驚異の戦斧郷
「でかぁい……」
「これは……凄まじいな……」
1時間ほど進んだところで、私達はようやく『超巨大ドワーフの石像』の足元に辿り着いた。
私の隣で私と同じようにあんぐり口をあけているレードも身長2メートだからでかいと思っていたが、まったく次元が違う。
昔見た奈良の大仏が確か高さ18メートルといっていたが、あれより遥かに大きい。30メートル以上ありそうだ。
近くで見れば、デザインは奇妙に象徴化されたドワーフのようだ。樽みたいな胴体に丸くでかい頭、太く長い腕に短い脚。それら全てが磨かれた石材で組み上げられている。
「ぶったまげたなぁ……」
「すっげぇぇ……」
「良くこんなの作ったもんだ」
新兵三人組もぽかんとしている。
森から出てそうそう、生きてる巨人は見るわ、石の大巨人を見るわ、彼らも慌しいな。
『ゴゴゴゴ』
と。
腹に響く地響きとともに、ゆっくりと石像が上半身を捻り始めた。
「また動いた……」
「胴体も回転するのか」
そう、この石像はただ大きいだけでなく、体操でもするかのように手足を振りあげたり、首や身体を回転させたりしている。別にゴーレムだとかモンスターというわけではない(魔力が働いていないことはクローラが確認している)。
「何度見ても壮観ですね。御二人とも気に入られたようでなによりです」
何となく自慢そうな顔で話しかけてきたのはイルドだ。
考えてみれば彼は以前から何度も戦斧郷には商売で訪れたことがあるわけで、この石像のことももともと知っていたのだ。
「気に入ったというか、度肝を抜かれたというか」
「これはドワーフが建造したのか?」
「ええ、そうですね。完成までに15年かかったらしいですよ」
「動いているのは、もしかしてアレが動力なのか?」
レードに続いての私の質問にイルドが頷く。
それにしてもレードが饒舌だ。普段は大抵むっつり押し黙っているのだが。
「そうですね。あの水車が回転する力をカラクリで石像に伝えているそうです。詳しくは分かりませんが……」
「しかし、あの水車のサイズではあれだけの石像を動かすには力が足りないのではないか?」
ドワーフ像の背後には、高さ10メートル以上はありそうな水車が四つならんでおり、彼方に見える岩山から伸びている水道橋からの落水を受けて優雅に回転していた。
そこから動力を得ているというのに私は納得したが、レードは熱心にイルドに聞き返した。
「私も昔聞いたことがあるんですが、何でも歯車とバネを使って力を溜めてから石像に伝えているそうです」
「ほう……やっぱりドワーフ凄いな」
今度は両腕を上に伸ばしはじめた(完全に伸び切るまでに30分はかかりそうだ)石像を見上げながら感心しきって呟いた。
「歯車とバネなら戦族も活用している」
何を思ったのか、レードが背中に大剣と一緒に背負っていた石弓を取り出してきた。
戦族の武器というのを初めてまじまじと見たが、本体だけでなく弓や弦も金属製で、弓を引くにはハンドルを使うのだという。
「……なるほど?」
「……」
確かに強力そうな武器ではあるが、何故このタイミングで……と内心首を傾げる。と、レードの背後でイルドがなにやらアイコンタクトを送っているのに気付いた。私、レード、石弓、そしてドワーフ像へと忙しく視線を彷徨わせているが……。
ああ、そういうことか?
「戦族の技術もドワーフに負けていないということだな、大したものだ」
「ふん……。戦族の技術は暗鬼と戦うためだけのものだからな」
良く分からないことを呟きながら、レードは石弓を戻した。もしかして照れているのだろうか。
「……ドワーフたちは何でまたこんな悪趣味な石像をわざわざ作ったんですの? 何か意味が?」
それまで黙っていたクローラがイルドに聞いた。
「はあ、それも聞いたとこはあるのですが……」
イルドがこの石像の意味を聞いた建築の家のドワーフは『意味なんかないわい。ただ、凄いものを作りたかっただけよ』と答えたのだという。
「ま、まぁ一応、戦斧郷の看板的な効果はあるらしいですが……」
「おぉ。中々のロマンティシズムだな」
「……むう」
ドワーフの高い技術力もそうだが、作りたいから作るという彼らの考えにすっかり感心してしまった。彼らは技術者というだけではなく芸術家でもあるのだろうか? ある意味貴族的というか……。
レードもどこか満足そうに頷いている。
ところが。
「……なんですの、それは? ドワーフとは少しおかしい生き物のようですわね」
「仰るとおりです」
クローラとレイハは、理解できないという冷たい視線を私達やドワーフ像に向けていた。
これ以上ないほど明確なガイドとなる、どこまでも伸びる水道橋の間を進むと目的地『戦斧郷』が近づいてきた。
『超巨大水力稼動ドワーフ像』というびっくりランドマークを見た後ではそうそうのことでは驚かない……というより、どんな凄いものが見られるのかと内心わくわくしていたのだが。
「うごぉぉぉぉ……」
「……これは……」
『戦斧郷』を見上げる私とレードはまたも言葉を失っていた。
遠目には岩山に見えていたが。岩の山、ではない。石造りの山、というのが正しい。
デザインとしては……そう、ブリューゲルという画家の描いた『バベルの塔』が近いだろう。全体としてはずんぐりした台形で、20層くらいに分かれている。
問題はサイズだ。
近くまで寄ってしまうと、見上げても頂点が視界に入らない。
雲まで届く、とは言わないが。かけねなしに高層ビル並みの高さ……少なくとも100メートルはあるだろう。
「でっけぇぇぇ!」
「……あわわ……」
「凄すぎる……」
テッドや新兵たちもぶるぶるしているが、私達も似たような醜態だっただろう。
ま、まぁ確かクフ王のピラミッドも高さ140メートルくらいあるらしいし?
ファンタジー世界の技術チート代表であるドワーフが、これくらいの建造物を作っても不思議ではないかも知れないが……。
「いやあ、でかい! ほんっとにでかいなぁ!」
「……うむう……」
とにかく、男はでかいものには弱い。
私やレード、それにテッドたちの興奮ぶりは田舎から都会にでてきた修学旅行中の中学生みたいだった。
「いつまで見蕩れてますの? 陽が暮れてしまいますわ」
「主様、どうやらあそこが入り口のようです」
クローラとレイハはまったくの通常運転だ。
「あなたがマルギルスさんね。建築の家から話は通ってますよ」
戦斧郷の正門は、これも巨大で高さ10メートル近くあったが常時開放しているようだった。
荷馬車に一杯の木材や石材を積んだドワーフ商人や兵士達が大勢出入りしていて活気に満ちている。
正門の手前に衛兵詰所があったので、そこで声をかけると重武装のわりに愛想の良いドワーフの衛兵が対応してくれた。
「話が早いな。入れてもらって構わないだろうか?」
「ああ、ちょっと待ってくださいよ。認証板を渡しますから」
衛兵以外に、数人の係官が詰め所から出てくる。みな、ミカン箱程の奇妙な道具をベルトで身体の前に固定していた。
認証板?
またぞろ、ドワーフテクノロジーの匂いを感じる。
「ええと、あなたがマルギルスさん。あなたがイルドさん。そっちは? レードさんに、クローラさん、レイハナルカさん……」
係官たちは、全員に名前を尋ねてから身体に固定した道具を弄り始める。見れば、タイプライターのキーそっくりな部品を指で打っていた。
『ゴツゴツ、ゴツ』と。係官がキーを打つたびに、道具の内側からハンマーで硬いものを叩くような音が響く。
「……」
「一体、何をやっているんだ?」
次に何が起こるのか、礼儀正しくわくわくしながら待っている私の横から、レードが好奇心を抑えきれないように聞いた。
ここにきて本当に良く喋るようになったな。
「ちょっと待ってくださいね……はい、できました」
「マルギルスさんもどうぞ」
レードの前の係官が道具から一枚の金属板を引き抜いて彼に渡した。私や他のものたちにも、それぞれ一枚ずつ金属板は渡される。
しげしげと眺めてみると、A5サイズほどの銀色の金属板の表面には、5ミリほどの突起がびっしり打たれている。
長い紐が通してあり、首から提げて携帯するとのことだったが……。
「もしかして、その道具で平らな板にこの突起を打ったのかね?」
「お、その通りです」
係官が嬉しそうに頷いた。
彼の説明によれば、この突起は戦斧郷のドワーフだけに通じる暗号なのだという。郷の訪問客に配る『認識版』には、それぞれその客の名前や外見の特徴が打ち込まれており、身分証として使えるのだそうだ。
また、ドワーフにしか分からない個人の特徴(それが何なのかは教えてもらえなかった)も記録されているので、偽者が使用してもすぐに見破れるのだという。
さらに、クレジットカードのように使うこともできるし、重要区画への出入りを機械で判断することまで可能なのだというから凄まじい。
恐らく、突起の暗号というのは現代でいう点字やモールス信号のようなもので、情報を読み取るのは特定の突起の組み合わせを鍵とする錠前のような仕組みなのだろう(?)、と何となく想像はできるが……具体的にはまったくわからない。
「いやぁ……ドワーフほんと凄いな」
「だな……」
私とレードはいつの間にかすっかり意気投合してお互いの認識版を交換して眺めたり、係官の道具を覗き込んだりしていたが。
「……まったく、殿方はいつまで経っても子供、とはこのことですわね」
「はぁ、まぁ……」
「レイハも、あの方達がうかれて迷子になったりしないようしっかり見張ってくださいましね?」
「そうですね……」
女どもには私達の興奮はまったく伝わなかったようだ。