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目玉焼きには。
作:沙堂 瑠々亞


 その日私は、充満する朝の香りに促されて目を開けた。
 挽きたてエスプレッソの匂い、香ばしく焼けるベーコンの油の匂い、焼きたてパンの小麦の匂い……朝は和食党の私が、久しく嗅ぎ取らなかった食卓の風景だ。
 ああ、炊き立て白米+高菜orたらこに一汁一菜なんて朝もいいけれど、こういう朝も一人暮らしにはありかなあ……なんて、まどろむ中で考える。
 大学生活も二年目、一人暮らしの勝手も分かってきたし、バイトも余裕が出てきた。サークルだって楽しいし、仲間同士で喋ってれば楽しいし、あとは彼氏さえいれば完璧なんだけど……うだうだした後で目を瞑る。さらさらした生地の枕が眠りに誘ってくれた。凸凹してて、タオルみたいに汗をすぐ吸い取ってくれそうな生地の――
 ……あれ、こんなさらさらした生地の、家にあったっけ?
 ふと疑問に思ってもういちど目を開ける。頬を押し付けていたのは、ワッフル生地の枕カバーだった。 
 クリーム色なんて家にはない。枕を新調した覚えもない。というか、根本的にベッド自体ちがう!!
 がばりと跳ね起きた私は――自身が置かれた状況に絶句した。
「……えっ……」
 ……なんで私キャミソールのままなの。そんでもってなんでブラがなくて靴下履いたままなの。
 っていうかさ、ここ、どこよ!?
「あ、起きたか」
 その時、向こうから皿を両手に持ってきた相手と目が合った。
 同じ専攻で同じサークルでもある真崎だ。え、なんでここに真崎が?
「昨日の酔い残ってないか? いけるんだったら朝メシ食えよ」
 頭がモヤモヤする。昨日……そうだ、確か昨夜はサークルの飲み会だった。
 先輩がパチで勝っただとかで奢ってやるとか言い出して――焼酎の一番高いやつだかなんだかを呑んでみようってことになって……ソーダ割りかロックで悩んで結局ロックにしたら案外度数が高くて……
「たいしたモンじゃないけど作ったからさ」
 ちょっと待って、じゃあここは真崎ん家で、この格好ってことは、酔いつぶれてそのまま……!?
「なっ……ななな……」
 ――冗談じゃ……ないっ!!


   目  玉  焼  き  に  は  。 


「変なこと……してないでしょうね!」
 慌てて布団を上から被り、服の入ったカゴを抱えてユニットバスに直行。着替えてベッドに居座り、真崎を睨んだ。
 ローテーブルの皿にパンを並べた真崎は、私の目線を受けた後、数秒経ってから顔をそむける。
「ちょっとちょっと! なんでそこでホホを染めるのっ」
「いや……だってなあ…」
「恥じらいながらこっち見るのやめてよ! つーか見るなっ」 
 真崎はとっくのとうに着替えちゃってて、髪までセットしていた。後輩は「何気にカッコイイし優しいんですよね(はあと)」とかなんとか評してたっけ。私にしてみれば は?どこが? と返してやりたくなる。あんまり身長は高くないし、どこにだっていそうな顔だしヘタレっぽいし、しいて言えばゆっくりめの口調で周りの男の子より穏やかに見えるだけじゃない。 
 こんな奴……こんな奴に私ときたら……っ!
「……なんだ。覚えてないのか」
「残念そうに言わないでってば! 何があったかなんて…あったかなんて想像したくもないわよバカっ」
 怒鳴ったら泣きたくなってきた。頭がちょっとがんがんする。酒を飲んでて記憶がなくなったなんて、凹む出来事だ。
 外から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。ああ、今の状況とすごいミスマッチ。
「何もしてねぇって。寝込み襲うかよバカ」
 カラダに異変ないことぐらい自分で分かるだろ。
 言いながら真崎がコーヒーをマグカップにトポトポと注ぐ。挽きたての香りが広がった。
 無垢な白いカップが二つ……そういえば真崎はちゃんと朝食を二人分、私より先に起きて作っておいてくれたのだった。
「飲み会終わった後、先輩が二次会やるとか言い出したんだよ。その場にいたメンバーにお前も入ってたの。場所はオレの城、酔いつぶれてどうしようもなくなったお前を 誰も引き取りはしなかった、と」
「そんなあ……」 
 記憶の中では、個室でわあわあ騒いだということしかない。今にして思えば、それが真崎のアパートだったということか。
 けれど万が一ということもある。私はベッドから立ち上がって詰め寄った。
「……でっでも体に異変がなくったって一応聞いときたいの! ホントに何もしてない!?」
「してねぇって」
「ホントにホント!?」
「…………少し揉んだ」
「もっ……もっ…」
「朝方寝苦しそうだったからホック外したんだよ。そしたら……見えたから」
「………もむって……バッ……」
「なんだよ正直に話しただろ! 目の前にあったらなあ誰だって……」
「バカーーーーーーーーッ!!」
 ばさばさばさ〜〜と、近くで鳥たちが梢から避難していった。
 ああ、もう一生の不覚。ていうかなんで寝苦しそうだからって外すのよ。服は自分で無意識に脱ぐとしても、キャミから下は剥ぎ取らないでしょうが! しかもしかも揉んだってなに!?見えたってなに!?
「……そう怒るなよ。ほら、機嫌直してとっとと食えって」
 カタリと皿を並べる音がして、私はローテーブルに目を向けた。
 綺麗に真ん丸い黄身と、楕円に広がった白身がお目見えする。皿に盛り付けられていたのは、ベーコン焼きと目玉焼きだった。
 ご丁寧に 容器に移し替えないペットボトル2本をテーブルに置いて、真崎は言う。
「目玉焼きってしょう油とソース、お前どっち派? オレ 塩コショウ派だけど」
「――ケチャップ」
「はぁ??」
「目玉焼きには私ケチャップ派なの! さっさと取りに行くっ」 
 お前なあ、なんて言いながら、真崎は冷蔵庫からケチャップを取りに行ってくれた。
 心の中で少しだけ詫びる。転がり込んじゃったのは私だけど――でも、こう喧々としていないと、真崎相手に何も言えなくなっちゃいそうで。
 とりあえず、顔が赤いのも朝食の湯気のせいにしておこう。
 だって私たち、まだサークル仲間で、なにも起きていないんだから。
 出された割り箸をぱきっと割って、私はほこほこと香る朝食らを前に声を上げた。
「いただきますっ」

                            ――HAPPY END?


目玉焼きよりも玉子焼き派な作者が書きました。
こういうのも好きな作者が書きました。
息抜きにユルく楽しんでいただければ嬉しいです。













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