奥に潜むもの
「では、止むを得ないな。悪いが君の意識を読ませてもらう。まず……私の名を君らが知っていたのは何故だ?」
「……」
椅子に縛られた呪術官は、無言で憎しみを込めた視線を向けている。
絶対に情報は漏らさないという決意なのだろうが、ESPメダルの効果に抵抗はできないだろう。
シュルズ族族長やディアーヌたちの記憶では、彼は数年前から『神の庭』で族長の妻、ディアーヌの母であるシェーラに仕え始めたという。
この話を聞いた時に思い出したのが、レリス市のコーバル男爵と一緒にいた司祭だ。
冒険者たちの調査では、あの司祭がコーバル男爵を暗鬼崇拝に導いたらしい。となれば、この呪術官もと連想するのは自然だろう。
コーバル男爵と違いいまのところ正気を保っているように見える彼からなら、暗鬼崇拝者について多くの情報が手に入るかも知れない。
私は精神を集中し、ESPメダルを通じて彼の意識を探る。
《神託だ……。暗鬼の王……らの神託が……。ジオ・マルギルスという男を必ず殺せと……》
暗鬼の王。話が大きくなってきたな。
しかし彼の意識には具体性をあまり感じない。『暗鬼の王』というのは固有名詞なのか? それとも、彼が何かをそう呼んでいるだけなのだろうか。
「暗鬼の王? そいつは何者だ? なぜ私を殺そうとする?」
偵察してきたレードたちの報告では、既に『神の庭』は暗鬼に占領されており生きた人間は呪術官しかいなかったという。ディアーヌの母親やシュルズ族の人々がどうなったか、焦点とはなにか、戦族の巫女が受けた預言と関係があるのか?
聞きたいことは山ほどあり、焦りが増す。
《暗鬼の王は世界を……滅ぼす者……。ジオ・マルギルスは……邪魔……。……■■■■……》
いや、そうなんだろうけど。くそ、どう質問すれば望む情報が得られるのか……。
ESPメダルから私の脳に伝わる彼の意識に意味不明なノイズが混じりはじめている。正気を失ったコーバル男爵の意識を読んだときにも似たようなノイズを感じた。
色々な意味でタイムリミットが近づいている。
「その、暗鬼の王は世界中の暗鬼崇拝者に指示を出しているのか? ……あ、暗鬼崇拝者でないものにも手を出すこともできるのか?」
私は呪術官の肩を掴んで揺さぶりながら聞く。
無抵抗に身体を前後に揺らす呪術官の目は虚ろになっていた。
《王は……我々の心に語りかけてくる……。■■■……。王はどこにでも……誰にでも……憎しみを持つものに……■■……》
「では、戦族の巫女にもそいつがちょっかいを出したのか!? 私が暗鬼だとか焦点だとかいう偽情報を伝えたのか!?」
呪術官の思考にノイズが増えていく。彼の意識はすぐにノイズに飲み込まれるだろう。
《……■■……。□■■□■□■……。■■■□■■■■■■□■……」
「くっ……君のような暗黒の神の司祭は他にもいるのか!? 何処にいる!?」
《■■■■■■■■■■■■■■■■■■……》
……もはやESPメダルで探る意識には何の情報も浮かんでいなかった。もう少しで……という後悔が湧き上がる。
呪術官の瞳は完全に金色に染まりうっすら輝きはじめていた。
凪となったその意識の奥から、徐々に破壊てきな感情が……暗鬼にも近い憤怒と憎悪が沸きあがってくる。
「ここまでか……いや待てよ」
呪術官の肩から離そうとした手に、私はまた力を込めた。
ESPメダルの能力はテレパシーだ。
今まではテレパシーの中でも受信、つまり相手の意識を読み取ることにしか使っていなかったが。
逆に自分の意識を相手の意識に送信することはできないだろうか?
『D&B』のルールにはそんな使い方は書いていないが……呪文やアイテムの使い方を工夫するのはTRPGの醍醐味だ。
《……おい! 呪術官! 正気を取り戻せ!》
ESPメダルを通して、自分の言葉を彼の意識へ送り込む……ことを念じてみる。
《……□■□■…………ア……アガガ……》
《君も人間なら最後に人間を助けてくれ! 他の暗鬼崇拝者だ! そいつらは何処で何をしている!?》
彼にそんな良心が残っているかどうから分からない。
しかし他に言うべき言葉もない。闇夜の井戸のように憎悪に染められた彼の心に必死に呼びかける、と。
言葉ではなく、イメージが伝わってきた。
『ひぃやぁぁ、あああ!』
『素晴らしい、素晴らしい! 新たな焦点の誕生だ!』
薄絹の美女が、その姿形を失いながら闇に包み込まれる光景。
『シェール様、全ての恨みはこの鬼像が晴らしてくれますぞ』
レリス市の地下で見た、暗鬼と人間の死骸で作った祭壇を前に話す呪術官と美女の姿。
何処とも知れない街道を一人黙々と歩く呪術官の姿。
純白に輝く神殿を見上げる若い呪術官の姿。
《 貴 様 が マ ル ギ ル ス か 》
「うおぉぉっ!?」
「ジオ!?」
「どうなさいましたっ!?」
どうやら呪術官の記憶の断片を時間を遡って覗いていたらしい。
巨大な神殿のイメージを見ていたところで唐突に、『声』が私の意識に突き刺さった。
呪術官のものではない。
圧倒的なまでの重圧と憎悪に満ちた『声』。
私は衝撃と……恐怖に叫び声をあげ、尻餅をついていた。ESPメダルが床に落ちる音が響く。
驚いたクローラとレイハが寄り添い、支えてくれたが私の全身はぶるぶると震えていた。
「ふぅっ……!」
ESPメダルの効果も切れ、呪術官との意識のリンクも完全に遮断されている。
あの『声』ももう聞えないが……あれは明らかに規格外の存在だ。多分、暗鬼の王とやらはあれのことだろう。
「酷い汗っ……どうなさったの?」
「主様、お気を確かに……」
クローラが甲斐甲斐しくハンカチで汗を拭ってくれる。レイハも心配そうだ。
だが私は、いつの間にか大剣を抜いたレードと、縛られたまま身体を痙攣させている呪術官へ視線を向ける。
「レード、彼は……」
「下がってろ」
「ガ、ア、ガガガガガ……」
呪術官の痙攣が骨も折れそうなほどの激しさになる。
大きく前後に振れていた彼の頭部が、CGのように大きく膨れ上がって……爆ぜた。
『パン』
という(こちらでは通用しないたとえだが)自動車のパンクに似た音が響く。
呪術官の頭部が内側から裂けて破片が飛び散るその瞬間、大きな塊が飛び出して天井に張り付くのがやけに鮮明に見えた。
「ひぃっ」
「……っ」
クローラは私に抱きついたまま硬直し、レイハは短剣を引き抜いて私達を庇うように前に出た。
「むっ」
レードがハエでも叩くような声を上げながら無造作に大剣を突き出す。
ドス、と鋼の切っ先が天井に張り付いた『塊』に突き刺さった。
「な、なんなんだ、それは……」
『キィキィ』
大剣で天井に縫いとめられた『塊』は弱弱しく蠢いていた。
眼を凝らせば、それはピンクの肉をより合わせてつくった蜘蛛か水母を思わす不気味な生物(?)だった。
大きさは呪術官の頭部と比べて三分の一ほどか。
「あ、あんなものが……頭に、潜んでいたの……?」
「ううっ……」
恐らく誰よりも詳細に生物の姿を観察できたレイハが呆然と呟く。
クローラは数秒、生物を見ていられたが耐え切れず私の肩に顔を埋めた。
クローラにしても、本来暗鬼相手に一歩も引かない女傑だ。しかしこれはレイハのグロ耐性の高さを褒める場面だろう。できれば私も目を背けたい。
『捕虜にした敵幹部を尋問する』というシーンなら当然、口封じに殺されるとか自殺するとかいう展開は予想していた。だから尋問も焦ったのだが……これはあまりにも無残だ。
「俺も初めて見たがな。……憑かれた者ってのは実際、的を得た言い方だったようだ」
レードが苦々しげに呟いた。