第16話 静寂の闇
静寂…。
暗く、深く、音の無い闇。
生き物の息吹すら感じられない冷たく、凍りついた闇。
そこにいれば孤独が足元から忍び寄り、寂しさが心を占領して平常心を保てなくなる闇。
深すぎる闇の中で、黒い炎が揺らめいていた。
―やっと会えた…―
冷やりとした闇の中で、そこだけが温かみを帯びるような声。
―…ずっと…待っていたの―
嬉しさが伝わる声。
それはすぐ傍で聞こえているようで、遠くで聞こえる声。
―もう少し。もう少しでずっといれる…―
語りかけるような、独り呟くような声。
―裏切らないでね…―
纏わりつくように耳の傍で聞こえる声。
誰かの腕が首に絡まる。
―裏切ったら…殺すから…―
声は、一瞬で背筋が凍るような色に変わった…。
眠りについていた正人は、驚いて飛び起きてしまった。
暫く、ベッドの上で呆然とする。
「夢?」
はっきりと覚えている。黒い炎と昼間に会った女性の声。
無意識のうちに髪を掻き揚げる。
「会ったから…見たのか?」
呟いて、すぐに頭を振る。昼間、術理が言っていた事を思い出したからだ。
「会ったから覚えていられた…」
部屋の外から、車の通る音が聞こえる。
「何なんだ、一体…」
闇の中だった…。自分の手も見えないくらい暗い闇の中。あの中に彼女はずっといたのだろうか?彼女だけでなく、慶太に憑いている蛇も。
「なぁ、ずっとあんな所にいたのかな、あいつら」
誰となしに問いかける。今、正人の傍にいるのは術理、技旋。そして、賢治が置いて行った太月。
『私には、分りません。だけど、あの人達の気持ちは何となく分ります』
答えたのは太月で、聞こえた声は一五、六歳くらいの少女の声だ。
「気持ち?」
『はい。私と陽影は、正人が小さい頃から一緒にいましたから、全く思いませんでしたけど、霊獣の中には、番人といたいと願う者がいます。逆に、術理達のように解放されたいと願う者もいます』
太月の言葉に、正人はほんの少し考える仕草をする。
「つまり、霊獣によっては味方に付く者もいれば、敵になる者もいると言う事か…」
するりと、音もなく太月が姿を現す。小闘竜、猫くらいの大きさのふかふかの毛並みと鳥の羽をもった西洋竜のような姿。毛の色は黄色で、柔らかみを帯びた淡いグリーンの瞳が正人を覗き込む。
『監視下に置かれない限りは。置かれてしまえば、逆らえません。あの二人は前者で、特に強く願う者達なのです』
「強く…ね」
『はい。あの二人は前の番人の時ずっと傍にいて、片時も離れる事はありませんでした。ですから、番人がいなくなる時、最後まで引き留めようとしていたのです。正直、正人に変わったら、あの二人は一緒にいたいと思うか、分りませんでした。今は、はっきりと分りますけど』
前の番人…どんな人物だったのだろうか。ふと、そう思った正人は太月を見た。
「なぁ、前の番人ってどんな奴だった?」
『…正人?』
困惑したように聞き返した太月を見て、正人は再びベッドに横になりながら苦笑する。
「聞いてみたいだけ。別に深い意味はない」
横になった正人の隣で太月は自分も横になり、正人の左肩に頭を載せるとゆっくりと話し出す。
『そうですね、姿は少年でした。優しい方で、私達がいたずらをしても笑って許してくれて…。それでいて一度怒らせると、とても怖くて。いたいと思う気持ちと、怖いと思う気持ちと、両方持っていました。あぁ、ですけど間違えないでください。正人がそうじゃないって言う訳ではないのですよ。正人には…前の番人が持っていない物を持っているのですから…』
眠くなってきたのか、太月の声は寝息の入った小さな声になっていく。
「持っていない物?」
『はい。…正人には…絶対に…諦めないって…気持ち…持って…』
声はそこで途切れてしまった。後には規則正しい寝息が聞こえる。
「…途中で寝るなよ」
溜息混じりに呟いて、正人は再び瞼を閉じた。
そして、何分と経たないうちに自分も眠りに就いたのである。 |