第21章:疑惑
コナンは、最近の蘭の様子を気にしていた。自分や小五郎の前では、明るく振舞っているが、気づくと、新一と蘭が並んで映っていた写真が蘭の机から消えていた。
中途半端に切れてしまった新一と蘭の絆。
蘭は、新一への想いを断ち切ることができたのだろうか。自分は、蘭にしてやれることは、もう何もない。ただ、コナンとして、蘭が可愛がっている居候の小学生として、傍にいてやることしかできない。
そして、そのことを一番気にしているのは、他ならぬ哀で、彼女のためにも、蘭には、幸せになってほしいと思う。
「どうしたの?コナン君」
「え?」
「だって、さっきから、私の顔、見てるじゃない?」
夕食の後、蘭とテレビを観ていたコナンは、いつの間にか、蘭の顔をずっと見ていたようだ。
「何か話しでもあるの?」
「えっ・・・べ、別に・・・」
蘭は、最近、コナンが悲しそうな、辛そうな顔で自分を見ていることに気づいていた。
新一とのこと、哀とコナンが仲良くなって、哀に軽い嫉妬を抱いていること、勘の鋭いコナンは、気づいているのかもしれない。
(それとも・・・)
バカらしいと思いながらも、忘れかけていた、心の底にくすぶり続けている疑問が、また浮かんでくる。
新一とコナンは、同一人物ではないのか。それで、ずっと、中途半端に別れたままの自分のことを気にしているのでは、ないのか。
あの大人びた少女、哀との恋は、子供のものではなく、真剣な大人の愛ではないのか。
(バカみたい・・・)
蘭は、心の中で自嘲しながらも、疑問にこだわっている自分に気づいていた。
しかし、ありえないと冷静に判断している自分と、真実を知ることを恐れている自分がいて、その疑問を確かめようという勇気がない。
以前、蘭は、その疑問を何度か確かめようとして、その都度、否定されてきたこともある。
しかし、確実に成長しているコナンの顔は、ますます新一に似ていると思う。いや、同一人物と言っても、誰も疑問符をつけないだろう。ただ、年齢が違うだけだ。
(あの組織に関わって、あの組織に何かの理由で薬品を投与され、体が小さくなり、コナン君になって、哀ちゃんを好きになってしまった・・・哀ちゃんも、同じように薬品を投与された大人の女性だとしたら?・・・それで、あの事件に巻き込まれた・・・いや、あの現場へ行った、としたら?・・・辻褄は、合う)
*****
「いつまで居てもいいのよ。何なら、ここ、新ちゃんと哀ちゃんの家にしちゃってもいいわよ」
「は?」
哀が阿笠のところへ戻ると聞いて、有希子が少し残念そうな表情をしている。もっとも、有希子も、そろそろアメリカへ戻らなければならない。
「哀ちゃん、元気でね。新ちゃんのこと、よろしくね」
そう言う有希子と別れ、阿笠邸へ戻った哀は、しばらく、学校は休むことにして、気になっていたデータの整理と、インターネットで情報の収集を始めた。
それと、ジョディからのメールのチェック。
入院中も、阿笠宛にジョディからメールを送ってもらい、それをコナンと哀へ伝えてもらっていたが、哀は、詳しいデータは、自分宛に送ってくれるようにジョディに頼んでいた。
組織から流失しているデータを、ジョディは、丹念に拾い集めてくれている。無論、すべてではないだろうが、マスコミが中途半端に掴んでいるものに比べれば、遥かに量も、質もいいだろう。
哀は、そのデータが意外に多いことに、表情を曇らせた。
ひとつずつ。データの内容を確認するのに、結構時間がかかりそうだった。その中には、哀が知らないものも多くあって、今更ながら、組織の大きさを感じる。
アポトキシンに関わるデータと、工藤新一、宮野志保に関わるデータが流れていないかどうか、慎重にチェックしていった。
そのなかで、ひとつ。気になるデータがあった。
原佳明。
ジンに殺されたトキワの専務。
10年後の顔を予測し、その顔写真を作るというコンピューターをみんなで試した際、コナンと哀だけがERRORとなったことに不審を抱き、その原因を調査していたらしい。
その原の名前が、あるデータにあった。警察が、原が組織の人間と特定できたのは、このデータのせいなのだろう。
そのデータは、トキワ関係のデータのようで、原の職務や住所から、身辺調査報告、会社内での人間関係などが記されていた。
(この人、私たちのこと、どこまで調べていたのかしら?)
大して、時間がなかったので、詳しいところまでは、調べられていないだろうとは思う。二人のことを調べたデータは、なかった。
哀は、とりあえず、原とトキワ関係のデータを重点的にチェックすることにした。
*****
哀の体が順調に回復したこともあって、阿笠は、久しぶりにキャンプへ行くことを提案した。
「蘭君と園子君も行きたいっていうんじゃが、いいかのう?」
阿笠がコナンと哀に、顔色を覗うようにして訊いた。
「いいわよ。大勢の方が楽しいでしょ?」
「いやだって言うわけに、いかねえだろ?」
「しかしのう・・・君達、あのパーティーのとき、蘭君を見て複雑な顔しとったから・・・」
コナンと哀が、蘭に複雑な想いを抱くことは、仕方がないことだろう。蘭の気持ちを考えれば、これくらいのことは、二人にとって、何でもないことだと思う。
「博士の気にすることじゃねえよ。これは、俺と哀が背負っていりゃいいってこと。アイツらだって、蘭や園子が来れば、よろこぶだろ?」
コナンの言葉に、哀も頷いている。
結局、キャンプは、総勢8人になった。
この人数では、阿笠の車では、全員乗れないので、レンタカーを借りて、出かけた。
もう、季節は秋、夜は、少し冷え込むかもしれない。それでも、少年探偵団の3人は、久しぶりのキャンプに、テンションは高かった。
コナンと哀も、楽しんだ。蘭と園子も、笑顔で歩美や元太たちの相手をしている。
男子は、テントを張り、女子は、コテージを借りていた。
暗くなっても、ランプの明かりを頼りにカードゲームなどに興じていたが、9時前には、それぞれ就寝した。
普段、夜遅くまでパソコンに向かっていることが多いせいか、寝つきが悪く、哀は、コテージを出た。時計は、11時半を回っている。
トイレに行き、隣にある炊事場と、コテージの間の小道から少し逸れたところにある、小さな屋根を頂いたベンチに座った。
少し肌寒さを感じるが、夜の山の空気が気持ちいい。星がたくさん出ている夜空を見上げた。
(星を見上げるなんて、いつ以来かしら?)
哀は、飽きずに星や、うっすらと町明かりに浮かぶ山影を眺めたりしていた。
「やっぱり、眠れねえんだな」
後から、聞きなれた声がした。哀が振り向くと、コナンが少し、呆れたような顔をして立っている。
「寒くねえか?」
「ううん、意外と気持ちいいわ」
コナンが哀をいたわるように隣に座る。ごく自然に、コナンの手が哀の肩にまわされた。
「星が綺麗だな」
「そうね」
「虫の声もたくさんするな」
「そうね」
「久しぶりのキャンプ、楽しかったな」
「そうね」
フワッと風が二人を撫でる。小さな屋根にある蛍光灯に灯りに映し出され、哀の茶色い髪が、揺れている。その様子を見たコナンが言う。
「綺麗だ」
「そうね」
「おめえのことだよ」
「な・・・何、言ってんのよ」
哀が驚いたような、呆れたような顔でコナンを見た。
「だって、おめえ、そうね、しか言わねえから」
コナンが、ニヤニヤしている。
哀もクスと笑った。
「そうね」
哀がそう言うと、二人で小さく声を上げて笑った。
蘭が、コテージの中でふと目を覚ました。時計に目をやる。
(12時すぎ・・・)
横を見ると、哀のシェラフが空なのに気づいた。
トイレに行こうと、コテージを出て小道を歩く。炊事場の明かりが近くなった頃、話している声がした。
小道から外れたベンチに小さな影が二つ。
(コナン君、哀ちゃん・・・何してんだろ、こんな夜遅く・・・)
いけないと思いながらも、蘭は、二人の方に足音を忍ばせて近づく。二人の後姿が見えた。傍の木に隠れ、耳を済ませる。
そんな蘭に、二人は、気づかない。
「でも、アイツら、テンション高いし、ちょっと疲れたかな・・・」
「そうかしら?あなたが一番、はしゃいでいたように見えたけど?」
「そんなこと、ねえよ・・・」
コナンの声が、少し不満げだ。
しばらくの沈黙の後、コナンが口を開いた。
「なあ、哀。」
「何?」
「あんまり、無理すんなよ・・・」
「大丈夫よ・・・」
コナンは、哀が夜遅くまで、ジョディから送られたデータをチェックしていることを知っている。
「おめえに何かあったら・・・あんな想いをすんのは、もういやだぜ」
コナンは、哀が自分を庇ってジンに撃たれ、重傷を負ったとき、彼女を心配して眠れなかった頃を思い出して言った。
「ええ。私も、もう、あなたに心配かけたくはないわ」
「ERROR・・・もう、忘れかけてたよな」
「どのくらい知ってたのかしら・・・原さん」
(原さん?・・・)
蘭は、聞き覚えのあるその名前をどこで聞いたのか、記憶を辿っていた。
「データは、他になかったんだろ?」
「ええ」
「じゃ、大丈夫じゃねえか?」
「そう思うんだけど・・・」
「ま、気をつけるに越したことはねえけど・・・」
「そうね」
「また、そうね、って言ったな」
「あ・・・」
二人で小さく笑う。
蘭には、二人の会話の意味が、ほとんどわからない。しかし、その大人びた雰囲気に胸がさわぐ。
(この二人、やっぱり普通じゃない・・・普通の子供じゃない)
「少し寒くなってきたわ・・・」
哀が少し甘えたような声を出した。同性の蘭でも、ドキっとするような大人の女性を感じさせる声に、蘭の心に、驚きと不審が湧き上がる。
しかし、コナンは、意に介した様子もなく、哀を抱き寄せた。
「哀・・・」
コナンの声で、少し体を離した二人が見つめあい、やがて、軽く唇を合わせる。そして、抱き合うと、今度は、深く唇を合わせた。
その様子に、蘭は、驚いた。とても、小学生のやること、出来ることではない。
心にいくつかの疑問と、ひとつの答えが浮かんだ蘭だったが、見てはいけないものを見た、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、驚きに竦みそうになる足をそっと動かし、二人から離れ、コテージに戻った。
その後、しばらくして哀が戻ってきて、自分のシェラフに潜り込んだ。その様子を眠ったふりをして覗って蘭は、その後、なかなか眠れなかった。
*****
翌朝、ほとんど眠れなかった蘭は、まだ暗いときに外へ出た。
「まだ、5時・・・」
なんとなく、昨夜、コナンと哀が座っていたベンチのあるところへ来た。
一晩中考えていたこと。それは、この前に考えていたのと同じこと。
コナンと哀が普通の小学生ではないということ。そして、コナンと新一は、同一人物であるということ。
蘭は、ほぼ確信していた。
(でも、確かめること・・・できない・・・)
新一のことは、まだ忘れていない。そんなに簡単に忘れられるはずがない。
しかし、彼から別れの言葉を口にされたことは事実で、彼は、もう自分のことを見ていないのだということもわかっている。
(コナン君が新一だったとして、哀ちゃんは、いったい誰なんだろう?)
そんなことは、訊くことはできない。できたとしても、答えてくれるわけがないだろう。
命の危険があったという二人のこと、自分などには、考えもつかない理由があるのだろう。
「蘭、どうしたの?」
不意の声をかけられ、振り向くと、園子がいた。
「園子・・・」
「目が覚めたらさ、まだ5時なのに、蘭がいないから・・・ちょっと心配したんだよ」
「ごめん・・・」
園子は、蘭の隣に座ると、その顔色から、彼女がほとんど寝てないことき気がついた。
「眠れなかったの?」
「うん・・・いろいろ考えてたら・・・ね」
「何?何か気になることでもあるの?・・・ね、蘭。私じゃ、頼んないかもしれないけど、話してくれない?よかったら・・・話してみれば、少しは、楽になるかもしれないわよ」
「笑わないで聞いて」
蘭は、少し間をおいてそう言うと、園子の方を向いて話し始めた。
「昨夜ね、コナン君と哀ちゃんがね、このベンチで話してたの、聞いちゃった・・・でも、話しの意味、半分もわからなかったの」
「それって、立ち聞きしたってこと?」
「うん・・・トイレに行ったの。その時、ここ通ったんだけど・・・」
蘭は、そこで、少し言い澱んだ。
「・・・コナン君と哀ちゃん・・・その後、キスしたの・・・抱き合って・・・それも、ディープキス・・・それで、小学生じゃないと思ったの、あの子たち・・・」
園子も少し驚いて聞いている。元々、あの二人は、マセていると思っていた。不思議な子だとは、何度も思った。
「じゃ、何者だと思うの?蘭」
「たぶん・・・コナン君は新一・・・」
「ハハ、まさか!」
園子は、冗談だと思って笑った。しかし、蘭の表情は真剣だ。園子は、その様子に笑いを止める。
「でも、そう考えると、納得できることが多いの」
「あのね蘭、人間の体が子供に戻るなんてこと、あると思うの?バカバカしい」
そう言われると、蘭も、そんなことがあるわけがないと思う。
「私、前から、何度かコナン君が新一だと疑ったことがあるの。でも、いつも、そうじゃないっていう事が起きたの」
「そうよ。だって、学園祭のときだって、新一君とコナン君、一緒に居たじゃない」
「でもね、新一から、好きな人ができたって電話があった頃、コナン君と哀ちゃん、事故に巻き込まれて入院してたっていう頃なの。その頃から、あの二人、仲良くなってたし・・・」
「ね、蘭。あの子たちが子供離れしてるのは、私も認めるけど、やっぱり、考えられないよ・・・人間の体が子供に戻るなんてこと、信じられないよ」
蘭は、園子には、理解してもらえないとは思っていた。いや、他の誰も、理解してくれないだろう。ずっと、コナン、新一の傍にいて、コナンと新一をよく知る自分以外には、やっぱり考えられないことだと思う。
「蘭!あんまり思いつめちゃだめだよ。ね!他にいい男、いっぱい居るんだから・・・ほら、行こ!そろそろ、みんな起きてくるでしょ」
「うん」
蘭は、園子に促され、笑顔を作って、コテージに戻って行った。 |