零章-十参 プロローグ6
……、どれくらいこうしていたのだろうか
「いま、何時だ?」
湧き出る思い出達が、記憶になって行き、暴れまわる感情も、ようやく落ち着いたところで時間を確認しようとするが、近くに時計はない
どこかにあるかと思い、部屋の中をうろついてみる―――、実際には軽い散策になってしまったのだが……、それくらいこの部屋は広い
人が二人も並んで歩けば、肩がぶつかってしまいそうな程度の間隔で、本棚が無数に並んでいるせいで、やや窮屈な感は否めないが、そもそも部屋としての広さが違う、畳みで数えると数十……、百行くかもな、あくまで主観だが
不思議に思ったのは、これだけ古くさそうな、物々しい辞書や歴史書のようなのがたくさんあるにもかかわらず、背表紙にはどれひとつとして題名が描かれていないのだ、気になって何冊か、手にとって中を確認してみても、どれも白紙が続くだけ、于吉が出した本には色々書かれていた気がするのだが……
ある程度歩きまわって、元の場所に戻ってくるが、やはりこの部屋には時計や、その類がないのだと結論をつける。 あるのは無数の本と、椅子、テレビくらいか
まぁ、時間はいいや、これからどうしようかと考える
ちらっと、ここからだとやや遠い場所にある引き戸に視線を動かす。 于吉はあそこから出て言ったのだが……
「于吉は落ち着いたころにまた来る、って言ってたよな……」
なら、俺はこの部屋で待機していたほうがいいだろう……、こんなめちゃくちゃな空間だ、引き戸を開ければ、果たして本当にそこに聖フランチェスカ学園の廊下があるのかどうか、確証が持てない。
于吉には、聞きたいことが山ほどあるんだ、下手に入れ違いにでもなれば、余計な手間をかけてしまうことになる、それは避けたい
そう考えて、「ならどうしようか」とまた考える
「なんか暇つぶしになるものはないか……」
そう思い、とりあえずテレビをいじくってみるが、反応しない、最初に于吉が見せてくれた本でも読もうかと探してみるが、もう仕舞ってしまったのか、さっき出してあった場所にはなかった
さて、そうなると次に興味の対象となるのは当然この無数の本棚
なにか面白い本の一つや二つ出てくるだろうと思い、適当な場所から適当に一冊抜いて、表紙を確認しようとした、その瞬間
「……それじゃ、ない」
「ひぃ!?」
びくっと背筋が凍る、背後から突然聞こえた声に、思わず悲鳴をあげてしまう
……しょうがないじゃないか、平気なフリをしてたけど、この部屋変に薄暗くて、不気味なほど静かで、正直怖かったんだ
加えて、この部屋には俺以外誰もいないのだ、と当たり前のように考えていたので、こんな蚊の鳴くような小さな声でも、俺の軟い肝っ玉では、過剰に反応してしまう
「ダ、誰だ!!」
威嚇するつもりで声を出したのだが、裏返ってしまい、なんとも情けない声を上げながら、ひと思いに後ろを振り返ってみる
そこには少女がいた。 季衣や流琉くらいだろうか、頭の中で、彼女らと並べてみれば、やはり同じくらいの歳に見える、だが、活発で、生命力あふれる彼女達と比べてしまったせいか、透けるように白く、血の気の無い素肌のこの少女には、とても儚げな印象を感じてしまい、本当に幽霊なのでは……などと疑ってしまった
「え~っと……だれ?」
「……」
少女は答えない、顔をよく見れば、この薄暗さのなか、淡く自らが光を放っているように錯覚してしまうほど、美しい白銀の髪が、後ろ髪は床についてしまいそうなほど、前髪は、その目元を隠してしまうかのように無造作に伸びきっている。 それでも、その下の整った顔立ちまでは隠れてはいない、その頬にこそ色はなかったが……
薄く、桃色に色めく小さな唇が静かに開くのを見て、少し安心する。 少なくとも彼女は生きていて、確かにここに居る存在なのだということを、かろうじて感じたからだ
「その本じゃ、ないです」
ボソッと、呟きのように繰り返す。 普段なら聞き逃してしまいそうなくらい小さい声だったが、この静けさの中なら問題なかった。
「これじゃない?」
手に持つ本を掲げて、少女に確認してみる。 このとき表紙が視界に入ったが、題名は描かれていなかった、
「……ん。 ……」
少女は小さく頷くと、トトトッ、とやや小走り気味に奥へと進む、少しの間、目で追っていると、立ち止まりこちらを振り向く
「ついてこいってことか……」
しばらく後ろからついていくと、端の方まで行ったところに少女は止まり、こちらに振り返る。 そして、本棚ある一点に指を差すと
「……」
そのまま、少女は沈黙する
とりあえず、彼女の傍らに立ち、指の先を確認してみると、他の本棚と同様、無題の本がびっしりと詰まっているだけ、とくに目立つような何かが、あるわけではなかった
「えっと……、これ?」
指をさされている区画から、大体見繕って取り出そうとすると
「ちがいます」
その横にある本を、指で触りながら聞いてみる
「じゃあ、これか?」
「ちがいます」
「むぅ……、この辺じゃないとすると……、どこだ?」
彼女の指の先は、確かにこの辺を指定しているのだが……
「ん?」
そう思って、良く観察してみると、先ほどの本と本の間に、紙切れが挟まっていて、角を少し覗かせているのがわかった、それをつまみながら、少女に今一度確認してみる
「これ?」
コクッ、と、さっきうなづいた時よりも大げさに、首を縦に振る。 ならば、と思いひっぱりだそうとすると
「待ってください」
と、言われ、引っぱり出しかけた指をピタっと止める
どういうことかと思い、首だけ振り向いてみれば、少女の前髪の隙間から、仄かに赤く煌めく瞳がこちらを見つめていた
その目には、真剣な色が浮かんでいる
「……覚悟は、ありますか?」
静かに、でもはっきりとした声で、そう問い掛けて来た
「……覚悟?」
一体なんのことなのだろう、と思って首をかしげると、少女は言葉を続ける
「あなたがこの世界に導かれ、彼女達の記憶を取り戻して、ようやく“零”が終わろうとしています」
「??、……っ!」
だから何を言ってるんだと、口を開こうとして、咄嗟に飲み込む
……、そうだ、この子とこうして話すのは、初めてじゃない
なにを話していたかとか、何を言われたのか、それはいつだったのか、なんてのは全く覚えていない。 おぼろげにだが、それでも確かに、以前にこの少女とは、二人で同じように会話をした。
そのとき、なにか重要なことを言われた気がする……。
これは、前の続きなんだ、少なくとも、余計な茶々を入れて、話を濁すようなことをしてはいけない
そう思い、こちらも真剣に彼女の話に耳を傾けることにした
「……、ですが、それにはまだ、記憶が足りません、あなたはあの地獄をもう一度、体験しなくてはならない」
「……」
記憶……、地獄……。
そうだ、華琳と最後のお別れをして
―――そのあと……、何かがあった。
多分、この子と話をしたのもそのときだ、思い出そうとしても、頭が拒否するかのように、鈍く痛み始める
「あなたが全てを思い出せば、再度あの絶望を、味わってもらうことになります。 その覚悟は、ありますか?」
そう繰り返すと、彼女の真剣な眼差しがこちらを射抜いている
痛む頭を押さえながら、考える
そう、これは多分、生半可な覚悟で開いていい記憶じゃない
もう一度、紙切れの角を一瞥する、それが何故か、とても恐ろしいものに見えた
―――これを見れば、全てが始まる
地獄ってのがなんのことなのか、はっきりとは思い出せないけど……。 正直、逃げ出したくなる
―――あんなのはもう見たくない、思い出したくない、怖い、恐い……、でも
これだけは、絶対に思い出さなくちゃいけないんだ
「もし、見たくないのなら、それで良いのです、しばらくすれば、あなたがなにもしなくても、過去だった情報は確定し、現在と成り、“あなたを基点とした、あなたとは関係のない外史”がはじまります。 そうなれば、あなたはもう干渉することはできませんが」
見かけによらず、意地の悪い言い方をする……
聞けば、これは質問なんかじゃない、ただの確認だ
俺が、華琳たちに起こる不幸を見て、ただ指をくわえてみているなんて出来るはずがないんだ
「見させてくれ、覚悟なら、多分前にしたはずだ」
前に、この子と似たような会話をした、そのとき、俺はこの子に同じ覚悟を示したはずだ
「……ごめんなさい、余計なことをしました。」
そういって、やや俯くと、もう一度、本棚に指を向ける
それを確認した俺は、先ほどと同じように、紙切れの角をつまみ、引っぱり出す
出してみると、冊子のようになっており、表紙には例によって何も書かれていない
ごくっ、と無意識に唾を飲む、これを見たら、俺は……。
「最後に、一つだけ覚えておいてください」
「……何?」
表紙をめくろうと指をかけたところで、少女が声を上げる
「それを読めば、あなたは後悔します。 ですが、忘れないでください、あなたには、“こちら側”に味方がいます。 彼らは傍観者ですが、この空間においては頼もしい協力者と成りえるはずです。 絶望に飲まれかけたら、彼らのことを思い出してください」
後悔するのは確定なんだな、と苦笑いしつつ、言われた言葉を反芻してみる
彼らって言ったら……
「……、貂蝉と于吉のことか……」
少女は、その言葉を肯定するように、コクッ、と頷く
最後には、彼らのことを思い出せ、か
―――よし
「わかった、じゃあ、開くぞ」
そういって、彼女に視線を向ける、もう止める理由はないようだ、出会ったころ時から崩すことのない無表情で、こちらを見つめている
意を決して、表紙をめくる、中には……何も書かれていない
「なんだこれ?」と、少女に聞こうとして顔を上げれば、目に飛び込んできたのは、見たことのない、でも懐かしい、そんな風景だった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。