フィルサンド防衛戦 1
レイハの報告は、騎士団の巡視隊が運んできた情報だった。
フィルサンドの南方、馬で二日ほどの位置で多数のシュルズ族を発見したのだという。
レイハが『大群』といったのは、彼らが軍隊や戦士の集団ではなく、ほとんどが女子供や老人、農民など非戦闘員だったからだ(それにしても動物扱いはないと思うが)。それが千人以上の規模で、ゆっくりフィルサンド向けて進んでいるのだという。
「難民、だろうか?」
「分かりませんわね。公爵はどうするつもりかしら?」
聞いた情報から連想された言葉を何となく呟いてみるが、ここで答えは出ないだろう。
「臭いな」
ここのところ全く影が薄かった戦族の戦士、レードがぼそりと呟いた。
翌日。
私は公爵に呼び出され、騎士団の司令室へ顔を出した。
「面倒なことになった。シュルズ族の連中はどうやら暗鬼に追われ逃げてきたらしい」
公爵は、開口一番そういった。
シュルズ族への対応についての相談かと思ったら、これか。
レードの直感は、こと暗鬼に関する限りあてにして良いらしい。
暗鬼、暗鬼か。フィルサンドへ到着する前に暗鬼に襲われた集落を見ていたから、こういうこともあるかも知れないとは思っていたが……やはり嫌なものは嫌だな。
「せっかくマルギルスが考えた『第二の条件』が、これでしばらく棚上げですわね」
「……暗鬼とはそういうものだ。人間のあらゆる歴史も都合も未来もお構いなしに、ただ現れ、ただ殺して消えていく」
クローラが悔しげに呟くと、レードが悟りきったような言葉を返していた。暗鬼と戦う宿命の一族に生まれ物心ついてからずっと戦ってきた彼の言葉は重い。
暗鬼とは、この世界にとってそれほどの災厄なのだ。
と、なれば。ここからは大魔法使いの仕事だ。
「偵察部隊の報告だと、暗鬼の軍団は蛮族どもよりさらに南方だ。まっすぐフィルサンドの方向へ移動しているようだが、蛮族を追いかけているだけなのか、こちらが目標なのかは不明だな」
「……規模は?」
「偵察部隊の報告だと、小鬼が約五千。巨鬼が数百。岩鬼が5体。さらに見たことのない超巨大な暗鬼が一体。まっすぐフィルサンドへ向かっている」
「「……っ」」
淡々とした公爵の声に、司令室に集まった面々の顔色が青ざめた。
ちなみにメンバーは公爵、次男のアグベイル。騎士団長に宮廷魔術師、正規軍の将軍に、宰相以下の重臣たちだ。
「こちらの兵力は?」
「はっ。騎士団が八百。正規軍は一千、急ぎ民兵を召集すれば二千になりますっ」
無遠慮に聞くこちらに不快感を感じる余裕もないのだろう、公爵に顎で指示された将軍が律義に報告してくれた。
「蛮族どもの襲撃を警戒して騎士と軍を分散させたのが裏目にでたな。全軍かき集めればあと一千は増やせるが時間がかかる」
「フィルサンドと剛毅城は五千や六千の暗鬼に陥落させられるものではありませんぞ」
思案気な公爵に騎士団が強調した。声は硬いがそれなりに力は篭もっている。確かにフィルサンドの市壁や剛毅城はレリス市や白剣城のそれよりもずっと重厚だ。
しかし、TRPGゲーマーとして昔仕入れた知識によれば、十分な準備を整えた城を攻略するには、三倍以上の兵力が必要とあった。既に、単純な数でも暗鬼はフィルサンド軍の5倍近い。巨鬼や岩鬼は普通の兵士の何十倍という戦力だし、正体不明の巨大暗鬼までいるとなっては相当分が悪い。
「それにもしかすると、シュルズの蛮族どもに追いついて喰らい尽くせば、満足して巣穴に戻るかも知れませんな」
追従するような宮廷魔術師の言葉に、背後でクローラが眉を吊り上げた。見えはしないが、それくらいは分かる。レードは多分、冷笑を浮かべているだろう。
というか。生贄は論外だが、そもそもこの連中はシュルズ族を助けようなどという気はさらさらないようだ。
暗鬼の軍団がフィルサンドに到達する前に私が出て行って片付けるのはまあ良いとして、公爵を説得してシュルズ族を保護させるにはどうすれば良いだろう?
と、考えていると司令室に伝令が駆け込んできた。
「申し上げます。シュルズ族からし、使者が来ました。公爵様との面会を要求しております」
「……この忙しいところに……。どんな用件か言っていたか?」
「使者は、シュルズの族長ルスラスを名乗っておりますっ。わ、若君をっ。バルザード様の身柄と引き換えに領内の通行の安全と食料を要求しておりますっ」
そう、これはミッションを順番に達成していけばハッピーエンドに辿り着ける安いゲームではない。
公爵との交渉のために費やした数日を、シュルズ族のために使えば全く違った状況になっていたかも知れない。
それにしてもこいつは少し混沌とし過ぎではないか。
短くてすみません。
そして前々から気になっていた用語にルビをふることにしました。
「暗鬼の軍団」はレギオン、ということで。安直ですがご了承ください。