尋問
「これで大丈夫だろうか……?」
幻馬にまたがりフィルサンド上空をゆったり飛行しながら呟く。
眼下では、巨人たちが几帳面にほうきで大地を掃き、暗鬼の残骸を一箇所に集めている。
小山になった暗鬼の残骸は巨大赤竜が炎の吐息でしっかり焼き尽くす。
大量の暗鬼の死体を放置しておくと、疫病の元になったりアンデッド化するなどろくな事がなさそうなので手抜きはしない。
「うん。大丈夫……だろう。多分」
たった今、圧倒的な敵軍を単騎でなぎ払うという、男なら興奮せずにはいられない状況を堪能したところではあるが。
一時の高揚が過ぎれば、やはり様々な最悪の想像が湧き上がってきていた。
『見守る者』に転移させられて以来、まぁまぁ何とかやってきたという自負はある。あるがしかし、どこかで致命的な失敗をするのではないかという恐怖もまた、薄れていないのだ。
数十分後、巨人と竜の作業によってあれだけいた暗鬼の軍団の痕跡は跡形もなくなった。残るのはやけに平坦になった乾いた大地だけ。
視覚的に綺麗さっぱりになると、何となく不安も軽くなるものだ。
私は、市壁の前で陣を敷いていたフィルサンドの兵士達に一度大きく手を振り、大門に設けられた指揮所へ向う。
「「マルギルス! マルギルス! 大魔法使いマルギルス!」」
指揮所に幻馬を着地させるまでの間ずっと、兵士達が拳や武器を突き上げ喝采を送ってくれた。
「お見事でございました、マルギルス様」
「うむ」
幻馬から降り立った私に声をかけてくれたのはクローラだけだった。
普段は対等に話す彼女だが、公の場ではちゃんとこちらを立ててくれる。自分の仕事を美女に評価してもらえるというのは、男の本能に訴えかけるものがある。ワンマン企業の社長が美人秘書を側に置きたがる気持ちが良く分かった気がした。
一方、椅子に座ったままのフィルサンド公爵やエリザベル、ディアーヌや重臣たちは何故か硬直している。
「見ての通り、暗鬼の軍団は片付けたぞ、公爵?」
「あ……。ああ、流石、だな……」
公爵がぎくしゃくと立ち上がりながら言う。
逆に、周囲の重臣や魔術師、騎士たちは一斉に平伏しはじめた。エリザベルとディアーヌまで。
「す、素晴らしいご活躍でした……まさかあれほどのお力とは……」
「おま……あんたやっぱり本当は魔神なんじゃないか……?」
「わ、我らが英雄!」
「さながら神話の如き光景でした!」
「ああ、いや……」
こういう反応自体にはそろそろ慣れた。ただ、フィルサンド公爵の部下は公爵その人への畏敬の念が強いのか、ここまで露骨に私にへりくだることがなかったので、少々戸惑う。
……いや、考えてみればここまで派手に高レベル呪文を使いまくったのも初めてか。自分自身ではそろそろ感覚が麻痺してきているが、彼らにしてみれば以前に見せた単体のドラゴン以上のインパクトだったのだろう。
「……諸君、楽にしてくれ」
本来、彼らの主である公爵を差し置いて言うべき台詞ではない。
だが公爵自身も戸惑っているようだったのであえて偉そうに口にする。
全員、ほっとしたように立ち上がったし公爵やクローラも何も言わないから、この対応で間違いないはずだ。
「とにかく、貴殿のお陰で危機は去ったな。……フィルサンドはこの恩を忘れないだろう」
額の汗を拭う公爵の顔には確かに安堵があった。自分が支配する町が助かったのだから当然といえば当然だが、彼にも少しは人間らしい感情があるらしい。
私としっかり握手した彼の手は分厚いグローブ越しにも熱さを伝えてきていた。
とはいえ。
エリザベルをはじめ、彼の子供達のことやシュルズ族のこと、さらに彼に対する『第二の提案』のことなどまだ課題は多い。
……というか、現在の課題もまだ終わってないのだ。
「まだ危機は続いている。これだけの暗鬼が出現したということは、どこかにーー恐らく、シュルズ族の拠点だと思うが、暗鬼の巣が発生しているはずだ。それを破壊しなければならない」
その夜。
暗鬼の軍団撃退後の細々した処理は公爵に丸投げし、私と仲間達は剛毅城の地下牢にいた。
別行動をとっていたレードとレイハが大きな『成果』とともに帰還したからだ。
その『成果』はいま、牢の真ん中の粗末な椅子に座らされている。
両腕は背中側にぎちりと縛り上げ、口元には猿轡がはめられていた。
見るからに窮屈そうな姿の男性は、レードとレイハがシュルズ族の拠点『神の庭』に潜入し捕えてきた『呪術官』である。
「偵察だけで良いと言っていたはずなのだが……。危険じゃあなかったのか?」
「も、申し訳ございませんっ主様っ」
「俺が勝手にやったことだ。お前の命令を聞く理由もないしな」
そう、この二人には暗鬼に乗っ取られたのであろう『神の庭』の偵察を頼んでいたのだ。移動のための幻馬やいくつかのマジックアイテムを貸したとはいえ、くれぐれも危険を冒さないでくれと頼んでいたのだが……。
「ま、まぁ……。現場の判断を批判するつもりはない。結果的には……お手柄だしな」
確かに捕虜を連れてくるなとは言っていない。恐らく、レードとレイハにとっては大したことではないんだろう。
……次があったらもっと厳重に注意しなければ……と思いながらも、今にも自害しそうなレイハを宥めるため頭を撫でてやる。
「卑しく愚かな私に寛大なお言葉……あ、ありがとうございます。主様……」
「……うむ」
跪いたままのレイハの薄紫の髪を撫でていると、彼女はうっとりしはじめた。
本来色気の塊のような美女であるため、うっかりやばい気分になってしまうことも多々あったのだが……。どうも最近は、懐きすぎてる大型犬を愛でているような感覚になっている。
「それで? どなたが彼の尋問をするんですの?」
レイハの髪を弄ることに少し気をとられていると、クローラが聞いてきた。
『呪術官』を尋問するこの場にいるのは、レードとレイハの他にはクローラだけである。
本来なら重要捕虜ということで、フィルサンドやシュルズ族の関係者も呼ぶのが筋だと思う。ただ、彼への尋問方法と、引き出せるであろう情報を考えるとまずは身内で確認したかったため、強引にこの面子とさせてもらった。
「ああ。私がやる。これを使ってな」
「……またそれですの? 致し方ないとは思いますが……」
「上品なやり方ではないがな。こいつらとまともに会話する自信もない」
私が懐から取り出した『ESPメダル』を見てクローラは肩をすくめた。
実際問題、全身を拘束されながらも強い憎悪を向けてくる彼の瞳は金色に輝いている。レードが『見鬼』を出したら途端に赤く光った。
どう考えても暗鬼の侵食を受けている。
以前、レリス市の暗鬼崇拝者だった男爵の意識を同じくESPメダルで読んだことがあったが、すでに彼の精神は崩壊しており漠然としたイメージしか読み取れなかった。
幸い、この『呪術官』は明確な意識を保っているから暗鬼や暗鬼崇拝者について具体的な情報が手に入るかも知れない。
倫理的な問題以上に、暗鬼に汚染された意識を覗くのはかなりの苦行だったので気は進まない。だが、必要なら嫌でもやるのが大人というものだしなあ。
「……一応、事前に聞くが。素直に君らのことを話してくれる気はないかな?」
「んーっ! んんーっ!」
無駄だと思いつつ確認したがやはり無駄だった。
褐色の肌に黒いローブという男は、こちらを噛み殺したそうな顔で唸っている。
「では、止むを得ないな。悪いが君の意識を読ませてもらう。まず……私の名を君らが知っていたのは何故だ?」
「……」
ESPメダルを目の前に突きつけ、質問する。
質問されれば嫌でも答えは彼の意識に浮かぶ。それを読み取れば、彼ら暗鬼崇拝者が戦斧郷を出たばかりの私のことを知っていた理由が分かるだろう。
そう、もしかすると戦族の巫女が私を名指して『焦点』だと言ったという理由も。