安息は蜘蛛へ 伍 淕 漆
/其の伍
―――キィンッ!!
刃と刃が絶え間なく衝動し、その度に甲高い悲鳴を上げる。
反らし、弾き、切り込む。
あれから何度、お互いの刃を交えたか。
二つと八つ・・・
合わせて十の刃と刃が奏でる演奏は、未だ終わる事なく続く。
おかしい・・・
先程から何度となく相手の隙を付いては切り込むのだが、走らせた刃は思い通りの軌跡を辿らず。
おかしい・・・
手数の差はあれど、ここまで防戦一方になるのは何故だ?
おかしい・・・
干将・莫耶を振るう腕が異常に重い。
気付けば攻勢に移るどころか、守る事すらままならない。
「―――ッ!?」
私は思考を止め、後方へと跳び退く。
次の瞬間、私の残像を切り裂くかの様に走る銀光。
おかしい・・・
この者が振るう剣に技などは存在せず、手数と腕力を武器にしてただ振り回すだけの剣技。
なのに何故・・・
っと、
「シャァアァァァッ!!!」
雄叫びが上がり、八つの刃が殺到する。
「―――チィッ!!」
舌を打ちながらも、私は双剣を八の字に交差させ迎え撃つ。
―――ギィィィンッ!!
より甲高い悲鳴を上げ、互いの刃が鍔ぜり合いをし火花を散らす。
「テメェー、本当にしぶといなぁ?」
八つの剣を振り下ろし、私を押し潰さんとする相手の顔には、歓喜の色が滲む。
「ハッ、生憎と・・・それはこちらの台詞だよッ!!」
背筋を最大にまで活用し、一瞬の間だけ刃を押し返す。
「―――グオッ!?」
刃が返された相手は、瞬間的にのけ反る。
それは一瞬の間だけ生まれた、私達にとって何よりも大きな隙。
「そら、隙だッ」
私はその隙を見逃さず、がら空きになった腹部へと前蹴りを入れると同時に、
「これはオマケだ、受け取りたまえッ!!」
蹴りの反動を使い後方へ跳び退きながら、干将・莫耶を投じる。
・・・が、しかし・・・
―――何だとッ!?
放たれたはずの刃は重力に負け、音を発てて地に落ちた。
「・・・ハハッ」
相手は驚愕する私を嘲笑う。
先程くらわせた蹴りのダメージか、歪む口元からは血が滲んでいる。
「もしかしてよ、今日は不調かい?だったら・・・残念だ、なぁッ!!」
その笑みを顔に貼り付けたまま語尾を強め、再び追撃を開始した。
「チッ・・・投影開始」
私は苛立ちを隠さず舌を打ち、再び迫り来る刃の群れに干将・莫耶を投影する。
そしてまた、八本の剣撃を迎え撃つ。
「また出しやがったなぁ?まったくもまぁ、憎たらしい奴だぁッ!!」
新たに鳴り響く剣と剣の衝撃音。
迫る刃を反らしては弾く、ただその繰り返し。
ここにまた、戦いは振り出しに戻された。
おかしい・・・
何故こんなにも、思い通りの結果が生まれないのだ?
何故こんなにも、両腕が重く感じるのだ?
―――これはもしや・・・
「一つ聞きたい・・・」
止む事なく襲い来る斬撃をいなしながら、私は問い掛けた。
「貴様・・・最初の一撃、何か仕込んだな?」
「・・・ん?何か、ねぇ・・・」
愉快そうに笑い、私の腕に視線を向ける。
「どうかね、腕の感覚は?痺れはしんどいかね?痛みは感じないかね?」
笑みを浮かべながら言い後退し、おもむろに追撃を止めた。
「・・・」
「・・・んだよ・・・せっかく口調を真似てやってんだから、ちったぁ面白い反応しろや?」
無言で返す私に、つまらなそうに言う。
「・・・生憎と、貴様のようにペラペラ喋る質ではないのでね・・・」
「オイオイ・・・お前、状況が分かってんのか?お前は最初の一発で毒を盛られたんだ・・・本来ならもう、腕が使い物にならないぐらい強力な毒をな」
言いながらも、不思議そうに首を捻った。
「しっかし、未だに良く動いてやがんなぁ・・・普通なら今頃、痛みではいずり回ってるぜ?いやぁーー、お前さんは大したもんだよ」
「クッ・・・残念ながら、この身を包む外套はただの布にあらず・・・っとは言え、毒を中和するかどうかは知らんがな」
私は皮肉気に笑いながら、感覚の薄い腕を振るう。
「まぁ少なくとも、それなりの効果はあったようだ・・・」
生身でくらっていたのなら今頃は、奴の言う通り両腕の機能は死んでいただろう。
・・・だが、結果は別の物となった。
違和感は確かに存在するが、未だに腕は動き続ける。
動く事が可能ならば、この身にはそれで十分なのだ。
「ケッ、どっちにしろまともじゃねぇーんだろうが・・・それで、お前はその腕で何をすんだ?」
「そうだな・・・ではここで一つ、腕を使わずとも可能な手品でも披露しようかね?」
言いながら、私は瞳を閉じる。
―――エンリは私に言った・・・『理解しろ』と。
―――エンリは私に言った・・・『想像しろ』と。
―――エンリは私に言った・・・『幻想を創り上げろ』と。
「ケッ・・・余裕かましやがるから次は何をするかと思えば・・・まさか手品だと?」
「そうだ・・・この身が貴様に、最高の幻想劇をお見せしよう・・・」
目を開き、私は求める物へと視線を向ける。
想像しろ・・・種は『目の前』に転がっている。
理解しろ・・・答えは『ソレ』を観察して得るのだ。
創り上げろ・・・理解した在り方を『再現』するのだ。
「刮目せよ化け物・・・これからその目が映し出す光景は、決して見逃す事は許されず。同時に、決して逃れる事は出来ない・・・」
そして、肝を冷やすが良い。
笑う事も忘れ、言葉を発する事も忘れるが良い。
「―――投影開始」
言葉と共に紡ぎ出すは、この身が宿す幻想。
―――それは則ち、『剣』。
「工程完了。全投影、待機」
―――そして、頭上には27の剣軍が現れる―――
/其の淕
紅く染まった空を装飾するは、全てが同じ姿を持つ27の剣達。
紅い騎士を主とし、彼の望むがままに存在する剣の軍勢。
この時、この場にて紅い騎士は、戦況を己の支配下に置く。
「オイオイ・・・何だそりゃ・・・」
突如として頭上に現れた剣軍に、相手はただ呆然とする。
だが、それも仕方の無い事。
何故ならばその刀身は、目の前に立つ相手が未だ八本の腕に持つ剣と、完全に同一の姿を持って存在しているから。
――工程完了
―――全投影、待機
剣軍を生み出す為に紡いだ、私の魂に記録される言葉。
紡がれた言葉には、意味が存在する。
頭上に待機する剣軍を以ってして、対象の残滅を行う為。
目標へと剣の軍勢を進軍させる為に、その言葉には意味が存在する・・・
―――その為の言葉を、再び紡ぐ・・・
「停止解凍。全投影連続層写」
言い放つと同時に、同一の姿を持つ27の剣軍の全ては、残滅の対象に向かい流星の如く降り注いだ。
「な、舐めんなぁあぁぁぁ゛ーーーーーーッ!!?」
残滅の対象は全ての腕を振り回し、迫りくる剣軍を迎え撃つ。
――八本の剣と27の剣軍。
数えるまでもなく、その差は歴然である。
それに加えて、迫りくるのは何も剣の軍勢だけには限らなかった・・・
「―――貴様はずいぶんと間抜けだな?」
上を見上げる敵の正面へと一足で迫り、私は干将・莫耶を振るう。
互いの影が一つに重なり、一瞬の交差の後、大きく離れた。
降り注ぐ剣の群れ。
宙を舞う二本の腕。
甲高い音を響かせる、剣と剣。
砕ける八本の剣。
驚愕の化け物。
肉を突き刺す鋭利な刃。
声にならぬ悲鳴。
嫌悪感を催す柔らかい音。
遅れて舞い散る鮮血。
「上にばかり意識を取られ、正面への注意を怠るとは・・・その結果がそれだ、間抜けな化け物よ」
数々の剣にその身を貫かれ、不細工なオブジェへと変わり果てた存在に目を向け、私は問い掛ける。
「ところで化け物よ・・・私の手品はどうだったかね?」
―――肝は冷えたかね?
「チェッ・・・壊れちゃった」
家並みの中を歩きながら、少年はつまらなそうに呟く。
っと、
「・・・平田君?」
横を歩く少女が不思議そう言う。
「何でもないよ、紫ちゃん」
少年は笑って応えながらも、自らの胸に手を当てた。
触れた胸に痛みは無い。
そんな物は当の昔に・・・初めて死んだ時、時間と共に捨ててきた。
「・・・おじちゃん、結構強いじゃないか」
少年は歩きながら笑う。
「ねぇ、紫ちゃん・・・さっきね、僕の三つある体のうちの一つ、三つの中で一番強い入れ物が壊されたんだ・・・」
顔も向けず言う少年は、空を見上げて悟る。
―――そろそろ、潮時なのかなぁ・・・
「さて・・・」
体中に剣を刺し、オブジェに成り果てた化け物に、私は問い掛ける。
「まだ息があるなら答えたまえ・・・平田と言う少年は何者だね?」
「ハ、ハハハッ・・・ガフッ・・・な、何の事だぁ?」
口から吐血しながらも、愉快そうに笑う。
何本も突き刺り、体を地面へと縫い付ける剣。
私が振るった干将・莫耶によって切断された、二本の腕。
その姿はあまりにも無残。
「本当に息があるとはな・・・」
飽きれる程の生命力に、私は若干の呆れを覚える。
「だが、生きてるのなら好都合だ・・・繰り返すが、あの平田と言う少年は何者・・・いや、アレは何なのだね?」
「・・・何、か・・・さーね、俺は知らねえよ・・・ただの人間のガキなんじゃねえのか?」
「・・・残念ながら、それは間違えだな」
「コホッ・・・んだと?」
再び血を吐く。
「先程までは何故か疑問を抱かなかったが、あの少年には影が無かった・・・この意味が分かるかね?」
そう、それは人間には有り得ない事。
「きっとあの少年は、貴様の手先。もしくは、かつてこの場に暮らしていた子供の地縛霊・・・さて、貴様はどちらだと思う?」
っと、
「・・・ク、クハッ、クハハハハァッ!!!」
口から血を流しながら、体中から流血しながらも狂ったように笑い出す。
「カァーーーーハッハッハッハッ!!!」
「・・・」
気でも狂ったのか・・・
刺し傷の数々に致死量をゆうに越えただろう出血、生きてる事が不思議なぐらいだ。
見て取るに、激痛と出血によって脳が先に限界を迎えたのだろう。
「・・・もういい。すぐに止めを刺してやろう」
化け物の狂い死ぬ姿など、見るに堪えない。
「だから、黙って逝きたまえ・・・」
言うや、私は手に持つ干将・莫耶を振るり上げる。
いくら呆れる程の生命力があろうと、首を切り落とせば終わり。
頸動脈から鎖骨あるだろう位置まで、刃の軌跡を走らせれば終わり。
「終わりだ・・・」
言って、私は干将・莫耶を走らせた。
・・・だが、今まさに首を落とそうと言う瞬間、
「・・・それは酷いよ、エミヤおじちゃん」
血に塗れた化け物の口から、子供のような声色で名を呼ばれた。
/其の漆
「貴様は、いや・・・君は平田なのか?」
寸での所で進行を止めた刃は、私の驚愕した顔と、子供の・・・平田の声で喋る化け物の顔を映す。
「そーだよおじちゃん。僕は・・・いや、この場合は違うね・・・僕も平田だよ」
私の問いに、血で塗れた顔を歪ませ肯定する。
「本当はさ・・・おじちゃんを殺して、その体を貰おうかと思ったんだけど、無理だったみたい・・・だっておじちゃん強いんだもん。ハハハッ・・・僕、まいっちゃったよ」
喋りながらも楽しそうに笑う様は、無邪気な子供を思わせる。
「何故なのだ、平田・・・何故君が・・・」
首筋に当てた干将・莫耶をそのままに、私は問う事しか出来ない。
「何故って・・・分からない?それって凄く簡単な事なんだよ、おじちゃん?僕はね・・・力が欲しかったんだ」
「力・・・また、力かね?」
「そうだよ、力だよ・・・」
化け物は・・・いや、平田は私に笑って言う。
「おじちゃん・・・僕は誰よりも強くなきゃね、この世界じゃ生きられないんだよ・・・そう言う風に、存在してるんだよ・・・」
「・・・」
分からない・・・いや、分かる訳がない。
少年と私の前に現れた平田は、何処からどう見ても普通の子供だった。
何故、普通の少年が力を求める?
何故、普通の少年がそこまで力に固執する必要がある?
そんな事、分かりたくもない。
「ハハッ・・・分からないって顔だね、おじちゃん・・・でも、そんなんじゃ紫ちゃんは守れないよ?」
「・・・平田、君に聞きたい」
私は唇を噛みながらも言う。
「平田、君は・・・紫をどうするつもりだ?」
「・・・」
平田は笑みを止め数秒の沈黙をした後、再び顔に笑みを浮かべて応える。
「どーしよっか?」
「・・・どーしよっか、だと?」
「うん・・・実はさ、僕にも分かんないんだ・・・」
平田は語る。
「最初はさ、糧にはちょうど良いからって、食べようって思ったんだ・・・でもあの時、初めてあの娘を直接見て・・・これって、何だろうなぁ・・・何だか、凄く眩しかったんだ」
自分でも分からない感情、行き場を探す迷子のように・・・感情の機敏を淡々と語る。
眩しかった・・・
自分が欲しかった物を、望んでた生活を知ってるあの娘が。
あの娘を一目見て、そうだと理解出来たんだ・・・
母親の愛情。
守ってくれる誰か。
何も知らずに生きて来て、何も与えられずに死んだ自分。
あの娘とは天地の差だ。
人間じゃない事の他には、何処にも同じ物なんかない。
なのに・・・なのに何でかな?
これ程の差を見せ付けられたのに、不思議と妬みや憎しみの感情は生まれなかった。
むしろ逆に、一緒に居たいと思えた・・・
「ハハッ・・・やっぱり、僕にも分かんないや・・・」
感情を語り尽くし、平田はただ笑う。
「・・・そうか」
私には何も言えない。
むしろ、私が平田に伝えられる言葉などあるのだろうか?
知り合ったばかりの、ポッと出の私が発する言葉の中に、伝わる事など存在するのだろうか?
それすらも分からない。
「平田、私は君に何も言わない・・・いや、言えない。だが、質問には答えてもらう・・・紫は今、何処に居る?」
「ほんと、おじいちゃんは優しいね・・・」
どう取ったかは知らないが、平田は笑う事を止めた。
「それから、紫ちゃんだけど・・・本気で助けたいなら僕を殺す事だね」
「殺す、だと?クッ・・・今まさに死にそうな有様で、いったい何を言い出すのだね」
「おじいちゃんは分かってないなぁー・・・コレって、ただの器だよ?」
そう言うや、化け物の体にヒビが入る。
「だから探さなきゃ、ちっちゃな僕を・・・ね・・・」
声が遠退くと同時に、糸の切れたマリオットを思わす動作で、化け物の体は崩れ落ちた。
「・・・平田、君はなかなかやってくれる・・・」
もはや動く事のない物体から視線を外し、未だ周囲を取り囲む異形の者達を見回す。
「諸君らに、一つ言っておこう・・・この場は見逃すが、あの娘へ対する今後一切の干渉を禁ずる。異存は無いかね?」
・・・返答は皆無。
異形の者達は皆、こちらを静止して眺めるだけ。
「フッ・・・よろしい。ではこの契約、破る事は決して許されず。もし、この契約を破る事があったならば・・・私がその者の身を、魂を、存在すらも残さずに殺すッ」
全力で殺気を飛ばし、私は威嚇する。
そして、方向性を持たず全面に発せられた殺気に当てられ、身を震わせ後退する異形の者達へと宣告する。
「理解したなら名乗ろう。私の名は『エミヤ』・・・覚えておくのだ、私の名を・・・あの娘を守護し貴様らに仇為す我が名を、ゆめゆめ忘れぬように」
再び場を支配する静寂。
先程と唯一違うのは、異形の者達が皆、私に怯えながらも頭を伏している事。
「ふむ・・・君達はなかなか賢い。ならば契約通り、この場は見逃そうではないか・・・」
殺気を治め、淡々と告げる。
「では、諸君らよ・・・早々に、私の視界から去れ」
私が言うや、瞬く間に散り散りへと退却する異形の者達。
まるで、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ出し、十も数えぬ間にその姿を消した。
「さて・・・投影開始」
腕の中に弓を投影し、今や廃墟と化した屋敷の庭に植わる柊の枝まで全力で駆ける。
里の中を駆け回って探すには、もはや時間が足りない。
――ならばどうする?
そんな簡明な事は考えるまでも無く、体が勝手に実行に移している。
「・・・なかなかの景色だ」
加速の付いた状態で跳び、柊の枝を踏み台にし空へと跳躍。
「平田、私は君を討とう・・・紫の為などでは無く、私の誓いの為に」
紅く染まった空の下へと舞い上がりながら、私は弓を構えた。
そう・・・
時間が足りずに探せぬのならば、鷹の目を以って見通すしかあるまい。
「紫・・・私は君を理由になどしない」
ただ私は、私自身の誓いを果たすだけ。
君は私が『必ず護る』と言う誓いを・・・私が勝手に守るだけ。
「その為だけに、私は平田を討つ・・・」
紅く染まった世界の下に、未だ蒼い世界が存在する。
亀裂が走るように、蒼い世界を覗かせる。
その亀裂を目掛け、矢は放たれた・・・
+注意+
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