ヴェルサイユ城のマーマ姫~ぼくらは前期高齢少年団~
(一)
むかし昔、あるところにヴェルサイユ城というお城がありました。
もちろん、あの有名な大宮殿とは縁もゆかりもありません。前の王さまから名前ごと居抜きで譲られたため、なぜこのこぢんまりしたお城にこのような呼び名がついたのか、だれも知りません。
そのお城には、マーマ姫という、それはそれは美しい、というほどのことはないお姫さまが住んでおられました。
王さまは、お姫さまが年ごろになったので婚約者を決めました。となりの国の王子さまです。名前をマサオビッチといいました。
マーマ姫は、イケメン好みでした。王子さまはいい人なのですが、お世辞にも美男子といえません。だから、この王子さまを好きではありませんでした。
お姫さまの気持ちを知って、王さまとお妃さまはため息をつきました。
王室ともなれば、意に染まぬことを受け入れなければならないこともあります。隣国と仲良くなれば戦もなく、国民は平和でしあわせな生活を送ることができるのです。この縁談は、皆が望んでいました。
(二)
お姫さまが結婚したいと思っていたのは、おつきの護衛兵士タクヤーノフでした。
彼を見つめるマーマ姫の心臓は、いつも心室細動を起こしたのではないかと思えるほど激しく震えるのです。それほどカッコイイ男でした。
しかし、彼には恋人がいました。お姫さまは、それとなく秋波を送ってみるのですが、彼の心をいささかも動かすことはできません。
(三)
王子さまとの結婚の日が近づいてきました。焦りを感じたお姫さまは、むりやりタクヤーノフに迫る覚悟をしました。
この国には、身分の上下を問わず、一夜枕を交わした男女は結婚できる、またしなければならないという決まりがありました。マーマ姫は、男女の契りという最後の手段をとることに決意したのです。
(四)
ある日、マーマ姫は文をしたため、タクヤーノフにそっと渡しました。
それには、彼が夜、庭のあずまやに出て来られる時間を知らせるようにと書いてありました。寝室の周辺には召使たちがたくさんいて、男が忍び込むと見つかる恐れがあるからです。
お城では、午後十一時に鳴く夜告鳥でやすみ、朝の六時にときを知らせる朝鳴鳥で起きるのが決まりです。その間は、門番以外すべての者がいっせいに床につくのでした。
彼は悩みました。家臣として人の道として、許されることではありません。しかし、断るとどんなぬれ衣を着せられ、どんなに恐ろしい処罰を受けるかわからないのです。
タクヤーノフは恋人に事の次第を打ち明けました。二人は木陰で抱き合って泣きました。
このとき、三人の家来が通りかかり、話を聞いてしまいました。ハチロノフ、キチゾチェンコ、マサルスキーです。
彼らは王さまお抱えの学者たちで、とても知恵があり、どんな難問も解決すると城中の評判でした。
知られてしまったからには、しかたありません。恋人たちはすべてを打ち明け、助けを請いました。
若い二人が哀れですし、姫とマサオビッチ王子の結婚は国のためにもなります。三人は、彼らの力になることを約束しました。
ただ兵士を助けるだけなら、彼らを逃がすなり、どこかへかくまうなり、いくらでも方法があります。
しかし、お姫さまの秘密を知られたとなると、そのままではすみません。追っ手を放たれ、見つかれば口封じされるのは必至です。
無視して、知らぬ顔をすれば、姫のプライドを傷つけたとして、やはり厳しい仕打ちが待っているのは想像にかたくありません。
三人の学者は額を集め、頭をしぼりました。そして、タクヤーノフにある知恵を授けたのです。
(五)
まもなく夜告鳥が鳴こうというころ、マーマ姫は返事を受け取りました。
いそいそと封を切ると、
「あす、真夜中の零時に待っています」
と書かれてあります。
一度に、ほおは熱くなりました。
手紙を抱きしめ、ベッドへ入ったお姫さまは、その夜なかなか寝つけませんでした。
翌日は、朝早くから髪の手入れや、新しくこしらえたドレスの試着と大忙しです。
そして、夜。
いったんベッドに入ったお姫さまは、侍女たちがそれぞれの寝室に姿を消すと、すぐさま起き出しました。ドレスに着替え、そっと秘密の出入り口から庭へしのび出ます。
月はこうこうと輝いていますが、みんな寝てしまっているので、だれにも見られる心配はありません。
あずまやに着いたマーマ姫は、胸を高鳴らせて彼を待ちました。
何と声をかけようか、きれいと言ってくれるだろうか、いろいろ想像するだけで、ぽーっと上気してくるのです。
頭上にあった月が傾きはじめました。夜はしんしんと更けていきます。少し寒くなってきました。
胸のあいたドレスなので、からだも冷えます。だれかが言うように、ファッションはがまんです。彼女はじっと耐え、愛する人を待ち続けました。
しかし、夜が明けても猫の子いっぴき来ません。彼女は、怒りと寒さでからだを震わせながら部屋へ戻ってきました。
そして、起きてきた召使いに護衛のタクヤーノフを呼ぶよう命じました。
彼は、普段と変わりなく、部屋に入ってきました。
侍女が出て行くなり、姫は、なぜ約束をすっぽかしたのかと、なじりました。
タクヤーノフは、いかにも驚いたようすで、返事を書いたその夜の零時にあずまやにおもむき、一晩待ち続けたと答えました。
意外な返事に、お姫さまは言葉を失いました。
彼がいう「あす、真夜中」は、文を受け取ったその晩のことだったのです。
たしかに厳密にいえば、返事をもらったのが零時前ですから、あすというのは、その日の深夜から始まります。お姫さまの出かけて行ったのは、あさってになってしまいます。
しかし、夜遅くに明日の真夜中といわれれば、ふつう翌日、つまり次の夜と思ってしまいます。ここに、うまくひっかかってしまいました。
もし、姫が言葉どおり解釈し、そのまま深夜になるのを待って出かけたとしたら、次の日の夜だと言い抜けるつもりだったのです。
いずれにしても、彼女はだまされることになっていました。
(六)
しかし、お姫さまはあきらめませんでした。
前夜あまりにも寒かったので、今度はお城の中で会うように求めました。
タクヤーノフは、
「では、今晩十一時半に、西のお城にまいります。角の納戸部屋から三つ目の部屋でお待ちしています」
と、答えました。
お姫さまの表情が、やっとやわらぎました。
(七)
今夜もマーマ姫はベッドから起き出し、西の城へと向かいました。
角の納戸部屋は、W1号室です。それから数えて三つ目W3号室に、姫はしのび入りました。
石造りの建物で、やはり寒々としていました。まさか、今夜も来ないということはあるまい、彼女は昨夜以上に胸を躍らせました。
しかし、やはり彼は現れませんでした。
彼女は、前の日の倍くらい怒りと寒さに震えました。
そして、再びタクヤーノフを呼びつけました。
彼につめ寄り、詰問すると、タクヤーノフはまたこの前のように驚いたふうを見せ、朝までW4号室で待ち続けたというのです。
お姫さまには、すぐさま理解できませんでした。なぜ、となりの部屋に……。
彼はこう説明しました。
角の部屋、つまりW1号室の次から勘定して三つ目の部屋、W4号室に入ったのだと。
角から三軒目の家というと、角の家から数えますが、角のAさんの家から三軒目といった場合、Aさん宅を含まないのがふつうです。
だから、角の納戸部屋から三つ目というのは、一番端の部屋を入れずに数えて四番目の部屋ということができます。
しかし、角端の部屋を含めて勘定する人もいて、どちらにもとれるのが、この言い回しの混乱を与えるところです。
このときも、お姫さまの入る部屋を確認してから、反対の部屋へ入って待つという方法を使えば、必ず彼女にすっぽかしを食らわせることができます。
マーマ姫の意に沿うように見せながら、うまくそむく仕組みを学者たちは考え出したのでした。
三人の計略に、お姫さまは二度もひっかかってしまいました。
(八)
お姫さまは唇をかみました。しかし、相手の言っていることに、矛盾はありません。だましたという証拠もないのです。恋した相手だけに、彼の言うことを信じたいという気持ちもありました。
もう自分一人ではかなわない。マーマ姫はこう考えて、城で知恵者との評判高い三人の学者を呼びました。
お姫さまから極秘の相談を受けたハチロノフたちは、いったん別室に下がって相談するふりをしました。
実は、王さまからも、王子さまとお姫さまの結婚話を成功させるようひそかに命を受けており、すでに方策は練られていました。
まもなく現れた彼らは、計画の説明を始めました。中世の物語からヒントを得たものです。
今夜は、満月で大潮。さらに、星回りは最悪です。百年前の同じ日には大津波が城下を襲い、たくさんの犠牲者が出ました。
このため、お城でも寝るときは一人ひとりが箱舟に乗り、いざというときにはそれで脱出したらいいのではないかというのです。
この大波は力がものすごく、ただ舟を床にを置いて寝ていただけでは壁に打ちつけられ、壊されてしまいます。だから、大広間の天井にぶら下げ、波が静まったらロープを切って水に浮かばせようというものでした。
問題はここからです。おつきの兵士ということで、タクヤーノフも隣の箱舟に乗せます。そして、真夜中、みんなが寝静まった あと、はしごを下りて、彼の舟に昇っていけば、密会は成功間違いなしというのです。
目の前で彼が舟に乗り込むのですから、もういなくなることはありません。
マーマ姫は、にっこりしました。
もうあすは結婚式です。隣国の王子さまもすでに来ておられました。
計画を実行するとなると、今夜しかありません。お姫さまは、即刻、計画に取りかかるよう命じました。
(九)
大広間に運び込まれたのは、五つの箱舟です。それぞれ、四隅をつったロープをひとまとめにし、天井から一本のロープでつり下げられました。一本にしたのは、水に下ろすときナイフで切りやすくするためだという説明がありました。
いよいよ、夜になりました。
王さまの左側にお妃さまが並び、お姫さまの右隣にはタクヤーノフ、左隣が隣国の王子マサオビッチという順になりました。
夜告鳥が鳴きました。みんなが乗り込むと、灯が消され、お城は真っ暗になりました。
今度こそ間違いないように、とマーマ姫は皆が寝静まるまでじっとまわりを見張っているつもりでしたが、まる二日間眠っていなかったので、ついうとうととしてしまいました。
ふと気がつくと、みんなすやすやと眠っています。お姫さまは、だれも起こさぬよう気をつけて床に下り、右のタクヤーノフの舟に向かいました。
静かにはしごを昇り、耳をすますと、軽い寝息が聞こえます。マーマ姫はそっと舟の中に忍び込みました。
(十)
一夜あけまして。
お城の皆は目を覚まし、起き出してきました。
しかし、お姫さまと、隣国の王子さまだけはお顔を見せられません。皆は心配になって、はしごを上ってみました。
すると、お二人が仲良く眠っておられるではありませんか。
王さま、お妃さま、そして皆は大喜び、いっせいにバンザーイと叫びました。
この声でマーマ姫もやっと目覚め、周囲を見回すと、王子さまがいっしょに寝ていられるのでびっくりです。お姫さまはキツネにつままれた感じでした。
これは、どうしたことでしょう。
実は、お姫さまが寝込んだあと、三人の学者が長めにしておいたロープの端を下から引っ張り、舟を半回転させてしまったのです。
一本にしておかないとナイフで安全に切れない、と話していましたが、本当の目的は舟を回して向きを変えるためでした。
暗闇の中、それに気づかなかったマーマ姫は、右に寝ているのがタクヤーノフだとばかり思い込み、王子さまの舟へ乗り込んで行ったのです。
しまった、とは思いましたが、しかたありません。決まりに従うほかないのです。
それに、よく見てみると、王子さまも、そう捨てたものではありません。
優しかった昨夜のことが思い出されてきたのでしょう。お姫さまは目元がほんのりと赤くなり、うれしい気持ちになりました。そうすると、彼もなかなかイイ男に見えてきたのです。
人は、外見だけでもなく、性格だけでもないようです。好きで結婚してもよし、結婚して好きになってもよし。
まもなく子宝にも恵まれ、お姫さまと王子さまは末永くしあわせに暮らしました。
ということで、めでたし、めでたし。
(おしまい)
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