一章-十参 知的遊戯
「……ん」
――小鳥の鳴く声で目が覚めるのは久しぶりだ。
天幕の窓から差し込む日の光が、朝の重い頭と体に活を入れてくれる。
「ん~~……っ」
「おはようございます。北郷さん」
「ん。おはよう、李奈」
声のした方に振り向きながら、挨拶を返す。
少し離れた場所で、李奈が床を見つめながら座り込んでいた。俺の挨拶には視線を床に向けたまま、だけど小さく頷いた。
芹華と星憐の姿は見えない。
「二人なら、森に仕掛けた狩猟用の罠を見に行きました」
「あぁ、そうなのか」
狩猟用の罠。現代ではまず考えられないような言葉だけど、この時代ではそう珍しいことじゃない。商業がある程度発達していた三国ですら、たまに季衣や流琉が森に猟と称して出掛けてたりしたからな。
「彼女たちが帰ってきたら、朝食にしましょう。朝食を終えてから、今後のことについて話したいと思います」
「うん。わかった」
今後、か。
彼女たちと協力をすることになったのはいいけど、まだ具体的な話は何もしていない。
新入りの俺が、彼女たちと息を合わせていくためには、俺も出来る限りの情報を頭に入れて、来るべき時のために備えなければいけない。
足手まといになることは、絶対に許されない。
俺は、俺の出来ることを、精一杯やっていかなくちゃな。
――とは言え、ひとまず芹華と星憐が猟から帰ってくるまでの間、俺と李奈でここでお留守番というわけなのだけど……。
「…………」
よく見れば、李奈は何か作業をしている様子。……札遊びか何かだろうか。束ねたカードのようなものを一枚引いては、床に置くという動作を繰り返していた。
何をしているのか聞いてもいいのだろうか……。いやでも集中しているみたいだし、邪魔をするのはまずいか……。なんて思っていると、
「気になりますか?」
「へっ?」
「これです」
そう言いながら、一枚の札を俺に見せてくれる。
漢字ではなく、どちらかというと象形文字のような図柄の書かれてた札だった。
「私たちの一族は、いわば占星師の家系でして。この札一枚一枚に、吉兆、凶兆、未来への暗示と言った意味が含まれていて」
言いながら、李奈は札束から札を一枚ずつ床に広げていく。その扱いは手慣れたもので、まるでカジノのオーナーのような手捌きだった。
李奈の言う通り、札にはそれぞれなにか意味深な絵柄や文字の羅列が記されている。
「この札の出方と、星の巡りを照らし合わせることで、未来を予測し、災いを回避することが出来る……らしいです」
「らしいって……」
「そんなことが出来たら苦労しません」
李奈のドライな言い方に、思わず苦笑いが零れてしまう。
この娘は、この時代には珍しく、どこか現実主義と言うか、論理主義な所があるようだ。
俺の記憶が正しければ、この時代の人たちはみんな占いとか迷信と言ったものを強く信じる傾向があるように思ったのだけど。
「李奈が今やっているのは、占いじゃないのか?」
「手順自体は、占星術に準拠した物ですが、結果を求めているわけではありません。黙々と考えごとをするより、こうして手遊びをしながら思考する方が効率的なだけです」
「手遊び、ね」
「はい」
一族に伝わる術を、そんな風に言ってしまうとは……。本当にクールな娘だなぁ。
「そういえば、俺の居た世界にも、カードを使った占いがあったんだよ」
「カード、ですか?」
「ああ、ごめん、その絵札のことを向こうの世界ではカードって呼んだりしたんだ」
「なるほど」
「なんだっけな……、そうやって、占いのために使うカードのことをタロットカードっていったり、遊ぶためのカードをトランプカードっていったり」
正確には違うのだろうけど、詳しいカードゲームの世界なんて俺にはわからないので、そういうことにしておく。
「遊ぶためのカード、ですか? 絵札を使った遊びなんて、面白いのでしょうか?」
そう言って、首を傾げる李奈。
ううむ。ほんのりカルチャーショックかもしれない。
トランプは別にしても、絵札を使った遊びと言えば、花札とか麻雀とかって、こっちが起源じゃなかったっけ? 違う気もするけど。
しかし、『面白いのか?』と言われてしまうと、逆に燃えてくる。
「おう、意外と馬鹿に出来ないんだぜ。特にトランプなんて、俺の居た世界では世界共通の知的ゲーム……知的遊戯だったからな」
「知的遊戯……、ですか」
ぴたりと、札を配置していた手が止まった。
"知的"という単語に、何か思うところがあったのかもしれない。
「それは、その、やはり、それ専用のカードが、必要なのでしょうか」
「そうだね。」
「そう、ですか。何かで代用することは可能でしょうか」
「これとか」と、李奈は紙束を裏返して、絵札を俺に見せてくれる。
なんだか仕草の端々から、"トランプ"というゲームに対する好奇心が感じられる。
これは、なんとかしてトランプの素晴らしさを教えてあげたいな。
「これは枚数は……」
「全部で百八十二枚あります」
「それは多いな……。 トランプに必要なのは、まず……」
――こうして急遽、李奈との共同トランプ制作が始まった。
最初李奈に見せてもらったカードは、普段は使わないでしまってあるという残りの札を全部集めて見せてもらっても、俺には脈略のない絵柄の集まりにしか見えなかった。
それは実際にその通りらしく、札に描かれている絵の意味を知らなければ、それは整合性のない紙束でしかないのだとか。
このままでは、とてもではないがトランプで遊ぶことなど出来ない
なので、まずはトランプのカード構成について説明すると、
「……なるほど。では、」
と、李奈は引き出しの中から墨と筆を取り出したかと思うと、
「ここに数字と記号を書きこんでしまいましょう」
迷いなく、筆に墨をつけて、それをを絵札へと落としてしまった。
由緒正しい道具とかじゃなかったのか? と、疑問に思う。現代人の俺でも、なんだかバチあたりなことをしている気がしてならないのだけど……。
内心ハラハラしていたのだけど、李奈は何食わぬ顔で次々と札に数字と記号を記していく。
「……あ、出来れば左右対称に。相手に向けても自分に向けても、数字がわかるようにしてね」
「承知しました」
と、李奈は言われたとおりに、絵札を逆さまにして、再び数字を書き込んでいく。
そして――、
「これで完成ですか?」
「う、うん。これで遊べるよ」
完成したのは、色が黒一色で、尚且つ数字がこの時代の数字表記であること、そしてジャックやキングまで数字で書かれていることを除けば、それは確かにトランプカードだった。
……大体、おおよそトランプだった。ちなみに、ジョーカーは絵札に何も書かず、なにか悪魔っぽい絵の書かれている札をそのまま使用している。
色々と抜けているが、しかし、俺の知っているゲームのルールで遊ぶ分には、十分に事足りるはず。
「……これが、トランプ……」
即興で作ったトランプをまじまじと見つめて、李奈は感傷深そうに呟く。
目がキラキラと輝いているように見えるのは、多分気のせいじゃないだろう。
「で、どうやって遊ぶのですか?」
「そうだな……、とりあえず二人で出来る遊びと言ったら……」
作る所まで行っておいてあれだけど、トランプって二人で遊ぶより三人以上の多人数で遊ぶ方が適してるんだよな……。
芹華と星憐が帰ってきたら、ババ抜きとか大富豪とか、簡単で面白いゲームが出来るんだけど、二人だと……、
「まずは定番の『ポーカー』かな」
「ポーカー」
「うん。まずは、役を覚える所から始めるんだけど……、」
――カードを並べて、ポーカーの役とルールを一通り説明する。
余った絵札を五十枚ずつを、"持ちチップ"として代用することにする。ただ役の強さを競うだけのルールじゃあつまらないからね。
李奈は俺の説明を一度だけ聞いて、「理解しました」と自信満々に言い切った。
……
「早速始めましょう」
「よし。じゃあ、カード五枚引いて」
「はい」
……しかし、まさかこの世界に来てポーカーで遊ぶことになるとは思わなかったけど、勝負は勝負。
全力で勝ちに行くぜっ!
「…………」
「…………」
お互いにカードを引き終えて、手札を確認する。
ふむ。"ツーペア"の役が揃ってる。
さて、李奈の様子は、と……。
「…………」
流石に、絵札の扱いに慣れているおかげか、李奈の手際にたどたどしい様子は見受けられない。
……それどころか、なんだろう、この妙な威圧感は。
まるで歴戦の博打士を相手にしているような、そんな圧力。
いやいや。怯えるな、そりゃ俺だって素人だが、相手はルール覚えたてのひよっこだ。経験値で言えば、こちらに断然分があるのだ。だから落ち着いて……、
「……一つ、質問してもいいですか?」
「は、はいっ!」
突然声をかけられて、ついおかしな返事をしてしまった。
顔を上げて見れば、自分の手札に視線を固定したまま、李奈が口を開く。
「このゲームは、相手の様子を伺ったりしてもいいのでしょうか?」
「うん? 全然大丈夫だよ。ていうか、むしろそういうゲームだからな」
ポーカー単純な運の勝負ではない。相手との駆け引きがもっとも重要なゲームだ。
『相手の様子を伺ってもいいのか』なんて、そんな当たり前の質問をどうして――、
「……そうですか」
「っ!!」
あ。笑った。
口元はカードの手札で隠れてわからないけど、確かに笑った。間違いない。
冷や汗が、止まらない……っ! やばい、なにか地雷踏んだ!?
いやいやいや、だから落ち着け。
大丈夫。なんだかんだ言って、相手はど素人なんだ。ここで無意味に慌て立った、相手の思う壺だ。平常心平常心。
「じゃ、じゃあ、俺から。カードを一枚捨てる」
「はい」
まずは、カードを一枚捨てて……、一枚引く、と……おっ。
ツーペアが、スリーカードに上がった。
顔には出さない。出来る限りの無表情を貫く。この時、変に意識しないように、平常心、平常心……。
「では、私も」
「おう」
言って、李奈は二枚のカードを捨てて、二枚引く。
……二枚捨て、ってことは、確実にツーペア、フォーカードの線は消えたと言っていい。
もちろん、引いたカードで揃う場合もあるけど、そこは相手のチップの出し方を見てからか……。
「まずは、ベット二枚」
まだまだ様子見ということで、手堅く行こう。
俺は、持ちチップ十枚の中から、二枚をベットする。
と、
「乗ります。ベット三枚」
「っく」
躊躇なく、チップを上乗せしてくる李奈。
……これはまずい。もしかしたら心理戦を持ち掛けられているのかもしれないけど、しかし相手はルール覚えたての素人。単純に手札が強いと考えるのが妥当か。
補足しておくと、ベットの上限は十枚まで。
今は李奈が上乗せした分で、場に五枚のチップが累積されたということになる。だから、上限まではあと五枚の余裕があるのだけど……。
……次にベットして、それに李奈が乗ってきたら降りよう。
そう心に決めて、俺はベットを宣言する。
「ベット一枚」
「乗ります。ベット三枚」
乗って来た……っ!
間違いない! 李奈の手役は、かなり強いっ!!
もったいないが、ここは潔く降りよう……、
……なんちゃって。
「……流石、とだけ言っておくぜ」
「……ほう」
俺の言葉に反応して、李奈の無表情が一瞬だけ崩れた。
その一瞬を俺は見逃さなかった。そして、確信する。
――そう、李奈の手札は、弱い。
ポーカーの常套手段、『強気でコールして、相手を降りさせる』
李奈は、これを実行してきたのだ。
これが、本当にド素人のひよっこ相手だったなら、単純に手役が強いのだと思ってしまっていいだろう。
しかし、彼女は頭がいい。この陣営で、軍師のような立場を張っているだけある。
これは、俺が所詮は"素人"とたかを括っていることを、逆手にとった戦術だ。
だが甘い。李奈とはまだ出会ったばかりだが、これまで幾らか会話をしている内に、ある程度、彼女の性格は掴めていたのだ。
会話の端々に感じられる知的さと、計算高さ。
このゲームのルールを、一度聞いただけで理解してしまう頭脳。
これらを持っている相手に対して、油断してかかれという方が難しい。
その類稀なる才能が、命取りだ!
「――いざ勝負!」
「……」
お互いの手札が公開される。
俺:スリーカード
李奈:ストレート
「……あれ?」
「ありがとうございます。私の勝ちですね」
「な、なにぃ!?」
ストレートだと!?
馬鹿な。これこそ有り得ない!
これが、ビギナーズラックってヤツなのか!?
「これは本当に面白い遊びですね、"ポーカー"。相手の思考と心理を読み、裏のその裏をかく。実に素晴らしい遊戯です。とても気に入りました」
「なん……、だと」
ふふんと、得意げに笑いながら、珍しく感情のこもった声でそういう李奈。
その口ぶりは、明らかに、『計算で勝ちました』といわんばかりの、に満ち溢れている。
「思考を読まれた?」
「そうですね。自分で言うのもなんですが、北郷さんは私を初心者扱いすることはない、と確信していました」
「くっ、正解」
「それと、ベットで北郷さんが賭けたチップが一枚と二枚だったことから、それほど強い手札ではないと予想しました」
「そうだな。でも……」
「それだけでは、ストレートで勝負に出るほどの要因にはなりません」
その通り。
ストレートはそれなりに強い役だが、しかしその程度の役では、あそこまで強気のコールが出来るはずがないのだ。
「――ですが、その、大変に言いづらいのですが……、ゲーム開始時に、北郷さんの手札は、ある程度の予測がついていました。ワンペア、ツーペア、スリーカード、フルハウスの内どれかである、と」
「な、なんで!?」
「最初にカードを五枚引いた時、北郷さんは手札の内二枚を一組して、それを右側に入れ替えていました。そしてカード交換時に、左端のカードを一枚捨てていました。この行動から、」
「……なんとっ」
「だから質問したのです。『相手の様子を伺う』のは、不正か否かを。更に言えば、そんなあからさまな動きがハッタリであるという可能性も考慮していましたが、北郷さんの受け答えから、『ああ、単純に癖なのだな』と読み取らせてもらいました」
「うぐっ……、なる、ほど」
まさか、手癖まで見られているとは思わなかった……。
くっ。完璧に、負けた。この娘、強いよっ!
「もしよろしければ、再戦を申し込みたいのですが」
「当然だ! 勝ち逃げなんてさせないからな! 次はこうはいかない!」
「ふふ、望むところです」
――こうして、朝っぱらから天幕内に火薬の臭いを充満させて、ポーカーによる真剣勝負が幕を開けた!
――、
「なっ! 役無しだと!?」
「フォーカード!? 有り得ない!!」
「お前、まさか俺の心を読んでいるのか!?」
「き、貴様は悪魔かぁ!?」
……戦績はまあ、大方予想通りだと思う。
――しばらくして。
「……うぅ、もう李奈とはポーカーしたくない」
「すみません。加減というのが、よくわからなくて」
「容赦ないなぁ」
あれから、再戦に再戦を繰り返すも、まさかの全敗。
運の要素も強いゲームなのだから、ここまで負け越すってことはないはずなんだけどなぁ……。俺が致命的に弱いのか、李奈が異常に強いのか……。どっちにせよ、トラウマだ。
「しかし……、遅いですね」
「うん?」
「芹華と星憐です。いつもならもう帰ってくる頃なのですが」
そういえば結構な時間、熱中して遊んでしまったけど、芹華達はまだ帰ってこない。
「ん?」
「はて?」
――と、外が妙に騒がしい。
気のせいか、高笑いのようなものが聞こえてきたけど……。
「ちょっと見てきます」
李奈が外の様子を見に行こうと立ち上がりかけた時、
「やあ、ただいま、李奈! それにおはようございます! 御遣いさま!」
「ただいまー!!」
「っと、おかえりなさい」
「遅かったですね」
元気な声を上げて、芹華と星憐が同時に帰って来た。
見た所、二人とも手ぶらのようだけど……。
「何か捕れましたか?」
「いや、残念だが獲物は捕れなかったのだが、思わぬ収穫があった!」
「あった!」
何故か妙にテンションが高い二人。
李奈も無表情ながら、気持ち眉間にしわが寄っていて、若干引き気味の様子。
「さあ、上がってくれ!」
芹華は天幕の外に向かって手招きをする。客人だろうか?
俺、居ても大丈夫なのか? 彼女たちの知り合いなら、俺のことを怪しんだりしないだろうか。
――なんて懸念は、儚くも砕け散ることになる。
芹華に案内されて、天幕へと招待されたのは――、
「あら、本当に懐かしいですわね! お邪魔させていただきますわ」
「どもーっす」
「お、おじゃまします」
――金色の鎧を纏った、三人の女性だった。
おかっぱあたまの気弱そうな女の子に、ショートの強気そうな子。そして、見事な金髪縦髪ロールの、お姫様風な子。
「はっ?」
「あら?」
「ん?」
「へ?」
……なんだか見覚えがありすぎる三人組だな。
いや、もしかしたら見間違いかもしれない。というか心の底から見間違いってことにしておきたい。
現れた三人組と、俺との間に微妙な沈黙が流れる。
そんな空気を知ってか知らずか、芹華は満面の笑顔で、
「紹介しよう! 彼女は袁紹! 私の幼馴染だ!」
誇らしげに、芹華は袁紹を差して、そう言った。
その名は、聞き間違いで片づけちゃいけないくらい、俺の記憶に強く残っている名前だった。
今回はポーカーのルールがわからないと八割以上楽しめない出来になってしまったので、『ポーカーのルールを追加しやがれ!』という方がいらっしゃった場合、メッセージか感想に、そう言って頂ければ追記します<(_ _)>
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