいっぺんに曇ってしまい、悲しそうな目になって下を向いてしまった。
「どうしたの?」
彼女の母親が心配そうにわが子の顔を覗き込む。蘭も園子も、その急な落ち込みぶりが理解できなかった。
「だって、哀ちゃんも休んでたんだよ。・・・二人でどっか行ったのかな?」
蘭は納得した。以前、歩美にコナンのことが好きだと相談されたことがある。あの時、歩美は、コナンは蘭が好きだと思っていたようだった。
蘭は、知らなかったこととはいえ、歩美に、コナンがいつも通り学校へ行ったと言ったことを後悔した。
「へぇー。学校サボってデートとは、あのガキんちょ、やるわねぇ」
歩美の気持ちに配慮しない園子の言葉に、蘭は少しムッとしたが、しゃがみ込んで歩美の肩に手をかけ、優しく微笑んで言った。
「とにかく、コナン君にわけを聴いてみるわ。まあ、コナン君のことだから、何か理由があるんだと思う。わかったら教えてあげるわ。ね」
「うん」
蘭の優しい口調に、歩美は少し元気を取り戻して答えた。
*****
「それは本当かね?蘭君」
阿笠は、昨日、いつものように学校に行ったと思っていた哀が、休んでいたことを蘭から電話で聴き、驚いて聞き返していた。
「ええ。今日、歩美ちゃんが言ってたんですけど・・・。今、哀ちゃんいますか?」
「いや、コナン君と出かけておるよ。なんでも、哀君が見たがってる美術展が横浜の方であるとか言ってたがの」
「じゃあ、昨日もそういうふうに出かけてたのかしら?いつも博士が車を出してたでしょう?今日は、どうして二人だけなんですか?」
「そう。少しヘンなんじゃが、たまには二人だけで電車で出かけたいと言うもんじゃし、あの二人なら大丈夫だと思って送り出したんじゃが」
「二人だけで出かけるなんて、今までほとんどなかったですよね?」
「そうじゃな。いつも、わしや子供達が一緒じゃったからのう。二人だけで遠出するのは、初めてなんじゃないかのう。哀君は、あまり出かけたがるほうじゃないし」
二人が学校をサボり、学校が休みの土曜日の今日も二人だけで出かけている。やはり、腑に落ちないことだった。
*****
人気のない大きな屋敷。門の表札には、「工藤」とある。もう、2年近く、誰も住んでいないが、掃除や所蔵されている膨大な書籍類の整理に、人の出入りが時々ある。
その大きな屋敷のリビング、夕方の薄暗くなってきた時間、照明もつけられていない部屋のソファーに小さな二つの影が座っていた。
「ホントに行くの?」
「ああ、そろそろケリつけなきゃな。解毒剤のこともあるし、蘭を待たせるのも、このヘンが限界だろうし」
「そうね。・・・でも、あなたが危険を冒すことはないのよ」
「この話は、さんざんしたろ?それに、約束したじゃねーか。守ってやるって。あの薬のデータ、表沙汰にすることなく手に入れて、あっちの分は消さなきゃなんねぇし、手に入れたほうも解毒剤ができたら完全に消さなきゃなんねぇ。そのためには、おめえが必要だし、それなら、おめえを守る俺も行かなきゃなんねぇだろ?」
「まったく、お人好しもここまで来ると、異常だわね」
「うっせい・・・とにかく、他のみんなには気づかれないように・・・博士にもな」
「少し、胸が痛むけど、巻き込むわけにはいかないわね・・・本当は、私だけで行くべきだと思うけど・・・」
「もう言うなよ・・・それに、おめえになんかあったら、お姉さんに、明美さんに申し訳ないからな」
「工藤君・・・」
*****
「へぇ。博士も知らなかったんだ」
蘭は、阿笠と電話で話した後、園子に電話をした。
「そりゃ蘭、あのマセガキども、付き合ってるということじゃないの?・・・確かにまだ小学3年生だけど、あの雰囲気じゃ、付き合ってても不思議はないような感じはあるしね」
「でも、私や博士にウソついてまで出かけたりするような子達じゃないと思うの。だから、なんかもっと深い理由・・・例えば、哀ちゃんの両親のことかなにか、そういうあの子たちの家庭事情が関わっているとか・・・そういうのがあるのかなという感じもするんだけど」
「なら、親戚の阿笠博士に相談するんじゃない?それに、新一君のご両親も親戚なんでしょう?」
「うん。・・・いずれにしても、私達には言えない事情があるんだろうけど、コナン君に直接訊いていいもんかどうか、迷ってるんだ」
「とりあえずさ、明日、どっかへ遊びに行こうって誘ってみてさ、それでもし、コナン君が断ったら、その理由を訊いてみる。そんな感じで訊いてみたらどう?」
「そうね。とりあえず、そうしてみようかな?」
「ただいま。蘭姉ちゃん、遅くなってごめん」
「おかえり。ご飯、できてるから、手を洗ってきて」
「はあ〜い」
コナンは、居候している蘭の家に帰ってくると、手を洗い、いつものように子供らしく振舞って、食卓に座った。
「おじさんは?」
「この前の事件の現場検証に立ち会うって。遅くなるって言ってたわ」
食事が終わり、食器を片付け始めた蘭が口を開いた。
「ねぇ。コナン君。明日、予定ある?」
「え、うん。・・・明日は、灰原さんと約束があるんだ」
「哀ちゃん?どこかへ行く約束でもしてるの?」
「うん。西多摩市の方に灰原さんが行きたい美術館があるんだって。そこへ行こうって。」
「そう。・・・でも、随分哀ちゃんと仲良くなったのね。博士に訊いたけど、今日も一緒だったんでしょ?今までなら、博士や歩美ちゃんたちとも一緒にキャンプに行ってたりしたじゃない?」
コナンは、真剣な表情になって言った。
「うん・・・あの子を守ってやんなきゃいけないから・・・だから、傍に居たいんだ・・・」
「へ?・・・」
あまりにあっさりコナンが言うので、蘭の方の顔が赤くなってしまった。
少し経った頃、阿笠邸では、博士が天井を見上げて何か考え込んでいた。その様子を哀がソファに座って半眼でみている。
博士は、意を決したように哀に顔を向けた。
「のう、哀君。まあ、君と新一君は、今更じゃから学校、サボるのはかまわんが、それならそれで、どこへ何しに行ってるのか、ちゃんと言ってくれんかのう?何なら、わしが車を出してもいいし・・・まさか、組織が関係しているんじゃ・・・」
「違うわ・・・無断で学校をサボったことは謝るわ。工藤君がどうしても付き合えって言うもんだから・・・明日も彼と出かけるけど、月曜日からは、ちゃんと学校に行くから、心配しないで」
「新一君が誘っておるのか?」
「・・・私も戸惑ってるんだけど・・・本当なら、工藤君、もう高校卒業してるはずでしょう?彼女のこととか、いろいろ悩んでて・・・ほら、事情知ってる私に愚痴っていうか、いろいろ言いたいことがあるみたいなの・・・私にも責任はあるし、付き合ってあげるくらいしか今はできないし・・・」
哀は、阿笠に組織の本拠へ行くことを気づかれないため、あらかじめ考えていたウソをついた。
「しかし、わしには何にも言ってくれんのう」
博士は、少し寂しそうに目を伏せた。
哀が慌てて口を開く。
「博士に心配かけたくないんじゃないの?それに・・・ほら、やっぱり同年代の私の方がいろいろ話やすいんだと思うし、それに、私も彼に聞いてほしい話もあるし・・・ごめんなさいね。博士を仲間はずれにしてるつもりはないのよ。今度、二人で博士にちゃんと話すから。お願い、今は、工藤君の好きにさせてあげて」
「まあ、哀君がそこまで言うのなら・・・」
(ふう。・・・これは大きな罪ね)
*****
一応、コナンから話を訊いて納得した蘭だったが、歩美に教えると言ってしまったことを思い、ベッドに入って考え込んでしまった。
(歩美ちゃんにどう話したらいいのかしら?)
教えると約束した手前、話さないわけにもいかない。しかし、コナンが哀と一緒に学校をサボってるというだけで、あれだけ悲しそうな目をしていた小さな女の子のことを考えると、滅入ってしまう。
(それにしても、コナン君も罪作りね。小学生のくせに)
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