偽り対偽り
エリザベルは『父親の真意が知りたい』と言った。
彼女の命を狙っているのはフィルサンド公爵なのか? 我々の目的を考えるとかなり痛い事実だな。
まぁ、だからといって今更彼女を見捨てられるわけもない。
「一つだけ、いまお聞きしたい。貴方は命を狙われるような罪を犯したのか?」
「生まれてきたこと以外は、何も」
14、5才の女の子が気負いも気取りもなくこんな台詞を言うのだから、この世界はどうかしている。
「エリザベル・ローニィ・フィルサンディア。これより、魔法使いジオ・マルギルスは貴方の同盟者だ」
「さて……」
いろいろと聞きたいことや相談したいことは山積みなのだが……。
「見えたぞー!」
「急げ!」
魔術の明かりは隠すべくもない。騎士たちはもうすぐにここにやってくるだろう。
「マルギルス様? この後は如何されますか?」
「……すまないが計画は何もないな。逃げることも彼らを捕らえることも可能ではあるが……貴方により良い案があれば任せる」
誰より事情を分かっているのは彼女だ。この場を上手く切り抜けられるアイディアを出してくれるかも知れない。
令嬢は数秒考え込んだが、すぐに頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、一芝居打ちますので……ご助力お願いしますね?」
少女はそういうと、極上の笑みで騎士たちを迎えた。
「エリザベル様っ……お探ししましたぞっ」
「もう逃げられ……えっ!?」
夜道としてはかなりの速度で駆けてきた馬から真っ先に飛び降りてきたのは、やはりアダートだった。
次々と下馬して私達を取り囲もうとする騎士たちもすでに抜刀していたが、一緒にいるのが私だと気付いた瞬間全員の表情が固まった。
「マッ……マルギルス……殿?」
「馬鹿な、どうやって……いや、何故、ここに!?」
私が先回りしていたことにも驚いているようだが、彼らは恐らく巨大魔虫を使役する様子も見ていたのだろう。明らかに怯えた表情になっていた。
「……さあ、何故だろうな」
一芝居といったが、エリザベルは彼らとどう交渉するつもりなのだろう?
私はとりあえず大物感でも出しておこうと、余裕のある笑みを浮かべ(たつもりで)彼らの質問をはぐらかす。
「姫……御1人で外に出るなど軽率すぎますぞっ」
アダードは片手を振って他の騎士たちに剣を納めさせると、エリザベルの前に膝をついていった。言葉はまともだが、語気や目つきは苛立ちを全く隠せていない。
とはいえ、なりふり構わず私の前で彼女を殺害するほど理性を失っているわけではないようだ。
「さあ、私の馬にお乗りください。早く戻りましょう」
「……嫌です」
「へっ?」
騎士の強い声を公爵令嬢は涼やかに一刀両断した。拒否されるのは予想していただろうが、あまりにもきっぱりした言いっぷりにアダードは口をあんぐり開けた。
「心配してくれるのは嬉しいわ。それに、迷惑をかけてごめんなさい。でも……」
彼女はアダードを『忠実な騎士』として扱っている。
ここで強硬手段に出ても私が邪魔になるので、彼らもその演技を続けるしかない。ただ、その設定ではいつまでも騎士たちを遠ざけておくことはできないが……。
「私はこの方と離れたくないんですっ」
「……っ!?」
エリザベルの『一芝居』について考えていると、彼女はいきなり私の腕に強く抱きついていた。
腕を組むとか、腕を掴むという穏当な状態ではない。かなり豊かな胸を押し潰さんばかりの密着度である。一瞬、反射的に腕を引き抜いてバックダッシュしそうになるが、奥歯を噛み締めて踏みこたえる。
なんとなく彼女のシナリオが分かってきたが……おい、これは私ももしかして嵌められてるんじゃないか?
一方、騎士たちは当然、私以上に驚愕の表情を浮かべている。アダードも立ち上がり、思わず剣の柄に手を置いていた。
「エ、エリザベル様っ!? それは一体……どういうことなのです!? いつの間にマルギルス殿を……」
むう。
『を』、か。
マルギルス殿『と、そのような関係に?』ではなく、マルギルス殿『を、垂らしこんだのか?』とでも聞きたかったのだろうか。だとすれば、アダードもそれなりに彼女や状況を見て推測できているということだが。
……悪いがその推測よりも遥かに私はお人好しなんだ。
「まぁ、無粋ねアダード。乙女が恋を覚えるのに時間は関係ないのですよ?」
「マッ、マルギルス殿っ! 一体どのようなおつもりかっ!?」
「……」
アダードは非難の矛先を私に向けた。
最近、大魔法使いとしてかなり図太くなってきたという自信はあったのだが、さすがに子供に手を出す好色男の役は勘弁してほしい。
かといって否定すると彼女を引き止める口実もなくなる……だからアドリブは苦手なんだ。
「黙りなさい、アダード! 私とマルギルス様はすでに婚約の約束を交わしているのです! これから、お父様に許可を頂きにフィルサンドに戻ります!」
「!?」
「「……っ!?」」
確かに恋に盲目になった令嬢のワガママ、となればある意味で理屈は通る。騎士たちにやましいところがなければ、これを一喝して力づくで連れ帰ることもできるのだろうが、相手が私ではそれも不可能だ。万一、私ごと彼女を暗殺しようとするならば、むしろ好機というものである。
婚約などというのは、あくまでも私が彼女と同行するための口実に過ぎない……というのは後から令嬢に聞いた説明だ。
しかしとりあえず、このとき騎士たちと一緒に噴き出さなかった自分を褒めてやりたい。