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シュレディンガーの令嬢

「夜分失礼する。こちらはフィルサンド騎士団のものだ。我らが護衛するフィルサンド公爵令嬢エリザベル様の姿が見えないのだ。そちらの部屋をあらためさせていただきたい」



 ドアの向こうからは、予想もしなかった言葉が返ってきた。

 思わず顔を見合わせるが、誰もが困惑の表情だ。


「そのよ……」


 いつものように貴族的な鋭い一喝を発しそうになったクローラを、片手を上げて制止する。

 それから、皆に重々しく聞いてみた。


「一応念のため聞いておくが……。この中に公爵令嬢の居場所を知っている者は?」

「「……」」


 当然、全員が一斉に首を横に振った。もちろん私にだって心当たりはない。

 ちなみに、テッドと新兵三名は私とは別の階層の客室を割り当てられているのでこの場にはいなかった。


「捜査には協力しよう。だが事情の説明はしてくれるのだろうな?」

「もちろんだ」


 この返事で、私が彼らを室内に入れるつもりであることを悟った仲間達は無言で奥へ戻り、それぞれ自分の武器や装備を手に取った。良い判断である。


 レイハが恭しく差し出してくれたウィザードリィスタッフを受け取ると、彼女に向かって頷く。


「今、開ける。くれぐれもマルギルス様に無礼のなきように」

「失礼するっ」


 触れれば切れそうなほどに冷たい声で告げたレイハがドアを開けると、軽装の鎧を身に着けた騎士たちが部屋に入ってきた。


「……いないっ」

「こっちもだ」


「ご迷惑をおかけして申し訳ない」


 数名の騎士が奥の寝室や別室(どうやら私はVIP扱いらしく客室もスイートも真っ青の間取りだった)を確認する間に、年長らしい騎士が事情を説明してくれる。


「我々はフィルサンドの『星の盾』騎士団。私は正騎士のアダードと申します。1時間ほど前からエリザベイル様の姿が確認できないのです。護衛についていた二名の騎士からも何の連絡もなく……こうして周辺を探索している次第です」

「……ふむう」


 最初の一言とだいたい同じくらいの情報量しかなかったが、彼らもまだ状況が掴めていないのかも知れないな。


「この広い戦斧郷の中で数時間ほど姿が見えないからといって、心配しすぎなのではなくて?」


 クローラが両手を腰にあてて、さも不機嫌そうに言った。

 まぁもっともな意見ではある。どちらかといえば警官の捜査に協力しているような感覚だったのだが、私の立場を考えれば文句の一つも言っていい場面ではあるのか。


「それが……いえ、姫様はフィルサンドの要人であるため、いつ命を狙われてもおかしくないのです。フィルサンド公からも、一時たりとも目を離すなと厳命されていたというのに……」


 エリザベイル嬢を心配しているのだろう、正騎士アダードは顔色を青ざめさせて呟いた。

 それにしても、命を狙われているとは穏やかではないな。明日には彼女とフィルサンドとの交易について相談しなければならかったのに、実にタイミングが悪い。

 いや、そうでなくても年端もいかない少女(たとえ、ほとんど見ず知らずの相手だとしてもだ)の命が危ういというなら、彼らに協力すべきだろう。


「アダード殿。もし良ければ、我々もエリザベル殿を探すのに協力しようと思うがどうかな?」

「なっ……?」


 アダードは虚を突かれたように目を見開いた。そんなに驚くことか?


「いや、それは……すでにご迷惑をおかけしておりますし。姫様の安全を守るのは我らの務めでありますから」

「ふむう?」


 いや、ここは断るところなのか?

 そういえば騎士というものは、カルバネラの人々しか知らないのだが、彼らは少々特殊だからな……。この世界セディアの騎士はこんな感じで融通が利かないのだろうか。


「しかし一番優先するべきなのはエリザベル嬢の安全ではないか? 捜索の役に立つ魔法に心当たりもあるのだが……」

「それは、その……。失礼だが貴殿には何の得にもならないと思うのですが……」

「私は明日、彼女にとある交渉をもちかけようと思っていたのでね。居なくなられると困るのだ」

「なるほど、しかし……」


 なんだこいつ、怪しいな。というかこれは、護衛のはずの騎士が令嬢を狙ってるパターンだろ。

 『ESPメダル』を手にしておけば良かったが、あれは背負い袋と一緒にクローゼットの中だ。


「アダード殿っ」


 私がジト目でアダードを睨んでいると、新手の騎士が部屋に飛び込んできた。


「……がっ……でしてっ。……いま、…………していますっ」

「そうか、分かったっ」


 新手の騎士はこちらに聞こえないようにと、アダードに小声で耳打ちしていたが……私がちらりと視線を向けると、レイハは微笑んで頷いていた。


「失礼したっ。マルギルス殿。姫の居場所が判明したようだ。今から我らがお迎えに行ってまいりますので。今回の非礼は機会を改めてお詫びいたします、ではっ」


 よほど居心地が悪かったのだろう、アダードはこちらが口を挟む暇を与えぬ早口で言い終えると、騎士たちを率いてさっさと部屋を出て行ってしまった。





「何ですの、あれは!? 『怪しさ』という題名の道化の寸劇を見ている気分でしたわ!」

「どう見ても、エリザベル姫を案じているという風ではありませんでしたね」


 クローラとイルドも私と大体同意見のようだった。レードも仏頂面だ。


『護衛の2人が見つかりましたがっ。薬を盛られたようでしてっ。姫様は馬で戦斧郷の外へ逃走したようですっ。いま、追撃の準備をしていますっ』

「なんだなんだ?」

「先ほどの伝令がアダードに連絡していた内容です、主様」


 さっき報告に来た騎士そっくりの若い男の声が聞こえたので振り返ると、レイハが微妙に自慢そうな笑みを浮かべていた。そういえば彼女は聞き耳だけでなく演技の達人でもあるんだった。


「良くやった、レイハ」

「あ、ありがたきお言葉っ」


 しかしこれは、どうしたものか?

 どうやら本当にあの騎士団が令嬢の命を狙っている……少なくとも令嬢自身が『逃走』するような目的を持っていることは確かだ。


 事情は少々変わったが、子供が殺されるかも知れないというときに何もしないわけにはいかない。

 転移したばかりの頃なら、積極的にトラブルに首を突っ込むことにはかなり迷っただろう。しかし、大魔法使いとしてこれから世界を相手にするのなら、これしきのことに怯んでいる場合ではない。しかしもちろん、闇雲に『正義の味方』をやればいいというわけではない。


「意見を聞かせてくれ。エリザベルを助ける方が我々にとって利益になるのかどうか」


「詳しい事情が分かりませんので、難しいですね。もし彼女がフィルサンドの法を犯しているなら、庇うことはマイナスになるでしょう。逆に、騎士団……か、その背後にいるもの……が彼女を謀殺しようとしているなら、助ければフィルサンドに恩を売れます」

わたくしとしては、事情がどうであれ彼女の身柄を確保しておくメリットの方が大きいと思いますわ。支配者の血族というのはそれほど重要な存在ですもの」

「俺に聞くな」

「全ては主様の御心のままに」


 確かに事情が正確に分からないのが痛いな。状況と雰囲気から想像するのは、薄幸の令嬢とそれを狙う悪役という構図だが。可能性だけでいうなら、エリザベル嬢が殺人鬼だったり国を裏切ったりしていることだってあり得るわけだ。


 つまり、助けてみなければ令嬢の本当の姿は分からないということだ。



「分かった。では質問を変えよう。エリザベルを助けるべきだと思うか?」


「そりゃあそうでしょう。モーラと大して年の変わらない女の子ですよ?」

「むしろ、見捨てるという選択肢があると思っていらっしゃるのかしら」

「勝手にしろ」

「全ては主様の御心のままに」


 全く予想通りの返事をする面々を見て、私はにやけそうになった。

 ここで少女を見捨てるという選択ができるくらいなら、みなもう少し堅実な人生を歩んでいるはずだ。

 もしも、本当に彼女が犯罪者だとしたら、フィルサンド公爵に詫びを入れねばならないが……その時は改めてこちらで彼女を捕えるしかないな。


「では、我々はこれからエリザベル嬢を救うために行動する」


 私は頭の中で、闇の中一騎駆ける公爵令嬢を発見し追いかけるための呪文の検索を始めていた。

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