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リケジョの取扱説明書 作者:山本 風碧

番外編

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番外編 美人の落とし方

本編終了二年後くらいのお話。

スピンオフ「朝起きて、隣に居た男がイケメンじゃなかったので、訴える事にしました」読了後の方が楽しめると思います。
 花火の轟音の音が夜空に響き渡ったあと、プルタブを一斉に開ける音が響いた。
 毎年八月一日に近くの公園で花火大会が開かれる。平日休日関係なく日付は変わらない。今年はあいにくの平日だが、SHIMADAの面々には関係なく、恒例行事の暑気払いが行われていた。オフィスがあるマンションの屋上は絶好の観覧スポットとなっていたのだ。
 クーラーボックスの大量の氷の中には、ビールと、さくらのためのノンアルコールカクテルが埋まっている。
 その上には簡易テーブルが設えられ、河野が買ってきたケータリングの焼き鳥やピザや唐揚げで山ができていた。
 さくらの作ってきたコロッケは既に空となっていたが、それは島田と上原がむきになって食べたせいだ。上原はどうも島田をからかうのを趣味にしているようだった。
「はいはい、どんどん食べて! どんどん飲んで! 暑気払いして、夏を乗り切りましょう!」
 河野がニコニコとビールを煽る。彼女は同伴してきた娘の奈々がちょろちょろと動きまわるのを追いかけては「落ちたら死ぬからね」と注意するのに忙しそうだった。
「あー、うめえ。うちの会社に入ってよかったって、今日だけは真剣に思うっす」
 ビールを次々に空けるウエハラが不届きなことを言うと、島田が「島田美装も浜での花火ならよく見えるけど」と冷たい視線を投げた。
「あっちじゃこうは行かないじゃないっすよ。――っていうかなんで島田さんちゃっかり参加してるんすか。社員限定っすよ」
「うるさいな。元上司にいう言葉かよ」
 コロッケを奪われた腹いせもあるのか、島田が不機嫌に返すと、奈々を追いかけていた河野が横から口を挟んだ。
「けいちゃん、子供じゃないんだから、すねないすねない。ほら上原くんも結婚したら奥さん連れてきていいから、あんまりいじめないでねー。被害を被るのはさくらちゃんなんだから」
 姉に子供扱いされ、むっとした島田は一気に缶ビールを煽る。現在アルコールを飲めないさくらは、いいなあと思いつつも、もう隠しきれなくなった大きなお腹をそっと撫でる。そして膨らんだ幸福感に微笑むと、手に持ったノンアルコールカクテルを口に運んだ。そこに、
「奥さん、ねー」
 上原がボソッと呟く。それが妙に物欲しそうに聞こえて、さくらは思わず笑いそうになった。すると、目ざとい上原は、
「片桐、お前今笑ったろ。俺にそんな日は来ねえとか思ってるだろ」
「お、思ってないっすよ」
 さくらはなんでバレたんだと焦る。そして「もう片桐じゃねえよ」と管を巻く島田を使って話を逸らすことにした。
「――あ、啓介さん、あんまり飲まないでくださいね! 酒癖悪いんですから」
「ごまかすな。俺に『必殺話題そらし』は効かねえ!」
 腹をくくったさくらは上原に向き合った。
「だって、上原さん、彼女とかいないですよね? 結婚より前に彼女ですよ。このごろ合コンとかやってないみたいですけど、また友達紹介しましょうか?」
 すると上原はむっと顔をしかめたあと、それが嘘だったかのようにニヤリと笑った。彼は宣言するように言った。
「実は、俺、結婚するんすよ」
「……まーたまた、そんな冗談を」
 今度はさくらは吹き出すのを堪えなかった。
 だが、勘の良い河野はなにか感じ取ったのか、目を丸くしながら問う。
「え、上原くん、それほんと?」
「ほんとっすよ」
「上原さんが? 嘘ですよね!?」
 さくらより先に営業の竹中が叫んだ。彼は島田の後任で、二年前から一緒に働いている。真面目だが、その分凹みやすいのが玉に瑕の同僚だ。
「竹中ー、お前死にてえのか。ノルマ増やすぞ」
「でも、だれと?」
 島田も驚いた様子で上原の隣の簡易チェアに腰掛けた。瞬く間に囲まれた上原はスマホを取り出すと一枚の写真をディスプレイに表示させる。
 覗き込んで、皆絶句した。
「上原さん……またまた、冗談を。超かわいいじゃないですか。これアイドルかなにかの写真を適当に拾ってきたんですよね? で、お得意の画像加工したんですよね? ね?」
 竹中が乾いた笑いを漏らす。彼女が誰だか知らないからしょうがない反応だとさくらは思った。
 そして写真に映る人物と面識がある面々は別の意味で驚愕を隠せない。
 写真の中では、一人の女性が上原と並んで笑顔を浮かべている。目鼻立ちのくっきりした今風の美人で、テレビに出ていてもそうおかしくないと思う。以前と違って露出が減って大人しめの印象になっていたが、確かにそれはミサちゃん――青山美砂だった。
「……な、なんでミサちゃん? ど、どうやって落としたんですか」
 さくらが呆然とつぶやくと、上原が勝ち誇った顔をした。
「落とされたんだよ」
 上原が笑い、さくらが「さすがにそれは嘘だ」とつぶやく。ぎろりと睨まれ「だってあのミサちゃんが上原さんを落とそうって……変ですし。だって高学歴高収入のイケメンじゃないと相手しないっすよあの子」とさくらはおずおずと意見する。
「イケメンじゃねえって、本人を前にしてよく言ったな」
 上原が呆れ、そういえばとさくらは失言を少しだけ反省する。が、やはり上原は一般的なイケメンからは少し離れていると思った。
 そこで、まだ信じられないといった様子の島田が、なにか思い出したように言った。
「あ、そういえば、前になにか相談してきたか。ほら、えーと、法律関係の。その件で世話焼いてやったのがきっかけ?」
「いえ、その前にはもう罠を仕掛けてましたけどー」
「罠?」
 皆が興味深そうに身を乗り出すと、上原はへらりと笑った。
「どう考えても相手にされねえって思ったから、相手しないわけにはいかないように工夫したんすよ。てか、ああいうタイプはこっちが追っても無駄。追わせないと……って、あ、島田さん、すげえ熱心に聞いてますけど、浮気する時に使うつもりっすね。聞いても、他のやつにはとても真似できないっすよ」
「おい、誤解を招く言い方すんな。浮気なんかするか」
 島田がぽかんと上原を殴り、
「そこまで話しておいて、ずるいですよ! 美人の落とし方教えて下さいよ!」
 竹中が叫ぶ。
 さくらは半笑いの顔で、
(あのミサちゃんが? 上原さんと?)
 とぼんやり交際の様子を思い浮かべてみる。
 胸を盛ってキラキラパウダーを叩いたミサちゃん、そして隣にクマ。
(似合わねえ!)
 と思いかけたけれど、先ほどの写真のミサちゃんならなんとなくしっくりきた。
(変わるもんだなあ)
 島田に会う以前の自分と島田に会ったあとの自分とふと比べてみる。好きな人に合わせると女子は可愛くなれるのかもしれない。そんなことを思った。

「んで、結婚式は来年の春なんすけど、空けといてもらえるっすか」
 上原はごきげんだ。こんなにごきげんな彼を見るのは初めてだし、本当に幸せそうだとさくらは思う。
「ていうか、結婚? ほんとに?」
 島田が尋ね、上原は頷く。
「春って割とゆっくりですよね。ミサちゃんが六月がいいとか言ったんですか?」
 彼女ならジューン・ブライドとかにこだわりそうな気もした。さくらの問いに、上原はゆるく首を横に振った。
「あいつ、仕事辞めたばっかだし、就職して落ち着いてからがいいってよ」
 喉を鳴らして上原はビールを開けた。さくらも二本目のノンアルコールカクテルを開けると、ねぎまを頬張る。
「結婚してから就職ってのはダメなんですか?」
「既婚者は子供云々で勘ぐられて不利になりそうだから嫌だとか言ってた。まー、まだ社会は女子に厳しいし」
 その言葉に、上原たちの本気を感じ取ってさくらは目を丸くする。
 本当にいつの間にそんなことになっていたのだろう。
(春に会った時、そんなだったかなあ?)
 そういえばオフィスにミサが訪ねてきたことがあった。今思い返すと意外だったけれど、そういう雰囲気でもなかったような。
 さくらが首を傾げている間にも話は流れていく。
「さくらちゃんの産休の間なら交代要員募集してるけどー?」
 河野が口を挟む。さくらが、思わず大きくなったお腹を見下ろすと、上原はとんでもないことを言った。
「いや実は、竹中くんがあんま使えないから、そっちの交代要員にしてもらおうかと思ってたんすよねー」
「そ、それ本人の前で言います!?」
 竹中が今日何度目かわからない悲鳴を上げた。
「クビになりたくねえんならもっと気合入れてやれ。すぐ島田さんくらいになれとは言わねえけど、目標は高く持たねえと。売ってもらわなきゃ、俺達が張り合いねえだろ」
「え、ええ、で、ほ、ほんとに彼女さん連れてきちゃうんですかー? 僕は失職クビですか?」
 夏だというのに、竹中があからさまに震えている。
「俺の彼女はこんな小さな会社で収まるタマじゃねえから安心しろ」
 上原が笑い、島田が訝しげに尋ねた。
「じゃあ、もしかして美装の方とか考えてる? まあ、営業は年中中途採用あるけど」
「あいつなら、自分でとんでもないとこ見つけてくるっすよ。俺より給料いいところ。世話してやる必要全くないっす」
 さくらはミサを思い浮かべてウンウンと頷いた。
「ミサちゃん、学科内で内定一番乗りだったんですよ」
 竹中がそれを聞いて心配そうに尋ねた。
「彼女さん出来る人なんですかー?」
 上原がミサの前の勤め先を口にすると、竹中が戦々恐々とする。上原は自分のことのように誇らしげに頷いた。
「詰めは甘いけど、ちょっとやそっとじゃへこたれねえガッツがある。ノルマとかどんと来いとか言ってたし。おい、竹中、お前もちょっとは見習えよー?」
 ガシガシと頭を撫でられて、竹中は迷惑そうに顔をしかめつつも失職の危機を逃れてほっとしている。だが、安心するのは早かったらしく、後ろから様子を窺っていた河野がうふふと笑う。
「それはぜひうちにほしいなあ。営業はもう一人くらいいてもいいしー。それに、社内結婚、うちなら大歓迎よぉ? たしかにうちは小さいけど、将来性あるし、融通きくし、給料も出来高でやりがいあるって言っておいて」
「伝えておきます。――ま、どっちにしろ来年は花火、一緒に見れそうっすよ?」
 ニヤリと笑った上原の顔が、ちょうど打ち上げられた花火に彩られた。


《番外編 美人の落とし方 おわり》

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