第13章:帰路
「どう思うかね?白鳥君」
病院から警視庁に戻る車の中、目暮が後部座席から運転する白鳥に訊いた。他の者に話を聞かせるわけにいかず、この車に乗っているのは、二人だけだった。
「そうですね。ひとつ言えることは、人間が10歳も若返るなんていうこと、まして、20歳ぐらいの人間が小学生になってしまうなんてことが実際に起こってしまった、この意味は、計り知れないものがあると思います。その薬がもし、秘かに完成されて、犯罪、テロ行為に使用されれば、たいへんなことになるでしょう」
「工藤君と宮野君が小さくなったのは、単に偶然だったわけだが、もし、彼らが飲んだ薬が改良され、誰でも小さくなれるとなれば、大きな混乱が起こることになるだろうな」
「ええ・・・もちろん、血液型や指紋、DNA鑑定など、調べれば本人を特定することはできますが・・・」
「しかし、姿かたちが変えられることになれば、犯罪に使われれば、厄介だな」
「事は、国家、いえ、世界レベルのトップシークレット扱いになるほどの問題でしょう」
「それと、FBIとの関係もあるし、CIAが動いていたようでもあるし・・・となると、アメリカとの国家間の問題にもなるだろう」
目暮は、事に重大さに眩暈がする思いだった。
「あの二人には、普通の小学生として、これからも、暮してもらわねばならん。二人のためだけではなく、世の中のためにも・・・」
*****
哀の病室を後にした佐藤と高木は、ロビーの自販機の前にいた。佐藤がカップのコーヒーを買って高木に渡す。
「ありがとうございます」
二人は、カップを持って椅子に座った。
「何か信じられない話ね、コナン君と哀ちゃんのこと。まあ、二人の大人びた様子を見ると、納得できるんだけど・・・」
「そうですね・・・ね、佐藤さん。佐藤さんなら、耐えられます?」
「え?」
「だって、いきなり子供になっちゃって、今の生活の基盤が消えちゃうんですよ。今の仕事、家、家族、友人・・・そういうものを失ってしまうんですよ?耐えられますか?あの子たちみたいに・・・とくに、哀ちゃんは、組織から逃げ出して、誰も知る者のない街にきたわけですし」
「そうね。自信は、ないわね。パニックに陥っちゃうかも・・・あの子たちにはさ、阿笠さんがいたし、工藤君のご両親も知っているから、救われたと思うけど・・・そういう保護者がいなかったら、生きていけるかどうか・・・」
「それに、欲求不満というか、ストレスも凄いと思います。だって、自分は、そこそこの年齢なのに、子供扱いされる。一人で出入りできた店にも入れないでしょうし、ちょっと夜遅くなっても、周りに不審に見られる・・・大変だと思いますよ」
「そうね。それにしても、周りの友人に、自分のことを偽って暮らすことは、たいへんだし、つらいでしょうね」
「そうですね。コナン君、どういう想いで蘭さんの傍にいたんでしょう?そして、哀ちゃんは、どういう想いで、彼らを見ていたんでしょうね」
「あの二人、やっぱり、私なんかより、強いわね」
そう言うと、佐藤は、カップのコーヒーを飲み干した。
あの二人の大人以上に大人びた雰囲気は、たぶん、子供の姿になったからこそ、身についたものかもしれない。体が小さくなったことで、逆に精神的には、大きく成長したのではないか。元の工藤新一だって、当時高校生で、今でも大学生の年齢だ、佐藤たちより年下なのだ。
でも、自分達をも見透かしたようなあの瞳は、自分達よりも遥かに大人で、想像以上の経験をして、いろいろ考えてきた者にしか、持ち得ないものだと思う。
「いずれにしても、もし、あの子達が幼児化したことがわかったら、マスコミや研究機関の餌食にされるでしょう?それだけは、絶対にさせない。あの子達、守らないとね」
佐藤が言うと、高木も強く頷いた。
*****
佐藤と高木が哀の病室を去ると、コナンは、哀を車椅子からベッドに座らせた。そして、その姿勢のまま、哀の頭と肩に手を当て、哀の頭を自分の胸に押し付けるようにして、抱いた。
哀も黙って、コナンの背に手を回し、身を任せ、目を閉じている。コナンの心臓の鼓動が身近に聞こえ、頭と肩に当てられたコナンの手のぬくもりが哀の乱れた心を整えていく。さすがに、姉の話、自分の過去の話をすると、哀自身、平静ではいられなかった。
佐藤や高木は、気づかなかったが、コナンには、哀の心の動揺がはっきりとわかる。姉を失った哀しみがまた鮮明に甦っているであろう哀の胸のうちを思うと、コナンには、黙って抱いていてやることしかできなかった。
「無理しやがって・・・」
(あんなに、明美さんのことを詳しく話さなくてもいいのに)
コナンのつぶやく声がかすかに哀の耳に届いた。
「ありがと・・・」
哀の言葉も、コナンの耳にかすかに届く。
哀を抱くコナンの手に力が入る。二人は、黙ったまま、長い時間、そのまま抱き合っていた。
「哀ちゃん!新ちゃんいる?」
不意に扉が開けられ、有希子が入ってくる。あまりに突然だったため、コナンと哀は、そのまま動けず、目を見開いて有希子を見つめた。
「あらあら・・・お邪魔だったようね・・・」
と、言いながらも、有希子は二人を見てニヤニヤしている。
コナンは哀を離すと、抗議の声を上げた。
「あ〜ったく。ノックぐらいしろよな!」
「うふ。ごめんね・・・でも、ノックしない方が楽しめそうね」
*****
コナンと哀がいない。もう4ヶ月。相変わらず、二人がどこにいるのか、阿笠と新一の両親以外の周りの人々には、教えてもらえなかった。
そして、5ヶ月目に入ろうとする頃、あの事件以降、周りに不穏な様子も見られないことから、コナンと哀は、米花中央病院へ転院することになった。
事件当時、少し話題になった、ケガをした子供が運び出されたという話も、4ヶ月が経ち、いろいろな有名人が組織に関わっていた事実が出てきているなど、他の大きなニュースもあって、人々の記憶から薄れていったようだった。
転院は、コナンと哀にとっても嬉しいことだった。この慶杏病院での二人の時間も貴重なものだったが、米花町へ戻り、みんなに会えると思うと、やっぱり嬉しい。
*****
高木刑事が運転する車の車内。助手席には佐藤が座り、後部座席にコナンと哀が座っている。佐藤がまだ足の不自由な哀を気づかった。
「哀ちゃん、足の具合はどう?痛くない?」
「大丈夫。ありがとう」
「そう、痛くなったりしたら言ってね」
「うん。そうする」
佐藤が助手席から二人を振り返って言う。
「今度のこと、みんなには、何も話せないし、二人にとっては、つらいこともあるかもしれないわね」
「うん。でも、仕方ないし、覚悟はできているよ」
コナンが哀の方に心配そうな視線を走らせると、
「大丈夫よ。あなたと一緒だもの」
と、コナンの心を読んだように、微笑んで言った。
コナンがフッと微笑んで、座席におかれた哀の手に自分の手を重ねた。
「もう、仲がいいのは、わかったから・・・あまり見せつけないでよ!」
佐藤が呆れ顔で言った。それにしても、と佐藤は思う。
(哀ちゃん、綺麗になったわね。怪我する前に比べると、すごく。まあ、あれだけコナン君に大事にされ、想われたら、綺麗にもなるわよね・・・それに引き換え・・・私は、綺麗になってるのかしら?)
ちょっとすねた目で、高木を見る。
「佐藤さん?何か?」
高木が佐藤に視線に気づいて聞く。
「別に・・・」
佐藤は、ちょっと半目でつまらなさそうに言った。 |