決闘
「なあレード君」
「……なんだ」
「このシュルズ族ってのは戦族の分家か何かかね?」
「聞いたこともない」
「しかし戦族の巫女とやらが、彼らの占い師と同じようなことを言っていたようだが?」
「知るか。やっぱりお前が暗鬼か暗鬼崇拝者だってことじゃないのか?」
【力場の壁】を挟んでシュルズ族の女戦士ディアーヌと向かい合う私達。
彼女の口から飛び出した『宣託』は、つい先日戦将カンベリスから聞いたのとほとんど同じ内容だった。
驚くよりもうんざりした気分になった私は、つい隣の巨体を肘でつついてしまう。
そのレードの陰に隠れているエリザベルは、不審そうな顔をするものの口を挟んではこない。代わりにしっかり耳を澄まし、目を開いて私や仲間達、ディアーヌらの様子を観察していた。
「偶然にしてはさすがに出来すぎてますわね」
「えっ。クローラさんっ!?」
「……うむ……」
思案気に呟くクローラにイルドが驚くが、私も同意して頷く。
「ここまでくると、マルギルスを暗鬼に仕立て上げようとする何かの意図があるとしか思えませんわね」
「……そうかも知れないな」
この世界の常識に則って考えれば、あちこちで預言やら宣託がでているということは、それが真実だということだ。
しかしクローラは、その可能性をきっぱりと切り捨てた上で一番ありそうな想像を口にしてくれた。私自身にはまだ完全に自分が潔白だという確信はないが。
「おいこらぁ! いつまでくっちゃべってるんだ! 質問に答えてやったんだから出てきやがれ!」
しみじみした気分を、壁の向こうの『武の頭』がぶち破った。
彼女にしてみれば私は暗鬼か暗鬼崇拝者なのだから、早く退治したいのは山々だろう。
しかし実は私も、今まではただ穏便に彼女達シュルズ族を追い払えれば良いと思っていたがそうもいかなくなった。
是が非でも彼女に詳しい話を聞きたい、本当なら、『占い師』とやらのところまで押しかけて問い詰めたいところだが流石にエリザベルとフィブルを連れて敵対勢力に乗り込むわけにはいかない。
「ねぇ兄貴? なんでマルギルス様は巨人を呼んだり隕石おとしてさっさとこの連中をやっちまわないんです?」
「そうっすよ。マルギルス様なら一発でしょ?」
ぎゃあぎゃあと喚くディアーヌを横に少し考え込んでいると、力場のドームの隅でフィブルを守っているテッドと新兵三人組の会話が耳に入ってきた。
「なにいってんのっ。マルギルス様にはマルギルス様の考えがあんだよっ」
「どんな考えっすか? いくらあいつらの人数が多くても、大人と子供の喧嘩みてーなもんなのに……」
「それが浅いんだってば。大人と子供が喧嘩したって、大人はいきなり全力で子供を殴ったりしないだろ?」
……ふむ、そうだな、大人と子供か。精神年齢ではなく戦力の話ならそのとおりだ。
大人と子供の喧嘩だとしたら、大人が子供にわざと負けてやるか、同じ土俵にも立たず一方的な大人の威圧で黙らせるか、だ。……真面目に喧嘩するのは論外としての話だが。
「いい加減にっ……」
額に青筋を浮かべ、とうとうまた神剣を引き抜こうとしたディアーヌに私は片手をあげた。
「提案がある。……これが最後だ」
「…………良いだろう……言ってみろ。くだらねーことだったら、今度こそその壁ごとぶった斬る」
「決闘だ」
「……は?」
「ちょっ……マルギ……」
私の台詞を意外に思ったのはシュルズ族よりもむしろ仲間達だったようだ。
何か言いかけようとしたクローラにも、掌を向けて黙って貰う。
「君と私の決闘だ。君が勝てば私の首を持って行きたまえ。私が勝ったら、君には捕虜になってもらう」
「……お前が俺と? そのデカブツか、そっちのエロい女じゃねーのか?」
「ああ、私が相手だ」
デカブツとエロい女……いや、レードとレイハはそれぞれ嫌そうな顔とやりたそうな顔をしたが、首を振っておく。
「……まぁ良いぜ! 俺が勝ったらお前の首は貰う! せめて、仲間は見逃してやるから安心して斬られな!」
「それは助かる。私も、君の仲間には手を出さないことを約束しよう」
「馬鹿か、あいつは。姫……いや武の頭に勝てると思ってるのか?」
「神剣の錆になるだけだぜ……」
銀髪の女戦士は嬉々として……むしろほっとしたように言った。
周りのシュルズ族の戦士たちも、彼女の力量を信用しているのだろう、すでに勝負は見えたという態度だった。
決闘の条件を取り決めてから、【力場の壁】の隙間から外に出ようと身を屈めた。……と、レードの陰からこちらを見詰めるエリザベルと視線が合う。
「……大丈夫、なんですよね?」
私の力はごく一部しか知らない彼女だ。心配した方が良いのかどうか分からない、という顔をしている。
考えてみれば、ほぼ見知らぬ他人に命を預けて虎口に飛び込もうというところにこの騒ぎだ、彼女も大変だよな。
「心配いらない。すぐに終わる」
「あっ……」
同情のあまり、つい彼女の頭を撫でてしまった。対等な同盟者として紳士的な態度とは言えないな。
「すまんすまん。まぁ、そこで見物していたまえ」
「そうですわ。この男が負けるとか死ぬとか、そんな心配はするだけ無駄というものですわよ」
「……っ……っ」
クローラがエリザベルを背後から優しく抱きしめ、後ろに下がる。
……そのはずだが、クローラの腕が微妙にエリザベルの気道にはまっているように見えるのはきっと錯覚だろう。
「待たせたな」
「……おぉ、待ったぜ……」
力場の壁は透明なので実際にその効果範囲から出たかどうかは見た目では分からない。しかし、仲間達から十分離れた私にディアーヌは喉から唸るような声を出す。
ジオ・マルギルスの技能には『武器戦闘:クォータースタッフ:中級』とある。これは、『D&B』のレベルでいえば中級、つまり4~12レベル程度の戦士と同程度の技量を表している。
もちろん、この技能は純粋にクォータースタッフを使うだけのものなので、体力や防御力などは本職の戦士に遠く及ばない。
私自身には、武道の心得など全くない。が、カルバネラ騎士団の訓練に付き合ったり、レードやレイハの戦いや訓練を間近で見たりと多少は戦士を見る目は肥えてきたと思う。
その、私の目から見てシュルズ族の女戦士の技量は……まあレードやレイハよりは弱いだろう。それで問題ない。
「すまないな。ではさっそく始めよう。……かかってきなさい」
私は極普通に突っ立ったまま片手をひらひらさせて彼女を挑発する。
「魔術師風情が……舐めやがって……」
彼女は神剣を鞘から抜き放ち、垂直に立てた。
白銀の刀身にまとわりつく虹色のオーラは、さきほどよりもより大きく強く輝く。頭上まで伸びる光がゆらゆらと踊る様は、確かに蛇を連想させた。
「……この呪文により……」
彼女が剣を抜いたので決闘開始を判断するとさっそく呪文を唱え始める。
呪文が発動するまでは、十秒。
もちろん、彼女が私に虹色の神剣を十回は叩きこめる時間だ。
「ダーヤアッ!」
シュルズ族独特の気合の叫びを上げ、彼女は地を蹴った。
だが。
「なにっ!?」
振り下ろされた神剣は、私の頭上30センチほどので見えない『何か』に受け止められた。
【見えざる悪魔】。
どちらかといえば本来は、逃げた敵を追跡させるとか殺すとか、攻撃的な用途の呪文である。しかし、『見えない悪魔を長期間拘束して一つの仕事をさせる』という効果は、このように防御に使っても絶大な効果を発揮する。
今回は、『私に命中する攻撃があればこれを防げ』という命令を与えていた。
ちなみに、廃村へやってくる前、自分自身だけでなくエリザベル、フィブルにも同じ呪文をかけている。
「てめっ! このっ! 何だよこれはぁっ!」
銀髪の女戦士は憤怒の形相で神剣を振るい、上から下から斬り込んで来る。
だが神剣は全て私に触れることなく、見えない悪魔によって寸前で受け止められ、はじき返された。
悪魔のレベルは14。並の戦士の攻撃ならいくら強力な魔剣を使ってもダメージなど与えられない。逆に、レードあたりが相手だったら、悪魔はせいぜい最初の攻撃を防いだだけで消滅してしまうだろう。
ちなみに、悪魔は徐々に切り裂かれ弱っていくので、ディアーヌの実力も常識的な範囲の中でならかなりのものなのだろう。
実際その獣のような視線と殺気はかなり堪えた。
暗鬼の桁外れの憎悪やレードなど一流の戦士を間近で感じてこなければ、脚が震えるくらいではすまなかっただろう。
「……雷と嵐と海の化身……を造り出し30分の間使役する。【全種怪物創造】」
しかし私は呪文を唱えきった。
頭上、かなり上方に凄まじい圧迫感を感じる。
実際、私とディアーヌ、いや周囲を覆うような巨大な影が生まれていた。
『キュオオオォォォ!』
甲高く、重い、全身がびりりと震えるような咆哮。それも、天から降ってきた。
「な……ん……だ……?」
ディアーヌが、シュルズ族の戦士が、仲間達も頭上を振り仰ぐ。
その視線を跳ね返すように、青い巨体が私の背後に落下して地響きを立てた。
『ギュウオオオオオォォォ!』
ディアーヌの視線が私の背後へ向き、徐々に上がっていく。
彼女の、この場の私以外の全員の目には映っているのだ。
32レベルモンスター、『紫電の巨大青竜』の巨躯が。