零章-十六 夢の後
―――目の前の景色が切り替わった途端に、激情が溢れだしてきた
「……くそっ」
―――余程、あの空間はおかしな場所だったんだろう。 最初にあの世界の終焉を見せられた時には、自己を壊してしまうほどに、深く心に傷を負ったというのに
そう……最初にあの地獄を見せられた時、文字通り俺は壊れた。 華琳の死に様を、この目ではっきり見たのだ。 正気でいられるはずもない。
今だって、歯が軋むほどにきつく食いしばって、手が震えるほど固く拳を握り締めて、なんとか感情の爆発を我慢している
―――こうして、なんとか抑えることが出来るのは、少女の台詞
『でも、私には、あなたに頼るしか道はありませんでした』
彼女は、俺に何を期待していたんだ? 彼女は、『やはり、だめだった』とも言っていた、低い確率で、俺が彼女の期待に答えられるはずだったと
そして、再度、全く同じように俺を夢へと案内した。 そうまでして俺になにかを期待した。
少女の期待……、それが、いまは俺の希望
俺が正気を保っていられるのは、彼女の期待というのが何なのかを聞かなくてはならないからだ。 別にお人好しというわけではなく、その期待が、俺の希望、“あの地獄から華琳たちを救う”ということに繋がるのではないかと、勝手に予想してるだけ
そうとでも解釈しないと、俺はまた壊れてしまう自信がある
「おかえりなさい」
不意に、前方から声がかかる。 声は、目の前でも、目線よりやや下からかかってきた
視線を下げてみると、手を動かせば当たってしまうくらい、やたらと近い場所に少女がいて、夢の中と同様、瞳の中を覗きこむようにして俺を見上げている
「……、ただいま」
「……驚きました」
到底驚いた顔には見えない表情と声で言う
「なにが?」
なんのことかは大体予想つくのだが、敢えてとぼけてみる
「……、あなたが平気な理由が知りたいです」
「……、平気では、ないよ」
平気だなんて、とんでもない。 気を抜けば、心が絶望感に支配されてしまいそうになるのを、必死に誤魔化しているだけだ。
「君のおかげだよ、君の期待ってのが気になってね」
「っ! そこも、思い出したのですか?」
「うん。 そういえば、あの夢の中ってなんか色々と凄かったけど。 なんなのかわかる?」
「凄かった、ですか?」
「う〜ん、ログがどうとか、更新したとか、頭の中で意識したら、なんか情報とかも綺麗に整理出来たり……」
あっ、今度こそ驚いた表情……な気がする。 気持ち、目が大きく開いてる気がするんだ。
「アクセスしたんですか」
「アクセスかどうかはわからないけど、仮入室はしていたみたいだね」
「どうやってですか?」
「それは俺が聞きたいよ……。 ん?ってことは、あれは君が見せた夢ではないってことか?」
「違います……、あの本に記されている記録は、曹操さんが五胡の王に倒されるところまでです。 それ以降は、私が直接記録を消したので、ログが残っているはずがありません」
「……え〜っと、つまり」
「あの本には、チャットルームでの会話は記録されていません。 ですが、あなたが仮入室していたというのなら、恐らく……」
「それは、私がやったのよ、お譲ちゃん」
後ろから声が聞こえてきたので、振り返ってみれば、禍々しい胸板……ではなく、貂蝉がいた。
「貂蝉が?」
「そう、私が記録を修復して、ご主人様が記録を見終わるタイミングで、書き変えたの」
「なるほど……。…っ!」
少女は、相槌をついた直後に、何かに気づき、無表情の中、瞳だけ、やや険しく貂蝉を睨みつける
「ぐふふ、残念だけど、ここからは出られないわよ、聞きたいことが山ほどあるの、あなたも聞きたいことがあるのではなくて? 異端のお譲さん」
威圧的に言っているわけではないのだが、それでも貂蝉が言うとなんとなくシャレになる構図ではない。
「……」
少女も、少し警戒しているようだ
「……、やっぱり、この子が異端者ってやつなのか」
「えぇ、ご主人様を外史の世界から引っぱり出したのが一番最初、その外史にあれこれ干渉を施し、果てには外史に至る道までも壊してくれちゃったのが、この子よ」
「……君が……。」
「誤解があります。 確かに一刀さんを外史の世界から私です。 しかし、外史への干渉と、道の破壊は、私ではありません」
「……、自覚がないってことかしらん? 中身がまるごと入れ替わったりしているみたいだし、……」
「そこも含めて」
貂蝉の言葉を遮るようにして、少女は意見を述べた。
「話たいことがあります。 それに、私とあなた方、双方に誤解があると見受けました。 一度、腰を据えて話をするべきです。 ……あなたもそのつもりで私をここに閉じ込めたのでしょう。」
と、確認するようにして、問い掛ける
貂蝉が一度肯いたのを確認すると、少女は警戒を解いて、無表情に戻る
「……えぇ、あなたの言うとおりね。 しばらくしたら、あと二人ここに来るから、ちょっと待っててちょうだい……、お名前聞いてもいいかしら」
「そういえば、名前聞いてなかったな……。」
少女の方を見ると、何故か俺を見上げていて、なにか思いついたように
「……、リィナ、と呼んでください」
どこか悪戯っぽい微笑を、俺に投げかけた
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その後、まず于吉が戻ってきて、「突然部屋が消えたので心配しましたよ」と、声をかけられた
どうやらリィナは、于吉の部屋をまるごと書き変えたらしい。 部屋ごと俺を見失った于吉は、本気で異端者による凶行を心配したと言う。
その異端者であるリィナは、ある程度、彼らに敵対視されているのに気づいていて、下手に邪魔されないようにそうしただけだと弁明する
そう言われて、于吉も納得はしたようだが、少女に対する不信感は拭いきれていないようだ。
「……ふむ、資料室の件はそういうことでしょう。 しかし、この部屋をいとも簡単に書き換えることが出来るほどの力、少々危険ですね」
と、不穏な事を言う于吉
「そんなに凄いことなのか?」
気になって、リィナを見る
「……簡単ではなかったです。」
無機質にそう呟く
「……一応、それなりの対策は施しておいたつもりでした。ですが、お譲さんの前には意味がなかったということでしょう。 これでは左慈なんかの部屋では、赤子の手をひねるようなもの、というところでしょうか」
「さじ?」
「あらん、そういえば、ご主人様は左慈ちゃんにはまだ会ってなかったわね……、と噂をすれば、ようやく到着よ」
ガラっと、引き戸が開き、一人の男が中へと入ってくる
線の細い、にもかかわらず弱々しさとかは一切感じられない、切れ目の美男子(オウシット!)が、何故か不機嫌そうに俺を見て、口を開く
「初めまして、だな、北郷一刀。 俺の名前は左慈」
「あ……、あぁ、よろしく」
よくわからない威圧感のせいで、微妙にどもりながらも応対する。 左慈はふっ、となにか嘲笑っぽく息を吐くと
「で? こいつが異端者なのか?」
リィナに視線を移し、やたらと険しい視線をリィナに向ける
「そう言われています。 リィナと呼んでください」
そんな威圧的な視線も意に介さないように、自己紹介するリィナ
「……フン」
于吉と同じように、こちらはいま会ったばかりのせいか、警戒を解くことなく、佇まいを直す
挨拶が済んだ所で、于吉が声を上げた
「さて、これで全員揃いましたね。 では、リィナさんさっそくですが、お話を聞いてもよろしいですか?」
と、確認するようにリィナに声をかける
「はい、私にわかることでしたら、全てお話します」
「なら、いくつか質問させていただきましょう。 こちらへ」
于吉がそういうと、資料室の一角に五脚の椅子が現れる
それぞれ中心に向かい合っていて、その中心には大きめのテーブルが一脚
全員が席に着くと。 于吉は口を開き
「では、なにから訊きましょうか……」
―――こうして、俺たちの質問に、リィナが返答するという形での情報交換が始まった。
―――まず最初に、リィナという存在について、だが、これについてはリィナ自身もわからないらしい
気づけば、この空間で自己に目覚めたリィナは、使命と、それを実行するための力が与えられていた、とのこと
リィナ自身は、貂蝉たちに対して敵対心はなく、むしろ俺との慣れ合いを見るに、味方であるとさえ認識していたそうだ。
だが、不用意に彼らの前に姿を表して、自身の計画が潰えるようなことはあってはならないと、接触を避けていたそうだ
次に、リィナが敵とも味方ともつかない行動についてだ。
俺を外史の世界からはじき出し、記憶を消し、外史に干渉を施してめちゃくちゃにして、その世界に降りるための道まで破壊したという
にもかかわらず、俺の記憶を取り戻すための干渉を施したり、資料室ではその手伝いをしていたり……、と
行動に矛盾があるのだ。 これら全ては、貂蝉らの説明によれば、間違いなくリィナがやったことなのだという
これに対し、リィナの説明に、貂蝉らは流石に驚きを隠せなかった。
曰く、この身を媒介にしている“敵”がいるのだと
二重人格というのとは違う、全く別の存在が、リィナの身体を取り合っているような状態ということだ
夢の中で見せた少女の変貌、あの悪意を形にしたかのような少女は、間違いなくリィナにとって敵なのだという
自身の使命を妨害し、俺に対して敵意を持っている“敵”がいる、と
外史の世界から俺をはじき出し、記憶を取り戻す手伝いをしていたのはリィナ
外史への干渉と、俺の記憶を弄ったのは、“敵”だということらしい
いま、この資料室は貂蝉と于吉両者によるブロックのため、他の情報を一切寄せ付けず、漏らさない状態らしいので、リィナが入れ替わる心配は無いようだ。
そして、なら、なぜ、俺を外史から引っ張り出したのか
それも、使命を果たすための手段のひとつであり、したくてしたわけではない、とのこと。
―――そして、最後の疑問になる
リィナの使命とは何なのか、俺でなければならない理由はなんなのか。
俺は、そう質問すると、リィナは
「―――私の使命は、ある“物語”の救済です」
「“物語”?」
「はい、基点である一刀さん、あなたにしか救えない」
どういうことなんだろう、と首をかしげていると
「……、要は、外史の中で誰かが、ご主人様に助けを求めてる、ってことよ」
と、貂蝉が言うと、リィナは例によって表情を変えずに驚く
「……知っていたのですか?」
その言葉に、貂蝉ではなく于吉が答える
「知っていたというより、予想でしたがね、一刀君に起因しない物語が、各外史において発生したのを確認しました」
「……救いようのない物語が、な」
「あの〜……なんの話をしてらっしゃるので?」
話についていけなくなったので、質問すると、左慈が俺を一瞥し
「悪いな北郷、この話は、お前には理解し難いだろうから少し黙っていてくれ」
そう言って、リィナに視線を戻す。 酷い言われようと扱いだ、確かにほとんど理解できていないけど……。
「私の力があれば、いくらでも“物語”を“仮定”させることが可能でした、“敵”が、一刀さんたちの国を滅ぼした結末を“仮定”させたように。 いまは、彼女の妨害によって全く干渉出来ませんが……」
そこで一旦言葉を区切り、俺に視線を向けて、口を開く
「……ですが、それはあくまでも“仮”、基点である一刀さんの干渉なくては始まりません。 “敵”が作り出した結末も同様です」
「俺の……」
よくわからないけど、ちょっと重要なことらしいな
「一刀さんを外史からこちらへと呼んだ理由は、あのまま放っておけば、“敵”の作り出した結末で物語が“確定”してしまうところだったからです。」
「どう……「基点である北郷がいなければ、その後外史がどのような結末を迎えようとも、それはあくまで“仮定”の話。 だが、逆に北郷、基点さえ外史に在れば、どのような形であれ、外史は“確定”してしまう。 ということだ」……なるほど……」
説明になってないです、左慈さん
「なるほどねん、つまり、私たちとリィナちゃんの目的は、互いに利害が一致している、ということなのねん」
「はい、……ですが、私には、あなた方の目的がわかりません。 どうして一刀さんに協力をしているのですか?」
「あなたと似たようなものです。 外史をとある形で“確定”させたい、そこに至る“物語”が見たい。 もっとも、我々のは、使命というほど大仰なものではありませんが」
于吉がそう言うと、貂蝉と左慈も同意するように頷く
それはどういうことなのかと、訊こうとしたのだが、もうまったく話がわからないので、黙って耳を傾けることにする。
「さて、じゃあ、リィナちゃん、あなたは、ご主人様が記憶を取り戻した後、どうするつもりだったの?」
「……、必要なことだけ伝えて、後のことは、あなた方に任せた方が良いと考えていました」
「フン、なら危なかったな、地雷を踏むところだったぞ、リィナ」
「どういうことでしょうか?」
「確かに、我々とあなたで、似たような終結を望むという意味で、利害は一致していますが、致命的に違う点が一つあるのです」
それで察したのか、少女は一瞬考えるそぶりを見せると、顔を上げ、口を開く
「……、あなた方の希望する終結に、私の使命とする“物語”の救済は、含まれていない、ということですか」
「そのとおりよん」
「……困ります。 ですが……」
リィナは、期待するような視線で貂蝉たちを見つめる
「えぇ、協力するわ、リィナちゃん」
その言葉に、リィナは安心したように、息を吐く
だが、すぐに疑問が浮かんだのか、わずかに首をかしげ、口を開く
「……こう言っては何ですが、あなた方が、私に協力してくれることに対し、メリットが見受けられません。 むしろ、デメリットですらあります、余計な手間をを追加しているだけなのですから」
「ふふっ、それは間違いですよ、リィナさん、あなたの使命と協力は、それだけで我々にとって大きなメリットになりえます」
さも当然のように言い放つ于吉
「……、あなた方の目的は、なんですか?」
漠然とした物言いが腑に落ちないのか、再度確認するリィナ
于吉はなにかを確認するように、左慈と貂蝉を一瞥する。 それに答え、二人とも軽く頷く
「目的、というのは、少々誤解がありますね、失礼しました」
于吉は佇まいを直し、リィナの目を見つめる
「―――その方が、“面白い”から、です」
愉快そうに口の端を歪めながら、そう言った。
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