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事情により前回分の話しが中途半端だったので、今更ながら補足しときます。

……あ、お久しぶりです。
因子は花隠しへ 弐の下(ぶっちゃけ前話の付け足し)
 無理やら―――または意地やらを通すと言う程ではないのだが、私は人間の少女を夜道の中に一人にすると言う事に不安を覚えた。
 だから私は元々の目的を含ませぬよう、然り気無く(もっと)もらしい理由を付けて幽々子に言った。

「これも何かの縁と言うのなら、この森を抜けるまで―――ああ、念には念を押して民家が見えるまで、私が付き添っても?」

 何に対し念を押すのかは不明だが、出来る限りの情報を得るが為にもと口にしたこの口実―――なのだが、その実は心配が半分と、それイコール当初の目的も半分と化していた。

 しかし―――。

「いえ、失礼ながらそのお気持ちだけで」

 私が口にした提案に幽々子は、ふるふると申し訳なさそうに頭を下げ断りを入れた。

「む、そうか。なら、無理強いをしても悪いな」

 その様が私にはなかば拒絶をしているように見えてしまって、ただただ頷いて返したのだった。

 これが私と彼女―――幽々子との出会。
 そして、私がこの世界の私として一つの岐路に立った瞬間だった―――。



 ※



 ―――良い者に出逢えた。

 ざくり、ざくり、と幽々子は薄く積もった雪の上に、その敷き詰められた白の上に小さな歩幅で確かな足跡を残しながら、何処か微笑むように目を細めた。

 ―――笑顔はやはり良い物だ。
 ―――笑顔はやはり美しい物だ。

 会釈のついでであれど、誰かが微笑み掛けてくれるだけで、自然と頬が持ち上がり口元が緩む。
 そうして意識せずとも、自然と微笑み返す事が出来る。

 そう、笑顔は―――。

「とても―――温かい物です」

 ひゅーひゅー、と吹く冷めたい風は肌を刺していた。
 履き物を通しても伝わる雪の冷たさは、体の芯までも冷やしていた。
 けれど―――けれども心は、その身に宿した形なき部分だけは久方の熱に当てられていた。
 “温かい”と、小さくも確かに歓喜していた。

 “人”が幽々子に笑い掛ける事はなかった。
 それには“命”があるから―――人が人として生きているが故に、彼らは形ある“不幸()”に笑みを向ける事はなかった。
 その生まれを(いと)う者、その不吉を憎む者、それぞれがそれぞれの不幸に見舞われ、それぞれがそれぞれの胸に毒を孕んだ。
 片や現世を永久にさ迷い続ける魂とされ、片や時が来るまで呪い続ける鬼と生きる。
 どちらにも一片の救いはなく、その結果―――人々はただただ幽々子を忌むのだ。

 っと―――。

「―――幽々子様」

 不意に、物思いに耽る幽々子へと声が掛けられた。

「貴女様はこのような場所で、いったい何をしていらっしゃるのかな?」

 それは凛とした女の声だった。

「ただの散歩で御座いますよ、桃花様」

 大変お久しゅう御座います、と言って幽々子は声の主に一礼をして返す。
 その表情はとても柔らかく、深い親しみが込められていた。

「散歩と申されますが、それも健康な体が在ってこその娯楽。止めろなどと出過ぎた事は申しませぬが、時期を考えた方がよろしいかと思いますぞ?」

「大丈夫です、などとは流石に申しませんが、こんな物が私にとっては唯一の趣味で御座います」

 それにです―――と幽々子は一面の白を見渡しては続けた。

「こうして、私は四季を愛でる事が出来ます。そもそも、暑い寒いは陽気の都合。夏季に照らす焼けるような日差しも、雨期に降り頻る五月雨も、そしてこの場を白く染め上げているこの雪も、その全てが等しくも平等にして天の恵みなのですから―――それを愛でる事が出来ないと言うのは、何とも無粋で御座いましょう?」

 それが粋であるのだ、と何処か得意気に幽々子は語った。

「そうは言われましても、女の体は冷やして良い物では御座いません。何時の日にか稚児を身籠る身なのですから、時節柄ご自愛くだされよ」

「お気遣いは大変嬉しいのですが、残念な事に私には良き相手が居りません。ですので、桃花様のおっしゃる“それ”は杞憂となりましょう」

「む、何を申されますか。欠片も杞憂になどなりませんぞッ」

「そうで御座いましょうか―――?」

 語尾を強くさせ、何を馬鹿な事を、とでも言いたげな桃花の物言いに、幽々子は首を傾げた。

「もしやとは思いますが、貴女様はご自分の容姿を理解していらっしゃらないのでは?」

「はて、容姿で御座いますか?」

 さようです、と桃花は大きく頷いた。
 対して幽々子は、容姿、容姿、容姿ですか、と二・三繰り返すように呟き―――。

「容姿―――とは所詮が見て呉れで御座いましょう。己にせよ他人にせよ、その者が持つ真とは呼べません。情理を持たずしての花など美しく見せるだけに止まり、魅せる事は到底叶いません」

 そもそも興味が御座いません、とばかりにはっきりと言い切った。
 そして、言い切ると同時に幽々子は何か理解の行き届かぬ物を思い出したのか、眉間に皺を寄せ深い溜め息を吐いた。

 当たり前の事だが、幽々子は歴とした女だ。
 例えその(よわい)が如何に未だ少女と呼ぶべき年とは言え、十を過ぎ幾年も経っているだけに十分に年頃だと言える。
 だから何なのだと言う訳ではないのだが、同じ女として興味を持たなかった訳ではない。
 チラリと遠目に窺う程度ではあったが、美しいと評判の娘達を目にした事が何度かあった。

 やれ―――彼の娘は引く手数多だ。
 やれ―――彼の娘は花がある。
 やれ―――やれやれ、と首を振るいたくなるような美談の数々。
 それらを耳にする度に、誤魔化し切れぬ虚像と本質を目にした。
 そして、その都度、幽々子は思う―――。

「ねえ、桃花様。人々が呼ぶ“美”とはいったい、何なので御座いましょうか?」

 はて、と桃花は首を傾げた。
 幽々子の唐突な問い掛けに、面食らいまごついたようだった。

「美とは何とは、まさか“美麗(びれい)”の“美”でよろしいのですかな?」

「ええ、その“美”で御座います。して―――」

 ―――美とは如何なる物でしょうか、と繰り返される幽々子の問い。
 その問い掛けに対し桃花は、“美”で御座いますか、と呟いては首を捻りながらも暫く無言で考え込んだ後、一度だけ大きく頷いて答えた。

「はてさて、美とはいったい何か―――ですか。いやはや、幽々子様は難しい事をお聞きになりますな。これは何とお答えしようとも、決して貴女様の求める答えには到らないでしょう。なので、私には恥ずかしながら分かりませんと、そうお答え致します」

 誠にお恥ずかしい限りですが、と言って桃花は苦笑し―――。

「まあ、そもそも私のような輩が美を語るのも可笑しな話しでしたな。ハハハッ、いやこれは失敬」

 何が愉快なのだろうか、自らの頭をぺしぺしと叩きながらも笑った。

「いえ、そんな事は御座いません。だって、桃花様は―――大変お綺麗では御座いませんか」

「む―――そ、そうですかな?」

「ええ、そうで御座いますよ。眉も綺麗に通って居られますし、両の眼にも強い意思を感じられます」

 女性にしては精悍と呼べる顔付きをしているが、だからと言って男らしい訳ではなく、女性としての美しさと共に凛々しさを持っている。

「お(ぐし)も長くてお綺麗で御座いますし―――」

 薄くも淡い紫の色をした髪は長く美しい。
 腰まであるだろうその美しい髪は、首の後ろで一つに結い纏められている。
 それが風に揺れる様は、きっと絵になるだろう。

「ま、ま、ま、待ってくだされ。わ、私は別に綺麗などでは―――ッ」

 誉め殺すかのような幽々子の言葉に照れたのか、桃花は激しく狼狽(うろた)えた。
 その慌て様に幽々子はくすくすと笑い、更に言葉を続けた。

「桃花様―――もし、何処かに深く想うお方がいらっしゃるのでしたら、自身に自信をお持ちください。素直な想いを、嘘偽りのない気持ちを伝える事が出来れば、きっと添い遂げる事が叶いますよ」

 言って幽々子は、最も根拠は何処にも御座いませんが、と付け足した。

 人で在ろうが無かろうが、美しい者は美しいのである。
 人で在ろうが無かろうが、醜い者は醜いのである。
 例外とは種族によって生まれるのではなく、思考によって生まれ出るのである。
 だから幽々子はこうして、この場で目の前の存在を美しいと称する。

 人に在らずとも、美しいと―――。




取り敢えず、文章のレベルはこの程度で固定です。
背伸びしても、無い物を値だっても、文章は早々には上手くなりません。
文学者とは何とも偉大です。
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