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弟の警告

「ううん……妙な感じですね。こう、頭の奥に沈んでいたものがなくなったみたいな……」


 バルザードはしきりに頭を撫でたり首をかしげている。

 どうやら暗鬼崇拝者(デモニスト)もしくは暗鬼は本人にそれと意識させることなく、その精神に影響を与えられるらしい。



 さきほどまでの彼は、戦族の暗鬼崇拝者(デモニスト)発見装置である見鬼に反応しなかったわけだが……もしかしてこれは私にも当てはまるんじゃないか?

 後でこっそり自分に【祓 い(カースブレイク)】をかけてみなければなるまい。


「……ふぅ」

「どうした?」

「あーいや、何でもない。ご老人、これは美味いな」

「ふむ……」


 考え込んだ私にレードが不審そうな声をかけた。

 私は慌てて、コルヘル老人に分けてもらった菓子を褒める。


「ルツの実の砂糖漬けです。魔神様にお出しするようなものではないのですが、お気に召したらなによりです」


 茶色い塊で見てくれは良くないが、イチジクに似た弾力のある歯ごたえと舌が痺れるような甘味が良い。このあたりは乾燥して日差しが強いので、高カロリーなおやつが必要なんだろう。





「……ところで、本当に彼らをフィルサンドへ連れて行くのですか?」


 少し顔をしかめてルツの実をかじっていたアグベイルがぽつりと聞いた。


「ああ、そのつもりだ。移動手段なら、丁度良い呪文があるから心配ない」

「そういうことじゃないですけど」


 初めて使うことになるが、『強行軍フォースドマーチ』という呪文がこの状況にはぴったりだ。自信ありげに答えたのだが、アグベイルはやはり渋い顔で首を振った。


「どういう意味かな?」

「そうだよ、今はとりあえずフィルサンドに入って安全を確保した方がいいだろう」

「はっ」


 私とバルザードの声に、弟は鼻を鳴らした。


「いいですか、マルギルス殿。僕がこんなことを言うのは……貴方を敵にしたくないからだということは先に言っておきます」

「……うむ?」


 地面にしゃがみこんだままのアグベイルは私を暗い目で見上げ、続ける。


「まず、貴方や兄さんはフィルサンドとシュルズ族の間の恨みの深さを分かっていない」

「そんなことは……」


「兄さんは、あいつらの本拠で何を見てきたんだよ。誰もがみんな、兄さんみたいな善人じゃないんだっ」

「……う……」 


 鋭くささくれた声と目で責められバルザードは絶句した。悲しげな表情は弟の言葉が正しいと暗に認めている。


「あそこでへたり込んでいる連中の目を、よく見てみれば良い。これまで一方的に虐げられてきた……そういう気持ちになったことのない兄さんには分からないかも知れないけどね」

「……」


 バルザードは黙り込んだ。私もだ。

 確かに、シュルズ族の苦しみや恨みというものを本当に理解しているとは到底言えない。

 遠目に、疲れ果てた避難民たちの様子をうかがう。

 ディアーヌがしきりに元気付けようとしているようだが、当然彼らの表情は暗く沈んでいる。暗鬼の軍団レギオンから命がけの逃走をしてきたのだから当然だと思い込んでいたが……その胸の奥の深い憎悪にまで想像をめぐらせることが、私にはできていなかった。


「そりゃ確かに、命が助かるならフィルサンドにも屈するという者もいるだろうさ。だけど、フィルサンド市内に入ったら逆に命を捨てでも僕らに恨みをぶつける連中だって絶対にいるはずだよ。……そうだろう?」


 アグベイルが確認したのは兄ではなく老人、シュルズ族の先先代族長だった。


「……そうだな。お前達フェルデ人に家族を殺され奴隷として連れ去られたものばかりだ。そう、思うものが居て当然だ」


 深いため息とともにコルヘルは言った。彼自身の声にも、消すに消せない憎しみが残っている。そもそも、彼の代ではまだシュルズ族はフィルサンドに住んでいて、娘の一人はフィルサンド公爵に奪われているのだ。


「そして殺したの殺されただのは、こっちフィルサンドだって同じなんだよ」


 アグベイルは特段コルヘルに言い返すという勢いでもなく呟いた。

 


「……ただ、私はそれを止めるつもりだ。シュルズ族を絶やすわけにはいかない。息子もそれは承知で将軍のところへ行ったのだ」


 そう、少なくとも現族長のルスラスやこのコルヘル、そしてディアーヌも避難民達を抑える側にまわるだろう。だからこそ私もフィルサンド公爵に、避難民を保護するよう依頼したのだ。

 しかし、アグベイルの次の言葉は私やバルザードの予想を超えるものだった。


「父上はそれで良しとするような善人じゃない。密偵を使ってでも彼らを暴発させて、それを口実に皆殺しにするつもりだろうね。……それなら、マルギルス殿にも言い訳が立つでしょ」

「そ、そんな……」

「……やはり、奴はそんなことを考えていたか……」


 淡々と父親の悪事の計画を推測する次男の言葉に、私は言葉をなくした。


「もちろん、ただ恨みを晴らすためじゃない。むしろそんな恨みなんてどうでもいいでしょうね父上は。狙いはシュルズ族がいなくなった後の『神の庭』あたりでしょ。こんな果実が採れる程度には、シュルズが開発したようですし」


 アグベイルの言葉のとおりだったとしてだが。

 私にとって、フィルサンド公爵の性質の悪いのはこの冷徹さだ。もし、シュルズの人々を虐殺するのを楽しむような『邪悪』な人間だったら、私も流石に彼を倒そうと思うだろう。だが彼は目的のために手段を選ばないというだけだ。

 もしここで私が彼を倒してしまったら、今後は世界中の領主を倒してまわらねばならなくなる。


「でも……じゃあどうすれば? 私が父上を説得……は無理か……。私が人質としてシュルズの人たちと一緒にいるというのはどうかな?」


 バルザードも青ざめて必死に考えているようだが、私はアグベイルになおも注目していた。

 彼は『私の敵になりたくない』といっていた。単純に、父親の陰謀を指摘するだけではない、と思いたい。


「だからまずは、今、彼らの中に混じっているフィルサンドの密偵を排除する」


 すでにこの中に密偵がいるのか?

 だとすればそれはここ最近の話ではなく、ずっと以前からということだろう。


「実は密偵の顔は僕が知っています。父上が僕をマルギルス殿に同行させたのは、密偵と接触させるためか……。もしかすると僕がこういうことをするのを見越しているのかも、知れませんけど」

「……では君は、シュルズ族が攻撃される口実を与えないよう協力してくれるということだな?」

「最初からそういっているつもりですよ。どう考えても、父上より貴方の方が怖い」


 ……公爵の手口を良く知っている彼が協力してくれるのは有難いな。

 さっきまで興味がないとか言っていて申し訳なかった。

 アグベイルだって、自分の保身のために妹を暗殺しようとする悪人であるのは間違いないが。少なくとも、彼は私が見過ごしていた弱者の側の視点を持っている。



「もう一つ重要なことがある。恨みを忘れさせる一番良い方法は、『希望』を見せることです。どんなに馬鹿馬鹿しいことでも良い。……マルギルス殿なら、それができる」


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