291 慰安旅行 2
クリリも船酔いにはならなかった。でもあちらこちらに船酔いで倒れている人がいる。思ったよりもずっと船の揺れが酷い。
クリリもタケルも普通に歩いているけど、私には無理。とにかく落ちないように気を付けないと。
「今日は風が強いみたいだな。嵐にならないといいが…」
「嵐?」
「天候ばっかりはどうにもならないからな」
タケルの魔法も万能ではないらしい。この世界に来て一年になるけど嵐とかの経験はない。ほとんど家の中で過ごしていたから雨が降っていても気づかないこともある。
何も船にいるときに嵐にならなくてもいいのに……。
看板はカマボコ状になっている。波が打ち上げられた時に排水させやすいためらしいけど、はっきりいって動きにくい。
「ナナミさん、見て! すごいよね。陸地が全然見えないよ~」
「うん、島も見当たらないね」
「豪華客船とはいかなかったが、これでも良いほうだからな。食堂もあるって話だ」
「食堂! なんか腹が減ってきた。行ってみようよ」
正直あんまり食欲はない。船酔いの人達を見ているだけで、こっちまで気持ちが悪くなる。繊細な私と違ってクリリもタケルも全く気にならないらしい。
食堂らしきものは存在していた。でもメニューはない。用意されたものは具たくさんのスープと三角パン。スープは塩味が効いていて結構美味しい。でも三角パンは硬くて顎が疲れる。タケルもクリリも平気そうなので、パンをスープに浸して柔らかくすることにした。
「塩味だけのスープも結構うまいな」
「貝からだしがでているからコクもあって最高の味ね。うーん、やっぱり魚介類が豊富にあるのっていいわね」
すくなくともこの船にいる間はお魚天国かもしれない。ちょっとだけ船の旅もいいなと思う。
「でもさあ、このスープの中にうどんとか入れたらもっといいよね」
クリリはうどんが好きだから残念そうな顔をしている。私はそうめんでもいなって思った。
「うどんかぁ、クリリはいいこと言うなあ。ナナミ、うどん入れないか?」
「駄目だよ。せっかく作ってくれているのに余計なことは出来ないよ。魚介類をたくさん買って帰るから、家に帰ってからね」
「…わかった」
魚介類でパエリアやグラタンを作ってもいいかも。はふはふしながら食べたら最高よね。
「俺も食べたいから寮に入る前に作ってほしいなぁ」
「わかってるよ。魚介を入れたグラタン、絶対美味しいもんね」
「え? グラタン?」
あれ? 言ってなかった? ああ、そうだ。うどんだった。うどんだった。
「うどんだったよね、大丈夫よ。うどんも作るから」
「パエリアもいいぞ」
「わかったわよ。パエリアも作るわよ」
パエリアは日本の米ではちょっと難しいかもしれない。まあ本格的なものは求めていないか。
「で、この船にはどのくらいいるの?」
「明日だ。その前に嵐が心配だ。転移魔法使うか?」
思わず頷く所だった。でもそれは駄目だよね。自分たちだけ助かるわけにはいかない。世界中の人を助けたいとかそんな気持ちはない。でも同じ船に乗船している人たちを見殺しには出来ない。
でも私に何ができる? タケルの転移魔法だってこれだけの人数を運べるのだろうか。人間って自然災害には全く手が出ない。
それに本当に嵐は来るの?




