第1章:哀の想い
工藤新一と宮野志保が幼児化して2年、当時、帝丹小学校1年に転校生としてやってきて2年、二人は3年生になっている。
「博士。いってきます」
「おお、気をつけての、哀君」
厄介になっている阿笠の家を出て、いつもの道を学校に向かう哀の前に1台の車が停まった。
「ハイ!哀チャン」
FBIのジョディが運転席から降りて手を振る。少し驚いたように見ていると、助手席からは、コナンが顔を出した。
「よっ!灰原、悪いが今日は学校サボってもらうぜ」
「えっ?」
「さあ、乗って」
ジョディが笑顔で後部座席のドアを開ける。怪訝な顔をしながらも、哀は言われるまま、車に乗り込んだ。
「で?どこへ連れて行く気なのかしら?」
哀が後部座席で腕を組んで言う。
「俺も知らねえんだ」
「行く場所は問題じゃないわ。問題は、話の内容」
ジョディは、いくぶん含みのある言い方をする。
「クールキッド、哀チャン、やっと、“その時”が来たと言った方がいいかもね」
ジョディは、町外れの山の中腹にある、1軒の別荘のような建物に車をつけた。
ジョディの言うまま、コナンと哀が中へ入ると、ジェイムズが居た。
「よく来てくれたね、二人とも」
FBIの彼らの話では、やっと“組織”の日本の本拠がわかったこと。アメリカなどの本拠と共に、近く、壊滅作戦に乗り出すことがコナンと哀に告げられた。
その詳しい内容、日取りについては、アメリカから連絡があり次第決定。そして、この作戦には、日本などの各国警察やインターポール、一部軍隊も協調して行う大掛かりなものであることが知らされた。
「それでね、あなた方がほしがっている薬のデータをどうやって入手するか、についてなんだけど」
ジョディが言うと、哀がすかさず口を開いた。
「もちろん、彼らのホストコンピュータからデータをコピーするわ。そして、向こうの分は消去し、こちらの分も、解毒剤が出来、彼の体を元に戻したら、完全に消去する。この薬のデータは、この世から葬り去る」
哀がいつになく強い調子で言った。コナンは、横で黙って聞いているが、その表情がかすかに曇ったことには、誰も気づかなかった。
「あの薬は、人類が持ってはならない禁断の木の実なのよ」
「クールキッドも同じ考えかしら?」
ジョディがコナンの方を向き言う。
「そうだね。薬の詳しいことについては、灰原がよく知っているし、灰原がそういうなら、その通りにすべきだと思う」
「問題は、あなた方を連れていくべきかどうか」
「私が行かないとデータを取ることはできないわ。私は、行くわ。それが私の義務」
「俺も行く。おめえを守ると約束したからな」
「あなたは、何も危険を冒す必要はないわ。あなたは、彼女のところへ戻らなきゃならないのよ。」
「言ったろ?守ってやるって。約束だかんな」
「工藤君・・・」
二人のやり取りを聞いていたジョディたちは、仕方ないという表情になり、ジェイムズが口を開いた。
「やむを得ないな。君達にも来てもらうことにしよう」
「ところでコナン君、哀ちゃん。あなた達のこと、そろそろ話してくれない。シェリーと呼ばれた哀ちゃんのこと、そして、執拗に組織を追うクールキッド、あなた達は、いったい・・・?」
ジョディが二人に方を向き、真剣な表情で訊いてくる。
「それは、まだ言えないよ。ジョディ先生。このことのケリがついたら、すべてが終わったら話すよ」
コナンが目の光を強めて言う。隣で、哀は、黙っていつものポーカーフェイスでジョディを見つめていた。
この4人のやり取りを隣の部屋で聞いている男がいる。コナンとは、顔見知りのFBIの捜査官た。
コナンと哀がジョディと共に出ていった後、この男、赤井秀一が部屋に入ってきた。窓から、コナンと哀がジョディの車に乗り込むのを伺う。
「赤井君、どうして、彼らに直接会わなかったのかね?」
ジェイムズが訊く。
「私はまだ、この件のケリがつくまでは、あの茶髪の少女と会うわけにはいきません」
二人を乗せたジョディの車が走り去っていった。
*****
いつからだろう。哀が、コナンこと工藤新一に好意を持ったのは。
最初は、自分と同じように幼児化した人間で、研究の対象という感じの興味だった。しかし、最初は自分を責めた彼は、いつしか守ってくれるようになった。
鮮やかな推理で事件を解決するかと思えば、阿笠が作ってくれた武器を操り、自分や仲間を何度も危機から救ってくれた。
そして、ピスコの事件やバスジャック事件、ベルモットとの対決では、自分の身を危険にさらしても哀を救ってくれた。
何度も自分から命を絶とうとした哀に、「運命から逃げるな」と言って、生きる希望をくれた。「興味」が「好意」に変わり、いつしか「恋」になっていった。
同時に彼がどれほど幼馴染の毛利蘭を思っているか、そして、蘭がどんな思いで新一を待っているのか、これも肌身に感じてきた。機会あるごとに、彼は、幼馴染との思い出やちょっとした出来事を哀に話した。そして、そんな仲の良い幼馴染の二人を引き裂いたのは、自分が作った薬のせい。
その事実が、哀の胸に重くのしかかると共に、自分には彼を愛する資格はない、彼を好きなることは許されないと自分の想いを押し殺してきた。
蘭は強いと思う。彼女は、今年春、高校を卒業、4年生の大学に進んでいる。すでに、高校を退学してしまった新一からは、相変わらず時々電話で連絡が入るだけ。彼は、どこでどんな事件に巻き込まれているのか、知るすべもない。
でも、蘭は、いつも笑っている。今や名探偵と言われる父の小五郎やコナン、園子や探偵団の子供達の心配や世話を焼きながら、相変わらず、組織のベルモットをして「エンジェル」と言わしめた笑顔を見せている。
時が過ぎるに従い、その眩しい笑顔は、ますます哀の胸を締め付けるものになってきた。
その蘭にとって、新一がいない時間を慰めてくれた存在がコナンであったことは、まぎれもない事実だった。
今の哀にとっては、仲間といえる存在もある。
コナンと共に自分を仲間に迎えてくれた少年探偵団の歩美や光彦、元太、自分を匿ってくれた阿笠博士、そして、あの日、命がけで自分を守ってくれた蘭。
蘭には、そっけない態度で接してきた。彼に会えない状況を作った申し訳なさと、嫉妬が入り混じった複雑な感情で、彼女を避けてきた。でも、そんな自分でも、彼女は、何のためらいもなく、助けるためにその身を呈して庇ってくれた。
彼女や仲間たちが「真実」を知ったとき、自分をどう思うのだろうか?ここに、自分の居場所は、果たしてあるのだろうか?
いや、彼らが自分を責めるとすれば、それは甘んじて受ける。憎しみの対象となるのであれば、それも仕方ないこと。
哀は、ジョディたちの話を聞いて、静かに覚悟を決めていた。
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