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フィルサンド防衛戦 4(三人称)

 『大魔法使い』ジオ・マルギルスがフィルサンドにシュルズ族を導いてから三日が経った。



 フィルサンド公爵の宮廷魔術師カネイギン・セル・ラドルは北方の王国シュレンダルの魔術師学院で学んだ英才である。

 上位魔術も容易く使いこなす実力は魔術師学院本院でも十本の指に入ると賞賛されていた。

 縁あって10年前にフィルサンドに仕官してからも研鑽を重ね、暗鬼や蛮族との実戦も多数経験している。


 百戦錬磨の魔術師はいま、フィルサンド市大門の上に設けられた指揮所にいた。

 高さ20メートル近い大門の上から南方へ目を向ける。乾いた大地を埋め尽くすような漆黒の軍団が、整然と陣形を組み、大門に接近してくるのが見えた。

 視界の端から端まで埋めるような軍団は言うまでもなく、暗鬼たち。暗鬼の軍団レギオンだ。


 大門の真下、市壁の周りの堀の向こうにはフィルサンド騎士団と歩兵部隊が陣を敷いていた。しかし、圧倒的な暗鬼の軍団レギオンの数からすればあまりに頼りない。


 カネイギンの記憶によれば、暗鬼の軍団レギオンの構成は小鬼四~五千体、巨鬼が二百体、岩鬼が五体。そして、岩鬼よりも巨大な新種の暗鬼が一体。

 歴史上、二度起きたとされる『大繁殖』(ブリードとまでは言えないが、国の一つくらいは滅んで当然の規模である。




「さて。後は貴殿に任せた」

「任せてもらおう」


 指揮所中央の玉座にはフィルサンド公爵その人が漆黒の鎧をまとい、腰掛けている。

 公爵のとなりに立つのは、現在カネイギンが最も警戒し恐れる人物、『魔法使い』マルギルスだ。


「お気をつけて」

「ほんとに俺も手伝わなくて良いんだな?」


 瓜二つ二人の少女が、それぞれに気遣う言葉をマルギルスにかけた。

 金髪のツインテールが公爵の娘エリザベル。銀髪のショートカットがシュルズ族長の娘ディアーヌである。


「ご武運を」


 両極端な魅力を持つ少女二人よりカネイギンが気になっていた女性も、マルギルスに恭しくこうべを垂れた。

 女魔術師クローラという名をカネイギンも知っている。

 彼が驚いたのは、クローラが両手を重ねて胸元に置いてお辞儀をしたことだ。この姿勢は魔術師の中では『聖礼』といい、師の師にあたるような遥か格上の者への礼法なのだ。


「なあに、すぐに終わる」


 カネイギンが聞いたところでは、あの女魔術師は北方の王国シュレンダルの大貴族に連なる名家の出であり、レリス市の魔術師ギルドでも高位にあるという。それだけの家柄と才能の上に、高貴な美貌と生唾を飲むような曲線を描く肢体を持つという、宮廷でも稀な美女だった。

 それほどの美女が最上級の礼と、思慕の篭もった眼差しを向けるのはカネイギンではない。


《あれだけの美女に、服従の証にも近い礼をとらせておいて平然としているとは……。とんでもない男だ……》

「おい。どうした?」


 しかも、マルギルスはこの場にはいないがダークエルフの美女も配下においている。

 男として、魔術に携わるものとして、腹が熱くなるような嫉妬が湧き上がるのを感じていたカネイギンに、公爵の不審げな声がかかった。


「ぉっ!? も、申し訳ございません」

「いくらマルギルス殿に軍旗を預けたといっても、惚けている場合ではないぞ。お前も魔術師ならマルギルス殿の魔法をしっかりと目に焼き付けておけ」

「……ははっ」


 冷や汗を浮かべながらカネイギンは公爵に一礼した。

 改めて、大門の向こうの暗鬼の軍団レギオンに視線を向ける。漆黒の軍団の中でも一際目立つ巨体……偵察兵の報告にあった超巨大暗鬼の姿を認めると、そこでふと気付いた。


《私は何を一体……。あのような前代未聞の脅威が迫っているというのに、女のことで嫉妬など……》


「……【幻 馬(ファントムホース)】」


 カネイギンの混乱をよそに、マルギルスは呪文を唱え漆黒の馬をその場に造り出していた。公爵の護衛や重臣たちの間から、小さなざわめきが起こる。


 宮廷魔術師がどれだけ眼を凝らそうとも、魔法使いの身体にも周囲の空間にも『魔力』を感じることはできなかった。

 彼が人生を賭けて学んできた知識と技術が、実はとても矮小な存在だったかのような虚脱感が襲ってくる。


《だが、そうか……私が恐怖を……いや暗鬼の存在すら一瞬忘却できた・・・のは……》


「では諸君、少し待っていてくれ。片付けてくる」


《そうだ、あの男がいたからだ。あの男が味方だと確信していたから、私は……》



カネイギンは無言のまま、黒い馬にまたがり宙に駆け出した魔法使いを見送った。






「おおい、も、もう、すぐくるぞっ」

「わ、わかってるよっ」


 フィルサンド歩兵隊の長槍兵、バイクは隣のボンドと同じく上ずった声をあげた。

 彼はいま、歩兵隊1500人で形作った方形陣の最前列にいた。

 軍に入隊して三年になる。実戦も経験したしそれなりの給料で家族に楽をさせられた。今更逃げ出したいとは思わない。

 それでも、恐怖を無視することはできない。

 黒い壁が押し寄せるかのような光景は悪夢そのものだった。


「つーかなんなんだよ、あのデカブツはよ! 広場の公爵像よりでけーぞ!」


 フィルサンドの中央広場を睥睨する公爵の像を何倍すれば良いのか。

 暗鬼で構成された黒い壁の中でも、飛びぬけて巨大な影は市壁よりも高い。

 脚は太く短く、逆に腕は長大で、背中を丸めほとんど四つん這いで歩いている。

 巨体に似つかわしい重く鈍い動きであったが、あれが到達すれば市壁も容易く破壊されるだろう。


 超巨大暗鬼のインパクトが強すぎて見過ごしそうになるが、市壁の半分ほどの背丈の岩鬼も五体ほど存在し、並の兵士20人以上の戦力と教えられている巨鬼も多数。


「本当に、本当に大丈夫なんだろうなぁ? 俺、前に巨鬼1匹倒すのに中隊が半壊したの見たことあるぞ?」

「こ、公爵様がそこで見てるんだっ……だ、大丈夫なんだろっ……多分っ」


 ボンドに大丈夫といったがバイク自身全くそうとは思えていなかった。

 隊長が事前に彼らに説明したところでは、公爵の客人である『凄い魔術師』が暗鬼の軍団レギオンを倒してくれるので、軍の仕事は暗鬼が逃げ出さないよう殲滅すること……だったが。


「ほ、ほら、あのお城に竜を呼び出したっていう魔術師が何とかしてくれるんだろっ!?」

「あ、ああ。多分なっ……」


 フィルサンドの市民にも、その『竜』を遠目に見たものがいるという噂だったし、騎士などはそれを信じているようにも見えた。


《んなもん、居るわけねーだろっ。まさか指揮所にいる公爵は偽物で、俺達は足止めさせられてるんじゃ……》



「オオオオオォォォーー!!」


 バイクの思考は大気どころか大地まで揺らすような、超巨大暗鬼の咆哮で吹き飛ばされた。


「ギィィーーー!」

「ギャァァァァッ!」

「ゴォッ! ギャウォッ!」


「ひ、ひぃぃぃっ」


 超巨大暗鬼の咆哮に唱和するように、暗鬼の軍団レギオン全体が憎しみの叫び声を迸らせた。

 黒い壁にも見える隊列に、無数の光点が灯った。あれは暗鬼の瞳だと、バイクは本能で悟る。


 超巨大暗鬼が、その長い腕を高く振り上げた。

 それがフィルサンド目掛けて振り下ろされた瞬間、殺意に満ちた無数の暗鬼が突撃を開始するだろう。


「く、く、くるぞぉっ」

「やって、やってやろうじゃんか!」

「ただじゃ死なねーぞっ」


 フィルサンド歩兵隊は無法の徒ではないと、バイクをはじめ兵士達の決死の表情が証明していた。

 ほとんど反射的に、彼らが槍を構えようとした、その瞬間。


 何か、白く輝く塊が自分達の頭上を越えるのを、バイクは視界の隅に捉えた。白い輝きが生み出す軌跡は八本だった。


『ヒュウン』


 と、いう風切り音は軌跡の後に聞こえた。

 八本の光の線は、超巨大暗鬼を中心とした暗鬼の軍団レギオンに、黒い絨毯のような軍団に突き刺さりーー。



 バイクの視界が真っ白に染まった。


連休の始めとなると気が緩んでしまうのか、筆がかえって遅くなりますね(言い訳)。

本当は今回の更新分で防衛戦を終わりにするつもりだったのですが、きりがないのでここで一度更新しておきます。

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