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第二の条件

「……」


 私の目は見事なタペストリーに描き出されたフェルデ王国周辺図に吸いつけられていた。

 北方の王国シュレンダルを文明の祖とするリュウス同盟の地図では、フェルデは『東方の王国』とされている。

 だがこの地図では当然、フェルデは中央に位置し、その西にフィルサンド、端っこに戦斧郷が描かれていた。

 南は嵐や海蛇のマークが無数に描きこまれた大海、北は巨大な山地に阻まれ、東は空白地であることを示す灰色で塗りつぶされている。

 フィルサンドを中心に考えれば、北はアンデッドが巣くうという黄昏の平野、南は軍神国ラン・バルトに挟まれ領土を増やそうと思えば山を越えて戦斧郷に攻め込むか、フェルデ本国を飲み込むしかない、という地理的状況である。

 もっとも南の軍神国ラン・バルトとフィルサンドの間の狭い不毛な地域には現在シュルズ族が暮らす、『神の庭』という地があるのだから、拡張する余地が全くないわけではない。



 さきほど何やら閃いた思い付きは、この図を見詰めるうちに私の中で徐々に一つの戦略になりはじめていた。


「どうした? 俺に何かやらせたいことがあるのだろう?」

「うむ……」


 フィルサンド公爵がやや棘のある声で聞いてくる。

 もともと他人の言うことを素直に聞くような人物ではない。

 早く結論を出さなければならないがしかし、確信を持つためにはまだ情報が足りない。

 必死に記憶を探り、『あの辺り』に関して見聞きしたことを穿り返していく。


 そう、ずいぶん前にセダムに色々と説明してもらったことだが……。


「……気が変わった」

「何っ?」

「最初にいった条件……貴方の子供達をまとめるという仕事が果たされてから、第二の条件について話そう」


 うむ。

 拙速は巧遅に勝る、というがあれは現代日本のことわざだ。私は交渉を一時棚上げすることにした。


「……承知した。アグベイルは抑えるし、バルザードとシュルズの女を交換するための交渉もすぐにはじめよう」

「ああ、そうしてくれ」


 『こいつが大魔法使いでなければ串刺しにしてやるところだ』と内心毒づいている公爵に重々しく頷く。

 これでエリザベルの安全は確保できるし時間が稼げる。


「ん、そういえばエリザベルのことはどうする?」

「どうするとは?」

「結婚のことだ。方便なのは分かっているが、どうせなら結婚してくれた方が都合がいいからな。どうせもう抱いてるんだろ?」

「抱いてねーわっ」

「?」


 いかん、思わず素で突っ込んでしまった。


「じ、十代の子に手を出すほど飢えていないからな……令嬢には指一本触れていない」

「もう子を産める年だし何が問題か分からんが……まぁ、貴殿の好みは何となく分かったよ」


 何だか凄いニヤニヤされた。


 とりあえずエリザベルとの婚約のことは有耶無耶にして私はあてがわれた客間へ退却することにした。




「お帰りなさいませ、主様……」


 戦斧郷の客室以上に豪華な客間に戻ると、例によって仲間達が集まっていた。

 ちなみに、フィブルはテッドと新兵三人を護衛に別室。ディアーヌはさすがに厳重な監視のもとに牢に入れている。

 残りの皆は、深夜なのに私を待っていたのだろう、悪いことをした。


 というか、何故かレイハが疲れ切った顔をしている。


「どうした、レイハ?」

「いえ、大したことでは」

「暗殺者ですわよ。貴方が公爵と話しにいってから、公爵夫人から1人、次男から2人暗殺者が送られてきたんですわ」

「それをレイハさんが1人で撃退してまわっていたのです」

「……すみません、やはり私が恨みを買っているようで」


 クローラとイルドが事情を説明してくれた。エリザベルも済まなそうに言う。

 私が戻る直前から、暗殺者や監視の気配は綺麗さっぱりなくなったというから公爵は迅速に動いてくれたのだろう。


「そうか、それは世話をかけたな。良くやってくれた」

「あ、ありがとうございます。流れの主オルリであるマルギルス様の為ならば」

「うんうん」


 片膝をついて恭しく頭を下げるレイハの、薄紫の綺麗な髪をつい撫でてやりたくなるが……おっさんにそんなことをされても気持ち悪いだろうし、肩を叩くにとどめる。




「さて、とりあえず公爵とは話をつけてきた。エリザベルも私達も当面は安全だ」


 と、私は仲間達にフィルサンド公爵との会談の内容を簡単に説明した。

 交易について合意できたことにはみな素直に喜んでくれる。

 ただ。


「……父上は、私のことは何も仰っていなかったのですか?」


 そう、私はあえてエリザベルについて話した内容については告げなかった。

 公爵が半ばゲームの傍観者のように次兄が彼女を狙っているのを放置しました、と私の口から伝える勇気は正直ない。

 いや、勇気がないという言い訳ももちろんあるが、やはり家族の問題を解決……少なくとも改善するためには、当事者同士が話し合うことが最も重要なはずだ。


「私が公爵と合意したのは、まずは次男アグベイル殿の暴走を抑え、次に長男バルザード殿を救出しようということだ。よって、君の安全は保障された」

「そう、ですか。後は、父上から直接聞けばよろしいんですね?」


 『何か隠しているのは分かってますよ』という顔でエリザベルは頷いた。


「ああ。今のところまだ私の婚約者という関係は解消していない。いざとなったら、私をダシに使ってもかまわない。君自身が、公爵から真意を聞き出してくれ」

「そう、ですね。思えば今まで父上と真剣に話をしたこともありませんし……」


 エリザベルはどこか乾いた笑みを浮かべて呟いた。

 こじれきった父と娘の絆を甦らせるような魔法の言葉には全く心当たりはない。そんな良い台詞が似合うような英雄でもないしな。


 だが、父と娘が話をする機会を作ってやったり。状況に応じてフォローするくらいのことはしてやりたいものだ。

 

 彼女自身への同情もあるが、半分は『悪い私』がやったことに勝手に罪悪感を感じている所為でもある。




「それで、同盟の件はどうされますか?」

「一体、公爵にどんな条件とやらを出すつもりですの?」

「うむ。その前に……」


 そう、それを仲間達と相談したかったのだ。

 私がたった数分で思いついた妄想に実現性があるのかどうか皆の知識をもとに検討したかった。

 と、ぐるりとその場の仲間の顔を見回し……。


「こんな時にセダムが居てくれればな……」

「失礼ですわねっ!」




 その後の数日、私達はあーだこーだと議論を交わしたり、フィルサンドの街へ視察にいったり、港を訪れる異国の商人やフィルサンドを拠点とする冒険者達から話を聞いたりして過ごした。

 私などは【飛 行フライ】や【亜空間移動(ムーブアウタープレーン】まで使って日帰りの探索行に出かけることすらあった。

 公爵に示すための『第二の条件』の確証を得るためである。

 その間にも、イルドとフィブルが公爵家の財務官と交易路建設の計画を立てくれるなど、様々な事案は動いていく。公爵もシュルズ族に捕虜交換のための使者を出してくれた。


「……これは、行けるんじゃありませんの?」

「私達が……することが前提だが。少なくとも五年は公爵の軍隊に仕事ができるな」


 と、『第二の条件』が固まり公爵に突きつけようとなった途端。


「主様。フィルサンドの南方にシュルズ族の大群が接近しております」


 ……そう、世界は私達と同様、常に動いているのだ。


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