武の頭
矢が風を切って飛ぶ音は後から聞こえてきた。
狭い廃村の中心部にあたる広場だ。遮蔽物はないし、近くの建物まで10メートル以上ある。
さらに射手がどこに潜んでいるか分からない。
いや、広場を取り囲む焼け崩れた建物の影から影に人影が素早く移動していくのがちらりと見えた。
レイハの報告を聞いてからここに到着するまでに小1時間はかかっている。その間に襲撃者が罠を張っていても不思議ではない。
念のためにエリザベルとフィブルに防御の呪文をかけておいて良かったという安堵とともに、まだ見通しが甘いという後悔が沸きあがった。
いやいまはそれどころではない。
「ダーヤー!」
「ハイヤー!」
異様な叫びとともに、周囲の物陰や建物から5、6個の人影が飛び出してきた。
革や毛皮の防具に、手斧や槍を構えている。
怒りに満ちた形相だったが彼らは……。
「彼らはシュルズ族の兵士です!」
「人間だ! 殺すな!」
エリザベルの悲鳴交じりの声と、私の指示を聞く前に仲間達はとっくに行動を起こしていた。
「ウィンドウォール!」
クローラは杖を掲げて風の障壁を周囲に張り巡らせて矢を防いでいる。
テッドは盾を掲げ、怯える新兵達にも円陣を組ませる。円陣はエリザベルとクローラ、フィブルを守る形だ。
レイハは物騒というか不気味な形状のダガーを両手に構えて私を庇ってくれていた。
そして、レードは巨大な剣を構え、突っ込んでくる戦士たちへ大きく踏み込んでいた。
「ぎゃあっ!?」
私の叫びが耳に届いたのかどうか、レードは剣の平で先頭の戦士の脚をなぎ払った。足元で爆発でも起きたみたいにそいつは吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
「ぐえっ!?」
「ごふっっ!?」
大剣は一瞬も停止せずそのまま回転し、続けざまに二人目、三人目の戦士の頭や胴をぶっ叩き一撃で戦闘不能にしていく。
圧倒的な巨体+大剣のリーチは槍以上で、戦士たちは自分の武器の間合いに入る前に吹き飛ばされていった。
凄まじいまでの戦族の豪腕を横目でみながら、私はいま使うべき呪文を選択した。
クローラの魔術は長続きはしない。まずは飛び道具を防ごう。
「レイハ! 十秒守ってくれ!」
「御意」
フィブルとエリザベルの回りはテッドと新兵三人が円陣を組んでまもっているし、後回しにされているのか敵や矢が向かっていない。それを確認して私はレイハに指示した。
私に向かってくる数人の戦士へ、レイハは低い姿勢で突っ込んだ。その姿は鎖から放たれた黒豹のようだ。
「ダークエルフがぁ!」
「死ねっ!」
斧と槍がレイハ目掛けて突き出され……る一瞬前に、彼女の褐色の身体は宙に飛んだ。
戦士たちには彼女の姿が掻き消えたように見えたかも知れない。
「シャッ」
「がっ」
現代風に言えば後ろ飛び廻し蹴りか。
綺麗に伸びた脚のかかとが斧を持った戦士の顎を打ち抜く。隣の戦士がようやく彼女の動きに反応して槍を向けようとするが、レイハはあっさりと槍の内側に踏み込んで前蹴りを叩き込んだ。
「~~っ!?」
股間を思い切り蹴り上げられた戦士は相棒のあとを追って地面にぶっ倒れた。
残りの戦士たちも武器を突き出し、振り下ろしていくが、一瞬たりともその場に留まらないレイハの動きを捉えることはできなかった。
逆に次々と喉や股間を叩き潰され、手足を切り裂かれて無力化されていく。
明らかに殺意に満ちた集団を相手に殺さぬよう指示したことに一抹の不安はあったが、やはり彼らの実力なら問題なかったな。
『殺さなければ殺される』状況での正当防衛以外では、なるべく人間は殺したくない。
「いいぞ! 私の側へ!」
『内界』の私が混沌のエネルギーを解放した瞬間、私はレードとレイハに叫んだ。
二人はそれぞれの相手を蹴倒し、張り飛ばし、飛び退って一瞬で私の目の前に壁のように立ってくれる。
「この呪文により我等を守る力場のドームを造り出す。【力場の壁】」
そして呪文が完成し、透明な力場のドームが私達を守る要塞となった。
「逃がすかっ……ぐえっ」
降り注いでいた矢が空中で弾き飛ばされるのをみて、クローラが杖を下ろしてため息をついた。
レードやレイハを追って突っ込んでいた戦士達も、矢と同じく透明な力場に激突してひっくり返る。
「危うく魔力が切れるところでしたわ……」
力場から出られなくなると間抜けなので、ドーム状といっても一部には切れ目を入れている。もともと透明なので相手に気付かれることはないが。
「ありがとう、助かった」
「ふん」
「お褒めに預かり……しかし、私の偵察が甘かったためにこのようなことになり、申し訳ございませんっ」
「いや、それは良い……」
平伏するレイハを宥めながら、周囲の戦士……シュルズ族の様子を確認した。
力場の壁を殴ったり矢を射掛けたりしていたが、すぐに破壊不能であることを悟ったようで、いまは包囲陣を敷いてこちらの様子を窺っている。
「やれやれ。これで話ができるかな……」
「彼らの狙いは私だと思いますけど……どうされるつもりですか?」
エリザベルが青ざめた顔で私を見上げた。
確かシュルズ族というのは、昔フィルサンドに住んでいて、現在のフィルサンド公爵とその軍に追い払われた人々、だったか。今でもフィルサンドを襲撃しているし、エリザベルの兄も彼らとの戦いで死んだという話だったな。
エリザベルが彼らを見る目にも、やはり憎しみの色が強い。
「……とりあえず話してみなければ始まらないな」
「はい……」
と、私達を取り巻く戦士達が左右にわかれ、そこからいかにもリーダーらしき豪華な装備の人物が現れた。
白い毛皮で飾られた防具に、腰には長剣を装備していたが目をひいたのは……。
「俺がシュルズ族の武の頭、ディアーヌだ! お前らの中にジオって奴がいるな!? ジオ・マルギルスだ! そいつを出せば他の奴は見逃してやる!」
『武の頭』という戦士は銀髪をショートカットにした少女だった。
しかも、赤い目といい顔立ちといい、髪と肌の色以外、背中に庇ったエリザベルと生き写しといって良いほど似ている。
「ちょっと! 何でここでマルギルスの名前が出るんですの!?」
「あ」
対照的な雰囲気を持つ二人の少女を見比べていた私は、クローラに言われてもう一つの驚くポイントにやっと気付いた。