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星と剣の少女

「いやあ、噂に名高いマルギルス様とお会いできるとは光栄ですなぁー」


 戦斧郷の入り口である、巨大な(このフレーズをやたら多用しているが)アーチに向かって歩いていると、ドワーフの男性が話しかけてきた。


「あ、申し遅れました。私、交易の家リムロンのファブルと申します。統治の家ザムスロンの長から貴殿の案内係を申し付かっておりまして」


 ドワーフにしては痩せて派手な服をきた男はずり落ちる眼鏡をしきりに直しながら自己紹介した。

 さすがドワーフ、眼鏡もあるのか。


「わざわざすまないな。よろしく頼む」

「さっそく、長に会わせていただけるので?」

「ちょっと今日はいくつか会合が入っていまして……明日一番でお願いできますか?」


 イルドが一緒だと細かい調整は全部してくれるからとても楽だ。

 ドワーフの長との会談は明日ということで、私達は客人用の部屋に泊めてもらえることになった。


「では、どうぞ戦斧郷へ」


 こうして私達は、斧とハンマーと分度器と定規とコンパスという複雑な紋章を掲げる戦斧郷の門を潜った。





「あらまぁ。こちらも素晴らしい出来ですわ」

「奥方様、このペンダントは透かしが三重に入っております……!」


 門の内側ももちろん全て石造りの空間が広がっていた。

 ドワーフの住居であるが、天井はとても高く日本のアーケードともそん色ない規模である。

 案内役ファブルの解説では、戦斧郷の第一階層は人間をはじめとする他種族との交流用にかなりスペースに余裕を持った構造にしてあるのだそうだ。


 確かに、我々以外の人間も多数行き来している。ほとんどはレリス市などから交易にきている商人らしい。


「奥方様、この手鏡をご覧ください。余程の透明度のガラスでなければこうは映りません」

「まぁ、本当に。それに茨をモチーフにした装飾も繊細で見事ですわねぇ」


 私達はまず、入って直ぐにあった両替所で、例の認識版に現金をチャージしてもらった。

 もちろん電子的に記録するわけではなく、両替所に預けた金貨の枚数をドワーフの暗号で認識版に打ち込んでもらうだけだ。

 買い物をするたびに各所にある両替所か商店で認識版の金額を修正してもらい、出て行くときに清算する仕組みだ。


 しかしせっかくチャージした金貨も、早くも枯渇の危機かも知れん……。


「このネックレス……真珠の一粒一粒に八柱神の紋章を彫刻してありますわね……ため息しかでませんわ」

「ドワーフのあの太い指でどうしてこのような仕事ができるのでしょう」


 馬車が四台ほど並んで通行できる大通りの左右にならぶドワーフ製品の商店。

 その中でも宝飾品や装飾品の店の前にはたくさんの人間が群がり……中でも最もはしゃいでいるのが、我がジーテイアス城が誇る美女二名なのであった。


 『焦点』のことやジーテイアス城に残してきた仲間のこと、これからのドワーフやフィルサンドとの交渉のこと。色々と不安や懸念はあるものの、こういう他愛のない光景に心癒されるのもたまには良いよな。




「おい、いい加減にやめさせろ」


 数十分後。

 痺れを切らしたレードが私の背中を押した。


「いやいや。君に任せるよ」

「ふざけるな、お前の女だろ」

「そういうんじゃないから。誤解を招く言い方は謹んでくれ」


 片手でも物凄いパワーに必死で踏ん張りながら言い返す。

 何のことはない、二人とも女性陣の近寄りがたいオーラに恐れをなしているのだ。

 ……なんだかここにきて急にレードに親しみを感じるようになってきたな。


 不毛な押し付け合いをしているとイルドが耳打ちしてきた。


「マルギルス様。見かけない人間もいますね。恐らくですが、フィルサンドの商人と思われます」

「ほう?」


 イルドがそっと示した方には、確かにレリスやユウレ村で見慣れた商人の格好ではなく、白いターバンやマントを着用した異国風の男達が数名たむろしていた。

 彼らの中に混じって武装した兵士らしきものもいて、その盾や鎧には『星と剣』が刻まれていた。イルドによれば、それがフィルサンドの紋章らしい。

 フィルサンドと戦斧郷の交流は『ほそぼそ』という話だったな。確かにレリス市などの商人に比べれば圧倒的に小数だ。

 少しの間、フィルサンドの男達の様子を見ているとクローラたちが戻ってきた。


「久々に上質の品を堪能いたしましたわ……あら、どうされまして?」

「いや、なんでもないさ。さあ、客室に案内してもらおうか」

「はいはい、お任せください」


 こんなことは日常茶飯時なのか、平然と女性陣を眺めていたファブルが先にたって歩き出す。

 それについていこうとすると、レイハがすぅっと寄ってきて耳打ちしてくる。


「主様。次の機会には、奥方様に何かお好きな品を贈呈されてはいかがですか? 先ほども、それを待っておられましたよ」


 だからそういうんじゃねぇから。





「おぉ、これは……」

「またとんでもないな」


 フィブルの案内で大通りを進んだ私達は、またもあんぐりと口をあけて頭上を見上げるはめになった。

 大通りの先は、ドーム球場を思わせる巨大なホールだった。天井や壁にいくつもの光源がある。

 さらに目を引くのは、ホールの中央にずどん、と突っ立つ柱だった。天井に近い部分から直角に枝が伸びて壁に繋がっている。

 無数の光源からの照明が柱にあたり、ぴかぴかと乱反射してホール内はとても幻想的な光景となっていた。

 フィブルが平然と歩いていくのでついていくと、柱が巨大な水晶でできていると分かった。


 水晶の柱の根本には出入り口がくり貫かれており、内部ではこれまた水晶かガラスで作ったらしい透明な箱が上下に動いている。


「これは一体……何ですの?」

「何かの芸術作品でしょうか」


 ドワーフに少し好意的になったらしいクローラとレイハがひそひそと言い合うのを聞きながら、私は戦慄していた。


「まさか、これはエレベーター……ええと、昇降機、か?」

「おぉ、さすがですな。その通りです!」


 フィブルが自慢そうに眼鏡を直しながら頷く。


「あの柱の内部の箱を、水力を使って自動で上下に動かしています。ギアの調整で上階と下階に20秒ずつ停止するようになっておりますので、タイミングよく降りてくださいね」

「?」


 構造自体は現代日本のエレベーターほど複雑ではなく、自動的に上と下の階を往復するだけのようだ。

 クレーンがあるんだからエレベーターがあってもおかしくはないかも知れないが、水力稼動とはたまげた。何度言ったかすでに分からないが、ドワーフ凄いな。

 しかしクローラやレードは昇降機、という概念が良く分からないようだった。


「ところで、何故水晶で作る必要があるんだ?」

「ああ、それは私も思ったんですがねぇー。発明の家テスラロンが言うには『その方が何か凄いから』だそうです」




 クローラたちはまだ納得していないようだったが、とにかく乗ってみることにする。


「本当に大丈夫ですの?」

「ドワーフの考えることは分かりませんね」


 人間だと3人乗りだというので、私、クローラ、レイハの組である。

 ボタン操作は必要ないのでそのまま突っ立っていると、待機時間が終わった箱が『ガタンッ』と飛び跳ねるように上昇をはじめた。


「おっ」

「きゃっ」


 箱の動きからして多少の衝撃はあると予想していた私でも、杖を突いて身体を支えるくらいの衝撃が襲った。

 回り全てが水晶、つまり透明であるためまるで身体が宙に放り出されるような恐怖感もある。その瞬間、衝撃と恐怖で足元がぐらついた私に柔らかいものがぶつかってきた。


「うおっ!? 大丈夫か?」


 クローラがバランスを崩して私の腕に抱きつくような姿勢になっていた。柔らかく弾力のある塊が腕に密着する感覚に、さすがの枯れ親父である私の頭にも血が上る。

 それでも、何とか踏ん張っていると視界にレイハの姿が入った。


「主様っ」


 レイハは素早く私を支えようと手を伸ばした。のだろう。

 むしろクローラの背を押して、彼女を私に密着させるようにしたのはただの事故のはずだ。


「ちょっまっ……うぉっ!?」

「あうっ」


 追加された弾力と圧力に耐え切れず私は尻餅をついてしまう。

 当然、見事な曲線を誇るクローラの身体を抱きとめたまま、だ。


「ご、ごめんあそばせ……」

「申し訳ございません、主様」


 クローラは純粋に恥ずかしそうだったが、レイハは何となく満足そうな顔をしていた。

 良く分からないが、咎めるほどでもないだろう。彼女だってたまには悪戯したくなる時くらいあるだろう。不審な気配を一筋でも感じていればこんなことはしないことも分かっているしな。

 それに……正直に言えば男として良い思いをさせてもらったということもある。

 などと、にやけていると。



「……」


 目の前、つまりエレベーターの上階乗り口に少女が立っていることに気付いた。


 一言でいえば、美少女だ。

 詳しく言うなら、濃い金髪をツインテールにして裾の短い可愛らしくも豪華なドレスを着た赤い瞳の少女、である。中学生か、ぎりぎり高校生くらいの年だろうか? 片手には白銀に輝く華奢な杖を持っていた。


 そんな少女の前で、私は片腕にクローラを抱いたまま尻餅をついている。

 愛くるしい顔にそぐわない醒めた目で私達を見下した彼女は、一歩横にどいた。

 良く見ると、彼女の背後には数名の付き人や護衛らしきものもおり、彼女に続いてさっと横に移動している。つまり『さっさと降りろ』ということなのだろう。


「まぁこれは、申し訳ございません」

「失礼した」


「いいえ」


 私達は慌てて立ち上がり昇降機から降りる。子供の前で醜態を晒すというのはさすがに堪える。

 美少女はうっすら冷たい笑みを浮かべて会釈すると、私とすれ違いに箱に乗り込んでいく。


 彼女の杖には『星と剣』の紋章が飾られていた。

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