プロローグ
毛利蘭は、友人の鈴木園子と共に、大きなガラス窓のあるコーヒーショップで、外に向いたカウンターに座り、道路を行き交う人や車を眺めながら話をしていた。
と、道路の向こう側の歩道を見覚えのある5つの小さな人影が歩いているのに気づいた。帝丹小学校で1年生の時から、「少年探偵団」なるものを結成している5人。今は、3年生になっていた。
前を行くのは、カチューシャを頭につけた少女吉田歩美と、体の大きな少年小嶋元太、そばかすをつくった面長顔の円谷光彦。歩美を挟んで両方に男の子が並び、三人で歩いている。少し遅れて、蘭の家に居候している眼鏡の少年江戸川コナンと、赤みがかった茶髪をした少女灰原哀。二人が話しながら並んで歩いている。
子供らしく、はしゃぎながら歩く前の三人とは違い、後の二人は、自分たちでもあまりしないような真剣な目をして何か話している。
コナンの小学生らしからぬ頭の良さ、行動力は、何度も目の当たりにしてきたし、またそれによって蘭も、周りの人たちも何度も助けられてきた。時折見せる、大人顔負けの知識に驚くことは今でもあるが、自分には、子供らしい人懐っこい笑顔を向けてくる。しかし、今、道路の向こうで、これまた子供とは思えない雰囲気を持った少女に話す姿は、自分などよりは遥かに大人であるように見えた。
(コナン君と哀ちゃんって、あんな雰囲気なんだ)
二人で話している姿をあまり見たことがない蘭にとって、他の三人と明らかに違う空気を持った二人が会話する光景は、普段あまり見ないコナンの表情と共に、驚きを抱かせるには十分だった。
(どんな話をしているんだろう?)
「不思議な子達よね」
園子も子供達の姿を見つけ、独り言のようにつぶやく。
「一昨日ね。佐藤刑事と高木刑事に会って話してたんだけどね。あの眼鏡のガキんちょはさ、前からマセてるというか、ただ者じゃないって感じがしてたんだけどさ、あの哀って子も、目立たないけど、コナン君に負けず劣らず、不思議な子なのよね」
「哀ちゃんも・・・?」
蘭は、あまり哀と話したことがないが、時折つぶやくように話す言葉は、どこか心に残っていて、とても小学生の言葉には聞こえないという印象はある。哀が話すことを見たこと自体、あまりないので、今、コナンと真剣なやり取りをしている姿自体が、蘭にとって、意外な光景ともいえた。
「ほら、佐藤刑事のお父さんが殉職した事件の犯人が捕まったとき、連続放火があったでしょ?あの時、次に放火犯が現れるのは品川だって当てたのは、あの哀って子だって」
「へぇー。コナン君みたいだね」
「それと、連続爆破事件で怪我をした白鳥警部、急性硬膜下血種って言ったかなぁ?それを白鳥さんの症状を見ただけでわかったらしいし、その後、犯人が爆弾を仕掛けた場所・・・まあ、偽モノだったみたいだけど・・・それが電車だったってことをコナン君と同じようにあの子も当てたらしいわよ」
今、道路の向こうの書店に入ろうとしている5人の子供たちを見ながら、蘭は、驚きながらも、コナンと哀が真剣に話をしている理由がなんとなくわかったような気がした。
「それに、前にさ。あの子たちだけでモーターボートで犯人を追っかけていった時のこと、後で光彦君に聞いたんだけどさ、最初モーターボートを操縦していたのはコナン君だったんだけど、途中であの子が操縦を替わったらしいよ」
「えっ?哀ちゃん、モーターボートの操縦もできるの?」
「そうなのよ。それもさ、コナン君がさ、さも当たり前のように替わってもらったみたいよ」
「じゃあ、コナン君は、哀ちゃんが操縦できることを知ってるというか、そういうのを当然と思っているということかしら?」
「そうなのよね。暗号なんかの謎解きするときもさ、コナン君と一緒になっていろいろ説明してくれるらしいし、元太君なんかに言わせると、あの二人は、絶対、年をごまかしてるって。コナン君もだけど、あの子も不思議な子よ」
園子は、両手のひらを上に向け、少し肩をすくめた。
一方で、蘭には、別の疑問も胸に広がってきていた。
(コナン君は、なぜ、哀ちゃんのことを私に話さないのだろう?)
少年探偵団の他の子供たちのこと、学校のことなどは、自分に普通に話してくれるコナンが、こと哀のこととなると、何も話しをしてくれない。このことだけを考えると、コナンは哀が嫌いか、興味がないのだとも思えるが、今、目の前で話している二人の様子をみれば、仲が悪いわけでもないようだし、哀がコナン同様、大人顔負けの知識や知恵を持っているのだとすれば、コナンにとって、哀はまたとない話し相手、パートナーになり得る。
第一、以前、哀が風邪をひいたとき、泊り込んでまで看病したコナンである。哀のことに関心がないとは、とても思えない。
哀が転校してきたこと、阿笠博士の家に住んでいることなど、蘭は直接コナンから聴いてはいない。あとになってわかったことだ。そもそも、哀の両親のこと、これまでの生い立ちも知らない。阿笠は、哀を親戚の子だと言っている。コナンも阿笠の遠縁だという。では、二人は親戚ということなのだろうが、そういうことも、コナンからは、何一つ聴いてはいない。
哀のことに関しては、コナンは一切、蘭に話しをしていないのである。
蘭には忘れられない哀の姿がある。
どういうわけか、阿笠が父の小五郎と自分を自宅に招待し、自らが作ったゲームをさせたことがあった。その時、阿笠と別れたというコナンが家に帰っているかも知れないと思い、自分も帰ろうとしたとき、哀は帰るなと言った。その自分を止めた哀の顔、その思い詰めたような表情。
「ダメよ帰っちゃ・・・。江戸川君なら大丈夫だから、心配ないから・・・。だから、もう行かないで!お願い!!」
いつもクールで、自分の感情をあまり表情に出さない哀が、あの時は、あんなに激しい口調で、帰ろうとした自分を押しとどめた。あの時の言葉、「もう行かないで!」とは、いったいどういう意味なのだろう。「江戸川君なら心配ない」とは、あの時、コナンがどこで何をしていたのか、哀は知っていたのだろうか。いや、もしかしたら、「心配ない」とは、コナンを心配していた哀が、自分自身に言い聞かせていた言葉なのではないのだろうか。
蘭は、以前、誘拐されそうになり、犯人から銃撃された哀を庇ったことがある。
小さな体を襲う危険に、自分の危険も顧みずに彼女を自分の体の下に入れて庇った。夢中だったし、そのまま気を失ってしまい、あまり鮮明な記憶がないが、あの時、自分の腕に回された小さな哀の手のぬくもりをかすかに覚えている。
今思えば、あの時、哀は、自分を見て驚いてはいたようだが、震えても、怯えもせず、むしろ、落ち着いて、覚悟を決めたようにあそこに立っていたような気もする。
(哀ちゃんって、いったい何者なんだろう?コナン君と哀ちゃんは、私達が知らない、知るすべもない事、お互いのことをよくわかっているのではないのだろうか?)
蘭の疑問は、大きくなっていくばかりだった。
「出てきたみたいね」
園子の声に表を見ると、5人の子供達が書店から出てくるところだった。
書店の袋を両手で頭の上にかざし、嬉しそうにはしゃいで最初に出てきたのは元太。すぐに同じ袋を抱えた歩美と光彦が楽しそうに笑い合いながら顔を出し、少し遅れてコナンと哀が並んで出てきた。
コナンと哀は、手に何も持っておらず、楽しそうにはしゃぐ三人を見て、コナンは苦笑いを浮かべた顔を哀に向ける。哀は、両手の手のひらを上に向けながら少し肩をすくめたが、同じように笑みを浮かべてコナンと目を合わせている。二人ともまるで、自分の子か、幼い弟妹を見守るような優しい眼差しをしていたが、蘭は、そんな初めてみる二人の表情に奇妙な嫉妬を覚え、そんな自分の感情に少し戸惑っていた。
「へぇー。あのマセガキ、あんな顔するんだ。まるで子供を見守る夫婦だね」
「うん・・・」
その幼い姿には不似合いな二人の表情が、蘭の心に深く刻まれた。
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