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公爵令嬢 (三人称)

 フィルサンドはもともとシュルズという古代王家の血筋を称する部族の都であったが、フェルデ王国に侵略され、フィルサンド公爵の支配下になった。

 これが今から20年ほど前のことだ。

 シュルズの民は多数が南方に逃れており、現在でもフィルサンド奪還を悲願として襲撃を繰り返しては撃退されている。



 エリザベル・ローニィ・フィルサンディアは15年前、フィルサンド公爵とシュルズ族の姫との間に生まれた。



 シュルズ族の姫、シェーラはフィルサンド攻略戦の最中捕虜となった。

 公爵は彼女を第二夫人として娶り、フィルサンドを支配するものとしての正当性を高めようとしたのである。


 母にしてみれば恨んでも恨みきれないのが父だ。

 幸い、母はその憎しみをエリザベルに植えつけようとはしなかったが、母の葛藤を間近で見て育てばどうしたって父への感情はマイナスになる。

 それでも、父がそれなりに母やエリザベルを慈しんでいたことは間違いない。生活は第一夫人やその子達とさほど変わらない水準だったし、教育も受けることができた。長兄は特に優しく接してくれた。


 だから彼女も見たこともないシュルズ族よりも、生まれ育ったフィルサンドのために外交官として働くことを希望し、実際これまで身を粉にして働いてきた。




 もともと、エリザベルが戦斧郷へやってきたのは商談――シュルズ族が立て篭もる砦を攻撃するための攻城兵器の発注――のためである。

 ドワーフにとっては人間の戦争など興味の対象外であり、もともとフェルデ人がドワーフを侮っていることもあって交渉は難航したが、彼女はやり遂げていた。


 たった15歳であるが、彼女は3年前から公爵の代理人として本国や南の軍神国ラン・バルト北方の王国シュレンダルにまで出向いてはいくつも商談や条約をまとめてきた実績の持ち主である。


 もちろん、元から交渉の実権を持たされていたわけではない。最初は本当にただの名代、お飾りとして隊商や交渉団に同行していただけだった。

 しかし彼女は、どこから見ても魅力的で無害で無邪気な少女、である自分の力を十分理解していたのである。


 例えば一週間ほどかかった今回のドワーフたちとの交渉は、おおむねこのような具合だった。


「だいたい、フェルデやフィルサンドの人間はワシらドワーフを馬鹿にしておるじゃろ」

「そうですよね……。本当にごめんなさい……私なんかが偉そうに……」

「い、いや、別にお前さんが悪いわけではないがな」

「ありがとう……ございます。私たちは酷いことをいったりしてるのに、お優しいのですね」

「まぁ人間とは違うからのぉ」


 あるいは。


「簡単に組み立て式の攻城塔3機とはいうがな。こりゃあ、職人たちにかなりの負担を強いることになるんでな。ちょいとその費用ではなぁ」

「私、何も知らなくて……。攻城塔を作るというのはとても大変なんですね。一体、どうやって作るものなんですか?」

「そんなことも知らんのか? 良いか、まずは図面を……」


 はたまた。


「ドワーフのみなさんはお酒が好きなんですよね? 私はあまり飲めないのですが……父上が良く南の蟻塚からとれるへんなお酒を飲んでいるんです」

「なぬ? なんだその酒は?」

「さぁ……今度、父上に聞いてみますね!」


 彼女は突出した実績を誇っているが、それは決して神算鬼謀チートの賜物ではない。

 『相手を気分良くさせ』『話を聞き』『また話をしたいと思わせる』。それをひたすら根気よく、可能な限り多くの関係者に続けるだけだ。

 感情的な溝はこれで大抵なんとかなるし、現実的な利害調整はお互いがひたすら話すうちに自然と行われる。


 彼女を嫌う者たちに言わせれば単なる『色仕掛け』『泣き落とし』であるが、エリザベルにとっては生まれ持った道具を活用しているに過ぎない。



 彼女はそうやってフィルサンドのために働いてきたが、それでもやはり、征服した側からの彼女の『血』に対する蔑みの感情は根強かった。

 陰に日なたに嫌がらせが絶える事はなかったし、面と向かって蛮族呼ばわりされることもある。

 第一夫人や次兄など、親族であっても彼女を嫌い憎む気持ちを隠さないものもいた。



 そして半年前。

 母の恨みと他人からの憎悪を浴びながらも、何とか保たれていた彼女の立場は一気に崩れた。

 母が病死し、それにあわせたようなタイミングで兄がシュルズ族の襲撃によって戦死したのだ。


 残された公爵の血族は次兄と彼女のみ。

 もし、エリザベルが父に憎まれていてなおかつ無能であれば、こうはならなかったかも知れない。だが、第一夫人と次兄は外交官として父の信頼を得、能力だけは誰からも認められている彼女を恐れた。


 嫌がらせのレベルだった次兄たちからの圧力が、暗殺未遂にまでなるのに日はかからなかった。




 エリザベルはドワーフとの交渉を終えてから、人間向けの飲食店に入った。

 護衛である騎士二名も同席して酒を飲んでいる。


「しかし、あの魔術師はとんでもないな」

「あんな化け物を敵にしたくはないもんだ」


 主家の娘であるエリザベルの前だが、騎士たちは昼間遠目に見た巨大魔虫ディグダグワームとそれを使役するという魔術師について熱心に話しこんでいた。


 エリザベルも咎めるでもなく、愛らしい笑みを浮かべドワーフ製の焼き菓子を小さい口に運んでいる。

 護衛、といってもそれは行き道と戦斧郷内だけの役割で、フィルサンドへの帰路でエリザベルを始末するよう次兄から命令されていることに、彼女は気付いていたのだった。

 整備されていないフィルサンドから戦斧郷までの山道にはアンデッドや稀には暗鬼も出現するし、足場も悪い。彼女が『事故死』する理由には事欠かないだろう。


《ドワーフとの商談をまとめさせてから始末しようなんて……次兄にいさんにしては効率的だわ……》


「エリザベル様もご覧になりましたか? あの気持ちの悪いモンスターを……」

「え、ええ。良く分かりませんでしたけど……凄かったですね」


《大魔法使いだかなにか知らないけど、あの・・有様ではお里が知れるわね》


 前日、エレベーターで見かけた中年男の姿を思い出した彼女は内心呟く。


《……でも女性に手を貸して立たせていたし、態度は穏やかだったな。少なくとも横暴な人ではないわ》


 フィルサンド公爵の名代として世界各地を飛び回った彼女は、脳内の人物録を一部修正し……ため息をついた。


「はぁ……。もうこんなことをしても意味はないのに」

「ん? エリザベル様、何かおっしゃいましたか?」

「いいえ。何でもありません。それよりお二人とも、後は部屋に戻るだけですから、もっとお好きなものを頼んでくださいな?」

「そうですか? では遠慮なく」




「……」


 数十分後。

 騎士二名はテーブルに突っ伏して豪快な寝息を立てていた。

 いざという時のために持ち歩いていた薬が役にたったようだ。

 エリザベルはドワーフの店員を呼ぶと、『飲みすぎてしまったようなので、少しの間休ませてあげてください』と礼儀正しく、そして心づけとともに依頼して店を出る。


《何の準備もできていないけど……仕方がない》


 注文した攻城塔の完成まで数週間かかる。

 もっと時間をかけて計画を練っても良かったはずだった。それでも彼女は、時間が経つことで生き延びる意思が消え去ることを恐れるように無謀な行動に出た。


 エリザベルは1人足早に歩き、客の乗馬や馬車を預かる厩舎区画に辿り着いた。

 フィルサンドからここまで身体を預けてきた駿馬を係官から受け取ると、見事な手綱捌きで駆け出す。

 出入り口では認識版による本人確認はあったが、自分の認識版で自分の意思で出入りするのに制限などはない。何の問題もなく彼女は戦斧郷から……いや、フィルサンド騎士団からの『脱出』を果たしていた。




「星風、すまないけど急いでね……ファイヤウェポン!」


 太腿もあらわなドレスという、およそ乗馬には向かない格好だったがそんなことに構っている余裕はなかった。星と剣が彫刻された杖を火炎で包み、即席の松明にして夜道を照らし疾走する。

 フィルサンド騎士団……いや、彼女にとっては『殺し屋』がいつ追ってくるか分からない。


《『分からない?』 追ってこないわけがない……。こんなことをしても死ぬのが1時間か1日伸びるくらい……》


「この世界にはどうしようもないことばかりだって……母上が言っていたとおりね……」


 心に満ちてくる絶望に半ば身を委ねがら、彼女は闇雲に馬を走らせた。



言ったそばからですが、明日は仕事の都合で更新できません。

明後日、水曜夜には再開予定です。

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