零章-十七 裏
北郷一刀を基点とした外史である以上、彼が不在である外史の物語は決して語ることはできない
それは、どれだけ詳しく、細密に語ったものだとしても、所詮は“仮定に”過ぎないのだ
―――なら、それはつまり、魏の少女達が、北郷一刀を3年もの間待ち続け、悲しみに暮れるという外史の物語も、“仮定”に過ぎないのではないか
“仮定”に過ぎないのなら、それこそ、一刀が消えたその瞬間、再びその場に召喚させることだって可能であるはず。 もとより魏の少女たちが、一刀を想って待ち続けるという切ない物語も、やはり“仮定”でしかないのだから。
そう、確かに間違いない。 その外史に、北郷一刀が不在である以上は、所詮それは“仮定”に過ぎなかった
だが、その“物語”を利用したのが“敵”である
魏の少女たちは、“一刀”のことを確かに想いながら過ごしていた。 そこにはわずかながらも、北郷一刀という基点の残留思念が確かにに在った。
“敵”はそれを利用し、実に3年という月日、及び五胡の軍勢を整える準備期間を“確定”させたのだ
“敵”は、その後の外史までを“確定”させようとしていたのだが、それは無理な話。 五胡との戦争まで行ってしまったなら、そこに北郷一刀の残留思念などが干渉する余地は一切無い。
―――逆にいえば、もしもその世界に北郷一刀本人が存在していたのなら、その意思云々などは一切関係なく、物語は“確定”してしまうのだ
だから、もしリィナが一刀を外史から呼び出さずに、一刀が“三国平定より3年後、五胡によって国は滅ぼされる”という物語を見てしまえば、それは“確定”してしまっていた。 リィナが一刀を外史から引っぱり出すことは、絶対に必要なことだったのだ。
しかし、それでは何の解決にもならない。 リィナの使命は、“物語”の救済。 救済とは、リィナが望む形での物語の“確定”を示す。
何度も言うように、外史を“確定”させるには基点の存在が、必要不可欠なのだ。
確定させるには、北郷一刀を外史の世界に召喚し、そして、その後の一刀の選択によって、この結末を変える必要がある。
だから、これは正に諸刃の剣、毒を以て毒を制すと言える。 一刀が何もできずに、ただただ強大な五胡軍という濁流に流されてしまえば、何も変わらず、物語は“確定”してしまう
―――とは言え、元“剪定者”たちにとって、別にその結末自体が納得できないわけではない。 正味、“面白ければ何でもよかった”のだ
貂蝉にとってはそうでもなかったかもしれないが、少なくとも于吉と左慈に関して言えば、そのとおりであり、だから北郷一刀が外史から退場しようが、それは決して悪いことではなく、むしろ物語の新たな展開として、期待していた。
だが、蓋を開けてみれば、そこにあるのはただただ一方的で、残虐で、慈悲の無い結末。 そんなもの、“なにも面白くない”。
そこに、一石投じるために、彼らは北郷一刀をその一石として、外史の世界に再び召喚することを決めた。 もっとも、その時点では異端者に対して“敵”であるという認識を持っていたわけではない。
一刀と接触してみれば、彼は異端者によって記憶を消されていた
外史へ再び召喚するための道が、破壊されていた。
更に、一刀が不在にも関わらず、外史において実に3年間の物語がすでに“確定”されてしまっている。
ここまで来て、彼らは異端者に対して、我々の敵、少なくとも、北郷一刀の敵であるという認識を持つことになるのだが―――閑話休題
三国の滅亡、そのような形で物語を終わらせないために、より物語を“面白く”するために道が完成するまでの間、出来ることはいくらでもある
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―――、
ヒュッ、ヒュッ
放たれた拳は二つ、いや三つ、俺の動体視力ギリギリで、尚且つ、ただ避けるのは絶対不可能な速さの拳撃が、顔、胴、顔の順に向かってくる
「っ、っ!、くぅ!」
一つ、二つと刀を横にしていなし、三つ目を身体を捻ってやり過ごし―――
「ガハッ!!」
三つ目を避けたと思った瞬間、脇腹に衝撃が走り、その勢いで横に吹っ飛ばされる
「っ〜〜〜!」
なんとか我慢する
―――四つ目の足は、完全に見えなかった
「……立て」
上から、左慈の声が落ちてきた。 見上げてみれば、その表情はまだまだこんなものではないと目で語っているようで
「っ……あぁ」
痛み、という感覚と恐怖になんとか抗いながら立ち上がる。 この動作もこれで何度目だろうか……、数えるのも億劫になってきた。
―――出来ること、の一つがこれ、左慈直々の戦闘訓練だ。
再び、外史に降り立ったものの、ただの木偶の坊では出来ることなどたかが知れている。 道が完成するまでの間にそれなりの力はつけなければいけない
そのために、出来る限り早く、戦う力をつけるためにはスパルタが一番だと、言うことで、文字通り血反吐を吐きながら訓練をすることになった。
左慈の実力は、もはや疑うまでもない。 一刀がどう思っていたかは知らないが、実際左慈は、蜀のたち数名を相手に単騎で渡り合えるレベルの武を持っているのだ
その左慈直々のスパルタ訓練である。 意味がないはずがない
現に、最初の方こそ一刀は、左慈の徒手空拳をその一撃目すら見切れることなく吹っ飛ばされ、痛みに気絶するまであった。 それを考えれば、今の時点でも見違えるほどの成長である。
だが、左慈はまだまだ納得がいかないらしく、不機嫌そうに俺を睨むと口を開く
「……いまのは何故当たったのかわかるか? 北郷」
痛む脇腹を押えながら、質問の意味を吟味し答える。
「……、えっと、見えた攻撃が三つだったんだ。 四つ目は全く見えなかった……」
そう答えると、解答が不服なのか、左慈は不機嫌そうな表情を崩さない。
「……違うな、見えなかったんじゃない、見なかったんだ。 貴様、避けきったあとに反撃に出ようとしただろう? 貴様は、俺の攻撃を三つだと判断するや否や、すぐさま反撃の算段を立て、行動した。 それが間違いだ」
「ん……」
返す言葉もない。 思わず目を伏せ、反省する。 それでも、自分なりには最速、最善の判断のつもりではあったのだが
「判断を誤るな。 選択はよく吟味しろ。 もしも今のが戦場だったら、そこで死んでいる」
そう、今のは明らかに俺の判断ミス。
「隙と予備動作を間違えるな、隙ならばよし、予備動作なら相手の特性をよく考えてから攻勢に移れ」
今のは、三つの攻撃を見切った時点で安心してしまったのが敗因だ。 蹴りの予備動作を隙と履き違えて、反撃に出ようとしてしまった。
並の相手なら、それで決まっていたのだろうが、左慈の徒手空拳は速い。 こういう手合いに対し、予備動作は決して隙とはなりえない。
「……あぁ」
反省し、顔をあげ左慈を睨む。 その顔を見て、なにか得心したのか、ようやく不機嫌そうな表情を崩して口を開く
「フン、悪くない顔だ。 まだまだ貴様には成長の余地がある。 行くぞ」
「おう!」
飴と鞭の使い方がうまいヤツだ、そんなことを言われてしまったら、痛いのが怖いだとか思っても言えないじゃないか。
先程と同様、だが筋を変え、凄まじい速度で拳が放たれて―――
―――左慈との戦闘訓練は続く
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≪《仮入室》→“ゲスト”が仮入室しました。 ※入室権限は一部使用出来ません≫
「では、始めましょうか」
そう言って于吉は、手に持つ本を開く
本には様々な知識、技術が記されていた。 その中には、元の世界での知識も記されている。
そして、そこに記された情報は、ここで開いた瞬間この“チャットルーム”でのログと成り、閲覧権限があれば好きに見ることが出来る
于吉はこれを利用し、一刀に出来る限りの知識を詰め込むことにしたのだ。 これも出来ること、の一つ
兵法、元の世界の技術、意味があるかはわからないが、正史においての五胡の初歩的な知識。
調べてみてわかったのだが、やはりというか、五胡に仙術使いなどは存在せず。 それこそ、勢力自体は分散しており、大小さまざまな部族が入り乱れているのが五胡の大地というところであった。
だが、それは、“敵”が干渉を行う前の話である。 今現在、五胡は非常に強大な個としての力を有しており、はっきり言って、前回、華琳たちに進言したように、未来を教えるなどということは到底不可能なまでに、外史は改変されている。
だが、そんなのは関係ない。 俺は、俺に出来ることをするまでだ。
「―――それと、これを」
渡されたのは、それはもうどこから見ても……
「携帯電話?」
これをどうしろというのか、向こうに行ってしまえば、使うことなどできまい。
「えぇ、ですが、これは必要なんです。 時が来れば、わかります。 片時も離さずに持っていてください」
―――見てみれば、この携帯、機種こそいくらか古いものの、機能の一切を切り捨て、耐水性、対衝撃性にのみ特化させた携帯であると。チャットルームでのログが語っていた。
「わかった、大事にするよ」
「はい、あと、もう一つプレゼントがあるのですが、それはまた後ほど」
「?」
「まぁまぁ、気にしないでください。 それより、その本の内容は頭に入れましたね? では次です」
―――于吉との勉強会(?)は続く
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俺と貂蝉は、しばし睨み合っていた
「ぐふふふふ」
「ふ、ふふふふふ」
片や、妖しくオーラを放ちながら、いやらしく口を歪めて。
片や、迫りくる圧倒的な威圧感に負けじと、虚勢を張るがごとく、笑みを返していた。
気づかず、背筋に嫌な汗が流れる。 この圧倒的な圧迫感に、心の臓はいつまで持ってくれるのだろうか……
貂蝉が、口を開く
「いまこそ、この貂蝉ちゃん四千年の歴史が織り成す技のぉ、餌食になってもらうわよ、 ご・しゅ・じ・ん・さ・ま♪」
「だ が 断 るっ!!」
そう、これはある意味戦闘訓練。 ―――生きるために死ぬか、死ぬために死ぬか。 いま、俺は選ばされている。
「ぐふふ、いつまでその態度が持つのかしらねぇん。 ふんぬぅううううううう!!!」
「ぐっ……!」
奇声を上げると、更に強大な威圧感が、質量をもつが如く俺を襲う
つーか、実際になんか風圧が起こってる、台風のような強い風が強く叩きつけられる。
そう、気分は正に台風を相手に逃げようとしているようなもの、相手は左慈と同等か、それ以上の実力をもつ筋肉神。
そのような相手が、俺を「食ぁべちゃうからぁ〜」と、狙っている。
まるで、生きた心地がしない。
思考しながらも、目は決して貂蝉から反らさず、不意打ちを牽制する。
「あぁん、そんなに熱い瞳で見つめられちゃったら、私……あ、わたしは……」
くねくね、と身体をくねらせながら悶えながらも、その身には一切隙がない。
「んじゃあ、そろそろ行くわよ―――っふんがぁああああああ!!」
台風の目が俺を飲み込まんと怒涛の勢いで俺に接近してくる。
―――負けて、たまるか!!
―――雄と雄が、激突する。
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その後、リィナには、救ってほしい物語の説明を受けた。
もっとも、観念的にしか彼女にはわからないようなので、とても大雑把な内容で知ることになるのだが
曰く、あらゆる外史で、その物語は悲惨な運命を遂げる
曰く、この外史においてもそれは例外ではなく、何もしなければもうすぐ終結を迎えてしまう。
この外史だけを救っても意味は無いんじゃないか? と思ったのだが、それは違うらしい。
簡単にいえば、その物語を“勝利”という形で“確定”させることこそが重要らしいのだ。
その形で、いずれかの外史が一つでも“確定”すれば、そこから新たに物語は枝分かれする。
だが、今の状態では、決してリィナの言う“物語”が枝分かれすることは無い。 ある一点、悲惨な結末という袋小路で、物語は止まってしまっているのだという。
そして、いまの時点で、その“物語”に干渉を施せるのは基点である北郷一刀以外には存在し得ない。 だからリィナは俺に頼るしかない
以上のような説明を、俺が理解するまでなんども繰り返し受けた。 淡々とではあったが、瞳から滲み出る期待の色は隠れていなかった。
「―――あなたには、なんとお礼を言えばいいのかわかりません」
話が終わり、頭の中で反復していると、それをしばし眺めていたリィナが唐突に口を開く
「いきなりどうした?」
「私のわがままのせいで、一度は精神を壊されたというのに、それでもあなたは私に協力をしてくれると言いました」
「ははっ、可愛い女の子の頼みを、無下に断るなんて俺には出来ないからね」
「……、からかわないでください」
「ははっ、ごめん。 まぁでも、もちろんそれだけじゃないよ」
「?」
「華琳たちの世界を壊させなんか、絶対にしない。 そういう意味で、俺を外史から引っ張り出してくれたリィナには感謝してる」
「……それも、私の都合です」
「それでもさ。 そのおかげで、“敵”ってヤツに俺が一矢報えるんなら、俺はその感謝を示さなきゃならない。 そのためにも、リィナの言う物語っていうのも一緒に救って見せる」
言いながら、視線を掌に落として、ぐっと力を入れてみる。
それは虚栄かもしれないが、それでも本心だ。
“敵”の好きなようにはさせない。 “敵”をなんとかできるのが俺だけだって言うんなら、俺が成さねばならない。
「……ありがとうございます」
もう一度礼を言うと、俺に背を向けてリィナは歩き出す
しばし、お別れだ。 そう直感した
「次に会うのは、いつになるんだ?」
「……」
立ち止まって、しばし沈黙すると、こちらを振り返らずに、返答する
「案外、すぐですよ」
ポツンと、それだけ言って再び歩き出す。
―――背中を見送っていれば、やがて闇の中へと溶けるようにして、リィナは去って行った。
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―――やがて、“道”の修復が終わる。
出来ることは、したはずだ。 力も、知識も、覚悟も、以前とは比べものにならないくらいに成長した。
それは、自信。
華琳たちの物語を、リィナの言う物語を、この手で救って見せる。
“敵”の手の平の上で踊らされるのは、ここまでだ。
「では、これを」
そういって、何かを手渡してくる于吉
それは、日本刀だった。 柄、鞘は、共に漆黒に塗られていて左慈との訓練に使っていたのと同じ形をしていたが、やはりというべきか、刃が潰されていない
これは、人を斬るためのものだ。
「切れ味はそれなり、代わりに頑丈さだけは一級品です」
日本刀を以てそれなりの切れ味、というだけで、それは十分に優れていることを意味する
その優れた切れ味を実現するため、日本刀という武器は本来、非常に脆いのだが、この刀は于吉が直々に作り、鍛えた刀である
よほどのことがない限り、いや余程のことがあったとしても、この刀の刃を曲げることは出来ないだろう。
だからこそ、これは重い。
「……貴様がそれを抜いたなら、躊躇はするな」
わかってる。 抜いた以上、相手を斬る覚悟をしろ
相手を殺す覚悟をしろ
その場面になって、躊躇してたらやられました、なんて笑い話にもならない。
「ああ、わかった」
鞘をぐっと握り、その重さを確認する。 鞘まで頑丈なのか、軋むことなく答える日本刀
「……この刀、名前はあるのか?」
于吉にそう訊いてみると、ふっ、と薄く頬笑み口を開く
「“一刀”など、どうでしょうか?」
「えっ? いや、いくらなんでもそれは……」
悪趣味が過ぎやしないか?
「いいじゃないか、北郷、それはお前のための刀だ。 なら、その者の名を武器が冠するのは、何も不自然ではないだろう」
「で……でも」
「ふふっ、すみません一刀君、作り手の私がそう決めてしまいました、その刀の名は“一刀”です」
于吉がそう言うと、手に持っている刀が震えだした。
「な……、何を……」
まさか……
「えぇ、銘を刻ませていただきました」
「なんてこった……」
……まぁいいや、確かに、左慈の言う通り、決して悪い名前なわけじゃないんだから。
気を取り直して、左慈に視線を向けると、それに答えるようになにやら古めかしい鏡を取り出し、言の葉を連ねる。
「我は命ずる、星の如き輝きの内から、一の外史を選び出せ。我が盟友の願う唯一の外史を開け」
左慈がそう唱えると、いつかと同様、身体が光に包まれていくのがわかる。
軽く目を瞑る。
次に目を開けば、そこは華琳たちの世界で……
逸る心に、自ら喝を入れる。 そう、遊びにいくわけじゃない、ただ帰るわけじゃない
―――物語を、世界を、救うんだ。
―――漸く、虚数だった外史は終焉を迎え、“零”が終わる
“一”に成ってしまった以上、もう取り返しはきかない
“一”が動き出した以上、これより先、物語は“確定”するしかない。
“一”が、始まる。
外史の扉が開く
北方より新たなる乱世を約束して―――
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