ブラック・ジョーク
俺は、どこにでもいる平凡な高校生。
ある夜、コンビニに向かっている最中、道の真ん中に猫を見かけた。
ちょうど、向こうからトラックが迫ってくる。
「おい、危ないぞ……まさか、足を怪我しているのか」
気がつけば、俺は猫を助けるために飛び出していた。
ぎりぎりだったけど、猫は助けられた。
最後に見たものは、目の前に迫るトラックのライトだ。
衝撃。そして、暗転――。
「おお、すまない。儂の手違いで、お主を死なせてしまった」
気がつけば、見渡す限り白一色の世界に横たわっていた。
目覚めと共に告げられた謝罪の言葉に振り向けば、厳めしい杖を持って、これまた白い法衣(?)のようなものを着た幼女が立っていた。「誰だ?」「神じゃよ、神」「な、なんだと」。そんな馬鹿な、ありえない。俺はそう思ったけれど、一方で、はっと気がつく。
「もしかして、俺は死んだのか?」
「ふむ……飲み込みが早いと云うべきか、早すぎると云うべきか」
神様は難しそうに腕を組んだ。
その説明によれば、俺は死んだわけではない。しかし、現実的に云えば、死んだも同然らしい。よくわからない。ただし、ひとつだけ、俺は本当ならば死ぬ運命ではなく、神様の職務上の過失で今こんな状況になっているということは理解できた。
「お前のせいか」
反射的に手をあげかける。
「うわ、ごめんなさい。あわわ……」
「どうしてくれるんだ」
「すまぬ。お主を元の世界に戻してやることは色々と理由があってできんのじゃ。そこで、提案なのじゃが、別の世界に転生してみる気はないかの。お詫びとして、色々と特別な才能や能力もサービスしよう」
神様が杖をひと振りする。
途端、俺の目の前には、ゲームのステータス表みたいなものが出現した。
「これは?」
「お主の能力をわかりやすく示したものじゃ。ほれ、スキルやパラメータ、アイテムを自由に設定していいぞ。見た目も好きに変えていい。世界一のイケメンで天才剣士、一生を遊びに費やしても使いきれない金銭など、自由自在じゃ」
「マ、マジか……」
やばい。
これ、もしかして、天国じゃね?
「残念ですが、これが現在の医療の精一杯なのです」
場所は、病室。
猫を助けるためトラックに牽かれた少年は、手術を終えて、どうにか一命を取り留めていた。しかし、脊髄を含めた神経系に重大な障害を負ってしまったため、目覚めたとしても、五感の閉ざされた闇――無の状態でしか生きられない。それを医者から説明された両親は、その場に泣き崩れた。
少年はミイラのような状態で、全身を生命維持の装置に繋がれている。
その中でも、頭部を覆うヘッドギアはとりわけ目立っていた。
「ご子息は生きておられます。しかし、何も知覚できない状態で、この現実を生きようとすれば、正気は保てないでしょう。これから医療が発達すれば、新たな治療法が確立されるかも知れません。あるいは、時間をかければ、奇跡的な回復が起こる可能性もあります。だから、今はまだ、彼には覚めない夢を見続けてもらうしかないのです」
ヘッドギアからの電気信号によって、脳は騙される。
現実と変わらない異世界、五感を伴ったリアル。
すなわち、VRMMOと呼ばれるゲーム。
病室には小さなモニタが備えられており、少年の見ている仮想世界がリアルタイムで中継されている。泣き崩れたままの両親を先に退室させた後、こうした新たな医療分野で活躍している医者は、そっとため息をついた。
彼は、似たような患者を他にも多数抱えている。
「また、チートハーレムか……」
仮想世界は、患者の趣味嗜好を如実に反映して形成されるシステムなのだ。
医者は、これから紡がれていく少年の黒歴史を憂鬱に眺めた。