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公爵との会談 副音声付

「さあ、マルギルス様。こちらへどうぞ」


 侍従長がにこやかに私を案内しようとするのは、フィルサンド公爵その人の隣席だった。

 公爵の横に侍る妖艶な美女も嫣然と手招きしてきた。

 公爵は私を『婿』と呼んだということは、エリザベルと私の法螺はすでに彼の耳に入っているのだろう。自分達で言い出したことだけに、これを無視するのは難しい。


《こいつが隕石の雨を降らせてカルバネラ騎士団やリュウス同盟を屈服させ、巨人の兵団で城を築き、巨竜で蛮族を蹴散らす大魔術師……いや、大魔法使い、か》


 友好的な笑みを浮かべる公爵は、じっくりと私を値踏みしているようだった。


《この覇気のない表情……。せいぜい、魔術師ギルドの下級役員くらいにしか見えん》


 大きなお世話だ。しかし正解だよ。


《しかし、俺と俺の軍団を前にしてこんな呑気な顔ができる下っ端がいるか?》


「さあ、遠慮はいらん。娘がずいぶんと世話になったようだしな」

《さあ、こちらから対等の席は用意してやったぞ。そちらはどう出る?》


「いや、待ってほしい」


 対等なのは構わないが、彼の義理の息子になるのは危険過ぎる気がする。

 いま、彼がこちらを値踏みしているのならば、私が理性的で平和を望む人間であると理解してもらわないとだ。


「ご令嬢のことについては貴方と相談しなければならないことも多い。私にはまだその席に着く資格はないな」


「ふむ。……貴殿がそういうならそうなんだろう」

《やはり対等な立場など望んでいないか。自分の方が上でなければ気が済まないというわけだな》


 なんでそうなる。

 こいつの目はガラス玉かよ!? と毒づきたくなるが……。


 公爵は私がカルバネラ騎士団やレリス市と同盟を結んだ経緯を、『力で彼らを従属させた』と受け取っている。確かに白剣城では話を信じさせるために【隕 石メテオ】を使った。レリス市では大金をばらまいて評議長を顎で使ったりと、そうとう傍若無人に振舞ったのも事実だ。

 そこだけ見れば、私が力ずくで弱者を屈服させている、と言えなくもない。



 もういっそ、会社員時代を思い出してへこへこ頭を下げまくりたくなってくるが、これまで築いた『大魔法使い』のブランドイメージを破壊するわけにもいかんしな。


「……なので、私はこのまま。この場で話をさせてもらいたい。突然訪問したのはこちらだし、気を遣わないでもらいたいな」


「いやいや、俺の剛毅城はいつでも賓客をもてなす準備はできているさ。気が付かなくて悪かった」

《機嫌を損ねさせたくなければ精一杯もてなせということか。くそ、分かったよ》


「侍従長! 何をやっている! マルギルス殿と御家臣をもてなす宴だ! すぐに準備しろ!」




 公爵の命令は迅速に実行された。

 広間には巨大なテーブルがいくつも運び込まれ、その上には山海の珍味が山の様に並べられている。

 楽師たちが優雅な曲を奏で、薄絹をまとった美女が舞う。


 私は結局、テーブルの一辺に公爵と並んで座ることになった。婿ではなく、客としてだ。

 両側には私の仲間達(エリザベルも末席に居心地悪そうに座っている)と、公爵の部下達がずらりと並んでいる。公爵の部下の中には10レベル以上の戦士や盗賊もちらほら見られたから、彼の軍が精鋭というのは間違いないだろう。


 ついでというわけではないが、列席している騎士団長や宮廷魔術師の意識を読んでみると……。


《ただの貧相なおっさんにしか見えない……俺の実力では測れないほどの力の持ち主ということか?》

《魔力はまったく感じない。だが、公爵の密偵の情報が確かなら古の初代魔術師ギルドマスター以上の使い手だろう。少しでも怒らせたら私など消し炭にされる……》


 という感想だった。部分的に正しい見え方をしているものもいたが、概ね公爵の態度に引っ張られて私を凶悪な暴君だと認識しているようだ。


「大魔法使い様、さぁ、どうぞお飲みになって?」

「……ああ」


 ほとんど半裸といっていいほど露出度の高い給仕娘が私の杯に酒を注ごうとしてきた。

 目のやり場に困って横を向くと、上機嫌(な風を装った)公爵が話しかけてくる。


「さて、何から話したものかな? 俺からも貴殿と語りたいことは山ほどあるのだが……まずは礼儀として、貴殿の用件を教えてもらえるか?」


《ふん。女には目もくれないか。ダークエルフに女魔術師……エリザベルにまで手を出している。女好きなのは間違いないんだがな。乳がでかいのが好みかと思ったが……十分間にあっているということか?》


 相手の考えていることが読めるというESPメダルは、交渉には卑怯なほど有効なアイテムなのだが……こっちの心が大ダメージを受けている。


「す、すまないな。ではこちらの用件を言わせてもらおう。まず、あちらのフィブル殿、つまり戦斧郷のドワーフとジーテイアス城双方からの提案なのだが……」


 フィブルとイルドにも補足してもらいながら、レリス市、ジーテイアス城、戦斧郷、フィルサンドを繋ぐ新たな交易路の開発計画について説明する。

 すでにある程度の情報は持っているはずだが、公爵は驚いたような顔をした。


「ほう。そいつは願ってもない話だな。戦斧郷やリュウス同盟からの品が届くとなれば、フィルサンドの港はさらに栄えるだろう」

《情報では聞いていたがこんな話もできるとはな。暴力だけでなく金の力の重要性も理解している。……こいつの力があれば本当にフェルデを奪えるぞ……》


 このままだとフェルデ王国への反乱の片棒を担がされるのか……。

 交易路は惜しいが、やはり彼に深入りするのは止めた方が……。


「ん? すまんな。マルギルス殿には刺激が足りない余興だったか? おい、その楽師どもを引っ込めろ! 地下牢の囚人と、この前捕獲したモンスターを連れてこい! 殺し合わせろ!」


 微かにため息をついた私を見て誤解した公爵が、とんでもないことを言い出した。


「いやいやいや。そんなものは別に見たくない。それより、今の楽の音に舞が素晴らしかった。あまりに良かったので感嘆のため息をもらしたのだ」


「……そうか? ならば良いのだが。……おい、続けろ!」

《そういえばこいつはモンスターを自在に使役するんだったな。そんなショーは見飽きているということか。まったく、トボけた顔をして恐ろしい男だ》



 なんとなく、分かってきた。

 別段、公爵は頭が悪いわけではないだろう。いやむしろ、優れた頭脳と情報網を持っている。ただ彼の信条と合理性が、私のように『力があるくせにそれを自分のために使わない』という人間の存在を想像できないのだ。


 まだ彼とは話すことがいくつも残っている。

 下にも置かない歓待を受けながら、私はそっと胃を押さえた。


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