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フィルサンド防衛戦 2

 司令室にやってきたシュルズの族長ルスラスは実直そうな中年男性だった。

 毛皮で補強された鎧を身に着けてはいるが、戦意は全く感じない。


 それにしても、難民千人以上か。行き先は決めていないようだが、このまま放浪の民にでもなるつもりだろうか。

 フィルサンドに加わるというのは無理だろうしな……。


「ふぅっ」


 暗鬼が関係しているという予想はついていたのだから、さっさとシュルズ族と接触しておけば良かった。

 ……と、いう後悔に引きずられそうな気分を切り替えようと、小さく息を吐いて頬を叩く。


 その私の肩に、一瞬柔らかい何かが触れる。

 視線を向けると、クローラの白い手が引っ込んでいくところだった。

 彼女の青い目に気遣わしげな色があったので、私は軽く頷いて見せる。こういう心配りができるのは彼女の美点だが、若い子に心配をかけるようでは私もまだまだだ。




「我々シュルズの民はこの地を立ち去ることにした。ダームンド将軍の長男も無事に返す。その見かえりとして領内の通行の安全を保証することと、食料の援助を頼みたい」


 戦意はない、と言ったが。

 見苦しいところは一切なかった。完全なるアウェイである剛毅城にいても、族長は怯えた表情は浮かべていなかった。

 ダームンドというのはフィルサンド公爵の名だ。名と、公爵位を授かる前の将軍という肩書きで彼を呼ぶのは族長のせめてもの意地なのかも知れない。


 『通行の安全の保証』というのは平時なら大した要求ではないが、暗鬼の軍団レギオンが闊歩しているとあっては公爵の軍隊を動員しなければならない仕事になる。

 長男バルザードの命と交換というのも頷ける話だ。


「ふん……」


 一方、公爵はゴミでも見るような冷たい目を族長に向けたまま腕組みをした。

 もし事前に私から、長男も取り返した上で子供達の面倒を見ろといわれていなければ、この場で族長を処刑していそうな目付きだ。


「盗賊どもが、勝手なことを……」

「出て行くなら勝手にすればいい」


 居並ぶ重臣たちも、シュルズ族への侮蔑と憎悪は隠そうとしていない。侵略したのは彼ら公爵の側のはずだが、それでも20年も住んでいればフィルサンドは自分達の土地という意識になっているのだろう。


「……」


 一様に渋い顔した重臣や騎士たちの中でも、公爵の次男、アグベイルの顔色は悪かった。

 長男バルザードが死んだと思い込まされて、妹であるエリザベルや私を暗殺しようとまでしていたのだ。その兄が生きていると知れば、居心地もそれは悪いだろうな。

 もっとも、未知の人材である長男バルザードと、大体の性格や能力は把握できたエリザベルと違い正直彼にはまったく興味がわかない。


「どうなのだ、将軍……いや公爵」


 族長は悔しい、というより悲しそうに相手を公爵と呼んだ。

 ダームンドをあえて公爵と呼ぶことで、先住者であるシュルズ族も彼の統治権を認めるという言外の条件を提示するなどなかなかの交渉上手に見えるが、どうも雰囲気と交渉内容がそぐわない。


 それは公爵も同意見だったらしい。


「ルスラスとか言ったか。その条件、もしやバルザードに吹き込まれたか?」

「なっ!? いや、そんなことはないっ」


 度胸が据わっているとはいえ、やはり一部族の族長では限界がある。

 百戦錬磨の悪党の目を誤魔化すことはできなかったようだ。慌てて首を振るが、もう認めているようなものだ。


「あの軟弱者のことだ。自分一人で逃げればいいところを、自分を取引材料にして俺にお前達を守らせようとしたのだろう?」

「う、うう……」


 公爵の言葉を素直に聞くと、公爵の長男バルザードはシュルズ族に協力しているということか。しかも、シュルズ族を守るために。

 公爵側の重要人物としては軽率のような気もするが、エリザベルが言っていたように優しい人物なのだろうか?


「しかしそうだな……マルギルス殿!」

「っ? 何だね」


 私が司令室の人々を眺めながら考えを巡らせるうちに、公爵は結論を出したようだ。急に名を呼ばれた私は慌てて意識を切り替える。


「聞いてのとおり、五千以上の暗鬼の軍団レギオンが俺のフィルサンドに迫っているのが現状だ」

「そのようだな」

「こいつはちょっとした『大繁殖』(ブリードと言ってもいい。普通なら、城や都市の一つや二つ滅びて当然のところだ」


「こ、公爵様……?」

「何を言っている?」


 むしろさばさばと絶望的な状況を認めた公爵の言葉に周囲がざわめく。

 族長も話についていけていない。


「だが貴殿がいれば話は違う。俺は貴殿に頼っても良いのだな?」


 ここにきて、下手に出てでも私を抱きこむつもりなのか。

 公爵の野心と欲望にぎらつく瞳は普段と変わりなかったが、その声にはどこか必死な響があった。ような気がする。

 

「ああ、無論。大魔法使いジオ・マルギルスは暗鬼と戦う全ての人々の味方だ」


 公爵に、公爵の部下達、シュルズの族長、仲間達、そして自分に良く聞こえるように腹に力を込めてこたえた。

 こうやって常に再認識しておかなければ大魔法使いのペルソナはすぐに剝がれてしまうからな。


「ならば、暗鬼を撃退するまでの間、俺は貴殿の下につく。貴殿が必要だと思う指示を出してくれ。むろん、こいつらのことも含めてだ」


 こいつら、と言いながら公爵は顎で族長を指した。


「承知した」

「おい? あんたは一体何者なんだ?」


 公爵の部下たちはともかく事情がよくわからないだろう族長は血相を変えた。だが、今からは時間との勝負だ。


「族長。シュルズ族の安全は私が保証させてもらう。ディアーヌも無事に返そう」

「ディアーヌを……」


「クローラは、イルドたちとここに残ってルスラス族長の話を聞いてくれ。できるだけシュルズ族の希望をかなえてやりたいが、最悪の場合はジーテイアス城で受け入れても良い」

「委細承知ですわ」


「公爵。シュルズ族の避難民を一時的にフィルサンドに受け入れてくれ。費用はこちらに請求してくれても良い。シュルズ族との交渉にはエリザベルにやらせてほしい」

「……承知した」


「レードは私ときてくれ。ディアーヌも連れてシュルズの避難民と合流する。そこでバルザード殿も保護できれば良いが。その後、暗鬼の軍団レギオンを偵察し、可能ならその場で叩く」

「良いだろう」


 正直、シュルズ族の処遇など、今の私にはどうすれば良いのか分からない。だが、自分で手が回らなければ仲間の手を借りれば良いだけだ。と、最近ようやく思えるようになってきた。……社会人だったころには、後輩にくどくどと『一人で抱え込むな』とか説教をしていたのにな。


「では、行こうか」

「ああ、待ってくれ。どうやるか知らないが今から暗鬼のところへ行くんだろう? 差し支えなかったら、そいつも連れて行ってやってくれんか?」

「はあっ!? 父上!?」


 素っ頓狂な声をあげた『そいつ』ことアグベイルが悲鳴のような声を上げた。


「貴殿がいうようにこいつらを使えるようにするためだ。直に暗鬼ってものを見せておきたい」

「そんな、私は前線で戦うようなことは……」

「黙れ」

「……は……ぃ」


 興味はなかったが、今後同盟を組む予定の人物の息子だ。

 エリザベルのためにも、彼と少し接触しておくのも悪くはない。

 青ざめた顔で押し黙ったアグベイルを見ながら、四人を一度に高速移動させる呪文の心当たりを探り……頷く。


「分かった。ご子息をお預かりしよう。遅くても明日には戻る」





 久々に出した幻馬ファントムホース

 漆黒の馬体に黒い炎のようなオーラをまとった空を翔る魔法の馬である。

 ここのところ遠出をすることが多かったため、呪文を二回分『準備(チャージ)』していたのが幸いだった。


 今、我々は二頭の幻馬ファントムホースに分乗しフィルサンド南方の空を飛行していた。


「……ま、ま、まだみんなは見えねーのか……よぉぉ」

「もう少しだから頑張れ」


 がたがた震えながら手綱をとる私の腰にしがみ付くのはシュルズ族の姫にして『武の頭』ディアーヌ。


「死にたくない……死にたくない……死にたくない……」


 並んで空を走るレードが操る幻馬ファントムホースの後ろには、フィルサンド公爵の次男アグベイルが乗っている。



 岩や砂が大部分を覆った不毛な平野を見下ろしながら、普通の馬の何百倍という速度で移動すること数時間。


「あれだな」


 レードが丘陵の陰に隠れていた人々の群れを発見した。

 確かに、千人くらいか? ちょっとすぐには数えられないが、荷物を背負ったり引きずるくたびれきった人々の列が長々と続いている。

 幻馬ファントムホースのスピードですぐにその頭上まで達すると。


「ありゃ確かにシュルズの民だ! おぉーい! おおーい!」


 ディアーヌは俄然元気になって下に向けて大声で叫び手を振る。だが。


「前を見ろ」


 レードが鋭く警告を発した。


 人々の列のさらに後方。

 黒い絨毯のように地に広がり、難民たちの最後尾に喰らい付こうと言う漆黒の生き物たちがいた。


あれ、まだ防衛戦が始まらない……。

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